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181.その後の顛末-4-

 うわあ、めっちゃ子供が居る。

 軽くシャワーで汗を流し、メガフロートまで連れて来た一行の様子を確認しに行く。

 インペリアルガードに引率されながら、ゾロゾロと子供達が室内を歩いていく。

 工場見学とか遠足とか修学旅行とか、何かそんな構図を彷彿させる。

 何か急に騒がしくなったせいか、元々暮らしていたヘンリエッタさん達も何事かと野次馬に来たようだ。


 孤児の数は十数人。

 元々居た人も含めて、メガフロート内の人数が――


「丁度30人ですね」


 ダンタリオンによると、学級1クラス分にまで増えたようだ。

 普通に大所帯。


「……こんなに人数増えると、ここの自家栽培だけだと農作物が確保し切れないんじゃないか?」


 このメガフロートは、何処かに寄港する事を考慮していない。

 無駄に広い敷地内で農業をする事で、最低限の農作物を確保出来るようにしていた。

 精々十人そこらだから、この敷地範囲でも事足りていた。

 だが、孤児院の子供達で一気に人数が増えた為、これじゃ量が足りなくなりそうだ。

 カード達にも相談したが、やっぱり量に不足が出そうだとの事。

 しかし追い出すという訳にも行かない。


「農業スペース増やさないとなぁ……」


 ここが海上である事と、メガフロートに設置されている設備のお蔭で、海水から水を無尽蔵に生成出来るので、水補給の為に何処かに寄港する必要が無い。

 漁である程度の食糧も確保出来るが、魚介類だけだと栄養素が足りない。

 足りないなら外部からとも考えるだろうが、他と交易するってのも無しだ。

 今回が正にその典型的な例だが、追われている人が居るのに寄港なんてしたら、拿捕しに誰かしら来るだろ。

 だから、他所から仕入れるという発想は可能な限り除外したい。

 漂う藻屑の如く、領海を避けてゆらゆら大海原を漂流するのみだ。

 ……俺達が交易してるのは、今後の事と趣味の為なので、これは気にしない。

 そして俺が居なくなっても、ここだけで衣食住が全て完結する。

 テラリウムのような感じが理想だ。

 流石に何千人と収容するとか言い始めたら無茶言うなって話だが、30人位なら……


「シンプルに敷地増やせば行けるんじゃね?」

「この上に更に階層を追加するんですか? 流石に動けなくなりますし最悪沈没しますよ? いくらIEコアを利用してるとはいえ、浮力と出力出来るパワーには限界がありますよ?」


 物凄い勢いでマティアスからダメ出しを喰らった。

 こういうマシンスペックとかに関する話題になると急に出て来て饒舌になるなコイツ。

 情報は助かるけどね。


「じゃあ、このメガフロートをもう一つ増やすとかはどうだ?」

「……そっくりコピーするだけですから、建造資材自体は時間があれば増やせますね。必要資源を確保した上で、大規模改修の時間があれば、増殖はさせられるかもしれませんね。それでも、最低数か月単位の時間は必要だと思いますよ」


 当然の如く資材が増える前提になってるのやっぱおかしいな。

 時間が巻き戻るせいで意図的にメガフロートを破壊すると増えるんだよね。

 リアル増殖バグじゃん。


「じゃあ、その方向で動けるか?」

「うーん……それでも結局、主任(マスター)の協力が無いと苦しいですよ、そもそも増やした資源を何処に保管しておくのかという問題もある訳ですし」

「じゃあ、必要な所に関しては協力するよ」


 あの子供達の面倒を見るのは、俺の責任じゃない。

 それは、連れて来る判断をしたカード達の責任だ。

 だが、カード達が責任を果たす場所を用意するのは、俺の責任だ。

 だから場所(メガフロート)を用意する、という事だ。


 もしメガフロート二代目が増えるなら、そっちはもう食糧生産に特化してしまった方が良さそうだ。

 全フロアハウス栽培。

 居住スペースはもう困って無い訳だしな。



―――――――――――――――――――――――



 子供達が寝静まった夜中。

 シャックスに呼び出され、バーバラとシャックスは共に、普段応接室代わりに使っている部屋を訪れる。


「まあ、座れよ」


 シャックスに促され、適当に配置されたパイプ椅子に腰を下ろすバーバラ。

 そしてシャックスもまた、バーバラの対面に置かれた椅子に腰掛ける。

 シャックスが座った椅子の隣には、他の人物も同席していた。


「――バーバラお前、何か隠し事してただろ」

「何の話だい?」


 本題を切り出すシャックス。

 それどころでは無かったので後回しにしていたが、こうしてメガフロートという安全圏に戻って来れたので、改めて追及する事になったのだ。


「……俺様はな、"隠された財宝"だとか"隠し事"だとかに鋭くてな。勘とかじゃなくて、そういう能力があるんだよ。それで、あの孤児院から凄まじく"隠したい"って気持ちに引っ張られて来た、ってのが俺が来た経緯だ」


 目を細め、バーバラを真っ直ぐに見据えるシャックス。

 何となく、だが。

 シャックスはバーバラという人物の裏を、推察していた。

 バーバラという女は、綺麗な経緯の人物ではない、と。


「全部、お見通しって訳かい」

「いいや? 隠し事があるって事だけは分かってるが、それ以外はまだ推測でしかねえよ」


 これがダンタリオンだったなら、バッサリと内面も嘘も暴いて全部丸裸にしてしまうのだろうが。

 シャックスの能力は、そういうタイプの能力では無い。


「隠し事、話して貰おうか。例え隠しても、俺様の同僚に嘘を全部暴いちまうヤツがいるから、隠しても無駄だぜ?」


 そう言って、視線を横に向けるシャックス。

 その視線の先には、同席していたダンタリオンの姿があった。

 ダンタリオンは無表情のまま、目を細めてバーバラを注視する。

 既に、嘘を見抜く態勢になっているのだろう。


「だから、さっさと正直に言いな。バーバラ、お前は一体何を隠してるのかをな」

「……殺す気なら、そもそも助けたりする必要も無い、か」


 そう口にして、天井を仰ぎながら小さく溜息を吐くバーバラ。

 意を決したか、真っ直ぐにシャックスを見据えながら、その口を開いた。


「そもそも、バーバラという名前は私の本名じゃない――ローズマリー・クレモニア。それが、私の本名さ」

「偽名って訳か、そもそもそこから隠し事かよ。ローズマリー・クレモニアって名乗れない理由は?」

「私は元々、グランエクバーク薬学研究所の主任をしててね。そこで、"悪魔の薬"って呼ばれてる薬の研究をしてたのさ」


 リィンライズ国内で蔓延した、"悪魔の薬"を製造した主犯。

 それこそが、グランエクバーク薬学研究所であり、延いてはローズマリー・クレモニアその人であった。

 今現在、ローズマリーはグランエクバークから指名手配されている為、この名を名乗る訳には行かなかったのだ。


「指名手配ィ? 何でそんな事になってんだよ?」

「グランエクバーク薬学研究所を事故に見せ掛けて爆破してね、研究データを全部おじゃんにしたのさ」


 随分過激な事をやったようだが、それ自体はさも何とも無いとばかりにあっさりと言ってのけるバーバラことローズマリー。

 反省も後悔も無い、そんな態度だ。


「……あんな薬、あれ以上世に広めちゃ駄目だ。だから――」

「でも貴女、そんな薬を売ってたわよね? 広めちゃ駄目ってその言葉は何なの?」


 遮るかのように、ダンタリオンが口を挟んだ。

 ダンタリオンの前で、嘘は吐けない。

 心の内と発言の矛盾に対し、ダンタリオンは即座に切り込んでいく。


「だから、か」

「それを隠したかった、って事なんでしょうね」

「……流通させてたのは、害になる成分を排除する代わりに効能が下がったヤツさ。禁断症状で苦しんでる奴が少しでも楽になれば、ってね。後は、罪滅ぼしとしてリィンライズの孤児達を集めて、孤児院をやってたって訳さ」

「でもその癖、金は取ってたのね」

「子供達を養うのにも薬を作るにも金は必要だからね。薬の知識はあったけど、私にはそれしかない。だから金を稼ぐ為には、薬を作るしか無かった。それで資金稼ぎをして孤児院を運営していた――後はシャックス、あんたが見たまんまだよ」


 言うべき事は言ったと、ローズマリーはそこで口を閉ざした。


「……で、どうだったんだダンタリオン」

「そうね、嘘は言って無いみたいよ」

「これで、この期に及んで嘘を並べ立てるのであらば、旦那様(マスター)の判断を待たずに追放したのだがな」


 ダンタリオンと同席し、事の成り行きを見守っていたアルトリウスが口を開く。


「少なくとも、我等に不義理を働く程の愚か者では無かったという事か」

「じゃあ、セーフって事で良いんだよな?」

旦那様(マスター)も、受け入れる方針のようだしな。ここで素直に全部打ち明けた以上、仕方あるまい」

「そいつぁー何よりだ。折角助けたのにやっぱり無し、とか言われたら完全に徒労になる所だったからなあ!」


 これで一安心だと、溜息を吐くシャックス。


「……判決は下ったって事かい?」

「そういう事だ。だが、条件……というより、前提を忘れるな」

「前提?」


 首を傾げるローズマリー。


「ここは死ぬ運命だった者達が、旦那様(マスター)の好意で生かされているだけの場所だ」

「何か違う奴も増えちゃったけどね」

「シアリーズは、相棒(マスター)が直々に連れ去ったんだからセーフだろ」

主人(マスター)の優しさにつけ込んでね。本当、主人(マスター)が優しいからって利用するような真似して……ムカつく」

「……話が逸れたが、言ってしまえばここは、半ば死者の住まう世界のようなモノだ。孤児を集めて養うだとか、随分慈善事業に精を出していたみたいだが、それもここまでだ。後は死人のように大人しくしていろ」

「子供達はこれから、どうなるんだい?」

「どうもしない、このままここで暮らして貰う。ただ旦那様(マスター)の話では、一人で生活出来る程にまで成長した時、外で生きるかこのままここで暮らし続けるか、選ばせてくれるとの事だ」


 そのままでは死んでしまう、生きる力が無いから、その命を拾ってきた。

 生きる力があるのなら、頼れる誰かが居るのなら、外で生きれば良い。

 それが出来ない者を保護しているのがここである。

 だから、死者の住まう世界だと表現しているのだ。


「そうかい。その、マスター? って人の御厚意に感謝するよ」

「よぅし、じゃあこれで万事解決って訳だな! まあ、指名手配されてるってならここから出る訳には行かねぇだろうが、少なくとも死なずには済むんだ。なあ

……あー、これはローズマリー、って呼んだ方が良いのか?」

「バーバラで良いよ、ローズマリーはもう捨てた名だよ。それに、呼び名が急に変わったら子供達が混乱するだろう?」

「ああ、それもそうか。んじゃ、これから宜しくなバーバラ。俺様も気が向いた時にちょくちょく顔見せてやるよ、嬉しいだろう?」

「子供達は喜ぶんじゃないかい? それなりに慕われてるみたいだしねえ」


 ローズマリー……ではなく、バーバラはシャックスをからかうように笑ってみせた。

 ローズマリー・クレモニアとしての生は、もう終わっている。

 これからはバーバラとして、ここで余生を過ごして行くのだろう。



 リィンライズとリレイベルで起きた二つの騒動は、今この時をもって、幕引き。



 そして、新たな事件の幕が上がる。



―――――――――――――――――――――――



 星明かりを覆い隠す曇天。

 海原は激しく波立ち、風吹き荒ぶ、嵐の夜。


「――こんなボロ船で、この嵐の中を進むなんざ正気とは思えんな。空振りだったらただ危険に身を晒すだけじゃないか」


 そんな状況で、ただ一隻。

 大海原を突き進む船があった。

 下手すれば沈没しかねない、狂気の行軍。

 船室で一人の男が、自らの主を睨みながらぼやいた。


「ワタクシは極めて正気ですわよ? だからこそ、"神託"の通りに進むのです」


 その睨まれた主――高貴そうな装束に身を包んだ女性は、微笑を浮かべながら続ける。


「今日、このタイミングで船出すれば、ワタクシの勇者様に出会える――余程強引に捻じ曲げようという意志でも働かない限り、神託は必ず当たりますからね」

「色ボケここに極まれり、か」

「何とでも言いなさい。ちゃんと対価は支払っているのですから、代金分は働いて頂きますわよ?」

「全く、人使いの荒い……」


 大きく溜息を吐きながら、男は懐からライターを取り出し――


「それと、煙草を吸いたいなら外で吸いなさい」


 目の前の女性に、それを咎められた。


「……この嵐の中でか?」

「ワタクシの衣服や荷物にヤニ臭を付けないで頂けますか? どうしても吸いたいのならば、止めはしませんからどうぞ外で」

「そこまでして吸う位なら、目的地まで我慢するさ。面倒臭い」


 舌打ちしながら、取り出し掛けたライターを懐にしまい直す。

 船室の椅子に腰掛け、男は手持無沙汰そうに宙に視線を投げた。

 揺れる船室に、船体が軋む音が響いた。


「遂に……遂にお会い出来るのですね勇者様――!」


 窓の外、暗い暗い曇天と海原しか見えない、その先に熱い視線を送る女。

 嵐に翻弄されながら、何も無い海原を走り続けて――小さな光が、彼女の目に止まるのであった。



第八章、これにて終幕

第九章~Recall"EF"~は節目となる予定

マッテテネ...

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[一言] なんか面倒そうなのがきたぞー
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