146.情報奪取
邪神の欠片――"堕落"のエスメラルダの戦い。
本来はドラゴン達を捨て石にし、情報を入手した後に"堕落"はとっとと逃げ帰る手筈であった。
その後、情報を元にして対策を立てた後、総力を挙げて潰す、そういう作戦だったが……
勇者による理不尽な探知能力により捕捉され、逃亡しようとするも逃げ切れず。
腹を括って戦いを挑み、勇者に傷を与えこそしたが、そこまで。
最後は勇者に討たれ、塵となり消えて逝った。
「――世界の理を捻じ曲げるのは勇者の得意技とはいえ、今回の勇者は輪を掛けて意味不明じゃのお」
だが、今回は以前の"暗躍"の時のような、突然の遭遇ではない。
準備を整えた上での作戦である。
情報を確保した上で"堕落"も逃げ果せるのが最善だが、最善が駄目ならば次善だ。
残念ながら"堕落"の撤退は失敗したものの、次善の策、貴重な勇者の戦闘シーンを捉える事には成功していた。
この情報奪取に成功した事で、今回現れた勇者という存在が、未知ではなく既知へと変わった。
「こっちの行動にまで干渉して来るし、攻撃を当てたならしっかりダメージとして受けるか、もしくは全く通じないならまだしも……同じ攻撃が通じたり通じなかったりするのは一体何故なんじゃ?」
その戦闘シーンを、自身の研究室の画面に映し、何度もリピートし続ける"冒涜"。
鮮明とは言い難いが、"堕落"とのやり取りや比較によって、今回の勇者は男、そして何やら呪文のような台詞を唱えており――その中に、召喚という単語が存在していた事。
いくつもの重要な推理要素が、その映像データには残されていた。
"堕落"が討たれたのは間違いなく痛手だが、この情報は正に値千金であった。
「じゃが――"堕落"よ、お主は良い仕事したぞえ? 逃げ果せられなかったのは残念じゃが、お蔭で勇者の情報が大分集まったからのぉ」
映像をリピートしているが、彼女自身は一度見ただけで後は画面を注視していない。
それでもリピート再生し続けているのは、"烙印"と呼ばれる男の為であった。
「――して、どうじゃ"烙印"よ? 何か分かったかえ?」
「さぁな。間違いなく言えるのは、今回の勇者は召喚師系の能力者だという事と、勇者本人は完全な雑魚という事だけだな。やはり、他のモノを運用する勇者はその力の全てを外に注いでいるようだ」
「それに関しては、ワシも同意見じゃのお」
幾度となく、過去の勇者と戦い続け、何度も蘇る"魔王"が率いる組織、救済の門。
そこには"魔王"から与えられた膨大な勇者のデータが存在しており、系統によって分類されていた。
勇者本人が戦うタイプと、勇者は支援に回るタイプ。
過去に存在した七人の勇者の内、前者が四人で後者は三人、戦い方はそれぞれ全く違うが、本人が戦う事が少ないかもしくは全く無い支援型の勇者は、本人の力自体は一般人と大差無い事が既に分かっている。
支援型に分類されている勇者は、本当の意味で攻撃が直撃すれば、それだけで死んでしまう程に脆い。
今回現れた勇者――昴は、この分類においては典型的な後者であった。
「突然現れる取り巻きと、勇者自身が口にしている召喚という言葉からも見て、間違い無いじゃろう」
「攻撃が通った後、勇者の身体の一部が削れているな。あれが所謂、HPというヤツなのだろう。そして、勇者の周囲に存在している板状の物体は、バリアの類……だな」
「要は、あのバリアを超えて、勇者に攻撃を叩き込めれば勇者を殺せる、という訳じゃの」
「だが、バリアがまだ残っている状態なのに勇者自身に攻撃が通っているタイミングがある。使えなかったのか、敢えて使わなかったのか……恐らく後者だな」
「ほう、理由は?」
「勘だ」
「ほうほう……お主の言う勘なら、まあそこそこ当てになるじゃろう」
何か特別な根拠がある訳ではないが、その勘は無視する訳にも行かない。
"烙印"は、適合者達の中でも武闘派に属するタイプであった。
逃げに徹する"暗躍"、他者を操る"堕落"、研究が本職の"冒涜"といった、戦闘は不得手な面々では分からぬ、戦士としての経験の上から発せられた勘という言葉である。
重視こそしないが、軽視もしない程度には、"冒涜"はその勘というモノを評価していた。
「あとは――勇者が手に持っている、この何かだな。勇者が行動を起こす、その一番最初のタイミングで一枚増え、勇者が何か行動する度に一枚減っている。この何かの枚数が、勇者の取れる行動回数、と見た。それから、バリアが砕けた際にも増えているな」
「ほうほう! それは中々重要な情報じゃぞ、よくそんなものが見えたのぉ、勇者の手元なんざワシの目では見えんかったがのお」
「ド近眼が、研究ばかりしているからこんなモノすら見えなくなるんだ」
実際近眼故に眼鏡を掛けている"冒涜"からすれば正論でしか無い為、当の本人はケラケラと笑う事しか出来なかった。
「それで? 勝機は見出せそうかえ?」
「率直な感想を言えば……俺一人では、流石に無理だな」
「ほうほう、流石にそこは謙虚なんじゃのお」
「出来れば"堕落"と一緒に仕掛けたかった所だが……討たれたのならばグチグチ文句を言っていても仕方ない。やり方を変えねばならないな」
現状、使える手を改めて広げ、整理する。
そして、"烙印"の頭の中にあった、その断片が思い浮かぶ。
「"EF"を使うぞ」
「……アレをかぇ? 正気か?」
――それは、忘れ去られた過去の残滓。
この世界で確かにあったその惨劇は、最早ただの象徴、遺物へと成り果てた。
だが、"適合者"達は忘れてはいない。
かつてその地に存在した――最悪の災厄を。
「アレと勇者を潰し合わせる。その為の舞台を整えねばならないが……その舞台を俺が整えるのは無理がある。"堕落"が居なくなった以上、貴様が動く他無いな」
「仕方ないのぉ……ま、"堕落"のサンプルはまだ多少残っておる、これで何とかする他無いのぉ」
机上に並べられた、何かが入ったままの試験管へと視線を流しつつ、面倒な仕事を振られた、とばかりにバサバサと頭を掻く"冒涜"。
「それで? やるにしてもどうするんじゃ?」
「……それは、餌も必要だしどう嵌めるかも考えねばならん。少なくとも、何かしらの理由を付けて勇者をナーリンクレイに誘き出さねばならない事だけは確定だ。取り敢えず、火種を探さねばな。というか、俺一人に任せるな貴様も頭を動かせ。俺のように武に長けている訳でも無い癖に頭も働かないのであらば、居る意味が無い」
「面倒じゃのぉ、ワシとしてはここでのんびり実験でもしていたい気分なんじゃが……やれやれ、魔王様や"破滅"が動いてくれれば少しは楽になるんじゃがのお……」
「やる気が無い奴に頼るだけ無駄だ。理想の楽園を謳うばかりで、この世界を獲る気が全く感じられんからな」
自分達の在り方と、勇者の在り方が相容れる事は決して無い。
戦う運命にある以上、座して待つより先手を打つ。
働かない、何処で何をしているか理解出来ない身内は無いモノとして考え、策を練る"冒涜"と"烙印"であった。




