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156.リレイベル"最強"という存在

 (ドラゴン)という人物は、世の中を暴力で生き続けた男である。

 とはいえその戦い方は喧嘩殺法であり、格闘技を学んでいたという訳でもなく、経験のみで(つちか)った代物であり、あくまでも素人。

 構えも何も無い、だらりと木刀を垂らした状態で、堂々たる足取りでニーナへと歩み寄る。


 対し、ニーナはまだ動かない。

 彼女は(ドラゴン)とは違い、きちんとした教育体系によって養われた戦闘技術を持つ者である。

 他者を効率的に、確実に殺傷する為の技術であり、その経験則から、安易に敵の懐に飛び込んだりなどしない。

 隙だらけのように見えるが、油断を誘う為の罠なのかもしれないと考え、じっくりと(ドラゴン)を観察する。


 ニーナが、動いた。

 (ドラゴン)は一見、隙だらけのように見えるが……やっぱり隙だらけなのであった。

 そもそも、喧嘩に明け暮れる毎日を送っているとはいえ、(ドラゴン)が暮らしていた世界の治安は日本基準なのだ。

 治安が良い世界のゴロツキ程度の戦闘体験では、殺すか殺されるか、の世界で生き延びて来たニーナとは、経験値も覚悟も違う。


 屈強な大男と細身の女性。

 筋力という意味では勝負にすらならないが、ニーナの踏み込みは女性とは思えぬ程に鋭く速かった。

 速い、が、ニーナの動きは直線的。

 まるでバットを片手で振ってホームランでもキメるかのように、(ドラゴン)はその木刀を振り抜く!

 タイミングはバッチリ、ニーナを捉え――ない。

 ニーナは放られたボールでも銃弾でも無いのだ、途中で軌道を変える事も足を止める事だって出来る。

 鋭角を描き、速度を落とさぬまま(ドラゴン)の横をニーナは駆け抜けた。

 空振る木刀。

 (ドラゴン)の大腿に、赤い線が走った。


「素人ではないが、それでもそこいらのチンピラと大差無いな」

「あ゛ぁ!? たかがちょっと掠り傷与えた程度でいい気になってんじゃねえよ!」

「言った筈だ、殺しはしないと。少しばかり寝ていて貰う」


 再び突進するニーナ。

 構えも何もない、大雑把な木刀叩き付けは、当然の如くニーナに掠りもせず、ただ地面を叩くだけだった。

 そしてもう片方の(ドラゴン)の足に、ニーナの白刃が走る。


「バルフリート家の娘として生まれた以上、シアリーズには貴族としての振る舞いが求められる。本来、お前のようなゴロツキが近付けるような相手ですら無いのだ」

「――何が生まれだ! 生まれなんてモンは選べるモンじゃねえ! 生き方を自分(テメェ)で決められねぇなんざ馬鹿げてやがる!」

「そうだな、生まれは選べない。だが、生き方は選べた筈だ」


 ニーナが、僅かに目を細めた。


「嫌だというならば、例え生まれは選べずとも、進む道は選べた筈だ」


 抑揚の無かった声に、僅かに色が宿る。

 表情すら覆い隠しているニーナが、その感情を少しだけ露呈させた。


「少なくとも、選べる道があった。お前には、選択肢は与えられていた」


 ニーナの視線が、シアリーズへと移る。

 そのニーナの気迫に気圧されたのか、たじろぐシアリーズ。


「だというのに、領民から税という命と時間を搾取しておきながら、義務を果たそうとしない。選択肢を選んだ上で、自分で選んだ道を拒絶する――それは、ただの子供のわがままだ」


 そう、吐き捨てた。


「権利を享受するなら、義務を果たせ。貴族としての義務を、だ」


 強い口調で、シアリーズに言い聞かせるニーナ。

 そんなニーナに対し。


「ゴチャゴチャうるせえんだよ」


 (ドラゴン)はそう両断してみせる。


 治世だとか、貴族の政争だとか、政略結婚だとか。

 ましてや他所の家庭の事情だとか。

 この世界において、ただの一市民――国籍を持っていないという意味では、市民ですらない輩に、口出しする権利など有りはしない。


 だが、そんな事は(ドラゴン)の知った事ではない。


 法だとか、権利だとか、道理だとか。

 それで納得して引き下がるような、良い子ちゃん(・・・・・・)ではない。


 暴走族(アウトロー)(ヘッド)は、世の中の法では動かない。

 自分自身(テメェ)(ルール)で動き、気に入らないヤツはブン殴る!

 国が相手でビビるようなタマなら、そもそも警察(ポリ公)に喧嘩なんか売らない。

 気に入らなければ国相手だろうが噛み付く! それが連合総長 (ドラゴン)という男の在り方である!


「言いてぇ事があるなら勝ってからにしやがれ」

「もう勝負は付いている」

「何言ってやがる、勝負はまだまだこれから――」


 (ドラゴン)の体勢が、崩れ落ちる。

 まるで操り人形の糸が切れたかのように、その場に倒れ()す。


「――やっと効いたか、猛獣か何かか貴様」

「効いた……?」

「この刃には毒が塗ってある、とはいえ即死毒ではなく麻痺毒だがな」


 (ドラゴン)に誇示するかのように、その短剣を見せ付けるニーナ。

 ニーナが言う通り、既に勝負は付いていたのだ。


「私がわざわざ会話に付き合ってやっていたのも、毒が回るのを待っていただけだ」


 このリレイベル"最強"と言われているニーナだが、世界的にはあまり知名度は高くない。

 フィルヘイム"最強"と謳われるジークフリート現国王のような、地位も実力も知名度もブッチギリの存在と比べて、リレイベルは玉石混合で最強と呼べるような存在が複数名居る状態であるのも原因の一つだろう。


「安心しろ、しばらく麻痺するだけで死ぬ毒ではない、時間が経てば分解されて排出される」


 それでもニーナという人物こそがリレイベル"最強"だろうと言われている原因は、その厄介さだ。


 魔法という概念が存在するこの世界において、強力な魔法、それを行使出来る存在というのは、それそのものが軍事力、戦略兵器となり得る。

 一個人という存在が、それこそ山を消し飛ばすような強大な力を振るえるのだから、これを軍事利用しない訳が無いのだ。

 そして各国が各々の国における"最強"の存在をアピールする事で、自国に攻め込めばこの"最強"を動かすぞと、脅して牽制している。

 言ってしまえば地球における核兵器のようなモノであり、この互いに牽制し合う状況によって今現在の平和は保たれているのだ。


 万軍を討ち滅ぼす派手さは無い、そんなモノは必要ない。

 闇に紛れ、静かに拉致、毒殺、刺殺していく。

 あらゆる毒物に精通し、世界各国に情報網を持ち、淡々と任務を遂行する。


 暗殺者方面での、"最強"。


 無論、こういった直接的な近接戦闘でも早々遅れは取らないのだが。

 搦め手を得意とする手合いであり、真っ向勝負しかしない、出来ない(ドラゴン)にとって、ニーナは致命的に相性が悪い相手であった。


「だがそれまでは、そこで地面を舐めていろ。帰るぞシアリーズ」

「あっ……」

「待ちやがれ! こんなセコい手使いやがって!」


 ひょいと、抱え上げられるシアリーズ。

 (ドラゴン)の罵声を、負け犬の遠吠えと聞く耳持たず、ニーナはその場を後にする。


 何も出来ぬまま、無様に這い蹲る(ドラゴン)

 その声はもう、シアリーズに届く事は無かった。

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