163.敵意
また明日もバーバラのヤツにこき使われるのかと、うんざりしながらも妙に充足した眠りに付く。
風の音一つしない、静かな月夜だった。
だからこそ、荒々しい足音なんか鳴らしてれば容易に気付く。
松明の火を煌々と光らせながら、近付いてくる群衆。
ひしひしと伝わって来る殺気。
起き上がり、寝床から出ていく。
「アンタ、何処行くつもりだい?」
床の足音で気付いたのか、それともこの嫌な音で勘付いたのか。
不安そうな表情のバーバラが、引き留めて来る。
「ここで静かにしてろ、俺様が見て来てやるよ」
扉を押し開ける。
煤の臭いが鼻を突き、冷たい乾いた空気が肌を刺す。
嫌な空気だ。
ガキ共の居るこの場所に似つかわしくない、闘争の気配。
「あ゛ァ? 何だテメェ等こんな時間に? ガキ共が起きるだろうがとっとと帰れ」
恫喝するように、ちょっとばかり殺気を向ける。
常人ならばビビッて逃げ出すか、最悪気絶しちまうような威嚇。
だが、目の前の連中はまるで動じる素振りが無い。
「――ここが魔女の家だ! 一人も逃がすな!!」
「魔女を殺せ!」
「アイツも魔女と一緒に居たヤツだ! ヤツも魔女の手先だ!!」
――ああ、こりゃ駄目だ。
あの据わった目は、よーく知ってる。
恨み、憎しみ、怨嗟に囚われた奴等の目だ。
こういう奴等には何言っても無駄だ、聞きやしねえ。
「何言ってんだか知らねぇが、今は夜中なんだからお前等も大人しく寝てろ」
言って分からないなら力尽くでおねんねして貰うぜ!
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実体化したカード達の力は、カードに記された能力とフレーバーテキストを加味して決まる。
略奪王 シャックスのパワーは3000であり、召喚に6マナも要求している割りにはかなり低い部類になる。
それは7マナでパワー12000の円卓の反逆騎士 モルドレッドや、デメリット付きだが僅か2マナでパワー5000を有する聖騎士 ジャンヌ、更に言うならば元々この世界の人であった姫騎士 エルミアと比較しても、パワーは同じなのに要求マナという数値に置いては大敗している。
これだけ見るとシャックスが弱く感じられるが、それはアルトリウス同様に効果が強力であるが故にパワーを抑えられているのが原因であり、シャックスが弱いという事にはならない。
更に言うならば、そもそもこの世界においてパワー3000という数値は脅威なのだ。
以前グランエクバークにて、訓練を積んだであろう銃器で武装した兵士のパワーが3000ラインである事を昴は確認している。
銃器で武装した兵という、地球基準で考えれば個としては最上級と言える者のパワーが、3000なのだ。
シャックスはその数値と同じなのである。
武器も何も持っていない、素手の、半裸の男が。
それ即ち、銃器で武装した兵と生身で対等の力を持っているという事に他ならない。
これを怪物と呼ばずして、何と呼ぶのだ。
「――しぶとい……!」
シャックスが数人の男を殴り飛ばして沈黙させた辺りで、そんな化物を相手にしている一団の一人が吐き捨てた。
押し寄せた群衆は、確かに刀剣等の武装をしている者も居るが、武器の性能という意味では銃器と比べるまでもない。
数は圧倒的だが、シャックス相手ではひとたまりも無いと思いきや――状況は、拮抗していた。
「しぶといのはそっちだろうが……!」
リィンライズという地に生まれた者は、その全てが子供の頃から武術をその身に修めるという風習、文化がある。
この風習によって、リィンライズで生まれた者は皆、武芸に長けた者へと成長し、その武力によって他国との争乱を生き延びて来たという実績があった。
上から下まで、実力差こそあれど、老若男女問わず、リィンライズの民はその全てが武芸者。
個としては化物のような力を有するシャックスを、培われた武術と数の暴力によって、抑え付けていた。
シャックス目掛け、薙ぎ払うような軌道を描く鎖鎌が飛来する!
放たれた矢のような速度だが、それを難無く掴み取るシャックス。
即座に手元へと引き寄せるように強く引っ張れば、鎖鎌を手にした麦わら帽子の男が引き摺り出されて宙へと飛び出す!
咄嗟に男は鎖から手を離し、猫のようにしなやかな足取りで体勢を立て直して着地する。
その隙を突いてシャックスの剛腕が男の顔面目掛け振るわれるが、新体操の如く見事な宙返りで回避、距離を取る。
何処にでも居そうな一般人、これがリィンライズの一般市民の基準だ。
これ程の実力を持った者が、農民や商人、ごく普通の一般家庭として当たり前のように生活している。
これが、リィンライズという国なのだ。
「クソッタレ、俺様が弱いのか? んな訳ねぇよなあ?」
確かめるように、シャックスはすぐ側に落ちていた握り拳大の石を拾い上げる。
軽い音を立てながら、握り締めた石は粉砕された。
握力で石を粉砕するシャックスの剛腕、人間基準では間違いなく脅威。
そして粉砕した石を、目の前の群衆目掛け勢い良く投げ付ける!
地球ならば今すぐメジャーリーガーとして鮮烈なデビューが出来そうな程の強烈な弾速、技術ではなく筋力で強引に投げているのに散弾銃を思わせるような石礫。
それを、初老の男が残像になる程の凄まじい手さばきで跳ね除け、撃ち落とす!
それ所か、幾つか掴み取った石礫をシャックス目掛け投げ返す始末。
たかが数発だったので、頭を振って容易く回避するシャックス。
背後で響く、ガラスの破砕音。
孤児院の窓ガラスが割れたが、それをシャックスが確認する余裕もない。
視線を切ったら、この群衆が数の暴力を生かして一気に雪崩れ込んで来るだろう。
そうなったら流石に対処し切れない、そうシャックスに判断させる程に、目の前の群衆は脅威であった。
「おのれぇ……! 魔女の手先め……!」
「さっきから魔女魔女うるせぇなあ、深夜なんだから寝言は寝床で言ってろ」
「我等の国を蝕む"悪魔の薬"を根絶やしにしろ!」
「火を付けろ! あの家を焼き払うんだ!」
その一声を切っ掛けに、群衆が手にした一部の松明が、大きく振りかぶられた。
「おいおい、マジかよ」
勢い良く投げ付けられる松明。
そして、その中に混じって投擲される――火炎瓶。
それは不味いと対処に動くかどうか、シャックスが一瞬、集中を切ってしまう。
投擲物に混じって、シャックス目掛け飛来する円月輪。
それ自体は回避するものの、火炎瓶まで捌き切る余裕がシャックスには無い。
そして、消火する余裕も無い。
いくつか火炎瓶を孤児院内に投げ入れられてしまい、火の手があっという間に広がっていく。
古ぼけた木造家屋にそんな事をされては、瞬時に大火になってしまう。
「手前等――ッ!」
「魔女の子もいずれ魔女になる! 魔女を殺せ!!」
「魔女を火炙りにしろ!!」




