159.孤児院の日常
「シャックス! 積み荷を降ろすの手伝っておくれ!」
威勢のいい声に呼び付けられ、仕方なしに昼寝していた身体を起こす。
少し狭い孤児院の扉を押し開けると、目の前には御者と話し込んでいた女――バーバラの姿があった。
この孤児院、名前をバーバラ孤児院とか言うらしい――に、転がり込んでから早二週間。
孤児院の掃除だとか草刈りだとか花壇の水やりだとか荷運びやらの雑用でこき使われながら、空いた時間であてもなく周辺を散策していた。
入り口に停まっている馬が運んで来た荷車には随分と沢山荷物が積載されており、これを降ろさなきゃならないとなると少々ウンザリしてくる。
女手一つで数十人も居る孤児院を切り盛りしなきゃならない現状、金には困っているのかと思ったのだが、こうして気前良く買い込んでる辺りどうもそうでもないようだ。
勿論、贅沢するような余裕は無いが、それでも子供達が食事を抜かなきゃならないような事態になっていない事は、俺の食事が抜かれていない現状が証明している。
金の出所は何処なんだ?
聞いた所、バーバラは薬売りとして生計を立てているらしく、ここで作っている薬がそこそこ良い値で売れるようで、それで孤児達を養っているそうだ。
……本当かどうかは、分からねぇ。
隠してるモノがある事だけは、俺の能力で分かってるが……俺の能力は、嘘を暴く事じゃない。
そっちはダンタリオンの領分だ。
運び込んでいる荷物の中に確認出来た薬品やらは、普通の家庭で使うような代物じゃない事だけは確かで、これらを使って薬を作っているのだとすれば、納得だ。
嘘か本当かを確かめる術は無いが、それでも嘘は言って無いように思える。
荷物を倉庫へと運び込んでいく。
二階へと上がる階段の横が倉庫になっており、その倉庫の一区画に衝立が立てられ、確保されたスペースには様々なガラス器具が並べられている。
これで薬を作っているのだろう、ちゃんと使用痕跡もあるしな。
それは間違いないんだろう、が……
倉庫に出入りする都度、目に入る本棚。
この本棚の位置で、俺様の能力がビンビンに反応してやがる。
屋敷の間取りを考えりゃ、この階段下に何らかのスペースがあってもおかしくはない。
階段下収納ってヤツだな。
だが、本棚は壁面にピッタリとくっ付いていて、動く事は無い。
ギッチリと重たい専門書が収められているから重量で動かない――のではない。
この本棚、壁面に向けてスライドするようになっている。
普段はロックが掛かっているが、巧妙に隠されたスイッチを押し込む事でロックが外れて本棚がスライドするようになる……って仕掛けだ。
財宝の在り処も、開け方も、一目見ればそれで分かる。
それがこの俺、略奪王 シャックスとしての能力だからだ。
そこまで分かっているんだが……こっそり確かめる、というのが非常にハードルが高い。
日中は孤児達の目があるし、夜は夜でこの階段や倉庫辺りの床がうぐいす張りかって位にギシギシと音を鳴らしてくれやがる。
流石の俺様でも、この状況でこっそり確認なんて事は出来やしねえ。
押し入り強盗みたいに確認すりゃ良い話なんだが……分かってるんだけどなあ……
「ほらよ、全部運び入れたぞ。これで良いんだろ?」
「ありがとねぇ、その一箱だけこっちに運んどいてくれ」
バーバラは軽くこっちを一瞥して、荷物の木箱を自分の近くに置くよう指示した。
木箱の中には緩衝材に包まれたガラス瓶がいくつも入っており、その中から一つ取り出し、バーバラは蓋を開ける。
その瓶の中身の臭いを軽く嗅いだ後、その中身をガラス器具の中に注ぎ込んでいく。
「何を作ってんだそりゃ?」
「ポーションだよ、見た事無いのかい?」
ガラス瓶――フラスコだったか?
毒々しい緑色の液体が入ったフラスコと空のフラスコが、ガラスの管で繋がれている。
「今入ってるのは精製前のやつだから、飲むんじゃないよ死ぬよ」
「飲む訳ねぇだろこんな見るからに毒って色してる奴」
飢え死にしそうな状態でもここまで明らかに毒ですって主張してたら口になんてしないだろ。
「幼児は何でも口に入れるからねえ、誤飲して死んじまわないよう注意する癖が付いてさぁ」
「俺様が幼児だってか!?」
「大きな声出すんじゃないよ、すぐカリカリするようじゃ子供と変わらないよ? それともカルシウムでも足りてないのかい? カルシウム錠剤でも飲むかい、高いけどね」
「要らねえよ」
火で炙られ、毒々しい色をした液体が沸々と気泡を立てる。
「というか、この世界の連中はそんな飲んだら死ぬような代物から出来たやつを飲んでるのかよ、正気じゃねえだろ」
「はぁ? 何言ってんだいアンタ。それに、大本辿れば毒なんてモノはこの世にはありふれてんだよ、極論言っちゃえば普段飲んでる水ですら毒なんだよ?」
精製とやらの作業なのだろう。
フラスコの中の液体を加熱し、空のフラスコの方に透明な液体が溜まっている。
俺にはそういう知識がサッパリだから、何やってるのかまるで分からねぇ。
「荷物運び終わったなら油売ってないでチビ達の相手でもしてやんな、どうせ暇してんだろ?」
「暇じゃねえよ、だから俺には仕事があるっつってんだろうが」
「邪神の欠片だったかい? 結局そんなもん居ないじゃないか、居たら困るんだけどさあ」
バーバラの言う通り、今の所は空振り続きだ。
人気の無いこの周辺を探ってはいるが、痕跡すら見当たらない。
ハズレ続きだって事を相棒に報告してるが、そもそも当てずっぽうだから相棒も期待してないらしく、特に何も言われてはいない。
引き続き捜索を続けているが……ここにわざわざ戻って来る理由は無い。
無い、んだがなあ……妙にここに根付いてしまっている。
居心地が良い――こんなガキ共がうるさい場所がか?
口うるさい女も居るし、離れた方が良いに決まってるのに。
何時かはここを離れると考えると……妙に、心がモヤモヤしやがる。




