171.略奪王、大立ち回り
「お、お主! 龍の知り合いなのか!?」
シャックスの小脇に抱えられたまま、疑問をぶつけるシアリーズ。
式典に乱入して来た無頼漢、普通であらば取り乱したり抵抗する所だが、シャックスが龍の名を口にしていた為、シアリーズは特に暴れたりする事は無く、大人しくしていた。
「おうともよ、龍のヤツと男の約束交わしちまったからなァ。なあに大した事じゃねえさ、奪って逃げる。俺様の本領発揮の場面じゃねえか! これが出来なきゃ、略奪王の名が廃るってモンよォ!」
屋根を一足で飛びながら伝って行き、襲撃が外周の警備に伝わるよりも早く、近くの茂みの中へと飛び込む。
一際大きいエキゾーストノートを轟かせ、龍が置き去りにしてたバイクが、隠していた茂みから勢い良く飛び出す!
「美女を乗せてバイクでランデブーってかァ!? 生憎ここまでちびっ子だと俺様のストライクゾーンからはハズレてるけどなァ!」
「ちびっ子じゃと!?」
「口開くと舌噛むぞ、しっかり掴まってろ!」
土埃と爆音を巻き起こしながら、市街地を走り抜ける!
緊急用と思われる警笛の音が、背後から鳴り響いた。
「オラオラオラァ! 道開けろォ! 開けなきゃ轢き殺すぞテメェ等!!」
退かなきゃ、本当に轢き殺す!
その気迫を周囲に振り撒き、シャックスは首都を駆け抜ける!
だが、このまま易々と脱出など出来る訳が無い。
リレイベルの首都という事だけあり、警報の伝達速度は迅速、かつ正確な対応。
「――閉門だ! 港も封鎖しろ! 賊を逃がすな!!」
国の一大イベント、その祭典に襲撃者。
これを取り逃がせば、国の沽券に関わる。
陸路からも海路からも、絶対に逃がさない包囲網。
更に、爆音を轟かせながら走っているが故に、賊の居場所は一目瞭然、いや音で分かる。
賑わう大通り、そこから散発的に飛び出す捕縛の手を、巧みなライディングテクニックでかわし続ける!
「ど、どうやって逃げるのじゃ!?」
「んなもん、そこにドデケェ門があるだろうが!」
「で、でも……」
港が封鎖されたが、バイクで海は走れないのだからそこは問題ではない。
初めから逃走経路は陸路一択である。
結婚式会場となった教会、そこから一番近い出口となる門は、バイクで飛ばして最短距離でも3分程掛かる。
「も、門が閉められるのじゃ!」
そして、それだけ時間が掛かってしまえば、唯一の脱出口である門は閉じられてしまう。
事実、門に居た兵士達は既に閉門作業に入っていた。
一番近かった脱出口は、もう9割方閉門作業が終わっており、既にバイクで走り抜ける事は出来なくなっていた。
門が閉じれば、シャックスの逃げ道は失われる。
逃げ場が無くなれば、後は包囲網を狭めていけば、何れシャックスまで辿り着く。
それで、ゲームオーバーだ。
だから、龍では不可能だった。
龍に出来る事は、ただただ、目の前の敵を殴り倒していく事のみ。
力尽くで警備を殴り倒して進む事は出来るだろう。
だがそんな事をすれば騒動になり、目的であるシアリーズを何処かに隠されて終わりだ。
奪って逃げる、その第一段階である奪う所にすら辿り着けない。
そして例え奪えたとしても――この通り、逃げ出す事が出来ない。
「んなモン分かってるっての! そこは抜かりなく対策済みよォ!」
衛兵の手を逃れ、植木鉢や洗濯物を弾き飛ばしながら細い道を駆け抜ける!
一番近い門をスルーして、シャックスが目指したのは何故か、二番目に近い門であった。
最短距離より、追加で2分程の時間を掛けて辿り着く。
だが、一番近かった門が既にほぼほぼ閉じられているのだ。
余計に時間を掛けて辿り着いても、既に門は閉じられて――
「――どれだけ強欲なんだ貴様は! 何でこんなに荷物を積み込んだ!?」
「そりゃ限界まで積むに決まってるでしょう!? 一回の旅路でどれだけ時間と金が掛かるか分かってるんですか!? ありったけの荷物を運ばなきゃ損でしょう!?」
「荷物はまだ降ろし終わらんのか!?」
「ちょっと!? それ滅茶苦茶高いポーションなんですよ!? 雑に扱わないで! 壊したりしたら弁償して貰いますからね!?」
「馬車の方は直らんのか!?」
「まだ馬車が重過ぎて持ち上がりません!」
――門は、開いたままだった。
「あ、開いたままなのじゃ!?」
「いやー、ラッキーだぜぇ! まさかあの商人も、自分が乗ってる馬車の車軸が無くなっちまうなんて、思いもしなかっただろうなぁ!?」
愉快そうに笑うシャックス。
シャックスにとってラッキー、当事者である商人にとっては、実にアンラッキーだっただろう。
よりにもよって、門を通るタイミングで馬車の車軸が何処かへ無くなってしまったのだ。
車軸が無ければ車輪が付けられない、車輪が無ければ、走れない。
門の所で、馬車は立ち往生してしまうというトラブルに見舞われたのだ。
言うまでも無く、犯人はシャックスである。
「あれじゃ、車軸を取り付けるにしろ、荷物を降ろして馬車を軽くして動かすにしろ、5分や10分で済む作業じゃねえだろうさ!」
その間、馬車が邪魔で門は閉められない。
初めからこれを狙って、シャックスは前もってトラブルを起こしていたのだ。
「だけど、これじゃ馬車が邪魔で通れないのじゃ!」
シアリーズの言う通り、トラブルを起こした事で門は閉じられていなかった。
だが今度は、馬車が邪魔で通れない。
「だから――今度はマジで口閉じろ! しっかり捕まれ!」
振り落とさぬよう、自らの懐にしっかりとシアリーズを抱き込むシャックス。
馬車に向けて、より速度を上げて突進する!
「賊が来たぞー!!」
シャックスの存在に気付いた兵士達が、声で周囲に知らせつつ、次々に武器を構える!
外壁からも、弓を構えた兵士が顔を出し――
「それを寄越せ……ってな」
抜剣した筈の兵士の手元から、剣が消えた。
消えた剣は既に、シャックスの手中にあった。
奪い取った剣が投擲され、弓を持った兵士の肩へと突き刺さる!
シャックスの持つ、第2効果。
フィールドに存在する装備呪文1枚を選択し、そのコントロールを得て、このカードに装備する……という物。
この装備呪文という分類は、この世界のルールでは、相手の持つ装備や所有物、という判定になっているようだ。
相手の懐に収めた財布や、身に着けている指輪やイヤリング、果てには手にした剣や、乗っている馬車の車軸まで!
相手の金品を何でもかんでも奪い取る!
基本的に効果の起動にマナを要求されるシャックスが唯一、自らの意志のみで行使出来る能力がコレである!
「飛ぶぞ!」
「飛ぶ!?」
門の近くにある飲食店。
今日のオススメ! と掛かれた看板が、バイクによって踏み付けられる!
その看板を足場にして、シャックスの乗るバイクが宙へと舞った!
勢い良く放物線を描きながら、バイクは門を固めた兵士の頭上を通り過ぎていく。
そして、馬車の頭上と門の隙間を滑り抜け――
「今度はもっと厳重にしとくんだなァ! あばよォォ!!」
土砂を巻き上げながら、着地!
拍手喝采のライディングテクニックを一発で成立させ――包囲網を、突破する!
門という防衛ラインを突破した以上、最早シャックスの目の前に広がるのは無人の荒野のみ。
鳥籠の中から、鳥が解き放たれる。




