158.略奪王と孤児院
「ほらほらボサッとしてないで! 次はそこのタンスを運んで頂戴!」
「おい、さっきあのバカデカいテーブル降ろしたばっかだろうが! 少し休ませろ!」
「何だいダラしないねえ! その筋肉は見せ掛けかい! まだ降ろさなきゃいけないモノが沢山あるんだからね!」
「ケツ叩くんじゃねえ! つか何で俺様だけなんだよ! 手伝えよ!」
「こっちは空いたスペースを掃除しなきゃいけないんだよ! それにここは女子供しか居ないんだ! こんなか弱い私にそんな重たいモノ持たせる気かい!? 飯を食った分は働いて貰うよ!」
「なーなー兄ちゃーん! ボールが屋根の上に乗っかっちゃったから取ってー!」
「後にしろォ! 手塞がってんだから近付くな! うろつくな! 大人しくしてろ!」
――何で俺はこんな事してんだ?
2階からクソ重てぇ古びたタンスを降ろして、一息付きながらふと我に返る。
俺様は泣く子も黙る天下の大悪党、72魔将が一柱、シャックス様だぞ!?
それがこんなボロっちくてガキ臭い孤児院なんぞでコキ使われて……
どうしてこんな事になりやがったんだ?
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相棒や他の連中と話を詰めた結果、第一回、邪神の欠片捜索隊は二枚のカードで行われる事になった。
内一枚が龍で、もう一枚がこの俺――シャックス様って訳だ。
そこそこ倍率が高かったが、見事勝ち抜いて自由の身……ではなく、捜索の任に付いているのが現状だ。
「……最後の最後でやっちまったなあ」
思わず、溜息が出る。
まー、相棒から与えられた仕事な以上、キッチリやるけどよお……
俺と龍、どちらも希望者という倍率を乗り越えて勝ち抜いた勝者だったが……
どっちがどっちに行くか、というコイントスの結果でしくじった。
一人は、人が多い場所の捜索。
そしてもう一人は、人が居ない場所の捜索だ。
邪神の欠片、そしてそれを操る適合者とやらの目的は、この世界に生きる人々の抹殺。
人を殺すのが目的な以上、人の多い場所に現れるだろうし、そして表立って出歩けない目的と立場であるが故に、逃げ隠れするなら人の居ない場所になるだろう、というのが相棒の読みだ。
まあ、相棒の言いたい事は分かるんだが……人の居る場所と居ない場所を探すって、結局の所それは当てずっぽう捜索なのでは?
多分俺以外も思ってるだろうが、情報が無さ過ぎるからこうするしかないんだろう。
直接見付けるのがベストなんだろうが、目的に近付ける情報を欠片でも持ち帰ればそれもまた良し、か。
本命を見付けるというか、本命に迫る為に捜索の捜索、って感じか。
手にした地図を広げ、角度を変えながら地形と見比べる。
この世界の人間達が集めた情報に、俺達の観測と知識を加えた完璧な地図だ。
宇宙を飛んでる衛星とかいう機械の目を使った観測らしい、機械の事は良く知らんが、精度は実際大したもんだ。
……グランアチーブ湖が横長に見えてるのは確かだから、一応ココはリィンライズ領のどっかなのは間違いないんだろうが……
今、俺の目の前にはどこもかしこも人の居ない、草と土の臭いしかしない原野が広がっていた。
出て来る魔物とやらは大した事無いから全部返り討ちに出来てるが、道も無ぇし、食糧も尽きちまったぞ?
最悪、魔物でも食うか? というか食えるのか?
悩んでても時間の無駄なので、とっとと足を進める事にする。
人の意思が介在しない場所では、俺の力は役に立たない。
つまり何が言いたいかというと――迷った。
俺の持つ力は、モノを盗んだり、財宝を探し当てる能力。
この財宝を探し当てる、という力の本質は、誰かの隠したいモノ、見付けて欲しくないモノに宿った人の意思を読み取り、その場所を特定する事。
逃れる術など無く、隠したい、見付けて欲しくないと強く思えば思う程にそれに対する感知精度は上がり、逆に見付けて欲しいが隠さなければならないという特殊な事情のモノも、人の意思を感知して見付け出すという都合上、必ず見付け出せる。
邪神の欠片とやらは財宝なんざとは程遠いし、こんな人気のない場所じゃ盗むモノもありゃしねえ、が。
隠したいという意志がそこに働けば、俺の感知網に引っ掛かる筈だ。
だが――当たりは無し、と。
なーんも引っ掛からない、なーんも分からねぇ。
いや、地図と馬鹿デカい湖という目印があるから何も分からないは流石に言い過ぎか。
しょうがねえ、食糧がもう枯渇しちまったし、あの湖に向けて進むか。
水場の近くなら誰かしら人が居るだろう。
そこで食糧を調達して、また期限いっぱいまでこの原野に舞い戻るとするか。
指針を決め、湖に向けて歩を進める。
途中で魔物が襲撃仕掛けて来るのがウザッたらしいが、拳一発でぶち殺せる程度でしかねえから脅威にはならない。
例え腹が減ってようが、この程度じゃやられたりなんぞしねえよ。
文字通りの意味で朝飯前だ……夕飯も食ってねえや。
ゴブリンとかいう魔物を殴り飛ばした返り血を一振りで払い――感知。
俺の能力に、引っ掛かった。
何かを隠している気配、それもかなり強烈な反応。
藪を掻き分けて進むと、少し開けた場所に出た。
湖に向けて伸びる細い道、そして木々に囲まれた袋小路にある三階建ての家屋。
木造で老朽化が隠せない代物だが、それでもちょっとした屋敷だ。
「何だい、見掛けない顔だねえ。何か用かい?」
初老入ったばっか位の女か?
丈の長い厚手のワンピース、その上から薄汚れたエプロンを身に着け、栗毛色の髪は短く切り揃えてある。
衣服にはいくつもパッチワークが施されており、意匠というより単に補修目的だろう。
元の顔立ちはそこそこ良いのだろうが、メイクもしてないし、そばかすも浮いた、全体的に……有り体に言ってしまえば、貧乏臭がする見た目。
しかしながら生気に満ちた目をしており、声色にも威勢がある。
そんな彼女の視線が、こちらへと突き刺さる。
整備もされてない森の中から、半裸の男が突然現れたらそりゃ怪しいに決まってる。
怪しまれようが、上着を着る気は無いけどな!
この鍛え抜かれた肉体美を隠すなんざ、世界の損失だ!
「ちょっくら邪神の欠片とやらを探しててな」
「邪神の欠片……?」
素直に、俺の目的を口にする。
こと俺に限ってだが、目的を隠す理由は無い……というか、明言した方が良い。
ハズレならそれで終わりだし、アタリだった場合は逃げようだとか隠そうだとかいう心理が働くが――"隠そう"と考えたなら、ビンゴって訳だ。
俺を殺して口封じ、ってパターンも有り得るが、肝心要の魂は常に相棒の側に在るから、本当の意味で俺様達を殺すなんざ不可能だ。
カード達は肉体が滅んでもそれ自体が死には繋がらない。
俺が殺されたなら、それは自白と同じだ。
そんときゃ、相棒が出張って来てゲームエンドってえ寸法よ。
「この近くに居るってのかい? そんな話聞いてないよ?」
「いんや、居ないから文字通り草の根搔き分けて探してるんだよ」
「そんなもん見付けてどうするんだい」
「そらもう、ぶん殴って倒すんだよ」
自らの腕を誇示するように力を込めてみせる。
俺一人で倒せるかどうかは、分からねえけどな。
勝てれば凱旋、負けたら……負け自体はムカつくが、役目自体は果たせるわけだ。
目の前の女は――反応が無ぇな、こりゃハズレか?
だが、そこのボロ屋敷に何か隠してる気配はある、と。
その正体を確かめて、問題無ければオサラバだな。
と、そこまで考えを纏めて――盛大に、腹の根が鳴った。
生きていれば、腹も減る。
相棒の庇護下から離れれば、この世界の常識に囚われる以上、必然であった。
「……何だい、腹減ってんのかい?」
「二日位何も食ってねえからなあ」
「ふぅん……」
目の前の女は、僅かに目を細めた後。
「なら飯でも食っていくかい?」
「良いのか?」
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――で、今に至る。
働かざる者食うべからず。
食った以上は働かねばならない。
腹が膨れて冷静になってみれば、こんな見ず知らずの男にタダ飯を振る舞うって状況がそもそもおかしいんだ。
何でこんな事に気付かないのか、腹が減って冷静じゃなかったんだろうなあ。
……そもそも、何でこんな雑用に付き合わなきゃいけないんだ。
バックレるか?
ここに居るのはあの女と後は子供ばかりだ。
逃げるのなんざ、容易いだろう。
それに俺には、邪神の欠片捜索という仕事がある。
トンズラした所で、誰も咎めやしないだろう。
そんな考えがチラチラと浮かぶが……どうにも、逃げる気になれない。
気付けばもう、一週間位ここに居座り続けている。
全くもって、意味が分からない。
俺、何やってんだろうなあ。




