180.その後の顛末-3-
グランエクバーク特務機関。
ありとあらゆる裏工作――収賄、ハニートラップから報復テロまで――グランエクバークの"闇"を司る存在。
その名の噂は世界中に轟いているものの、実態を確認した者は居らず、グランエクバークもその存在を公式の場で否認している。
だがそれは、確かに存在している。
グランエクバークの繁栄、未来の為に、手段無用、無法上等で動き続ける秘密組織。
それこそが、グランエクバーク特務機関と呼ばれる存在であった。
「――ローズマリー元室長の側に、妙にキレ者の男が常時居る状態で、直接拉致するのは困難と判断致しました。故に、次善策として町民をけしかけて殺害を試みたのですが……」
石レンガが剥き出しの壁、冷え冷えとした蛍光灯の明かり。
机と椅子があるだけで、他には何も無い、生活感皆無の無機質な個室。
その個室に、二人の男が腰掛けていた。
グランエクバーク特務機関、その諜報員が密会に使う場所の一つがここである。
本部はこことは別の場所にあり、この部屋には書類のような情報に繋がる代物は一切置かれていない。
この部屋を家探しした所で、一切情報は出て来ない、徹底した隠蔽工作がされていた。
「――失態だな」
「申し訳ございません」
軍服に身を包んだ、一人の男が叱責する。
責められていたのは、以前シャックスとバーバラが訪れていた村に滞在していた人物であった。
この者こそが、グランエクバーク特務機関の諜報員、その一人であった。
グランエクバーク薬学研究所の事件以降、行方知れずであったローズマリー元室長の拿捕、それが困難ならば暗殺。
それが、この男に与えられていた任務であった。
男が言及したキレ者というのは、シャックスの事である。
パワーも然程高くない、能力も直接的な戦闘能力に関係する訳でも無い、戦闘に関してはあまり期待出来ない能力値、それがシャックスである。
だが、それはEtrangerというカードゲームの中での話。
シャックスのパワーは3000という数値を誇る。
以前昴達がグランエクバークにて交戦した際、銃器で武装という"人間"の範囲で可能な最も高い攻撃力を持った状態の人物、それがパワー3000というラインである事は既に結果として分かっている。
特に武器を持っている訳でもない、半裸の男という出で立ちのシャックスが、重火器でフル武装した人間と同じパワーという判定なのだ。
見た目こそ人間と変わらないが、分かる者が見れば、そこに居るのが怪物と呼ばれるモノである事は一目で理解出来る。
そして、シャックスの事を観察していた人物は、その分かる者だった、という事なのだろう。
更に言うならば、シャックスはフレーバーテキストで設定された通り、"裏"の人物である。
それ故に、陰謀だとか暗殺だとか、そういう臭いには敏感である。
もしこの男が、もっと突っ込んで暗躍しようとしていたならば、恐らくシャックスにその存在を感知されていただろう。
「理想は拿捕、それが難しいようならば抹殺……そのどちらもしくじるとはな」
「あの状況下、私自身が直接的に動くとあの男に勘付かれる可能性がありました」
「身を晒さない事を重視した、という訳か」
尚、これは余談だが、元々この世界の人間であるエルミアもパワー3000である。
彼女もまた化物と呼ばれる領域に居る人物である事が、このパワーラインで理解出来る。
元々、彼女一人で邪神の欠片相手に粘っていた事を考えればそれもまた納得である。
「……だが、ローズマリー・クレモニアの生存が確定した。一歩前進したと考えるべきか」
軍服に身を包んだ男が、手にした書類を、バサリと机の上に放り出す。
書類と写真をクリップで挟んだ、二つの書類。
内の一つには、彼等がローズマリー・クレモニアと呼ぶ女性――バーバラの顔写真が挟まれていた。
そしてもう一つは。
「それで、アルティミシア・シドネイアの行方は?」
薄汚れた白衣とジーンズに身を通した、眼鏡を掛けた女性の写真。
痩せ気味で、あまり健康的とは言い難い体型。
陰鬱な表情を浮かべており、どことなく不気味さを感じる。
話の流れからして、この女性こそがアルティミシアと呼ばれている人物なのだろう。
「そちらも捜索が難航しておりまして……ここまで情報が影も形も無いとなると、世捨て人の如く誰も近寄らない僻地に隠れ潜んでいるとしか……」
「しかしその隠れ家として筆頭であった東の湿地帯も、勇者が問題を解決したお蔭で人の手が入れられるようになった。先遣隊を送って開拓を進めているが、今の所情報は無い、か」
入った者は誰一人、生きて帰ってこれない。
そう言われ続けていた、呪われしグランエクバーク東湿地帯。
そこの呪いの元凶は、既に昴が討ち滅ぼしており、今は国家主導で湿地帯の開拓が進められていた。
何しろ、グランエクバークという国にとって一番の泣き所は、食糧自給率の低さだったのだ。
寒さのせいで国土の大半は農業に不向きで、勇者の残した遺産である圧倒的な武力を用いて、他国の代わりに凶悪な魔物や邪神の欠片討伐を行ったりする事で、他国から食料を仕入れていた。
湿地帯という、まともな水源があり、植物も育つという、農業が可能だと分かり切っていた土地は、呪いのせいで使えない。
それが、遂に使えるようになったのだ。
グランエクバークからすれば、念願の食糧自給率向上に繋がるのだ、国家の一大プロジェクトにもなって当然である。
必然的に急ピッチで開拓が進み、開拓が進めば、湿地帯の情報も次々に入って来る。
だがそれでも、アルティミシアと呼ばれている女性の情報は、皆無であった。
「死んでいる、と考えるのが一番簡単だが……ローズマリーが生きていた事で、猶更そう処理する訳には行かなくなったな」
「アルティミシアも生きている、と考えるべきでしょうね。あの二人だけ、死体が見つかっていない訳ですから」
グランエクバーク薬学研究所は、事故なのか事件なのかは不明だが、爆発によって跡形も無く消えてしまった。
研究成果も消滅し、研究に直接関わっていた職員の大半は死体で発見された。
その中で、見付からなかった死体――その二人こそが、ローズマリーとアルティミシア、その二人であった。
「引き続き、任に当たれ。次はしくじるなよ」
「了解」
再び男は、ローズマリーとアルティミシア、両名の捜索に当たる。
軽く軍服の男に敬礼した後、部屋を後にするのであった。
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"適合者"と呼ばれる、"魔王"直属の配下と魔王が暮らす、その根城。
魔王城とでも呼ぶべきそのアジトは、当然ながら世界各国、どこの情報機関にも存在は知られていない。
「"冒涜"か、しばらく顔を見ていなかったが、一体何処に行っていた?」
「おお、"烙印"か。ちょいと魔王様の命で、おつかいに行ってた所じゃよ」
"冒涜"と呼ばれていた女性は、掛けていた眼鏡をクイッと直しながら、"烙印"と呼ばれている男の方へと向いた。
「魔王様から力を与えられた者が、遂に目覚めたんじゃよ! それも一気に二人じゃ二人!」
「つまり、"適合者"か!」
「そういう事じゃ。魔王様からはそれぞれ、"怨恨"と"神託"の二つ名を拝命したようじゃぞ、ワシはその出迎えに行っていたという訳じゃ」
「……"神託"だと?」
聞き覚えのある単語を耳にした事で、"烙印"はその話題に強く興味を示した。
「おっと、お主も気付いたか。そうじゃ、あの"神託"じゃよ。無論、その能力も健在のようじゃぞ?」
「ほう」
「それで、早速"神託"からの情報提供じゃ。どうやら近々、勇者がナーリンクレイを訪れるらしいぞい?」
「ナーリンクレイを? それは確かか?」
「他ならぬ"神託"からの情報じゃ。それで、ほれ。以前お主が言っていたアレ、これなら行けそうではないかえ?」
「――"EF"か。確かに、勇者が自らナーリンクレイに足を踏み入れてくれるのであらば……行けるな、空想が現実味を帯びて来たか」
「じゃ、後は任せたぞえ。ワシは研究で忙しいからのぉ」
「何を馬鹿な。貴様にも働いて貰うぞ」
「何じゃとぉ!? 年寄りには優しくせんかい!」
「"適合者"の中では若輩だろう、人間の年齢なんぞここでは何の役にも立たんぞ」
"烙印"にコキ使われる未来を想像として、拒否するべく白衣をばたつかせる"冒涜"。
しかし抵抗虚しく、"烙印"に襟首を掴まれて連行される"冒涜"なのであった。




