167.闘争開始
狂騒に駆られた群衆に、僅かな困惑が走った。
先程まで戦っていた筈の男が、消えた。
そして、その男が居た筈の場所には、新たな男の姿。
「シャックスを助ける酔狂なヤツなんざ、居る訳無い……か」
ダンタリオンが口にしたその台詞、それを両断するが如く。
手にした木刀を、勢い良く地面に突き立てる!
「ココに在るゼェ!? たった一人なアァ!!」
白い特攻服が火によって朱に照らし出された。
背中に背負うは「前力全壊」の四文字。
連合総長 龍。
リレイベルに居た筈の男が今、狂騒の渦中へとその身を投じる!
「だっ……誰だい!?」
そして、困惑しているのはバーバラ達も同様である。
普通、人は突然消えたり現れたりしないのだから当然の反応である。
「連合総長 "壊し屋"の龍――シャックスに代わって、この戦い引き受けた!」
「だっ、駄目だよ……ッ! シャックス兄ちゃんだってあんなに傷だらけになったんだ……勝てっこ無いよ……!」
「黙って見てろチビスケ! 勝てる勝てないはテメェの決める事じゃねえんだよ!」
弱気になっているトーマスを一喝する龍。
「ま……魔女だ! 魔女が新たな使い魔を出したんだ!」
「おのれェ! 小癪な!」
「ア゛ァ゛? だーれが使いッパシリだテメェ! ゴチャゴチャ言ってねえでとっとと掛かって来やがれ! そもそもテメェ等その気で来たんだろうが!」
その指で、チョイチョイと群衆を煽る龍。
「全員纏めて掛かって来やがれ! 烏合の衆共! 一人残らず全員ぶっ壊してやるからよォォォ!!」
徹底的に相手を煽る龍。
普段なら逆効果かもしれないが、戦いが避けられない現状、寧ろ龍に攻撃が集中してくれた方が、子供達へ被害が及ぶ心配が無い。
そういう意味では、結果として龍は最善手を取った形となる。
「舐めるな! 魔女の手先風情が!!」
長剣を手にした男が、龍の前に躍り出た。
地を擦るような逆袈裟で、龍目掛け斬り掛かる!
その剣を、龍が木刀で受け止める!
だが、こういった剣での競り合いでは勝負にならない。
そもそも龍は、剣の達人という訳ではないのだ。
真っ当に剣の腕を磨いた、リィンライズの武人と剣で競っていては、龍に勝ち目はない。
「オル゛アァ!!」
だから、蹴り飛ばした。
龍が持つ木刀は、単に武器の一つという事でしかない。
そもそも龍が一番得意とするのは喧嘩殺法である。
あったらあるで使うし、無いなら無いで殴って蹴るだけだ。
蹴り飛ばされた男と入れ替わるように、男の背後から弁髪の巨漢が現れた。
かなり大柄な龍と同じ位の体格であり、手には何も持っていない。
自らを鼓舞するような奇声を上げながら、龍に肉薄する!
龍も応戦するが、相手は拳法の達人。
龍の拳も蹴りも、かわされ受け止められ、容易く防がれる。
対して弁髪の男の拳は、モロに龍へと直撃する!
顔を殴られた際、口を切ったのか、口元から血が流れた。
「何だ? 威勢の良い台詞吐いた癖に大した事無いぞ?」
「さっきの男と比べたら雑魚だ! このまま殺しちまえ!!」
「"雑魚"だアアぁ――?」
雑魚、という言葉に反応する龍。
「そういうのはこの俺を倒してから――もう一度言ってみろォォ!!」
真正面、愚直に放たれた拳の一撃。
余りにも単純、見え見え過ぎて簡単に防げてしまう拳打。
先程打ち合って、力量を見極め終えた弁髪の男は、容易く龍の拳を受け止め――
「無駄だッ――!?」
受け止め――られない。
見切った筈の威力、その想定を超える一撃!
完全に虚を突かれ、弁髪の男が宙を舞った。
「ようやくこっちも温まって来た所だ――ほらさっさと次来いよ"雑魚"共が」
龍が相手とバトルした。
テンションが上がった。
「くっ……! 何だ……!? 今、不自然にあの男のパワーが――!」
「何をやってる! 油断したかチャン!」
「油断などしていな――」
「来ねぇならこっちから行くぞ!」
龍がバトルをした事で、龍が持つその効果が発動したのだ。
チャンと呼ばれた弁髪の男は、油断などしていない。
今この瞬間、龍のパワーが跳ね上がった事で、目測が大いに狂ったのだ。
具体的に言うと、1000から2000になった。
パワーが上がった事により、その動きも変わる――と、言いたい所だが。
龍の技量が上がるという訳ではない。
方向性としては単純に、筋力が増すといった強化のされ方である。
単純に、馬鹿力になるのだ。
龍に飛び道具など無い。
出来る事と言えば、前に進んで全てをぶち壊す事だけ。
故に、敵陣目掛け切り込んでいき、目に映るモノ全てを、殴って蹴って、打ち砕いていく。
だが、それで一人二人は打ち倒したものの、相手はリィンライズの武人、それも数十人の集団。
しかも、後ろには守らねばならない女子供が居る。
そこへ飛んでくる攻撃を、身を挺して防ぎ続けた。
致命傷でこそ無いものの、額や腕に裂傷、顔や胴体には無数の打撲、到底無事とは言えない姿に成り果てた龍。
「どうしたどうしたアアァ!! 俺を!! 殺すんじゃ無かったのかア゛ァ!? 俺を殺れねえってならァ! テメェ等全員皆殺しだ!!」
だが、倒れない。
この程度で、龍が死ぬ事は無い。
どんどん傷付いていき――比例してテンションも上がる。
2000から4000へ。
最早、シャックスの比ではない。
満身創痍の身で、龍は怪物へと変貌していく――!




