0.終わりと始まりのプロローグ
この世界でかつて最も知名度が高くプレイヤーが多数いた対人カードゲーム、Etranger。
ジャンル的にはテーブルゲームの一種であるそれは、発売されたカードの種類は万を超え、カード同士の組み合わせで無限大の遊び方が出来るという代物であった。
全盛期にはカードゲームと言えばエトランゼ、とまで言われる程で、販売元の企業に「金を刷ってる」とまで発言させる程の大人気ゲーム……で、あった。
――しかしながらエトランゼはその後、凋落の運命を辿る事となる。
VRゲームの台頭を主因とし、販売会社の経営方針の転換、その結果経費削減の煽りを受け、徐々に規模の縮小が始まる。
更には売り上げにブーストを掛ける為か、ゲームバランスを崩壊させるようなチート臭いカードが量産され始め、それに嫌気が差したプレイヤーが次々にエトランゼを辞めて行った。
販売数が減り始め、プレイヤーが減った事で売り上げが下がり、売り上げが下がったから販売規模を縮小……
負のスパイラルが始まり、そして遂に――エトランゼは販売終了、そのサービスが完全停止する事となった。
「――で、これで召喚条件を満たしたから引導の鐘出してゲームエンド、と……」
それでもエトランゼを愛してやまない、熱狂的なプレイヤーは存在した。
例えこれ以上カードが販売されなくなったとしても、ソーシャルゲーム等とは違い、手元のカードが消える訳ではない。
今持っているカードを用い、身内で遊ぶ分には何の問題も無いのだから。
「……一日中ソリティアしてるのも流石に飽きるな」
ここにいる男、柏木 昴もそのプレイヤーである。
齢――ギリギリ20代、体系はやや痩せ型、身長180センチ、ジーンズに無地のスウェット、その上から黒のダウンジャケットを着込んでいるが、今は暖房の効いた店内の為、誰も座っていない隣の椅子の背もたれにジャケットは掛けられている。
サービスが終了しても足しげく店舗に通い、カードゲームを通じて知り合った同好の士を待つが――丸一日店舗で時間を潰すも、店員以外は昴しか存在しない店舗内を見れば結果は明らかであろう。
蛍の光が店内のスピーカーから流れ始める。営業終了の合図だ。
椅子から立ち上がり、荷物を纏めていると、このカードショップの店長から声を掛けられる。
「――そうですか。ここも、閉店するんですね」
「キミにはかなり贔屓にして貰ってたからね、僕としても心苦しくはあるけど……これも、時代なんだろうねえ」
会話の内容は、この店舗の閉店を告げるものであった。
昴の自宅から最も近いカードショップ。
VRゲームの台頭により、それ以外のゲーム業界は大打撃を被った。
テーブルゲームの一種であるカードゲームも、その大打撃を受けたゲームの一つである。
客をVRゲームに吸い取られてしまい、カードショップも売り上げが激減。
商売が回らなくなってしまったカードショップが次々に閉店を迎える事態となったのだ。
昴が贔屓にしていたこのカードショップも、その流れを避ける事は叶わず。こうして閉店の日を迎える事となった。
「なら……閉店する前に少しだけ買い足しておこうかな。希望の欠片と銀の銃弾、それから引導の鐘を下さい」
「はい、この3枚だね。もうキミが最後の客だし、サービスして3000円で構わないよ」
「良いんですか?」
「今までの感謝の気持ちだよ」
「ありがとうございます」
昴は懐の財布から紙幣を3枚抜き出し、カードショップの店長へと支払い、カードを受け取る。
「――やっぱり、こんなもんだよな……全盛期ならこのカード3枚で間違いなく諭吉が吹き飛んだのに」
「サービスが終了したカードにしては高い方だとは思うよ。……それじゃあ、もう閉店時間だから――」
「はい。今までお世話になりました」
昴はカードショップの店長と最後の会話を交わし、店の外へと出る。
空を見上げると、細かい綿埃のような雪がチラチラと舞い降りてきた。
もうすぐ12月も終わる。日付が回れば自分の誕生日だったなと、昴はふと思い出す。
後ろから無機質な音を立てながら降りてくるシャッターの音が響く。
これで、昴の行動範囲にあるカードショップは全て閉店してしまった。
「――結局、誰も来なかったな」
昴は一人、家路を歩く。
今日一日、開店から閉店までずっと昴はカードショップの中に設置されたプレイスペースにて座り込んでいた。
エトランゼプレイヤー所か、カードゲームをプレイする人自体が今日一日、誰一人としてやって来なかった。
エトランゼというカードゲームは、対人戦型のボードゲームである。
一人では対戦など出来ず、結局一日中、一人でデッキを調整し続ける結果となってしまった。
「くそっ……! 誰でも良いから、エトランゼをやってる連中はいないのかよ……ッ!」
拳を硬く握り締め、昴は天を仰ぐ。
未だ降り続ける雪が昴の頬に舞い降り、体温で解けて頬を伝い、雫と化して流れ落ちていく。
昴は魂の奥底から捻り出した様な、悲痛な声を上げる。
「俺にはもう、Etrangerしか無いんだっ……! 誰でも良い、何処でも良い! この俺に、エトランゼという戦場を与えてくれ――ッッ!!」
――降りしきる雪。
昴が道に歩み記した足跡が、何も無い道端の途中で途絶える。
12月21日。
昴の誕生日であるこの日を境に、柏木 昴という男は、この世界から忽然と姿を消したのであった。