177.ルール
戦闘を龍達に任せ、大海原を飛行している最中。
俺の身を守っていた盾も、手にしていた手札も、全て消失した。
破壊されたとか、手札破壊されたとかそういう訳じゃない。
戦うべき相手が居ないのに、戦闘を継続する事は出来ない、というだけだ。
Etrangerによる戦いを、勝ち負け以外の方法で終了させる事が可能な唯一の手段がコレである。
意図的に戦闘を中断出来た事で、俺の考えが正しかった事を証明出来た。
もしこれで戦闘が終了せず、本当に勝つか負けるか以外の手段で戦いを終わらせられないのであらば、無限にデッキ枚数を回復させる手段を搭載したデッキならば、完成された盤面で開幕から相手を殴り付けるというチート行為が許されてしまう。
そういうインチキが出来ないようにっていう制約の類だと思うんだが、ルールの穴を突いてる感はある。
以前、同様に戦いが中断された事があった。
かつてリズリアと共に戦った、亡国リンブルハイムでの戦いがそうだ。
あの時も、戦うべき相手が目の前から居なくなってしまった事で、戦闘が終了してしまった。
その時と同じ状況を、意図的に再現したという訳だ。
でもこれ、逆に言えば戦況が不利になったら俺が逃げる事で戦闘を中断させて、仕切り直し出来るって事じゃね?
悪用出来そう。
……いや、無理か。
戦況が不利って事は、俺の盤面ズタズタって事じゃん。
そんな状態で、俺が逃げ切れるとは到底思えん。
こっちが優勢、よくて五分以上じゃなきゃ中断なんか出来ない、って思った方が良いな。
初手のマリガン結果が気に入らなかったら逃げて中断してやり直し……これも相手から逃げ切れなさそう……ユニットっていう壁が出てない段階だし……
「……お主、一体何者なのじゃ?」
背中に背負った少女、シアリーズが問い掛けて来る。
疑問はごもっともだが、この状況で会話する気は無い。
「詳細は後程」
それだけ伝え、後は徹底して無言を貫く。
今の俺は賊なので、正体に繋がりそうな事は一切喋らない。
俺は知らない、関係無い。
沈黙が気まずいとか、考えない、気にしない。
ただ無言で海上飛行を続ける。
「……島? いや、船……?」
洋上に浮かぶ、メガフロートを目にしたシアリーズが呟いた。
どっちも合ってるっちゃ合ってるんだよな、巨大浮島がメガフロートって呼ばれる訳だし、推力持ってるから船でもあるし。
メガフロートの甲板、昇降口付近にシアリーズを降ろす。
後は中まで案内すれば良い。
「しばし待て」
それだけ言い残し、俺はエアフロートボードでベランダまで移動する。
砂漠に居た時はマジで暑苦しかったけど、空を飛んでいる最中は防寒性能のお蔭でかえって快適だったな。
もう正体を隠す必要は無いので、メットもポンチョもさっさと脱ぎ捨てる。
「お帰りなさいませ、御主人様」
王の帰還を出迎えるが如く、恭しく脱いだ衣服を受け取るインペリアルガード。
「インペリアルガード、風呂沸かしてあったりしない?」
飛んでいる最中に汗は乾いたけど、汗だくになったのは変わりない。
ひとっ風呂浴びたい気分だ。
「用意は出来ています、どうぞこちらに」
今から沸かすと思ったらマジかよ、準備万端過ぎない?
「それと、連れて来た人達に案内しないといけないな。不安になってるのも居るかもしれないし」
「かしこまりました、では僭越ながら私めがその大任、請け負わせて頂きます。可能ならば、御主人様のマナの使用を許可して頂きたいのですが」
「良いよ」
そんな大げさな言葉を残し、分裂したインペリアルガードの一人が部屋から出て行った。
一人は俺の側に控えたままである。
案内は別に一人居れば大丈夫か。
「……ああ、それとシャックス、龍、居るか?」
「呼んだか相棒?」
シアリーズを連れて移動中、考えていた事がある。
流石にこれは必要だと判断したので、二人に宣言する。
「龍とシャックス、お前等リレイベルとフィルヘイムとリィンライズ出禁で」
「はぁ!?」
「いきなり何だよ!?」
龍とシャックスから、当然の反応が返って来る。
「いや、俺も後出しでこんな縛り付けたく無いんだけどさ」
カード達は、俺の持つこのカードがある限り、決して死ぬ事は無い。
実体化の解除という手段がある以上、閉じ込めるという事も出来ない。
言ってしまえば、俺の生存という条件付きの、無敵の存在という訳だ。
つまり、カード達を逮捕も死刑にも出来ないという事だ。
国家が個を罰する事が出来ない。
犯罪者が堂々と往来を歩ける状態。
それ即ち、国家秩序の崩壊。
「流石にこれは駄目だ、だから犯罪者と死んだヤツはその国出禁だ」
この位の縛りを設けないと、この世界の法秩序が乱れる。
乱すような悪党の活動を許すな、と言われるかもしれないが、例え性根が悪党だとしても、悪事を働くまでは善良な一般人だろ。
悪さするかもしれない、という意見で縛り付けちゃ駄目だろ。
「犯罪者と死んだヤツはその国で活動出来ない、この縛りなら、国が悪事を働いたカードを死刑にして、国内での活動を封じられる」
まあ、死刑と言っても本当に殺せる訳じゃないんだが。
「というか、これ位の縛りを入れないと――公平じゃない」
手元にある、カード達へと視線を落とす。
こいつ等の持つ力があれば、国家を消し去る事も、世界そのものを滅ぼし尽くすのも、容易く出来てしまうだろう。
だが、そんな事をしてどうなる。
俺の望みは、カード達が在りのままで居られる事、Etrangerという世界を見ていたい、ただそれだけ。
この世界を滅ぼす事じゃない。
だが、その気になれば何もかも滅ぼせる力すら持つこいつ等を、何の制約も無しの無敵状態で好き放題放逐したら、俺にその気が無くてもその内、ひょんな事で世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
それはこの世界にとって、公平じゃない。
「犯罪者は裁かれなきゃいけないし、死んだヤツが自由に出歩いてたら駄目だろう」
「……そこ以外なら、別に出歩いても問題無いって事だな?」
「うん」
死刑にした奴が他の国ではフラフラしてるとかいう状況になってしまうけど、まあ、後出しルール追加だしそれ位はね?
あと、バレなきゃセーフだとも考えてるけど、それはわざわざ口にする事ではない。
「よし、言いたい事はこれだけ。お前等二人も、インペリアルガードと一緒に今回連れて来た人達の案内に参加してこい。その方が多分、あの人達も多少安心するだろ?」
急に見知らぬ環境に連れて来られたんだ、顔を知ってる奴が居た方が良い。
以前連れて来たヘンリエッタさん達も、その時顔見知りだったジャンヌやガラハッドが近くに居た訳だし。
よし、これで今回の騒動は片付いたな。
細かい問題は色々残ってるけど、それは後で良い。
今は取り敢えず、風呂だ。
身体がベタベタして気持ち悪い。




