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#6.その後のベルクライム

初めてレビュー書かれて嬉しかったので投下します

 ドラゴン襲撃の爪痕が痛々しく刻まれたベルクライム。

 死者の弔いや住居の復旧も非常に大切な事ではあるが、この街が担う役割を果たすというのも、同じ位重要な事であった。

 この街の役割というのは、物流である。

 いわばこの世界の大動脈であり、物資という名の血液を全世界に送り出さねばならない。

 積み荷の受け渡しを行うスペースは最優先で復旧し、貨物の円滑な移動を出来るようにする。

 そうしなければ、他の国他の街で物資の不足が発生し、それがまた新たな死者を生む可能性があるのだ。

 倉庫街の復旧はそう容易くは出来ない為、残念ながら積み荷は野晒し状態にせざるを得ず、貨物を留めて置く場所が無い為、今出来る事は右から左へ流す事だけであり、間違いなく物流に支障が発生してはいるが、それでもしなければならない。

 荷の積み下ろしすらしなくなれば、本当に物流が完全停止してしまう。


「――そして来てみれば、何なのだこれは」


 疲れ切った表情を浮かべ、ブロンドの髪をボサボサと掻く男。

 グランエクバークの軍服に袖を通したその男は、かつて昴の戦いに身を投じ、幸運にも生き延びる事が出来た一人――レイヴン・マックハイヤーであった。

 隣には彼の右腕とも言えるテレジアもおり、街の惨状を見て目を丸くしていた。


「……ドラゴンが、それも何体も現れたと聞きましたが……それにしては、随分と街が綺麗ですね」


 そう、惨状に驚いている。

 それは確かなのだが、事前に聞いていた情報から、街は潰滅しているだろうと予測を立てていた。

 故に、レイヴンが自らの艦船に人道支援として載せて来た物資は重機が主で、残りは復興資材、そして申し訳程度の食糧と医療物資であった。

 それらは全て、間違いなく街の復興に役立ってはいるのだが……結果としては、比率を外している、とでも言うべきだろうか。

 レイヴンの予想では、街はどこもかしこも瓦礫の山、人々も粗方食い尽くされ、精々生き残っていたとしても散り散りになって逃げ延びた者か、瓦礫に生き埋めになった者程度であり、他は皆死んでいると考えていた。

 ドラゴンという存在は、滅多に現れはしないが、いざ現れれば天災と同一視されるような存在であり、レイヴンの予想はそこまで的外れでは無い……筈だった。

 生き残っている者は居たとしても僅か、ならば食糧や医療物資はそこまで必要ではなく、重要なのは寧ろ瓦礫を除けて港としての機能を復興させる事。

 だから、重機と建材を重視――という訳なのだが、実際には結構な数の負傷者が生き延びており、食糧と医療物資が不足していて、逆に重機や建材が少し浮いている状態であった。


「これも、勇者様が働き掛けたお蔭かな?」

「そう、なのでしょうか……? 住民の話だと、大量にドラゴンが現れて、その一部が仲違いして同士討ちした挙句消えたと聞きましたが」


 テレジアが住民から聞いた話は、間違いなく事実なのだが、一部が間違っている。

 ドラゴンは仲違いなどしておらず、大量に現れたドラゴンの内半分は、昴が呼び出した七天竜である。

 昴がドラゴンにはドラゴンとばかりにデッキを持ち出したせいで、この世界のドラゴンと昴が呼び出したドラゴンが一緒にカウントされてしまったのだ。

 そもそも普通の住人がドラゴンを見る機会などある訳が無く、更に言えばこの世界のドラゴンと昴の持つドラゴンを見分けろという方が無茶なのだから、一緒にしてしまうのも無理はない話である。


「もしかしたら、今回現れた勇者はドラゴンだって呼び出したのかもしれないぞ?」

「ドラゴンを……?」

「やぁやぁそこのイケメンさん(=゜ω゜)ノ! ……って、良く見たらレイヴンじゃーん、おーひさっ☆彡」


 真面目な話をしているレイヴンとテレジアの間に割って入る、目元でピースを決める見た目聖職者の女性。

 神に仕える敬虔なる信徒には似つかわしくない軽さと挙動だが、彼女の実態は神やそれに類する者とは掛け離れた――悪魔そのもの。

 誰であろう昴の持つカードの一体、治癒師 ブエルである。


「……失礼だが、何処かで会った事があったかな?」

「あー、そうかそうか。アタシは知っててもレイヴンが知ってる訳無いじゃ~ん! んも~、えるえるってばドジなんだからぁ~☆」


 てへぺろ。

 自らの頭をコツンと叩きながらおどけるブエル。

 カード達は、精神世界の中で昴の周囲を確認出来る。

 だが、精神世界を外部から観測する手段は無い。


「メガフロートの中で見てたよー。イマイチな男なら忘れてたかもしれないけど、レイブンっちはイケメンポイントめちゃ高だからえるえるの脳細胞にしかと刻まれていたのだッ!」( ー`дー´)キリッ

「メガフロート……申し訳ありませんが、貴女のお名前は?」

「うるせえ口閉じてろ眼鏡叩き割るぞヴォケが」


 テレジアの問いに対しては全力で暴言を叩き付けて拒絶するブエル。

 多重人格を疑うレベルで同性に対しては攻撃的だが、これがブエルの素である。

 そして攻撃的と言ったが、パワーは1000である。

 単純な力比べをしたら、軍人としての訓練を受けているレイヴンには勿論の事、恐らくテレジアにも負けると思われる。

 そんな事はさておき、異性には甘々、同性には猛毒、それがブエルのスタンスである。


「……申し訳ないが、やはり君の事は記憶に無いな。君のような人物であらば、一度会ったならば忘れる筈が無いのだが」

「は、はわわー! これもしかしてえるえる口説かれてる!?( ゜ ▽ ゜ エッ!! そんな、一度会っただけでプロポーズなんてぇ~! イケメンで有能でイケメンで押しも強いイケメンな肉食男子にお持ち帰りされちゃううぅー!!」(〃ノωノ)ハズカチィ


 顔を両手で覆っていやんいやんと首を振るブエル。

 ノリが強烈過ぎて、一体どう対応すれば良いのか皆目見当が付かず、無言で互いに見詰め合うレイヴンとテレジア。

 レイヴンの言う忘れる筈が無い、というのは性的な意味ではなく、奇抜さという意味である事は言うまでもない。


「ま、ゴールインしたとしても神に愛なんて誓わないんだけどねー」


 急にスンッと口調が変わる……戻る? ブエル。

 神に誓う事など有り得ないという、聖職者な見た目からは考えられない発言が飛び出す。

 尻尾を隠しているだけで、ブエルはあくまでも悪魔である。


「…………名前を、聞いて良いか?」

「あー、そうそう。えるえるの事はえるえるって呼んでね♪」


 どうにかブエルから名前を聞き出すレイヴン。

 これがただの住人であらば、付いて行けないのでそのまま無視して離れて行っただろう。

 だが、ブエルがメガフロートという場所を口にした為、無視する訳にも行かなかった。

 あそこは、勇者と、それにゆかりがある者達が居る場所。

 そして、一般には公表していない情報。

 知っているのはグランエクバークの上層部と、レイヴンに付き従う部下のみ。

 それを知っている時点で、ブエルがただの住人ではない事をレイヴンは理解していた。


「え、えるえる……殿は、私に何か御用かな?」

「殿なんてー、そんな他人行儀にしないでよぉ~☆ えるえるとレイヴンっちの仲じゃ~ん♪ 気軽にえるえるって呼んでッピ(・∀<)⌒☆」


 出会って、ただ名前を聞いただけ。

 ただそれだけで、既にレイヴンの精神は疲弊していた。


「で、では、えるえる……一体、何の用だい?」

「んー、用って程でも無いんだけどねー。ちょっとここでイケメン発掘しながら治療し切れてない彼ピッピ候補治してただけー」


 命に係わる重体、重傷患者(男限定)をブエルは優先して治療していた。

 男か女かで治療するかしないかを決めるという、救命救急に携わる者として失格所か外道の所業だが、治療すると決めた相手に対しては、冷静に選別(トリアージ)を行い、最優先患者から治療を施し、医療現場に立つ者として的確な動きを見せる。

 今は、すぐ治療しなければ死ぬ、という容体の面々は(男限定で)治療を終えており、骨折や出血がそこまででもない裂傷等、優先度の低い傷を負った患者を治療している最中であった。

 この世界に居る治癒術師からすれば、神の御業の如き速度と回復力を持つブエルだからこそ出来る治療速度である。


 尚、ブエルが無視している女性達の治療現場は今だ戦場の如き惨状である。

 男の治療はブエルがしているので、男の患者は居ない分、労力は半分で済んでいるので、一応そういう意味ではブエルも貢献してはいるようだ。


「それも、勇者からの指示という事かな?」

「んー? 違うよー、えるえるが勝手にしてるだけー。だって、イケメンが死んだら勿体無いじゃーん☆」


 ブエルの言う通り、別に昴はここの人達を治療しろ、といった指示は出していない。

 そんな事をする義理も、この街や人々に思い入れも責任も無いので、やりたい(カード)が好きにすれば良いという方針である。


「あ、所でレイヴンっち。何かごはん無い? ちょっとお腹空いてるんだよねー」

「食事なら街中でも食べられるだろう?」


 ベルクライムは甚大な被害を被ったが、全滅した訳では無い。

 昴の対処が早かった為、街の原型はそれなりに保たれている。

 ドラゴンの襲撃から逃れた場所は無傷であり、そこは問題無く街としての機能を発揮している。

 その中には当然ながら食事処もあり、そこでなら食事も取れる。


 カード達は事実上不死身であり、食事も睡眠も必要無い。

 だが、実体化した状態では食事も睡眠も必要である。

 一度消えて再度実体化すれば空腹等もリセットされるが、活動限界距離は伸びても、実体化出来る範囲は一向に増えない。

 今でも昴の周囲30メートル以内が限界であり、実体化する時は昴のすぐ側という条件は全く変わる様子は無い。

 昴は既にこのベルクライムには居らず、メガフロートに戻っている為、一度消えたらまたこの街まで自力で戻って来なければならないのだ。

 ただ、カード達の活動限界距離が事実上消えた為、スバルがこの星の何処へ移動したとしても、カード達がその縛りで消滅する事は無くなった。

 なのでこうしてブエル、そして他の一部カード達がこのベルクライムで活動を続けていた。


「んも~レイヴンっちってばいぢわるなんだからー(・ω<)♪ お金が無いって言わせないでよーえるえるも乙女なんだゾッ☆」


 ……のだが、活動資金をブエルは持ち合わせていなかった。

 昴から活動資金を持たされなかった為である。

 昴も「イケメン漁って来る! (☆Д☆)キラリーン♪」とか抜かす輩に活動資金を与える気は無かった模様。

 例え本音を隠して人命救助云々と建前を述べていたとしても、アルトリウスや特にダンタリオン辺りには本心を見抜かれ、結局お金は持たされなかったと思われる。

 寝る事は出来ても、流石に飲まず食わずで動き続けるのには無理がある。

 なので、折角見付けた顔見知りであるレイヴンにたかろうというのがブエルの魂胆であった。


「……それなら、港の炊き出し所に行けば良い。私達の部隊が被災者に食事を提供しているからな」

「マジで~? レイヴンっちナイスじゃーん(>ω<)♪」


 それを聞くや否や、ブエルはウキウキな足取りで港へと向かって行く。

 突如現れブエル旋風を巻き起こしレイヴン達を困惑させ、嵐のように過ぎ去っていく。

 ブエルという存在をレイヴン達に刻み付けるには、十分過ぎる破壊力を持ったファーストコンタクトであった。



―――――――――――――――――――――――



 一度船に戻り、本国と電波通信による定時連絡を行うレイヴン。

 その際、レイヴンが遭遇した「えるえる」なる人物の事も報告しており、ブエルの存在がこの世界に知れ渡る事となった。

 それ以外には特に目立った報告内容も無い為、数分程度の通話で定時連絡を終えた。


「――あれが、"悪魔みたいな聖女"か」

「どれだけ重傷の人であろうと、一瞬で治療するなんて信じられませんが……ここに居る人々全員が口を揃えて嘘を言っていると考える方が不自然ですから、事実なのでしょうね」


 通話を終えたレイヴンがポツリと漏らし、その言葉に続くテレジア。

 直接ブエルの治療現場をレイヴン達が見た訳では無いので、街の人からの伝聞になるが、その治癒能力は想像を遥かに超える物であった。

 擦り傷切り傷は当然として、骨折すら瞬時に治す。

 それでも、骨折程度であらば治療出来る回復魔法の使い手はこの世界でも多々存在する。

 速度こそ異常だが、結果だけを見るならばブエルはそこまで着目されなかっただろう。

 ブエルの恐ろしい所は――ドラゴンのブレスによって皮膚を焼かれ、全身の皮膚が無くなって(・・・・・)しまった者だ。

 今すぐ高度な医療に掛かれる訳でも無く、回復魔法という技術があるこの世界でも、無くなってしまった大量の皮膚を回復するなど、それこそ神業と呼ばれるような力量を有した者でも無ければ不可能。

 そんな神業を、何とも適当なノリでしかも連発してくる。

 女性の治療は拒否しているらしいが、女性が治療出来ないというのがブエルの力の限界点だったとしても、余りにも規格外であり、この時点で世界最高峰の回復魔法の使い手だという事は疑いようが無く、これを超えられるのは手足の欠損部位すら治すと言われている、勇者アヤナの遺した回復薬程度しか存在しないと言っても過言ではない。


 尚、女性を治療しないのはブエルの興が乗らないからであり、別にデメリットでもなんでも無く、ただの気分である。

 気分で治療に男尊女卑を持ち込んでいる為、男からは聖女扱い女からは悪魔扱いされており、それが先程レイヴンが呟いた異名の正体であった。


「あの力は、利用出来るかもしれんな」

「息切れしない回復魔法の使い手というだけで、引く手数多なのは間違いないでしょうね」


 それ程の腕の持ち主を見逃す程、レイヴンもテレジアも腑抜けではない。

 レイヴンは、以前の騒動で窓際族のような扱いにされてしまってはいるが、それでもグランエクバークが誇る由緒正しい貴族の血筋ではある。

 国の代表として人道支援という名目でこのベルクライムを訪れており、国の代表である以上、この来訪も国の思惑が絡んでいる。

 この人道支援で恩を売り、フィルヘイムに貸しを作ろう、という魂胆があるのだろう。

 勿論、それを明言する事は無いが、フィルヘイムとしてもこれだけ支援を貰っておいて、グランエクバークに対し特に何もしない、という訳にも行かないだろう。


「殺しや破壊工作への加担には忌避感があったとしても、人命救助や傷病の治療という行為に忌避感を抱く者はそうは居ないからな」

「ですが、タダでは動かないでしょう? 何らかの手土産位は用意しなければ……」

「まあ、そうだな――勇者の思考もアレ程分かり易ければ、対価を考えるのも楽で良いのだが」


 重傷の人物の治療を頼む際、支払う対価。

 この世の対価の大半は金で片付くが、ブエルに金は通用しない。

 何故ならブエルは金を重要視していないからだ。

 別にブエルに限らず、金というのは生きる為に必要なモノであり、金が無くても生きられるカード達の視点で考えれば、金の優先度が下がるのは当然と言えよう。

 ブエルが欲しているモノ。


「顔が良いだけの貴族やプレイボーイ辺りをけしかければ、容易く転びそうだな」

「ですね」


 色仕掛け(ハニトラ)は思いっ切り刺さるというか、男漁りしている素振りを隠しもしない。

 二枚目色男に治療行為を懇願されたら、ブエルは容易く転ぶであろう事は想像に容易いのであった。

ブエル、会話はノリノリで進む癖に話題が一向に進まねぇな……

爆速で足踏みしてる癖に進む速度が亀なんだが

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