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150.族頭、リレイベルを行く

 何処までも続く、荒野を走る。

 乾いた大地に(わだち)を刻み、そろそろ日が沈もうという時間故に、誰も居ない、何も無い世界に、排気音(エキゾーストノート)が轟く。

 ここには彼以外、誰も居なかった。

 風を切りながら走る、一台のバイク。

 こだわり故に動力部分以外は彼の時代相応の仕上がりとなったその自動二輪は、製造者であるマティアス曰く「非合理的な玩具」との事。

 石油からガソリンまで精製出来るだけの技術力があるグランエクバークや、本拠地であるメガフロートならばともかく、それ以外の場所で活動するのであらば、このバイクに燃料供給は出来ないモノと考えねばならない。

 そういった事情がある為、しぶしぶではあるが、燃料だけはSF世界の代物を搭載する事を男――(ドラゴン)は了承した。

 袖を通した白い特攻服が風で舞い、背中に書かれた「前力全壊」の四文字が、(ドラゴン)の信条を無言で主張し続けていた。


 商業都市郡 リレイベル、ツェントゥルム。

 かつて一度、昴達が足を運んだ事がある場所であり、六大国家の内の一つ、その首都である。

 以前訪れた時はやるべき事があり、ここはただの通過点でしか無かった。

 用事があったからスルーしていたが、この地は経済活動という分野において世界一を誇る場所である。

 人、物、金、情報。

 世界を構成するありとあらゆる代物が流れ込んで来るリレイベルという地は、情報収集という目的においてこれ以上無い程に最適の場所だろう。

 当然、邪神の欠片の情報を求めている昴達からしても、無視する理由は無い場所だ。

 昴が直接向かう必要は無い為、他の誰かが向かう事になるのだが――カード同士での駆け引きやら取引やら争いやらマナ数計算の都合やらなんやかんやあった結果、最終的に向かう事になったのが(ドラゴン)になった、という訳である。


 (ドラゴン)が辿り着くのが早いか、陽が沈み切るが早いかといった微妙な時刻、滑り込むようにして(ドラゴン)はツェントゥルム市街地へと到着した。

 機械技術によって栄えたグランエクバーク以外ではバイクという乗り物は非常に珍しく、入国の際に少し衆目を集めたりはしたが、トラブルを呼ぶ程では無かった。

 ここは、商業によって栄えた大国である。

 ありとあらゆる国から物資が流れ込んで来る場所であり、その中には当然、グランエクバークの工業製品も含まれる。

 珍しくはあるが、前代未聞ではない。

 多少の聴き取り項目が増えたりはしたものの、それで入国拒否される程では無かったようだ。


 情報収集という目的こそあるものの、それ以外に特に行動指針がある訳でもない。

 目に留まったそこへと向かう(ドラゴン)

 極端に高級でも安宿でもない、大衆向けの宿、そこの入り口から少し離れた場所にバイクを止める。

 このバイク自体が珍しい代物なので、盗難が怖い所だが、その辺りはマティアスが色々余計な小細工を仕込んでいる為、大丈夫なのだろう。

 (ドラゴン)に持たされた路銀は、多くも少なくも無い、そこそことでも言うべき額。

 豪遊は出来ないが、ケチケチする程でもない、そんな懐事情。

 変に治安の悪い安宿に泊まると余計なトラブルが起きそうなので、一応は表通りに近い宿を選んだのだ。


 一階は受付と食堂兼酒場、二階と三階が宿泊施設となっている宿であり、酒場からは既に出来上がっている人々の喧騒が聞こえて来る。

 宿に部屋を取り、空きっ腹に何か物を詰めるべく、一階の食堂へと向かう龍。

 丸一日バイクで走り続けていた為、これだけ長時間実体化したまま活動していては、腹も減るし喉も乾く。

 昴の近くで活動する分には、再度実体化すれば良いだけなのだが、離れて活動する以上、カード達には食事も睡眠も必要なのだ。


 食堂は8割程席が埋まっており、盛況な状態であった。

 少々ガラが悪い連中も居るが、肉体労働を生業としている連中の気性が荒いのはこの世界では良くある事だ。

 この世界での肉体労働というのはただの荷運びだけでなく、魔物や野盗等の命を狙う襲撃者と戦う事も含まれている。

 気性が荒い、血の気が多いというのは、戦いの場では必ずしもマイナスには働かず、プラスに働く事もある。

 少なくとも、襲撃者に襲われているのに怯えて縮こまり、何も出来ずに殺されるような気弱な性格であるよりは、余程マシだし、戦いの場では頼りになるだろう。


「――よぉよぉよぉ、新参くんよぉ! 俺等のシマに入って来て置いて挨拶も無しかよぉ?」


 既に酔いが回っている、赤ら顔の男が席を立ち、龍に声を掛けた。

 小さな家の柱程はあろう腕、龍を上回る身長に加え、肩幅も広く、まるで巨大な壁が歩いているかのような圧迫感がある。

 顔には小さいがいくつかの傷があり、戦いを生業にしている者であろう事が見た目で推察出来る。


「まあ新入りだから知らねえのも無理ねえかァ! ここは先輩として一杯奢ってやるから、今度はちゃんと弁えた行動するんだぜぇ??」


 ニタリと笑みを浮かべ、男は龍へとジョッキを差し出した。

 だが、位置がおかしい。

 顔でも無く手でもなく、ジョッキは龍の頭上に。

 そしてそのまま、龍の頭上に酒が降り注いだ。

 その様子を見ていた一部の席は関わり合いになりたくないと、会話の声量が小さくなったり会話の頻度が下がり、嫌な空気を察して会計を済ませ、足早にこの場を立ち去り始めた。

 だが半分以上は酒で濡れた龍の姿を見て、良い酒の肴だとばかりに笑い出した。


「酒を一本くれ」


 そんな笑い声を背に、カウンターに居る店員に向けて酒を注文する龍。

 その声色は平坦で、荒れてはいなかった。

 そんな龍の様子に半ば困惑半ば安堵しつつも、店員は言われた通りに龍へと、瓶に入った酒を出した。

 出された酒瓶を掴む龍。

 直後、龍は後ろを向き。


「駆け付け一杯ィ!!」


 勢いを付け、先程の男の後頭部へ向け瓶をフルスイング!

 ガラスで出来た瓶は砕け、内容物がぶちまけられる!


 出会って早々、明らかに馬鹿にされた龍だが、頭は冷静であった。

 冷静に、キレていた。

 一張羅を酒で濡らされ、目に見えて舐めた態度を取る輩に対して、穏便に済ませるという選択肢を取る程、龍は温厚でも小心者でも無い。

 喧嘩に明け暮れ、警察沙汰も日常茶飯事、道交法なんのその。

 そんな暴走族(アウトロー)である男が、穏便に済ませるなどという択を取る訳が無かった。


 程度こそ違えども、龍もまた、そっち側(・・・・)の住人なのだから。


「テメェ!? 何しやがる!」

「俺等の国の言葉には駆け付け一杯って言葉があってなぁ。喧嘩売ってんだったら買うぜ!?」


 尚、駆け付け一杯という言葉の意味はこういう意味では無い事を明記しておく。


 酒瓶を叩き付けられた男とその仲間達が立ち上がる。

 一触即発の空気を感じた客達が距離を取る為に退店し始める。

 野次馬を決め込む腹の客達は、席を火の粉が飛ばない安全な位置に移動した上で、野次を飛ばし始めた。


 龍を諫めるであろう昴を始め、他のカード達も、誰もここには居ない。

 騒ぎを止める者が居ない以上、乱闘騒ぎが始まるのは必然であった。

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