160.草むしり
「ああ、シャックス丁度良い所に」
「こっちは全然丁度良くねえよ」
しまった見付かった。
忍ぼうにもこの孤児院、オンボロ過ぎて何処歩いてもギシギシと軋んで足音が避けられない。
そもそもこの建物はバーバラの庭みたいなモンだ。
こっそり隠れてるガキをアッサリと見付けてる辺り、この家の中で起きてる事象は全部バーバラの掌の中での出来事のようなモンなんだろう。
故に俺がコソコソしてるのを見付けられるのもある意味必然ちゃ必然だ。
「どうせ暇してるんだろう? ちょっと採取して欲しいモノがあるんだけどさあ」
ニコニコと笑みを浮かべるバーバラ。
その笑みの裏でどんな仕事押し付けてやろうかって考えてんだろ知ってんだからな?
このシャックス様を都合の良い便利屋みたいに使いやがって。
全く悪意が無いのがまた癪に障る。
「だから暇じゃねえっつってんだろうが! 俺には邪神の欠片捜索っていう重要な――」
「この写真に写ってるモノを採って来て欲しいのさ、場所はトーマスが知ってるからさ」
「話を聞けよ!?」
グイと写真を押し付けられる。
というか、写真があるって事はカメラとやらもこの世界にあるのか。
いや、あるか。
だってあんな鉄の塊の船やらロボットとやらが存在しているのを既に確認してる訳だしな。
「トーマス! シャックスと一緒に何時もの薬草採りに行っておくれ! ついでに山菜も!」
「はーい!」
バタバタと二階から階段を跳ぶように降りてくる、子供らしさが少し抜けて来た少年。
天然の癖毛が特徴的なこの男が、バーバラが呼び出したトーマスである。
年は自称13歳らしいが、ここに居るのは例外無く孤児なので、正確な年齢かは不明だ。
「んじゃ、行こうぜシャックス兄ちゃん」
「まだ行くって言ってねえだろうが!」
「働かざる者食うべからず、だぞシャックス兄ちゃん!」
バーバラが普段から言ってる口癖がしっかりと感染しているトーマス。
腕を引っ張られ、強制的に山林へと連行されていく。
この孤児院は、その財政の全てをバーバラが掌握している。
ここのボスはバーバラであり、そのバーバラの言葉は絶対なのである。
道なき道を掻き分け、慣れた身のこなしで先を進むトーマス。
俺の感覚ではまだまだ子供だが、トーマスはこの孤児院では一番最年長の男手だ。
こういう体力が必要な類の仕事を一任されており、あの孤児院にとって無くてはならない存在となっている。
「おっ、ラッキー! セセリアが生えてる! これ美味しいんだぜ!」
「何だその草、それが食えるのか?」
「そうだぜ! 茹でてアク抜きしてから食べるやつだから、生でかじると渋いんだけどな」
山菜ってヤツか。
むしってポイポイと背負いカゴの中に放り込んでいくトーマス。
「これと同じやつ見付けたら採ってくれよ」
「同じやつっつってもなあ」
写真を渡されたが、これを見ながら探せって事か。
……どれも同じような草にしか見えねえぞ?
良く見ても、何が何だかサッパリ分からん。
適当に毟って、トーマスの前に持って行く。
「シャックス兄ちゃん、それデスカカライアウィードだぞ。そんなモン食べたら大変な事になるぞ」
「オーケー、良く知らんが名前的に毒がある事だけは分かった」
手にしていた草を放り捨てる。
バーバラから手渡された写真を見る。
コレを採って来いって事なんだろが……写真見ても分かんねえよ、草は草だろうが。
……っと。
「おうトーマス、ちょっとそこでじっとしてろ、動くなよ」
――草木や土の臭いに混じった、獣臭。
接近を事前に感知したからこそ、その襲撃に余裕を持って対応出来た。
名前なんぞ知らんが、狼系の魔物だ。
目測、体重は200キロ位か? 随分デケェな。
鋭く伸びた犬歯から、妙に黄色い体液をダラダラと垂れ流している。
多分アレ、毒だな。
俺様を視認するや否や、獲物と判断したのか、地を蹴って真っ直ぐに飛び掛かって来たので。
「獣臭ぇから近寄るな」
見え見えの直線運動に併せて、最低限の横回避。
からの、どてっ腹に拳を一発!
デカい図体にしちゃ可愛い悲鳴をあげ、木に叩き付けられた。
そのまま相手が体勢を整える前に、頭部を踏み砕く!
魔物だろうが頭を潰されりゃ死ぬだけだ、ビクビクと痙攣し、動かなくなった。
「――えっ、うわっ!? シャックス兄ちゃんそいつ倒したの!?」
「おい、じっとしてろって言っただろうが」
覗きに来るんじゃねえよ好奇心旺盛な子供かよ。
子供じゃねえか。
「ヴェノムウルフなんて大人が十人位集まらないと倒せないってバーバラさんが言ってたのに……」
「俺様をそこらの一般人と一緒にするんじゃねえよ」
生憎俺は目に見えて分かりやすい、派手な魔法が使える訳じゃねえが。
悪魔王の配下は伊達で名乗れる代物じゃないんだよ。
そこいらの雑魚相手に遅れをとる程弱くはねえ。
「草むしり終わったのか? 終わったならとっとと帰るぞ」
「う、うん……ちょっとまだ物足りないけど、こんな所でヴェノムウルフと出遭うなら、早く帰った方が良いと思う」
「別にこの程度、十匹纏めて来たとしてもボコれるけどな」
過信でも自惚れでもなく、やり合った結果そう判断した。
十匹なら余裕だ。
二十匹でも――って思ったが、俺一人ならともかく、それは流石にトーマスを守り切れねえな。
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草やら山菜やらを毟って戻って来るや否や、忙しそうに今度は川から水を汲んで来るトーマス。
確かにこの孤児院には年長者の男手がこのトーマスしか居ないが、忙しい事極まりないな。
しょうがねえから俺様も少しばかし手伝ってやった、水瓶は重いだろうからな。
「……何してんだ?」
川から水を汲んで来るだけかと思いきや、何やら魔法陣を書き込んだ紙切れを持ち出して、水瓶にペタリと貼り付けるトーマス。
「これで川の水を綺麗な水にするんだよ、そのまま川の水を飲むと危ないってバーバラさんが言ってたからね」
魔法陣にトーマスが触れると、その紙切れが赤く発光し、小さな火を上げて燃え尽きた。
すると、水瓶に入っていた水がするすると隣の水瓶の中へと移っていく。
「良く分からないけど、川の水には細菌? っていうのが居るんだって。それを飲むと病気になるんだけど、この魔法を使うとその細菌が水から居なくなるんだってさ」
……つまりこれは、蒸留? ろ過? とやらを魔法でやってるって訳か。
確か水を熱くして蒸発した水を冷やすと綺麗な水になる、それを蒸留と言うとか何とか。
良くは知らねえが、熱してるようには見えねえし、ろ過の方か?
それを魔法でやってるって事か。
「へえ、便利な魔法があるモンだなあ」
「シャックス兄ちゃんは魔法使えないのか?」
「生憎使えねえなあ」
「ヴェノムウルフをあんな簡単そうに倒しちゃうのに……めっちゃ強いけどそれ以外はからっきしって事なのかな? ……よし、出来た!」
「ならついでだしその水瓶も運んでやるよ」
「ありがとう!」
よーし、これでもうやる事は無ぇな?
だったら今日はもう昼寝でも――バーバラに見付かったらまーた雑用押し付けられるな。
しょうがねえ、バーバラから逃げるって意味でも邪神の欠片捜索に精を出すとしますか。




