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164.執念の炎

 炎上していく孤児院。

 家の中から悲鳴が聞こえる。

 煙と火に気付いて子供達が騒ぎ始めたのだろう。

 火の手から逃れるべく、孤児院の子供達が建物から出て来る。

 そして、子供達全員が建物から脱出したのを確認して抜け出した、バーバラも。


「――居たぞ! アイツが魔女だ!」

「魔女を殺せ!」

「"悪魔の薬"をバラ撒いた魔女に天罰を!」

「悪魔の薬……?」


 群衆が口にした、その単語。

 それをシャックスは以前、耳にした事があった。

 他ならぬ、バーバラの口から。

 

 バーバラの持つ、妙に専門的な薬学の知識や道具の数々。

 孤児院にあると分かっていた謎の隠し部屋。

 出所不明の孤児院の運営資金。

 そして何より――シャックスの能力に引っ掛かった、という事実。

 強烈な、隠さねばならないという思念。

 それらの断片的な情報から、シャックスは疑問を確信へと変えていく。


 バーバラの姿を目撃した群衆が、一際大きく騒ぎ始めた。

 そして、攻撃もまた苛烈になる。

 今度は、シャックスだけではない。

 バーバラも、孤児院の子供達も、狂騒に駆られた群衆の攻撃対象となる。

 避ければ、後ろの子供達に当たる。

 避けられない、防ぎ切るしかない。

 回避という手段が封じられ、投擲された刃が、振り下ろされた打撃が、シャックスに少しずつ、傷を増やしていく。


「お前等! とっとと逃げろ!」


 このままだと、いずれ何処かで破綻する。

 自分一人で、この状況を打破は出来ないと判断したシャックスが、バーバラ達に逃げるよう促す!


「逃げろったって、逃げ場所が無いんだよ……!」


 狼狽(うろた)えたまま、逃げねばならない事だけは分かるのに、逃げ出せない。

 三方を森に囲まれ、唯一整備されている道は暴徒によって塞がれている。

 そして今は夜だ、明かりも無い夜の森でまともに行動出来る訳が無い。

 ましてや、この森にも魔物は生息している。

 戦う力が無い子供達が、闇夜の森に突っ込むなど、魔物の餌になる事と同意義の自殺行為だ。


「クソッタレがァァァ!!」


 吠えるシャックスの腕に、鎖分銅が絡み付く。

 身動きを封じたつもりかと、巻き付いた鎖を強引に引っ張る!

 ピンと張り詰める鎖。

 だが、相手の体勢が揺らいだ気配がしない。

 鎖を握っていたのは肥満体系の男であり、どう見ても百キロでは済まない体格をしていた。

 そんな見た目でも当然、リィンライズの生まれである以上、鍛え上げられた体幹は健在。

 体重というシャックスを上回る要素によって、鎖分銅使いの肥満男がシャックスと力比べで拮抗してみせる。


 一団から、一人の男が飛び出す。

 ピンと張り詰めた鎖の上を、まるで曲芸の如く駆け抜ける!

 双剣を構えた細身の男が、奇声を発しながらシャックスへと迫る!

 振るわれた剣が、シャックスの首筋を撫でた――かのように見えた。

 男の手中から、剣が消えた。

 振るった筈の剣が手元に無いという突然の状況に、呆気にとられる男。

 何が起きたのかと推測する間も無く、その頬にシャックスの拳が突き刺さる!

 鈍い破砕音と共に、細身の男が殴り飛ばされて宙を舞う。

 シャックスの身動きを封じていた鎖も、それとほぼ同時に緩んだ。

 肥満男の腹部には、何故か先程まで細身の男が持ってた剣が突き立てられていた。

 文字通り矢継ぎ早、放たれた弓矢を丁度良いとばかりに巻き付いた鎖で打ち払う。

 まだ、暴徒を抑え込めている。

 だが、明らかにシャックスの被弾が増え始めている。

 矢が頬を掠め、相討ち覚悟で突っ込んで来た一人が、シャックスの脇腹にナイフを突き立てた!


「シャックス!」

「うるせえ! こんなモンただの掠り傷だ!」


 幸い、その凶刃は主要な臓器や血管には届いていなかったが、それでもシャックスが目に見える傷を負った事は明らかであった。


「見ろ! 魔女の護衛も無敵じゃない! 殺せるぞ!」

「深入りするな! 確実に殺せ!」


 明確に負傷したという事実が、群衆を後押しする。

 化け物じみた強さだが、傷付くなら殺せる。

 シャックスさえ殺せば、後は女子供しか居ないのだから、皆殺しに出来ると。


「とはいえ、逃げるにも……!」


 数十人の女子供を庇いながら、夜の森を逃げ切るなど不可能。

 逃げられない、かといって防ぎ切れない。

 詰んでいる、シャックスはそう判断した。




『――シャックス、定時連絡しろって言わなかったっけ?』


 寝てはいないが寝耳に水、突如シャックスの耳元に響く声。

 それは、シャックスが連絡用にと持たされていた小型のイヤホンから発せられた。

 不機嫌そうな少女の声、それをシャックスは良く知っていた。


「ダンタリオンか! 今忙しいんだよ!」

『……みたいね、何よ厄介事?』


 イヤホンでもあり、マイクでもあるこの小型通信機で、周囲の音を拾って状況判断したダンタリオン。

 数秒間を開けて、愚痴でも零すかのような口調でダンタリオンは言った。


「馬鹿共が群れ成して襲い掛かって来てんだよ! しかも妙に強ぇしよォ!」

『邪神の欠片を見付けた訳でも無い、と。アホくさ、勝手にやってれば――』


 呆れたとばかりに大きく溜息を吐き、通信を切ろうとするダンタリオン。


「待て!!」


 絶叫にも似た、腹の奥底から絞り出した声。

 繋がったこの糸を、手放しては駄目だと、シャックスは反射的に呼び止める!


『うっさいわねえ、何よ』

「ちょいと手を貸して――じゃねえ、頼む! 助けてくれ!」


 自分一人では、もうどうにもならない状況。

 形振り構わず、救いの糸を掴む。


「俺一人じゃ、こいつ等を守り切れねぇんだ! 俺は良いから、ここに居る女子供だけでも逃がすのを手伝ってくれ!」

『ハァ? 略奪王とか名乗ってる大悪党が人助けでもしてんの? ガラでもない事してないで、とっとと主人(マスター)の命である邪神の欠片捜索に戻りなさいよ。それに……』


 呆れたように、酷く冷たい口調で、ダンタリオンは言い放つ。


『――この世界の人間が何人死のうが、主人(マスター)には関係無いし、顔も知らない奴が死んでも、主人(マスター)の心は痛まない』

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