178.その後の顛末-1-
式場に賊が乱入し、バルフリート家の令嬢を拉致して逃亡。
国の面子が丸潰れの大事件だが、内密に済ませるには賊が大立ち回りをし過ぎた。
シアリーズを連れ去る賊の姿をツェントゥルム市民も観光客も含め多数目撃しており、緘口令を敷くには無理がある。
仕方なく事実を公表し、賊の指名手配と令嬢の捜索、その両方のお触れを飛ばした。
結婚式が潰れた事で、フィルヘイムの復興支援も立ち消えになった。
これが何よりも痛手だろう。
資金難故に、国の完全再建は遠い道のりになる。
痛感する、己の敗北。
古の勇者が遺したこの聖剣、ブリッツシュトラールを所有する者は、あらゆる能力が上昇し、受けるダメージを大幅に減少させ、またこの剣自体も決して壊れる事は無い。
フィルヘイムに伝わる国宝の一つであり、この剣を扱えるのはかつて所有していた勇者と、フィルヘイム王家の血を引く者だけである。
歴代のブリッツシュトラール所有者、つまり俺の先祖達は、この剣を手にした状態では、誰一人として戦場で死んだ事は無かったという。
それ程までの力を与えてくれる聖剣であり、今回の俺もまた、戦場では死なないという逸話に偽りなし、という事を証明する事例の一つとなった訳だ。
あの時の戦いで負った傷は、既に癒えた……とはいえ、この剣を手にした状態で、傷を負ったという事自体が、驚愕の事態だ。
生き延びた。
だが、心に刻まれた敗北感は消えない。
あれ程の男が、未だに野に埋もれたままだったとは。
あれ程の存在が、何故賊として振る舞っているのか。
それだけの力があれば、陽の当たる場所でいくらでも、地位も財も築けるだろうに。
しかし、奴――奴等は、一体……
曲がりなりにも、"フィルヘイム最強"とまで呼ばれた俺を、ここまで圧倒する。
そんな事が可能な存在が、そもそもこの世界にどれ程存在すると言うのか。
俺に比肩し得る存在……他国の最強と呼ばれる者達であらば、頭に入っている。
他国から侵略戦争を受けた際には、前線に出て来るだろうからな。
敵の情報を集めておくのは、戦いにおける基本中の基本だ。
だが、あの男はその誰でも無かった。
……もしや、"勇者"なのか?
俺が不在のごく僅かな期間だが、今代の勇者と思われる男が、王城を訪れていたという報告は受けていた。
やたら目立つ鳥を連れていたとの事だが……首都での邪神の欠片騒動の際、行方知れずになってしまった。
その後、一切消息が掴めずに居たが……しかし、風貌の報告はあの男とは――いや違う、後ろに居た奴か――?
全身を覆い隠す装束、もしや……
それに、あの時。
俺を呼ぶエルミアのような声が――
「陛下! お戻りになられましたか陛下!」
「……フォルガーナか、どうした騒々しい」
何時までもリレイベルに留まったままではいられない。
今後の事を思慮しつつ王城に戻って早々、慌てた様子のフォルガーナが駆け寄って来る。
「エルフィリア様が……失踪、しました」
フォルガーナの言葉の意味が、瞬時には理解出来なかった。
エルフィリアが――失踪した!?
「どういう事だ!? 侍女は!? 衛兵は!? 一体何をしていた!?」
「既に聞き取りをしていますが、誰もエルフィリア様を見てはいないそうです。最後に姿を確認したのは、侍女が夕食を運んだ二日前の夜との事で……」
そんな馬鹿な事があるか!
自分でも乱暴だと自覚したが、感情のままにエルフィリアの私室へと押し入る!
「エルフィリア様の部屋は、入った時に鍵を開けた以外は全てそのままの状態にしてあります」
室内に争った形跡は無いし、そのような声も音も、誰も聞いていないとの事だ。
鍵を開けた、つまりこの扉には鍵が掛かっていた。
窓も閉ざされており、他に出入口は存在しない。
完全な、密室。
何者かがエルフィリアを連れ去ったにしろ、エルフィリア自らの意志で脱走したにしろ、状況が不可解だ。
賊が侵入したのなら、密室にする必要は無いし、エルフィリアが脱走したなら、そもそもどうやって逃げ出したのか。
「エルミア……それにエルフィリアまで……ッ!」
無力感が己を苛む。
大切なモノが、自分の居ない所で失われていく。
俺の居ない所で、父上が亡くなり。
俺の居ない時に、首都が襲撃され、エルミアが戦死し。
そして今、俺の居ない時に、エルフィリアまで居なくなった。
全部、全部、俺の掌から零れ落ちていく。
何が"フィルヘイム最強"だ。
どれだけ強くなっても、結局何一つ守れない。
自分で自分が情けなくなる。
抑えられない感情、怒りのままに、拳を壁へと叩き付ける!
こんな事をしても、何も変わらないというのに。
「……既に、エルフィリア様の捜索隊を編成して任に当たらせています。心中お察し致しますが、急を要する政務が控えております、どうか――」
「分かっている……!」
俺は、フィルヘイムの王だ。
父上と比べれば頼りない限りだが、未熟ながらも王座に就いた以上、その責務は果たさねばならない。
わがままや泣き言を言っている間に、他の者達が全て片付けてくれていた、子供の頃とは違うのだ。
王が動かねば、国が傾く。
否、既に今、国は傾き始めているのだ。
手をこまねいていれば、傾くだけでは済まず、転覆する。
父から継いだ国を、俺の代で終わらせる訳にはいかない。
何より、未熟ながらも俺を慕い、俺を支えてくれている民の期待を、裏切れない。
日々の仕事に忙殺され、神経を擦り減らしながら、今日も、そしてこれからも、政務を行い、敵と戦い続ける。
全ては、この国の為に。
父から受け継ぎ、妹達が愛したこの国まで、失う訳にはいかない。
だが――父も、妹達も、皆……居なくなってしまった。
俺が本当に守りたかった、大切なモノばかりが消えていき、常に続く気の休まらないこの日々に、終わりは来るのだろうか――?




