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169.赤影到来

 何時しか、空には日が昇り始めていた。

 傷付き、その身を毒が駆け巡っても、(ドラゴン)は夜通し戦い続けた。

 (シャックス)との約束を果たす、ただそれだけの理由で。


 (ドラゴン)の口元から、明らかに傷が原因とは思えない量の血が零れ落ちた。

 既に毒が全身を回り、侵し、蝕み……常人ならば、とっくに死んでいただろう。

 だが、(ドラゴン)は倒れない。

 その目から、闘志の光が消えない。


「ばっ、化け物め……ッ!」

「怯むな! 奴とて毒が効いている! 徐々に動きも鈍っているのが分かるだろう!」


 シャックスと合わせて、既に半分以上が打ち倒され、気勢が折れそうになっていた群衆を鼓舞するロン。

 事実、ロンの指摘した通り、(ドラゴン)の動きは少しずつ鈍くなっていた。

 ほんの僅かではあるが、(ドラゴン)の持つ能力よりも、ロンの毒による弱体化の方が上回っているようであり、徐々に、その馬鹿力が失われ始めていた。


「クソッ……!」


 荒々しい吐息と共に、(ドラゴン)の口から血が零れた。

 目の前の敵を全てぶっ倒す。

 それが無理なら、死ぬ前に全員ぶっ倒す。


 だが――このままじゃ、その前に死ぬ。


 (ドラゴン)は、実感していた。

 後ろに女子供を庇いながら、毒で身体を蝕まれ、遅滞戦術のせいで敵を倒す速度が落ちている。

 倒さねば、倒し切れねば。

 あの中の誰か一人でも残せば、後ろに居る女子供、全員助からない。


「全殺しするしか、ねえってのに――!」


 全身に鉛を背負わされたかのように、動きが鈍る(ドラゴン)

 絶好の攻め時を、後ろの子供に向けて放たれた矢を叩き落とすという動作を挟んだせいで、潰されてまた一人、二人と討ち漏らす。

 こんな事をしていては、全員倒す事など、不可能。


「ここまで、かよ……!」


 思わず漏れた、弱音。

 視線が下を向き――気付く。


 日が、登り始めた。

 日差しを遮る、小さな影。

 その影は、徐々に――否、急速に肥大化し――


『――同族の子殺し、か』


 弱者を睥睨(へいげい)する眼。

 何人たりとも寄せ付けぬ、鋼の如き赤色の鱗で全身を包み。

 空を舞う鷹よりも早く、天を裂く!


『愚劣極まれり! 見るに堪えぬわ!』


 怒りに呼応するかのように、口元から漏れ出す業火。

 木々を薙ぎ払いながら大地に降り立ったその赤き影――赤竜が咆哮した!


 この場に居る、全員の視線が釘付けになった。

 そして誰もが――自らの死を感じ取っただろう。


 これは、"死"だ。

 人の身では抗う事など出来はしない、災害と同意義……"死"の具現化であると。

 そう、考えた。


「お前は――!?」


 ただ一人を、除いて。


「何だァ? 助勢に来たってか?」

『勘違いするなよ? (ワシ)はむざむざ子供が殺されるのを見殺しにするのが気に入らなかっただけだ、貴様の援護をする気なぞ毛頭無いわ!』

「――お前等そこの馬車に飛び乗れ!! 乗れなきゃ捕まれ!!」


 持てる力の限り、声を張り上げる(ドラゴン)

 空白になった意識に、その声が届いた。

 眼前の竜が振り撒く恐怖から、いの一番に立ち直った少年――トーマスが、近くに居た少女の腕を引っ張り、馬車目掛けて駆け出した!

 そしてそれに続くかのように、バーバラ達も馬車へと飛び乗る!

 恐らくこれが、最初で最後のチャンスなのだと。

 馬車に子供達を無理矢理押し込み、乗るスペースを確保出来なかったバーバラやトーマスは、馬車にしがみ付く!


 町で買い付けた品物を孤児院に運ぶ為の、荷運び用の馬車。

 今は馬も居ないのでこれで逃げるなど到底不可能なのだが、赤き竜――ウルスドラグーンが居るならば話は変わる。

 子供達と、バーバラが乗り込んだのを確認したウルスドラグーンが、その強靭な腕と爪でその荷馬車を掴み取る。

 取りこぼさぬようにしっかりと、しかし握り潰さぬように優しく。

 翼を打ち鳴らし、ウルスドラグーンが空へと舞い上がっていく。


「ま、魔女が逃げるぞ!! 逃がすな!!」


 突如現れた、生きる災厄のような存在に意識を奪われていた群衆が、我に返って叫んだ。


「――オイオイオイオイオイィ!! なーんか忘れてんじゃねえかァ!?」


 木刀でトントンと自らの肩を叩きながら、(ドラゴン)が吠える。


「逃がすなだとォ? それはこっちの台詞だァァ!! 手前等ココから逃げられるとでも思ってんのかアアァ!!?」


 バーバラを、子供達を守る。

 そのシャックスとの約束を果たす、ただその為だけに、(ドラゴン)は戦い続けた。

 そして、その約束は今果たされた。

 自らの力だけで掴み取ったモノでない事が、(ドラゴン)にとっては大いに不服ではあるが。

 これでもう、(ドラゴン)が戦う理由は無くなっ――


「これでもう庇いながら戦うなんてまどろっこしい事する必要もねぇんだ! 散ッ々舐めた真似してくれたオトシマエ付けて貰うぜェ!!」


 ――てない。

 ここまでボロボロにされておいて、用が済んだから尻尾巻いて帰るなどという、お利口な精神構造をしていない。


「テメェ等皆殺しだゴルアアアァァァア!!」


 (ドラゴン)は、ブチギレていた。

 もう何も守る必要は無い。

 ここから始まるのは、(ドラゴン)による憂さ晴らし大乱闘であった。





 完全に日が昇り、夜通し戦い続けた(ドラゴン)

 その全てを打ち倒し、ただ一人その場に立っている勝者――(ドラゴン)

 倒れ伏した群衆の中に混ざるように、(ドラゴン)もまた地面へと倒れ込んだ。

 白かった特攻服は、自分と相手の血や土汚れで赤茶けており、その戦いの壮絶さを物語る。


「あー……クッソ、ここまでか……」


 毒手によって、その身に毒を受けていた(ドラゴン)

 その毒によって徐々に衰弱し、命を落とす筈だったのだが――(ドラゴン)は、バトルをすればする程、パワーが上昇する効果を有する。

 これにより、毒によるパワー低下と効果によるパワー上昇が拮抗していた。

 だからこそ、毒を受けて尚、ここまでの時間を戦い続けられたのだが……


 バトルをすれば毒による衰弱死に抗えるという事は、逆に言えばバトルしなければ毒が回って死ぬ。


 ――暴徒が潰滅、一部が敗走。

 バトルするべき相手が居なくなった以上――(ドラゴン)の命運は、尽きた。


「――結末はちっとばかり気に入らねえが……ヤクソクは果たしたぜ、シャックス」

 

 背中に書かれた「前力全壊」の四文字、その信条通り、前のめりで戦い続け、倒れた(ドラゴン)

 例え死ぬ時も、後ろには倒れない。



 命尽き果て……その身体は、光の粒子となって消えていった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 子どものピンチに駆けつける赤い竜。 ツンデレさん。 [一言] かっこ良かったですよドラゴン。
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