155.貴族としての義務
……どっから湧いて出た? コイツ?
然程人通りの無い路地だ、ここまで特徴的な見た目のヤツが居たらいくら何でも気付く。
だというのに、こいつは突然、降ってわいたかのように現れた。
全身を黒い衣服と布で覆っており、僅かに素肌が見えているのは手と目元のみ、顔までキッチリ布で隠す徹底っぷり。
その僅かに見えている肌は黒い、黒人か何かか?
手が毛で覆われてるとか爪が鋭いとかそういう訳じゃあないから、少なくとも獣人とかそういう類じゃないっぽいが。
背丈はまあ、俺の胸元位だし、声で女だとは分かったが、そこまでだ。
それ以外、何者かを推し測る術は何も無い。
ただ何となく――この女、只者じゃないのでは? という予感。
これは俺の勘でしかないがな。
「ニーナ……!」
「誰だ? 知り合いか?」
「父上自慢の、工作員じゃ……もしかしたらリレイベルで一番強いのではとも言われてるのじゃ」
「へぇ、強いのか」
少なくとも見た目じゃ分からねえけどな。
露骨に筋肉ダルマだとかそういう外見してねえし。
魔法なんかが存在してる時点で、単純な筋力じゃ力量は計れない世界だしな。
にしても、この国最強――ねえ。
「街中に出るまでは見逃してやろう、だが、街の外まで行くのは許さん。そう言った筈だ」
淡々と、声色を変えず、シアリーズに対し詰問するニーナ。
その後、こちらへと視線を移し。
「貴様もだ。この娘は、上に立つ者として生まれ、上に立つ者として育ち、上に立つ者としての道を選んだ。その責務は果たして貰う」
――生まれ?
生まれだと?
「余所者故、見逃して来たがこれ以上深入りするな。ここから先は、バルフリート家の問題だ。余所者がしゃしゃり出て良い問題ではない」
成程、お家問題ってか。
箱入りお嬢様らしいこって。
「おめーの御託なんざ今聞いてねえんだよ」
だがそんなモン、俺には一切関係無ぇ。
ダチ公の言葉を借りるならば。
俺は、俺達は、異邦人だ。
お家問題だとか、国の事情だとか、俺達からすれば知った事じゃねえ。
「おい、シアリーズ」
シアリーズへと振り向き、その目を真っ直ぐに見据える。
その目に浮かぶのは……怯え、動揺、そんな色。
「お前は外に出たいのか、出たくないのか、どっちだ」
「それは……」
「しっかり、その口で答えろ」
「で、出た……っ」
そこまで口にして。
目を逸らし、萎み、押し黙ってしまうシアリーズ。
ああ、そうかよ。
また、このパターンかよ。
俺はそれを、誰よりも知っている。
クソッタレが。
外に出てみたい。
たったそれだけの些細な願い、子供の我儘。
それが大人のエゴで潰される。
そうやって子供は大人になるのだと、親も教師も口を揃えて言いやがる。
だったら俺は、子供でいい。
道理の分からぬ、頭の悪い、出来損ないで一向に構わない。
「良し決めた。シアリーズ、テメェは俺が外へ連れていく。例え力尽くでもだ」
些細な子供の我儘が通らない社会も法も、クソ喰らえだ。
シアリーズを抱え込んで、バイクでトンズラしてやる。
最早それは思考ではなく、反射だった。
嫌な予感、殺気とでも言うべきなのか。
その直感のままに、勢い良く裏拳を振るう!
見えていないが何かが拳を掠めた。
「――素人ではないか」
声のする方を見れば、ニーナとかいう女がナイフを構えていた。
裏拳が直撃してないって事は避けたのだろう、少し距離を保った位置取りだ。
「何だァ? ヤる気かテメェ」
「シアリーズに手を出すと言うならばな」
「安心しろ、チビに危害加える程落ちぶれちゃいねえよ」
「バルフリート家の問題に首を突っ込むという事自体が、シアリーズに危害を加えているのと同意義だ。退かぬならば、切る」
「ニーナ! 駄目なのじゃ!」
「殺しはしない、だが少しばかり寝てて貰おうか」
直線的に、突っ込んで来る。
速いな、だが対処出来ない程じゃねえ。
手にした木刀で、刃先を受け止める。
カツリと乾いた軽い音がした。
「へえ――誰が、殺されるだって? 誰に向かって口利いてやがるテメェ。そっくりそのまま、その言葉返してやるよ」
弱い者いじめする気は無いが、相手が強者だってなら俺は男女差別しない主義なんでね。
「女子供に手を上げるのは趣味じゃねえが、強いってなら話は別だ」
一発ブン殴って、それで終わりだ。
殺しゃしねえよ、だが少しばかり寝てて貰うぜ!




