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23.首都を離れて

 身なりを整え、宿を引き払うまで俺はダンタリオンと共に、現状の把握ではなく、今後をどうするかを考える。


 エルミアの状態を、王城に説明した方が良いのでは?

 そう考えたのだが、その提案はダンタリオンから却下された。

 あの邪神の欠片との戦いで街中も王城も未だ混乱の渦中にあり、そこにエルミアが現れたら更に混乱させかねない。

 というか、そもそもこれは確かにエルミアだ、と断言出来る遺体が既に王城に運び込まれてしまった後なのだ。

 そんな状況でふらりと現れても、下手すればエルミアが狂言を流布する偽者扱いされて拿捕される状況にもなりかねない。

 無論、消える事が出来るカードとなってしまったエルミアを捕らえる事など出来ないのだが、勝手に消えたら尚の事エルミア本人だという言葉に説得力が無くなるだろう。

 結局、王城に余計な混乱を招くだけだというのは変わらない。


 ――死者が蘇らないのは、この世界でも常識なのだから。


 それに、既に王城内では俺は勇者として認知されてしまっている。

 どうやらそれを、姫という立場を持っていたエルミアによって余計な干渉から防いでいたそうだが、エルミアは既に死んだ物としてフィルヘイムでは扱われてしまっている。

 だからもう、エルミアが死んだとして扱われてしまっている以上、その庇護はもう何処からも受けられない。

 この国の貴族達には既に目を付けられており、この力自体は絶大な物を有しているが故に、最悪拿捕、戦争に利用――そんな結末も見えるとの事。

 何でもダンタリオン曰く、図書館にあった書物からこの世界の知識を吸収した結果、過去の勇者が国によって利用され、戦争へと身を投じたという記録が残っていたらしい。

 だがそれでも、エルミアに対して巻き込んだ責任は取ると言ったのだ。

 俺は王城に戻るべきなのか、否か。

 例えダンタリオンの言ったような結果になるとしても、巻き込んだエルミアの意思を尊重するのが、俺に出来る唯一の責任の取り方だと思うから。


 エルミアがどうしたいのか聞いてみたが、どうするのが正解なのか分からないから、もう少しだけ待っていてくれないか。という結論だった。

 ……何故か視線を俺と合わせずに明後日の方向を泳ぎ始め、頬を赤らめながら妙に俺と距離を離していたが。やっぱり、俺のこんな力に巻き込まれて、何か思う所があるのかもしれない。

 一旦保留にして、答えが出たならその時に教える。それまでは俺のしたい事をしていて構わないそうだ。



 ……したい事、か。

 俺のしたい事って――何だろうな。

 帰る方法はあるのかとは聞いたが、元の世界に戻った所で、何も無い。

 あそこには家族も、友人も、責任も、義務も、何も無い。

 何もかも、無くなってしまった。

 さりとてこの世界に留まった所で、この世界に俺の居場所は無い。

 このままここに居ても、向こうに帰っても、何も変わらない。


「ダンタリオン……野暮な事言ってる自覚はあるが、俺は自分が何をしたいのかまるで分からない。俺は、一体何をすれば良いんだ?」


 ダンタリオンは逡巡し、長い沈黙が空気を支配する。

 その沈黙が、どうすれば良いか決め兼ねている事を雄弁に物語る。


「…………少なくとも、生活基盤は必要。地球だろうがここだろうが、生きる為にお金が必要という現実は変わらない。それに、主人(マスター)と未だ繋がりが回復していないカード達を復活させるにも、一度世界中を回った方が良い」


 生きるのには必要な金を稼ぎ、そして世界を回ってカードを回収する。

 今後どうするにしろ、それだけはした方が良いと。

 ダンタリオンの提案に異は無いので、それを当面の目標として行動する事にした。


 宿を引き払い、俺とダンタリオンは街中を歩き出す。

 邪神の欠片の爪跡は街中の至る所に存在し、ここは主戦場となった場所から大分離れた場所であるにも関わらず、飛んで来た瓦礫が屋根に直撃し、二階部分が吹き飛んだ家屋もあった。

 ダンタリオンに遣り取りを任せ、門を通過して街の外へと出る。

 首都に入るのは兎も角、出るのには大して誰も警戒を抱いていないらしく、二言三言会話があっただけであっさりと外へ出る事が出来た。

 仮にも首都なのだから、入る際にはそれなりに大変な処理があるのだろう。

 特に俺は、この世界の人間ではない。身分証明となる代物も無いのだから、本来はかなり手間取ったのかもしれない。

 それを特に御咎めも無しに即座に入れたのだから、エルミア姫という肩書きは相当な代物だったのだろう。


 街の外へと出て、人気が無くなった所でダンタリオンと共に空を飛び、進路を南へ取る。

 自分の足で歩くには遠過ぎるし、フェンリルに乗って移動するのも目立ち過ぎる。

 なので今回も、俺はダンタリオンに抱き上げられる形での移動である。様にならない。

 何につけても金が必要だという事で、ダンタリオンの提案に従い路銀を稼ぐ為の仕事探しへと向かう事になった。


 何でも南東には交易都市があるらしく、人手で賑わうそこでなら比較的早く仕事も見付けられるだろうという事だ。

 距離はそれなりにあるのだが、何の隔ても無い大空を我が物顔で一直線で飛び続けるダンタリオンによって、陸路ならば一週間は掛かるという移動距離をたったの半日で踏破してしまうのであった。



―――――――――――――――――――――――



 交易都市を目前にして、流石にこのまま飛んでいくと問題がある為、一度地上へと降りる。

 もう目と鼻の先にあるが、ここからは徒歩で移動だ。

 リッピの案内に従い、森の中を進んでいると見慣れぬ緑の体色をした、小柄な生物達と遭遇した。

 それの身長はおよそ30センチ弱だろうか? 多分、俺の膝辺りまでの高さしか無い。

 二足歩行の人型をしており、背は極端な猫背で丸まっている。

 原始人のテンプレみたいな、獣の皮で作った衣服を着ているそれは、片手に自分の身の丈程の長さを持つ太い枝を所持していた。

 その枝の先端は、肉体に突き刺す事が出来る程度には鋭く尖っていた。

 数は3体。

 その枝で仕留めたであろうと思われる何らかの獣を、バリバリと生で食しており、口元にはおびただしい量の血が付着している。

 どうやら肉食獣の類のようだ。食べ方が完全に野生動物のそれであり、知性を感じさせるものではない。

 俺の接近に気付いたのか、3体の視線が一斉に向けられた。

 縦に切り裂いた猫のような瞳をしており、その目には少なくとも友好的な色は感じられない。

 手にした槍状の木の枝が、こちらへと向けられた。


「あの生物は、一体何なんだ?」

「アレはゴブリンという生物よ、数だけは居るこの世界の害獣みたいなやつだね。家畜を襲ったり、人間の子供みたいな力の弱い生物を襲う、魔物に分類された生物。性格は臆病だけど残忍、っていう感じだね。強そうな奴からは尻尾巻いて逃げて、弱そうに見られた奴には凶暴になって襲い掛かる、まあ、弱い者イジメするようなタイプ」


 ダンタリオンから、目の前に居るゴブリンという生物の説明を受ける。

 聞いた感じ、余りお近付きになりたくないタイプの生物だ。


「――主人(マスター)。私がやった方が良い? それとも主人(マスター)がやる?」


 ダンタリオンが選択肢を投げ掛ける。

 その意図を咄嗟に理解出来なかったのだが、直後にゴブリンがこちらに向けて飛び出してきた。

 槍のような枝を構え、刺突せんと地を蹴り猛進する。

 それを見て、ダンタリオンの意図を理解する。

 多分、俺達はゴブリンから見て弱者に分類されたのだろう。

 ダンタリオンは魔法を使えるという戦闘能力を有しているが、外見的には少女そのものであり、筋骨隆々の男性みたいに、一目で強いと判断される外見をしていない。

 そして俺も、ただの日本の社会人だ。筋肉も無いし、弱そうに見られても仕方ない。


「なら、俺がやる」


 相手は、こちらに害を成そうとして迫って来ている。

 ならば、その火の粉は払わなければならないだろう。

 ダンタリオンがその姿を消し。


「――交戦(エンゲージ)


 戦いの火蓋を切る、その言葉を口にする。

 擦過音が鳴り、デッキから初手が飛び出す。

 デッキを調整した甲斐有り、その初手は多少は見れる代物であった。

 これならば、マリガンはしなくても良いだろう。

 そしてデッキから現れたのは、召喚コスト5である俺の最も信頼するユニット、アルトリウスであった。


「……ファーストユニットはアルトリウスか、調度良いな」


 現れたアルトリウスは、俺へとその身体を向ける。

 

「――旦那様(マスター)!」


 早足で俺へと歩み寄り、両肩をガシリと掴むアルトリウス。

 力が篭っていて、少し痛い。

 その良く澄んだ、黒曜石のように黒い双眸(そうぼう)が真っ直ぐに俺へと向けられ――滂沱(ぼうだ)の涙が零れ落ちる。


旦那様(マスター)……旦那様(マスター)ぁ……ッ! ううっ、ひぐっ、何で……何でぇ……ッッ!」


 俺の腰に抱き付くようにその両腕を回し、顔を俺の胸元に埋めて本格的に泣き始めるアルトリウス。

 状況が飲み込めない。一体どういう事だ?

 だけど、取り敢えず今は――


「アルトリウス、今は戦いの最中だ。今は、俺の指示に従ってくれないか? それとも、無理そうか?」


 顔を埋めたまま首を振り、目を真っ赤にさせ、鼻をスンと鳴らしながらも、アルトリウスはゴブリンと呼ばれた魔物へと向き直る。

 ……もう良い。疑問を確かめる為にしようと考えていた事があったけど、それは後回しにしよう。今は、さっさとこの戦いを終わらせる事にした。

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