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149.政略結婚

「――ようやく、話がまとまりましたな。ジークフリート陛下」

「……全くだ、たかが縁談如きにここまで時間を取られるとは」


 疲労困憊とばかりに、椅子の背もたれに自重を預けながら、自らの掌で顔を覆う男――ジークフリート。

 聖騎士国 フィルヘイムの王位を継承し、正真正銘、国のトップに立つ若き獅子。


「たかが、ではありませんよ陛下。この国の行く末を決める、重要な分岐点なのですから。それに、世継ぎが無くてはこの国の未来も無いのです、陛下が子を儲けるのは最重要事項ですよ」


 そんな若き王を諫めるのは、大臣であるフォルガーナであった。

 先王、ジークフリートの父の代からこの国の財務大臣としてその腕を振るっており、王位継承後も引き続き大臣の座に収まっている。

 ジークフリートが重用している、数少ない人材の一人である。


「分かっている。だが、俺の縁談なんぞより優先しなければいけない事項が多過ぎる、今は一日でも時間が惜しい」

「その最優先事項の一つが、これで片付く訳です。どうです? ここは一杯」

「要らん。飲んでは明日に支障が出る」

「ジークフリート陛下はお堅いですなあ」


 フォルガーナの提案を一蹴するジークフリート。


「それで、一通りお前に任せていたが、最終的にどうなった?」

「上々ですな。結婚祝いと今後の長い付き合いを兼ねて、という形で資金と資材を提供して貰う約束を取り付けました。その際、崩壊した大通りの一等地に店舗を建設する、という追加条件が入りましたが……まあその程度は飲みましたよ」

「成程、上出来だ」


 ――フィルヘイムの首都、キャメロットはかつて大災害に見舞われた。

 生きる災害、邪神の欠片による襲撃。

 ジークフリートが不在の際に発生したこの襲撃により、多くの命が失われ、そして家屋の損壊が発生した。

 生存者の救助や仮住居の手配等、王家として出来得る限りの支援はしたが、食糧も住居も無から出て来る訳では無い。

 民への援助によって財政が圧迫し、フィルヘイム王家の財政はカツカツになっていた。


「これで復興資金は何とか捻出出来そうか……」


 大きく溜息を吐くジークフリート。

 被災からの復興には、金が掛かる。

 放置すれば民は路頭に迷い、やがてそれは治安の悪化にも繋がる。

 天下の首都がそんな惨状では、最早国の未来は無い。

 首都の復興は、王位に就いたジークフリートにとって最優先事項の一つであった。


「リレイベルに都合の良い婚姻相手が居たのは不幸中の幸いでしたな」

「そうだな、他の国ではこうは行くまい」


 これはフィルヘイムだけに限った話ではないが、この国は他の国同様、多くの問題を抱えている。

 問題の一つとして、フィルヘイムは敵が多いのだ。

 地続きのリィンライズとは常に領土争いの小競り合いが続いており、海を挟んではいるが、食糧を自給出来る温暖な土地を欲しているグランエクバークもまた、表面には出さないが隙あらば、という状態である。

 マーリンレナードは同盟を組むにしろ何をするにしても距離が遠過ぎであり、そもそもマーリンレナードは実質グランエクバークの衛星国のような状態である。

 そして極め付けにはナーリンクレイである。

 元々排他的な国ではあるが、歴史的経緯により、特にフィルヘイムに対して強い敵愾心を燃やしている。

 海を挟んでいる為、グランエクバーク同様に今すぐどうこうという状態ではないが、仮に地続きだったとしたらリィンライズより酷い状態になっていただろう。

 そんなフィルヘイムにとって唯一味方――ではないが、敵対心を抱いていない、貴重な国がこのリレイベルである。

 地形的にも地続きで繋がっており、他国ともそれなりの距離を保った上で友好的な関係を築いている。

 リレイベルを通してであらば他国と交流する事も出来、フィルヘイムにとって何としてでも縁を繋がなければならないのが、このリレイベルという国であった。

 他国から婚姻相手を募るのであらば、敵対する可能性がある国より味方になってくれるであろう国から、という発想である。

 無論、敢えて敵対国から結婚相手を迎え入れ、敵対した際には人質として……という考え方もあるが、リレイベルとの関係をより強固にしようという、同盟関係強化に舵を切ったようだ。


「それに……相手はあの交易都市です、その七家の一角から援助を受けられるのであらば、余程の事が無い限りは安泰でしょう」

「これでようやく、国民に明るい話題を提示出来るな」


 邪神の欠片による首都の襲撃。

 更に追い打ちを掛けるかのように、エルミア王女死去の報。

 フィルヘイムの国民は、疲弊していた。

 これで少しは国民の不安を和らげる事が出来ればと、そう願いながらジークフリートは天を仰ぎ見るのであった。



―――――――――――――――――――――――



 王城に在る、重要区画の一つ。

 王族が住まう一室の前に、ジークフリートは立つ。

 陛下の来訪に(うやうや)しく頭を下げる侍従に、軽く手で答える。

 軽く、扉をノックした後。


「……入るぞ、エルフィリア」


 返事は無いが、エルフィリア第二王女――ジークフリートにとって実の妹の部屋へと入る。

 部屋は暗く、ベッドの上にポツンと、膝を抱えて(うずくま)るエルフィリア。

 明かりを点けると、ゆっくりと顔を上げてジークフリートの方をエルフィリアが見上げた。


「兄者……」


 かつて明朗快活、というよりおてんば気質があったエルフィリア。

 慕っていた父と姉が立て続けに死去したという現実を受け止めきれず、こうして部屋にこもって塞ぎ込むようになってしまっていた。

 その声色にも覇気がない。

 エルフィリアの横に腰を下ろし、その眼を真っ直ぐに見詰めながらジークフリートは口を開く。


「十日後、挙式をする事になった。相手はリレイベルの七家だ、よって明日、ここを発つ」


 兄、ジークフリートが結婚相手を探している事自体は、エルフィリアも前々から知っていた。

 フィルヘイム王家唯一の男児であり、長男であるジークフリートが未来の国王となる事は元々既定路線であり、次代を担う世継ぎを産む王妃探しも国にとっての必要事項だった。

 だからそれ自体にエルフィリアがどうこう思う事は特に無い。


「……行っちゃ、嫌なのじゃ」


 弱々しく、ジークフリートの手を握るエルフィリア。


「姉者も、父上も、皆、わらわの居ない所で死んでしまったのじゃ……兄者も、居なくなったら死んでしまうかもしれないのじゃ」


 仲が良かった、実の姉が、死んだのだ。

 落ち込むなと言う方が酷だ。

 ましてや、エルフィリアはまだ子供なのだ。

 受け止めて消化しろというには、年若すぎる。

 それをジークフリートも理解はしているし、可能な限り、妹の側に居てやりたいという気持ちもある。


「……本来であらば、この国に出向いて貰いたい所だが、あれだけ支援して貰っておきながら、お前が来いとまで言うのは流石に無礼が過ぎる。俺が出向かねば、面子が立たないというものだ。分かってくれ、エルフィリア」


 だが、世論と国際情勢がそれを許さない。

 エルフィリアの兄であると同時に、ジークフリートは六大国家、聖騎士国 フィルヘイムの王なのだ。

 自らの背負う政務を投げる部下すら不足しており、国の為、今は馬車馬の如く走らねばならない状況。


「それに……俺達王家が全員、国外に出る訳には行かない。少なくとも、今の情勢下ではな。だからエルフィリア、お前はここに残っていてくれ」


 国がボロボロになったから、民を捨てて王は逃げ出した。

 そんな根も葉もない虚言が民の間に流行れば、今の王制が揺らぎかねない。

 というのが、ジークフリートやフォルガーナの考えている懸念であった。

 だから今、唯一残っている直系の王族であるジークフリートとエルフィリアが、まとめて国内から居なくなる訳には行かなかった。

 勿論、杞憂かもしれない。

 だが民は皆疲弊しており、そして火が無くて煙が立たないならば火を点けようという輩が現れるかもしれない。

 それをやりかねない国内貴族を、既にジークフリートは捕捉していた。

 外患誘致、反乱分子は何れ粛清する気満々だが、まずは国内の安定化を図るべき時期故に、まだジークフリートは踏み切れずに居た。


「兄者……!」

「兄として失格だとは思うが、分かってくれエルフィリア」


 伸ばされたエルフィリアの手を払い除け、部屋の外へ歩を進めるジークフリート。


「――ある程度落ち着いたら、一緒に父上とエルミアの墓参りに行こう。だから、もう少し待っててくれ」


 そう、言い残し。

 ジークフリートはエルフィリアの部屋を後にする。



 小さく呟いたエルフィリアの声は、扉の閉ざされた音に搔き消された。


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