19.異世界 エイルファート
「どうして俺は、こんな異世界に居るんだ?」
「……主人、覚えてないの?」
「覚えてない?」
目を僅かに細めるダンタリオン。
その口振りは、まるで「俺はどうしてこの世界へやって来たのかは知っているはず」だとでも言いたげであった。
「記憶障害……いや、違うか……? 主人が地球に居た時の中で、一番最後にある記憶は何?」
「……雪の降る中、カードショップからの帰りに空を仰ぎ見た……それが最後の記憶だな」
「女の声は聞こえなかった?」
「女の声? そんなの聞こえなかったが」
「……つまり、そこから主人の記憶が断絶してるのか。って事は、消えてる記憶の時間は多分、一時間も無いはず」
ダンタリオンも考えの整理が終わったのか、俺の質問へと答え始める。
何でも、あの時俺が雪の降る夜、空を仰ぎ見ているタイミングで突如足元に魔法陣が出現。
そこから光が溢れ出し、「なら、お願いします。私の愛する世界を守る為、私と――」という途中で途切れた女性の言葉と共に、俺は光に飲み込まれた。
その後、何やら虹色に溢れた謎の空間を通過し、その中で渦巻く光に飛び込んだと思ったら、気付けば俺は空から落下していたようだ。
但し、この光に飛び込んだ後はダンタリオンの意識は図書館で目を覚ますまで消えていたらしく、俺が空から落下しているのに気付いたのはリッピらしい。
リッピは俺を爪で掴んで、落下の勢いを削り落としながら木々の中に突っ込んでいったそうだ。
……話が繋がった。
そして俺はリッピが呼び止めたエルミアに拾われ、あの時の家屋の中で目を覚ました――という訳か。
「もしかしたら、主人がその時の記憶を覚えていないのは、異世界へと渡る為の代償として失ったからかもしれない。これは、私の憶測だけどね」
そんなものか。
失った記憶が一時間そこらとか随分と軽いように思えるが。
だがこれで、どういう経緯でこの異世界へ俺がやってきたかは理解した。
ならば当然、次に聞く事は。
「俺は、元の世界に戻れるのか?」
「……恐らく、戻れる。どうもこの世界に来てから、私達がカードとして持っている能力を実際にこの世界では使えるみたいだから、次元の狭間を飛び越えられるような能力のカードを主人が召喚出来れば、可能性はある。だけど、私にはそういう能力が無いから現状では戻るのは不可能」
カードの能力を使えば可能、か……
異次元とか、異世界とか、次元の狭間とか……何かそういう設定が絡んでいたり、そんな効果を持っているカードか。
それなりにあった気がする。追放絡みの効果持ちのカードがあれば行けるかもしれないという事か。
なら確かにダンタリオン、それにリッピやフェンリル、インペリアルガードじゃ無理だな。
「それと、どうしてお前達カードはこうして実体化出来るようになったんだ?」
「主人の力」
「いや、だって俺にそんな力があったってなら地球に居た時点で実体化出来たはずだろ? 俺の許可も求めずこうやって勝手に出たり消えたりしてる、気ままなお前達が今まで出てくるのを我慢してました、とは思えないんだが」
先程までダンタリオンが腰掛けていた椅子の上で、毛づくろいならぬ羽づくろいをしているリッピを見ながら言う。
「……付け加えるなら、主人の力っていうのは本当で、それを使う為の手段が無かった。例えるなら、銃弾という力はあったのだけど、それを発射する手段が無かった……って言えば、主人も分かり易いはず」
「それが、この異世界に来てから身に付いたと?」
ダンタリオンは首肯する。
「それも多分、外部的な要因で。主人の魂に、私の知らない間に魔法陣が刻み込まれてる。誰に付けられたか……多分、あの時聞こえた声の女が一番犯人として濃厚」
魂と言われても、そんなもの俺には見えないから実感が湧かない。
だけどダンタリオンは明確な確信を持って言っているようなので、魂という存在も、その魂とやらに謎の魔法陣が刻まれているというのも本当なのだろう。
「後は……魂がどうとか言ってたな。カードに魂が宿っているって言ったけど、そんな事現実に有り得るのか?」
「有り得る。これに関しては主人もその例を良く知ってるはず」
俺も知ってる?
「……主人、付喪神って知ってるよね?」
付喪神?
確か、長く使ったりした道具なんかに神様だか霊魂みたいなのが宿るとか何とか――
「……そういう事か」
「そういう事」
腑に落ちた。
俺の持ってるカードが、軒並み全て付喪神になったって事か。
俺が今までカードに対して注いだ愛着や執着を考えれば、そんな物が宿っても不思議ではないのかもしれない。
過去の俺を鑑みると、明らかに異常なレベルだからな。
「付喪神って、現実にあったんだな」
「そう。主人の暮らしていた日本に伝わるこのお話は、決してオカルトなんかじゃなくて現実に存在する現象。知覚出来る人が少な過ぎてマイノリティの立場に甘んじているだけ」
「だから地球とかの話でも平然と対応出来るのか」
「付喪神として、私達は地球で生まれたからね。別にこの異世界に現れてから私達は今の私達を形作った訳じゃない。だから別に私達に遠慮なんてしないで、堂々と地球の話題を振っても大丈夫だよ。通じるから」
どうしてこの世界に来たのか、元の世界に戻れるのか。
何でカードが実体化するのか、どうしてカードに魂が宿ってるのか。
いの一番に聞きたいような内容は、こんな所か。
後は、細かい内容だな。
「そういえば、さっき言ってたエルミアとダンタリオンが同時に出られないって、どういう事だ?」
「主人の力で、私達カードがこうして実体化する事が出来てる訳だけど……どうも無制限っていう訳では無いみたい。カードによって限界の値があるみたいだね」
ダンタリオンは、自らの推測を述べる。
何でも、ダンタリオンは俺がエルミアと一緒に図書館を訪れ、調べ物をしている最中に既に意識を回復していたそうだ。
今すぐにでも出て行き、俺と対話を図ろうとしたのだが、何故かその時は姿を現す事が出来なかったそうだ。
しかし図書館での戦いで邪神の欠片を討伐した所、ダンタリオンは実体化出来るようになったとの事。
だが、ダンタリオンが実体化している最中、他のユニットは誰一人として実体化は出来なかった。
「ん? でも、今そこに思いっきりリッピが居座ってるんだが」
「そう、だから私はそれで推測を立てられたの」
最初が1、森での戦いで2、図書館で3になり、さっきの戦いで4。
「――主人がカードを実体化出来る限界値は、増えたタイミングも考えるとあの邪神の欠片という奴を倒す都度増えていっている。そしてその限界値と、主人の知ってるカードの召喚コストはイコールで繋がってる」
ダンタリオンの言いたい事が、頭上に電球が浮かぶ勢いで理解出来た。
今、俺が自由に出来るマナのリミットが4だという事だ。
その制限内でユニットを召喚する事が出来、それを超える量は出す事は出来ない。
「……そういえば、さっきダンタリオンが見せたエルミアの召喚コストは2だったな。それが原因か」
今、俺の前に現れているダンタリオンの召喚コストは3だ。
エルミアの2と併せると5になってしまい、4マナでは足りなくなってしまう。
これが、ダンタリオンとエルミアは同時に現れる事が出来ない、の理由か。
「……あれ? でも、俺はさっきの戦いでアルトリウスを召喚してなかったか?」
「主人がカードをプレイしている最中は、その制限は掛からないみたい。主人が一時的に、カードゲームというルールで世界の法則を歪めてしまう……そんな感じに思えた」
俺がエトランゼをプレイしている最中はこの法則には当て嵌まらない例外、という事か。
それだと、俺がアルトリウスと顔を合わせられるのは戦いの最中だけみたいだ。
俺というマナのリミットが4って事は、召喚コストが5のアルトリウスは実体化出来ないからな。
「後は……そうだな、デッキはどうやって編集すれば良いんだ?」
質問してから思ったが、これはかなり重要な質問だ。
さっきの戦いの最中、サーチカードを使った事でデッキの中を確認出来たんだが――余りにも、酷かった。
あんなデッキでは俺が思ったように戦う事は到底出来そうに無い。
「主人がカードを思い浮かべれば、それが勝手にデッキから飛び出すはず」
カード、か。
まあ取り敢えず、"エヴォフォ"と"レゾフォ"だな。
欲しいカードを思い浮かべたが、何も出て来ない。
「……出て来ないんだが」
「出て来ないのは恐らく、主人との繋がりがまだ回復してないカードだと思う。私なら出てくるはずだよ」
ダンタリオン……思い浮かべたらデッキケースから本当に出てきた。
わざわざストレージを漁って探し出す必要が無いとか便利だな。
「それで、普段通り主人がデッキを組めばそれがデッキとして機能するはず」
……まさか、異世界に来てデッキ編集する事になるとはな。
取り敢えず、どんなカードがあるか片っ端から思い浮かべてみよう。
リッピ、フェンリル、インペリアルガード、ダンタリオン、アルトリウス……
それだけじゃなく、さっきから実体化してないユニットなんかも一部出てきた。
しかし欲しいと思ったカードに限って出て来ない、なんて事態が多発している。
「……半端過ぎる」
手当たり次第に欲しいカードを思い浮かべてみたが。
今俺が使えるであろうそのカード群は、余りにも中途半端だった。
カードゲーマー的に考えれば、「そのデッキを作るなら、このカードは脇を固める要素として欲しいよね?」っていう類のカードがことごとく出て来ない、つまり俺の手元に無いのだ。
「……この条件で作るなら、アルトリウス主軸だなぁ……でも枠がスッカスカ過ぎる。ダンタリオンとインペリアルガード、この辺りで埋めるしかないか……」
「頑張る」
誰かに言ったつもりではない、完全に独り言のつもりだったのだが。
ダンタリオンは何故か握り拳を作っていた。
「――よし、これである程度まともになった」
手持ちのカードの内容が残念過ぎて、他のエトランゼプレイヤーに見せたら「紙束乙」という評価を下されるのが目に見えるが。
それでも、さっき見た内容と比べれば段違いに改善はしたはずだ。
「……それとさ、ダンタリオン。些細だけど気になってたんだが、さっきから俺の事をマスターって呼んでるけど、あれ何なんだ?」
「? 主人は主人だよ? だって、カードの精霊とかってそんな風に呼んでるでしょ? それに合わせてみたんだけど、嫌なら変えるよ」
「別に、嫌って訳ではないけどな」
その発想、思いっきり漫画やアニメの思考だよな。
「……カードは、どうすれば増えるんだ?」
勝手にどんどんカードが増えていってるが、これもきっと気付いたら増えるのではなくて何か法則があるに違いない。
「多分だけど、主人が『それっぽい』場所に行くと主人との繋がりが回復して主人のカードが手元に戻ってくるのかもしれない」
それっぽい。
えらいザックリした答えだな。
「この国、聖騎士国だっけ? 辺りに騎士様がいっぱい居るお陰で主人の持ってる騎士絡みのカードが一気に戻ってきた。それに、主人が図書館に行ってくれたお陰で私も主人との繋がりが回復出来た。多分、これで合ってると思う。リッピからの観測視点による憶測だけど、リッピが最初でそこからフェンリル、城に着いてインペリアルガード、図書館で私、そしてアルトリウス……ゆかりのありそうな場所に主人が訪れた順番でカードが開放されてる。理屈はまだ分からないけど、この推察は合ってると思う」
それっぽい、か。
確かに、それっぽいな。
リッピは普通に森に居そうだし、インペリアルガードが城に居るのも自然だし、ダンタリオンだって図書館が良く似合うだろう。
というか、それぞれカードの背景に書かれてる景色がそういう場所だしな。
「そうだと仮定して行動して、実際にその通りになるのが続くようなら、断言しても構わないと思う……主人がこの世界のモノを色々見て回れば、それっぽいカード達も戻って来れると思う」
成る程ね……理解したよ。
少なくとも、今後の方針に関してはどうしなければならないのか、という暗中模索の状態では無くなった。
「……他に、主人の聞きたい事はある?」
「取り敢えず、今の所は無いな」
「そう。なら、そろそろ良いかな……」
ダンタリオンはそう口にすると、突如パタリと寝床へ倒れ込んでしまった。




