144."堕落"のエスメラルダ-3-
「……全く、勇者って奴は良く分からないねぇ。特にアンタは、輪に掛けて意味不明だよ」
溜息交じりで、エスメラルダはそう吐き捨て。
「狸寝入りなのか、それとも本当に打つ手が無いのか――打つ手が無いってなら、そのまま死んじまいな」
軽く手を振る。
その合図を受け、邪神の欠片達が牙を剥く。
攻撃した。
攻撃したって事は、バトルステップに入ったって事だ。
「……俺の場にユニットが存在せず、相手フィールドにユニットが3体以上存在する時」
条件クリア、タイミングクリア。
「虹マナ1、黒マナ1、無色マナ1を支払い、このユニットを疲弊状態で召喚する」
この方法で召喚すると、マナがお得だったりする。
まあ、代わりに攻撃チャンスを捨てる事になる訳だが。
「――シューティング・イレイザー・ドラゴン、召喚」
この世の終わりかと思わせるような、凄まじい轟音。
天より降り注ぐは、ただ一つの隕石――否、隕石の姿を模した、巨大な竜。
赤い光を纏い――
爆音、轟風、銃弾の速度で迫る土砂の雪崩が、世界を覆い尽くした。
何もかもが吹き飛ばされ、地表に残るは、痛ましいクレーターの跡のみ。
そしてその中央に君臨する、ただ一匹の竜。
全身が岩のような鱗で覆われた、全てを抹殺する流星竜。
断熱圧縮により赤熱した体表を広げ、雄々しき咆哮が空間全てに轟いた。
名称:シューティング・イレイザー・ドラゴン
分類:ユニット
プレイコスト:赤赤黒黒○○
文明:赤/黒
種族:ドラゴン
性別:男
カテゴリ:
マナシンボル:虹
パワー:8000
1:【速攻】【条件】自分フィールドにユニットが存在せず、相手フィールドにユニットが3体以上存在する時
【効果】手札のこのユニットは疲弊状態で召喚する事が出来る。その時、このカードのプレイコストは赤黒○になる
2:【強制】【条件】このユニットの召喚成功時
【効果】このユニット以外のフィールド上に存在する全てのユニットを追放する
3:【永続】【効果】このユニットは戦闘では破壊されない
4:【強制】【条件】このユニットが召喚に成功したターンのエンドステップ時
【効果】このユニットを追放する
「シューティング・イレイザー・ドラゴンの強制効果発動、このユニットが召喚に成功した時、このユニット以外の全てのユニットを追放する」
一切合切、命全てを吹き散らす、無差別破壊ならぬ無差別追放効果。
破壊されない? そんな事知った事か。
破壊ではない、追放して貰う。
そして当然、この効果は対象を指定していない。
対象を選択していない以上、アルトリウスもこの全体追放効果を逃れる事は出来ない。
「――こっ……! こんな……っ!? 一体全体、何がどうなって――ッ」
……僅かに残った岩陰から、目に見えて萎縮した様子で姿を現すエスメラルダ。
おいおい、マジかよ。
対象を選択しない追放効果って、エトランゼの中でも最強クラスの除去性能なんだぞ?
抜けられた場合を考えて、捻った召喚方法を取ったが……マジでこの全体追放効果を耐えて来たのは、流石にヤベェな。
その伏せられた部分は、一体どんな耐性なんだよ。
完全耐性か何かか?
「アンタが、この竜を呼んだってのかい――!? いや、それより! アンタ自分が何をやったのか分かってるのかい!?」
「?」
「自分の仲間をお前の手で殺したんだよ! こんなんじゃ、死体の欠片一つも残っちゃいないよ!」
欠片も残さず吹っ飛ばす気でしたからね。
追放した以上、墓地にも送られない。
蘇生する事すら、現状不可能。
「そうですね」
「――ああ、そうかい。頭のネジ緩んでる勇者は過去にも居たけど、アタシがいうのも何だけどアンタも随分と狂人のようだねぇ! 平気で仲間を切り捨てる輩かい!」
えー。
たったこれだけで狂人とか呼ばれてたら、世のカードゲーマー皆外道以下だぞ。
相手に奪われて脅威になっているなら、吹き飛ばすに決まってるだろ。
「先に逝った女にあの世で詫びるが良いさ!!」
――エスメラルダが、再び指を鳴らした。
その直後、シューティング・イレイザー・ドラゴンの巨体が動いた。
明らかに、コントロールが奪われている。
だが、しかし。
「まあ、奪えた所であんまり意味は無いですけどね」
シューティング・イレイザー・ドラゴンを、自分のターンで召喚せず、相手のターンで召喚する。
このユニットの第1効果は、条件を満たすと相手ターンでも召喚出来るという効果であり、この効果を適用するかどうかは、あくまでもプレイヤーの任意である。
普通に自分のターンで召喚し、フィールドを一掃。
その後、がら空きになった相手へ直接攻撃。
こうする事に特に問題は無いし、大抵の場合はそうした方が強かったりする。
だが今回そうしなかった理由は――この手段で召喚すると、このユニットが疲弊状態になるからだ。
「何だい……!? どうして動かないんだい! さっさとあの男を殺っちまいな!!」
「疲弊状態では攻撃出来ませんよ」
このユニットは、戦闘に対する耐性以外は特に耐性を有していない。
アルトリウスの防御効果すら無視して、コントロールを奪って来るような相手には成す術も無いだろう。
だから、奪われてしまう。
でもね、奪われたとしても疲弊したユニットでは攻撃は出来ないんだよ。
これはエトランゼの根本的なルールだ、無視は出来ない。
「攻撃させたければ、疲弊状態が回復する次のターンまで待って下さい」
「疲弊状態……?」
「簡単に言うと、疲れてるって訳です」
「……ああ、成程ねぇ。流石にこれだけの大破壊を引き起こしたんだ、疲れもする、ってえ訳ねぇ」
「このターンのエンドステップ時、シューティング・イレイザー・ドラゴンの強制効果発動」
まあ、次のターンまで残って無いんですけどね。
「このユニットが召喚に成功したターンのエンドステップに、このユニットは追放される」
大地に切れ目が走る。
シューティング・イレイザー・ドラゴンは虹色が渦巻く時空の狭間に飲み込まれ、姿を消した。
グッバイ、シューティング・イレイザー・ドラゴン。
良い仕事したぜ。
「――俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、メインステップ。マナゾーンにカードをセット、黒マナ1と無色マナ1を得る」
うーん、参った。
ここまでは手札の内容的に予定調和感あったけど、今のままだと流石にここからは苦しくなるなぁ。
「黒マナ1と無色マナ1を使い、手札からトレードラゴンを召喚し、召喚時効果発動。デッキから2枚ドロー」
ドラゴンの中でも、四足歩行ではなく二足歩行、リザードマンと呼ばれるような見た目のドラゴンが、俺に手札を2枚手渡してきたので、それを受け取る。
随分と小さい、ドラゴンとは言うが、この世界で出会ったゴブリンとかと対して変わらない大きさだ。
……うーん、まだ引かないか。
「そして手札を2枚捨てる」
俺が差し出した手札2枚を、ひったくるような動きで手に取るトレードラゴン。
2枚得て2枚失う、トレードするドラゴンだからトレードラゴンだ。
損失無く手札を回転させる事が出来る効果を有し、ハッキリ言って滅茶苦茶優秀なカードであり、今まで使いたくても使えなかったカードの1枚でもある。
ドラゴン系列のカードがまとめて戻って来た事で、ようやく使えるようになった次第だ。
「今手札から捨てた霊鳥 リッピの効果発動、墓地から2枚を追放し、無色マナ2を得る。俺はこれでターンエンドだ」
手札に来たしょうもないリッピを捨てて、マナに転換。
素晴らしい、綺麗な動きだ。
デッキに居るリッピはアルトリウスで、手札に居るリッピはトレードラゴンで処理。
実に無駄のない活用法である。
リッピは墓地に逝く事が仕事だからな。
何か疲れ切ったようなリッピの鳴き声が聞こえた気がするが、幻聴だろう。
1:【永続】【条件】???に他の???
【効果】???
2:【起動】【条件】1???
【効果】???
3:【速攻】【条件】???
【効果】相手フィールド???
――見ていた。
一時的に見えなくなっていた時もあったが、その時以外はしっかり、それを見た。
シューティング・イレイザー・ドラゴンの効果発動時に1。
そしてそれが奪われた時に3、だ。
全文は見えていない、未だ殆どが闇の中。
だが、間違いない。
今までの傾向からして、伏せられた効果の一部が浮かび上がる時は、その効果を発動した時である事が多かった。
つまり効果1は耐性効果、効果3が、コントロール奪取効果だ。
ふー……コントロール奪取で、速攻かぁ……何だよそれ強い事しか書いてないじゃんか。
ターンが移る。
エスメラルダが再び、邪神の欠片を3体も並べて来た。
マナとか手札とか使ってる様子も無いのにそんなにポンポン出して来やがって。
名称:邪神の欠片(4)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:2000
1:【永続】攻撃回数+1
名称:邪神の欠片(5)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:6000
1:【永続】このユニットは破壊されない。
名称:邪神の欠片(6)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:4000
1:【起動】【条件】1ターンに1度
【効果】相手フィールドのカード1枚を破壊する。
しかも皆地味に強いんだよ勘弁してくれ。
盾はもう2枚しか無いしライフ6000しか無いし壁ユニットもトレードラゴンしか居ないし――案の定また奪われたし。
俺のユニット奪われるとブエルの防御使えないんだってやめてくれ。
迫る総攻撃だが、取り敢えずトレードラゴンの攻撃はライフで受ける。
トレードラゴンは非常に優秀な効果を有しているが、その代償として、パワーが0だ。
0の直撃を喰らっても受けるダメージは当然0、つまり攻撃する意味が全く無い。
それをエスメラルダが気付いていないから、総攻撃に参加させられてる訳だが……余裕は全然無い。
邪神の欠片(5)の攻撃は通せない、それを食らったらジャストキルだ。
当然それは盾で防いで――
「っと、カウンター呪文、絶対守護障壁を発動だ。このターン、俺が受ける全てのダメージは0になる」
こんな所に寝てたか、コイツはラッキーだったな。
相手ターンの攻撃は、これで完全シャットアウト確定。
盾1枚残しで俺のターンを迎えられるな。
絶対守護障壁が発動してくれなかったら、死なないまでも瀕死にはなってたから完全に追い詰められてた所だ。
「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、メインステップ。マナゾーンにカードをセット、疲弊させ虹マナ1、黒マナ1、白マナ1、無色マナ1を得る」
さて、一手遅れるのを承知で虹マナシンボルをマナゾーンに置いたせいで大分酷い目に遭ったが、それはラッキーカウンターでどうにか出来た。
そして虹マナを置けたお蔭で、ようやくまともに動き出せる。
「手札から呪文カード、剣抜弩張の宝札を発動。お互いの場のカード枚数差まで俺はドローする。俺は今発動しているこのカード1枚、相手は5枚。よって俺は4枚ドローする」
このカードは相手フィールド枚数に応じて発動マナ数を軽減出来る為、今回は0マナで発動している。
0マナで4枚ドローはインチキ。
――あっ。
あー……うん、はい。
何か、その……スマンな。
俺が"そのカード"に手を掛ける。
「相手フィールドの――」
その、瞬間であった。
ん? あれ?
召喚条件満たしてるのに、急に出せなくなった?
だって……ん? おい、エスメラルダ何処行った?
邪神の欠片の奥に隠れてはいるが、何時ぞやのミゲールみたいに影も形も無くなった訳では無い。
ちゃんと肉眼で捕捉出来ている以上、フィールドには存在している筈だ。
何か、滅茶苦茶こっちを警戒している様子だが……別に、俺の手札が見えた訳でも、俺が何をしようとしたのかを理解している訳じゃあるまい。
ん? またエスメラルダがフィールドに出現したぞ。
「じゃあエスメラルダを――」
って、また消えた……?
おい、何だよそれ!
何でフィールド上に存在したりしなかったりするんだよ!?
別にこの場から離れた訳でもあるまいし、消えてる最中は一体何処に行ってんだよ!
意味不明な状態のエスメラルダを睨む。
そして睨んでて、気付いた。
"堕落"のエスメラルダ:LP10000
……LP?
何でユニットにライフが存在してるの?
少しするとライフ表示が消え、再びエスメラルダがフィールド上に現れた。
カードに手を掛けると、咄嗟にエスメラルダが邪神の欠片の影に身を隠す。
そしてフィールドから消え、またライフ表示が現れた。
…………うん?
ねえ、もしかしてだけどさ……お前、ユニットだったりプレイヤーだったりしてる……?
プレイヤー兼ユニット扱い?
しかも頻繁に入れ替わってる辺り、その扱いを自由に変えてる?
「面倒臭ぇ……」
やべ、思わず声に出た。




