151.逮捕
リレイベルが誇る首都ツェントゥルムは、計画的な区画整理によって交通網が整備されている。
積み荷をより迅速円滑に運ぶという商業都市としての機能を最重視した結果であり、その為、交通の利便性だけで言うならば世界一と言えよう。
「――ここで頭冷やしてろ!」
そして道路が整備されているが故に、警備が駆け付けるのも当然早い。
物の移動が早いというのは、イコールで人の移動も早いという事になるからだ。
衛兵の捨て台詞と共に、留置場にぶち込まれる龍。
宿で騒ぎを起こした龍とちょっかいを掛けて来た面々、全員纏めて逮捕・連行・収監コンボを受ける事となった。
龍は真っ当な殴り合いという点では圧倒的な力を持つが、反面搦め手には非常に弱い。
時間経過で底なしのパワー上昇を得られるが、上昇には時間が掛かる。
その時間が掛かっている間に警備が駆け付け、戦闘に依存しない拘束系魔法を受けてしまっては、パワーが高くなるも戦闘破壊されないも、関係の無い話であった。
酔っ払った荒くれ者同士の乱闘。
当事者以外には人的被害が出ていない事と、警備が駆け付けるのが早かった為、物的損害も然程出ていない。
懲役を与える程ではない軽犯罪だった為、頭を冷やして反省させるという目的で、一日拘留が刑罰として執行された。
リレイベルの首都に到着早々、龍の初夜は冷たい床と薄い毛布が出迎える事となった。
―――――――――――――――――――――――
「……随分臭う毛布だな」
ロクに洗ってもいねえんだろうな、何処の誰とも分からねえ野郎の臭いが染み付いてやがる。
まあ、牢屋なんてこんなもんだろうさ。
ましてや、日本より遥かに劣る環境なこの世界じゃこれでも上等な対応なんだろう。
随分とまぁ、ポリ公が駆け付けるのが早いこって。
牢屋に入れるだけじゃなく、何か妙な腕輪まで付けられたし。
試しに檻を一発殴り付けてやったが、ダチ公が言う所のパワーとやらが上がってる感じがしねえ。
多分だが、この腕輪とやらが邪魔なんだろうな。
実体化を解除しちまえば牢屋から脱出も簡単なんだが――その場合、スタート地点は必ずダチ公の側ってのが面倒だ。
バイクや荷物もここに置き去りになっちまうし、そもそも檻にぶち込まれたって言ってもたかが一日そこらで出られる。
ダチ公の所からここまでまた戻って来る方が時間が掛かるし、抜けだしたら抜け出したで余計に睨まれるだけだ。
だったら、大人しくしてた方が賢い判断だろう。
舐めた態度取ったあの野郎共はキッチリ拳で分からせてやったし、姿は見えないが声は聞こえてたから俺と同じく檻の中だろう。
ざまあ見やがれ。
雨風凌げるならそれでいいと、寝床に潜り込んで数分位経った頃。
小さな足音が聞こえた。
その足音はゆっくりと、こちらへと近付いてくる。
少なくとも大人の男の足音じゃねえな、音が軽すぎるし、歩幅が短い。
女子供、だろうな。
俺は魔法みたいな特殊な力なんてモノは無いが、これはまだ人間の洞察力で見抜ける範囲だ、それ位は分かる。
その足音は、俺の居る牢屋の前で止まり。
「――馬鹿だとは思ってたけど、出て行って早々に馬鹿やらかしてるとは思いもしなかったわ」
聞き覚えのある不機嫌そうな少女の声が聞こえた。
身体を起こして、牢屋の向こうを見る。
「何だ? こんな所に何か用か?」
「定時連絡無かったから様子見に来たのよ。何で捕まってんの?」
「舐められたから殴った」
「馬ッッッ鹿じゃないの?」
ここの床よりもずっと冷えた目で睨んでくるダンタリオン。
「帰る。そこでずっと冷や飯食ってれば良いのよ」
「帰る前にここの檻の鍵と、あとこの手首の奴外してくれよ」
「うっさいくたばれ」
何だよ、わざわざ来たのにケチくせぇ。
お前の魔法とやらならどうとでも出来るんじゃねえのかよ。
「つか、見張りどうしたんだよ」
「雑魚なら私の力でいくらでも認識書き換えられるんだから、それこそ撃ち漏らしが出るような何百人単位での監視でなきゃ私には無意味よ」
そう吐き捨てて、ダンタリオンは立ち去った。
記憶弄るとか相変わらずおっかねえ女だな。
つかマジでそのまま帰りやがった、出してくれねえのかよ。
翌々日の早朝、冷たい床からの暮らしから解放された。
一日なのに二日拘留されたのは、単純に騒ぎを起こしたのが夜だった為、真夜中に釈放されても逆に困るから、もう一日泊っていけという面もあるのだろう。
それと同時に、騒ぎを起こした当事者を同じ時間に解放したら、またいざこざが起こるという懸念の為、釈放タイミングをズラす為、というのもあるか。
荷物を回収し、駐車していた場所へと戻る。
ブラつくにも、足があった方が良い。
ダチ公からの指示で、人の多い場所に行けとは言われたが、具体的に何をどうしろ、とまでは言われて無いからな。
真面目に働くも、観光を楽しむも、自由。
何をしても良いってなら、決めの日までは、適当に物見遊山決め込むさ。
バイクの所まで戻って来る。
この辺りじゃどうも珍しい代物らしいから、心配はしてねえが盗まれてるかもと考えたが、流石に杞憂だったようだ。
鍵が無きゃただの重たい鉄の塊にしか過ぎねぇし、俺が知ってる技術以上の超技術でガッチガチにセキュリティ固めてあるらしいしな。
だから心配はしてなかったんだが……
ちっこいガキが、俺のバイクの上に登っていた。
見た目だけで判断するならば、年端は良い所小学生~中学生か?
座席に座っているが、それでも頭が俺の首位までしかない。
髪はこの世界じゃそこまで珍しくないらしい赤髪で、肩に掛かる位の長さで切り揃えてある。
ここいらで見掛ける連中と比べて、服装がちっと浮いてるな。
ジョン・レイニーみてえに服の事が何でも分かる訳ではねえが、それでも高そうな服だって位は分かる。
女物の服みてえだし、良い所のお嬢さんとかの類か?
何でそんな奴が、一人ポツンとこんな場所に居るのか、俺に分かる訳も無いが。
「――む、もしやこれはお主のモノなのか?」
襟首を掴んで地面に降ろす。
そのままキーを回してエンジンを掛け、行く当ても無いがその場を後にした。




