153.リレイベルを巡る
「おっ! 今日も見付けたのじゃ!」
「来るんじゃねえよチビ」
このリレイベルに来てからかれこれ一週間。
毎日毎日飽きもせず、気付いたら現れやがる。
その動き辛そうな服装でよくもまあそんなチョコマカと。
「別に構わんじゃろ、どうせ暇なんじゃろ?」
「暇じゃねえよ」
目の前の少女は純粋そうな翠の瞳で、真っ直ぐにこっちを見詰めて来る。
「じゃあ具体的に何してるのじゃ?」
「この都市の散策だよ」
「やっぱり暇なんじゃろ?」
「だから暇潰しじゃねえんだよ」
情報収集だっつうの。
隣にこのチビが付いてくるせいで何か街の連中にも妙に優しい目で見られるし。
「そもそも誰だよテメェ、名乗れよ」
「人に名を訊ねる時は先ず自分から名乗るべきではないか?」
「もういいから帰れよお前」
不意打ち気味にバイクを走らせ、小娘を置き去りにして走り去る。
別に化物染みた足の速さを持ってるとかそういう訳ではないので、これで一時的には振り切れる。
「――で、何なんだこのチビは」
「ああ、この子はバルフリート家の御令嬢だよ。シアリーズ様だね」
店で買い食いをしながら店員と駄弁っている最中、もう当然の如く追い付いて来たガキンチョを指差しながら訊ねる。
店員の話によると、シアリーズ・バルフリートというのがこのチビっこの名前らしい。
七家と呼ばれるリレイベルが誇る財閥、その一つであるバルフリート家に属しているとの事だ。
「お貴族様かよ」
「貴族? 他はどうだか知らんけど、ウチの国に爵位なんか無いよ」
このリレイベルという国は、商売によって全てが成り立っている。
商業都市郡、の名は伊達では無い。
兎にも角にも、財力こそが全てであり、権力なんかはそれに後から追従して来る、究極の資本主義。
その極致こそが七家と呼ばれ、この国を牛耳っている財閥である。
金が無ければ容赦無く没落するし、逆に金があれば例え出自がホームレスだろうが何処までも成り上がれる。
七家と呼ばれているのは今存在している中で他国とやり合える程の大財閥が七つだからそう呼ばれているだけであり、過去には五家だったり十家だったりした事もあるらしい。
「血筋が良くても金が無けりゃ無力だからね、他所の国の金無し貴族とか見てると憐れにすら思えるよ。だからこの国に貴族なんてのは存在しないのさ、居るのは貴族にだって啖呵切れる財力の持ち主、それがリレイベルの七家って訳さ」
清々しい程に金、金、金。
俺でも分かる社会構造であり、方向性が違うが、ある意味財力という力こそ全ての競争社会。
その点は、まあ俺好みっちゃ好みだな。
腕っぷしじゃねえのが少し癪だが。
「――む、美味いな! 振ってある塩もトゲトゲしさが無いしょっぱさじゃ!」
「そりゃあマーリンレナードの産地直送だからね! シアリーズ様のお眼鏡にかなうなら、俺の目にも狂いが無かったって事だな!」
美味そうに焼き魚を頬張るガキンチョ、シアリーズ。
腹も膨れたので、シアリーズが魚に気を取られてる内にさっさと振り切る事にした。
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「うら若き乙女を何度も袖にして何が楽しいのじゃ」
「乙女? 何処に居るんだよ」
「ここに! おるじゃろうが!」
「ジジババみたいな喋り方する乳臭いガキは乙女って言わねえんだよ」
「何て失礼な奴なのじゃ!」
さて振り切った筈のシアリーズはもう当然の如く俺の隣に居る訳だが。
「そもそもこんな人込みの中でどうやって何度も俺を見付けてんだよ?」
「こんなに目立つモノに乗っておれば分かるに決まってるじゃろう」
……それもそうだ。
バイクは、どうやらこの国にもあるっちゃあるらしい。
だが基本的にグランエクバークで作られている物らしく、グランエクバークからそこまで数は流れていないとの事。
つまり、これに乗ってるとグランエクバーク以外ではめっちゃ目立つ。
「つーかお前、良い所のお嬢様なんだろう? 一人でほっつき歩いて良いのかよ、悪い奴に攫われちまうぞ?」
「大丈夫なのじゃ」
「何を以って断言してるんだよ」
護衛が近くにいる訳じゃあるまいし。
「どうせニーナ辺りが監視してるのじゃ」
「ニーナ?」
「父上お抱えの凄く強い人なのじゃ」
……ふぅん。
強いねえ、それはそれは。
建物の合間、屋根の上、木箱や樽の物陰、無論行き交う人々。
周囲を見渡してみるが、街中だから当然ながら人が多くてサッパリ分からねえ。
単純に強そうなヤツ、っていう見た目と勘を頼りに探ってみても、全くそれっぽいのが見当たらない。
俺じゃ分からんレベルで周囲に気配を隠してんのか。
別に俺はこういうの得意でも何でも無ぇからな、相手側に気取られて隠れられたのかもしれねぇ。
「所でお主の名は何じゃ? 好い加減教えてくれても良いじゃろう? わらわだけ名乗るなんて不公平だとは思わぬか?」
「お前も名乗って無いだろ」
「名前、聞いとったじゃろう?」
「そもそも俺の名なんか聞いてどうすんだよ」
「名前が分からんとお主の事を何と呼べば良いのか分からんじゃろうが」
「呼ばなくて良いんだよ、それ以前に付きまとって来るんじゃねえ、俺は保育士でもガッコの先公でもねえんだよ」
追い払うような手振りをしてみせる。
不服そうに頬を膨らますシアリーズ。
「……仕方ない、じゃあ名前を教えてくれたら大人しく帰るのじゃ」
どうやら流石に塩対応を続けた甲斐があったようだ。
不服そうなのは変わらずだが、やっと帰る気になったみてえだ。
「……龍だよ」
「ドラゴン? それは本名じゃなくて呼び名とか異名とかそういう意味ではないのか?」
「ああそうだよ、俺の名前に龍って字が付いてたから周りにそう呼ばれてただけだ」
「実際の本名は何なのじゃ?」
「知らん」
ダチ公によれば、"設定が決まって無い"ようだ。
公式ガイドには、名前に龍という字が入っていたから子分達から畏敬を込めて龍と呼ばれるようになった――って事らしい。
設定的に日本人だから、恐らく龍一とか龍也とか、何かそういう名前のどれかなのだろうというのがダチ公が言ってた俺の"設定"だ。
「本名が分からなくても困ってねえからな、知りたいとも思わねぇ」
「ふむ……複雑な生い立ちみたいじゃの、分かったのじゃ」
……自分の名前がハッキリしない。
多分シアリーズは俺の事を孤児とか記憶喪失だとか、そういう感じで考えてるのだろう。
複雑な生い立ち、ってのだけは合ってるけどな。
そもそも人間の生まれ方してねえからな、付喪神だし。
これを言う気はサラサラねえけどな。
「ならば名前は教えて貰ったし、今日は大人しく帰るのじゃ」
「おう帰れ帰れ」
「それではまた明日なのじゃ、龍よ!」
……ん?
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翌日。
当然の如くシアリーズは再びやって来た。
昨日はちゃんと大人しく帰ったから嘘は言っていないとの事。
このガキ。




