241.正妻会議
2ヶ月は経ってないからセーフ
夕日のような茜色で塗り潰された空間。
そこにふわりふわりと漂う、二つの世界がある。
一つは、闇に塗り潰された荒れ果てた土地で、もう一つは、本棚の立ち並ぶ年季の入った図書館の空間。
「――それで、わざわざ二人きりで話とは一体何だ?」
ここは、カード達が存在している精神世界。
外界から隔てられた、異なる時間が流れる異空間。
そこに、アルトリウスとダンタリオンは居た。
「しかも時間の流れを150万分の1にまで希釈して他者に聞かれないようにするとは、余程の話なんだろうな?」
カード達の居るこの精神世界では、各々の気分で、時間の流れすら変化させる事が出来る。
昴が1秒過ごしている間に、カード達は精神世界の中で1年分休む事すら可能だ。
そしてこの時間操作を用いれば、カード達が内密に話をする事も出来る。
他のカード達が聞き耳を立てたとしても、今回の場合だと150万秒の間に行われた会話が第三者からは1秒に圧縮されて聞こえる事になる。
そんなもの、聞き取るのは不可能である。
普段は休息の為位にしかこの時間操作をする事は無いが、今回はこれを密談の為に使っている形である。
「ええ、余程の話よ。少なくとも、私にとっては苦渋の決断でもある訳だけど」
積み上げられた本の上に腰掛けていたダンタリオンが、軽やかな足取りで立ち上がると、真っ直ぐにアルトリウスを見詰める。
その目はぼんやりとした半目ではなく、しっかりと見開いており、表情も何時になく真剣であった。
「――ねえ、アルトリウス。私と、手を組まない?」
口元を笑みで吊り上げながら、そうダンタリオンは口にした。
「手を組む? 一体何の話だ?」
「単刀直入に言うわ。私と貴女で、主人を囲い込んじゃわない? 最近、主人を狙ってる女狐が増えて来てるからね」
「それはお前もだろう、この泥棒猫」
アルトリウスからすれば、最愛の人の貞操を奪っておいて、どの口がほざく案件である。
「で、返答は?」
「断る」
「そう言うと思ったわ」
何が手を組むだ。
そんな事をして、アルトリウスに一体何の得があると言うのだ。
昴の女は、己一人で十分だというのがアルトリウスの心情である。
「こっちも交渉材料持って来たから、それを聞いて検討して欲しい所ね」
「交渉も何も、もう決着はついただろう」
そう、アルトリウスからすれば、もう終戦なのだ。
昴の意思で、初めて選んだ女は、アルトリウスだったのだ。
格付け終了、昴の一番は決した。
これが戦争なら、敵将の首を討ち取り、首都も落としたようなものである。
「まあ聞きなさいよ。私は、アンタに負けたって事実は認めてるのよ」
この世界に昴がやって来てから、どさくさ紛れに昴の貞操を奪い、昴の正妻の座を掻っ攫おうとした。
言い方は悪いが、昴が弱っている所に付け込み、昴の中での序列を引っくり返そうとしたのだ。
だが結局、昴が選んだのはアルトリウスであった。
地球に居た頃から昴が口にしていた「アルトリウスは俺の嫁」という言葉を、ダンタリオンは覆すには至らなかった。
大勢は決した、それはダンタリオンも認めざるを得なかった。
「だけど、アンタ以外の奴にまで負けるのは絶対に許せない」
昴に対して好意を向けているカードは多い。
男は所詮親友止まりだろうが、性別が女のカードは、明確に昴の寵愛を得ようと、虎視眈々と隙を伺っている。
「だから――私は、二番で良い。一番は譲るから、第二夫人の座を認めなさい」
「それを認める利点が何も無いな」
アルトリウスからすれば、正妻は自分で決している。
相思相愛、ここで完結しているのに、何で部外者をそこに含めねばならないのだ。
「利点なら、あるわよ」
「ほう? 泥棒猫が提案する利点とやらが一体何なのか、是非とも聞かせて貰おうじゃないか」
敵国の将を断頭台に立たせ、それを高みの見物するような心情で、ふんぞり返りながらダンタリオンの提案とやらを聞くアルトリウス。
「貴女、主人との子供、欲しいでしょう?」
「当然だろう。十人でも百人でも欲しいぞ」
「そう、良かった。要らないとか言われたらどうしようかと思ってた所よ。じゃあ、ここからは算数の問題なんだけど、主人との子供、今から一体何人産めると思う?」
「…………」
子供を産むには、妊娠期間という物がある。
十月十日、とか言われているやつだ。
当たり前の話だが、妊娠中に妊娠は出来ない。
次の子供を設けるには、最初の子供を産んでからでなければ妊娠は出来ない。
「私達はどうでもいいけど、問題は主人よ。主人の年齢を考えたら、猶予はあまり無いのよ」
カード達は、姿を現わす際に肉体を再構築している。
それ故に、何時までも若い姿で居られる。
だが、昴は違う。
昴は年老いていくのだ、これはどうにもならない事実である。
女側が若くても、子を成す為の種が劣化していくのだ。
昴は現時点で、三十代。
昴と子を設けようにも、タイムリミットが存在している。
作れる子供の数には、限界がある。
「――でも、第二夫人が居れば"主人の子供"を作れる数も倍になるよね」
昴の子供、という部分を強調するダンタリオン。
「それに、妊娠中は主人が性行為が出来ない期間が続く訳よ。その間に、他の女に言い寄られたら――妻が妊娠してご無沙汰で、つい他の女の所に……なんて、良くある話だと思わない?」
昴は、性欲が無い訳ではない。
カード達が性豪すぎるだけで薄く見えるだけで、昴は平均的男性である。
昴は、カード達の願いであらば可能な限り、叶えてやりたいと考えている。
昴とまぐわいたい、と乞われたら、昴は叶えてやろうとするだろう。
常日頃、アルトリウスやダンタリオンがして貰っているように。
他のカード達にもそうするだろう、例外は無い。
「不特定多数の女にフラフラされる位なら、貴女と私だけで主人の子種を占拠しておいて、他の女が立ち入る隙が無い位ガッチリ主人の周辺を固めておくのが良いと思うのよ」
「…………」
腕を組んだまま、難しそうな表情を浮かべ、沈黙するアルトリウス。
今までのように、即斬り捨てたりしない。
アルトリウスにも、思う所があるのかもしれない。
最近戻って来たカード達が、昴に対して積極的にアプローチを掛けている事をアルトリウスも知っている。
そして、カード達の願いである以上、昴は決して断らないだろう。
昴の側に付きっきりで、全部追い払おうかとも考えたが、それも今となっては出来ない。
理由は、「勇者ちゃん」が原因である。
昴は、この世界に現れた勇者は女であるという事実を固める為に、意図的に女の姿で行動している。
だから、男である昴は勇者ではないという事になる。
そういう構図になるように、昴は立ち回った。
なのに男である状態の昴の側にずっと居ては、不自然な状況になる。
そして、男の状態の昴の側に、最近ずっと居る女――ルビス。
勇者に何者かが付きまとうなら、追い払いもするが、男の状態の昴は勇者ではない。
昴だけを特別扱いして、側に居たりルビスを追い払っていては、昴が目論んだ「勇者ちゃん」計画が御破算になりかねない。
昴の計画を、私情如きで台無しにする訳にはいかない。
「カード達も結構戻って来たし、それに伴って主人に対して好感度突き抜けてる女のユニットの数も増えて来てる。アンタ一人で、本当に主人を囲い切れると思ってるの?」
「…………」
つい最近戻って来たユニット、嫉妬の大海竜 レヴィアタン、情欲の化身 アスモデウス。
純粋な愛情とは違うかもしれないが、昴の貞操を狙うという意味ではどちらも一緒だ。
彼女達を始め、昴に近寄って来る女を排除し続けるのは、アルトリウス一人では流石に苦しい。
力尽くでもと考えたが、アルトリウスに匹敵する力量を持つユニットも多く、戦えばどうなるかは分からない。
というか、戦った際にこの世界がどうなるかが怪しい、と言った方が良いのかもしれない。
それに、恋敵が連合を組んで集中砲火なんてして来た日には何も出来ずに敗れ去るのは必然。
そうならぬ為には……
「――私の意見が最優先だ、それだけは忘れるなよ」
「ええ、勿論よ。一夫一妻に拘る必要も無いんだから、共に主人と睦まじく夫婦生活を送りましょう?」
理想が駄目なら及第点。
昴の思考に則ってアルトリウスもまた、苦しい理想ではなく、清濁併せ吞む現実的な及第点へ着地する決断を下すのであった。
昴「ねえ、俺の意見は?」




