137.遅疑逡巡
「――どうですか? すぐそこの喫茶店で一緒にお茶でも?」
「俺達が持ちますよ! 貴女程の美しい女性に出会えた奇跡にカンパイ、って感じで!」
観光地というのは人が多く集まる場所だ。
そして人が多いという事は、それだけ声の大きい迷惑な連中も混ざるようになるという事でもある。
俺は――というより、アルトリウスは現在、分かり易いナンパ集団に巻き込まれていた。
アルトリウスは、美しい。
誰が見てもケチの付けようが無い美女だ。
衆目も集めて当然だし、だから絡まれるのだろう。
「断る。貴様等風情に割く時間など私には欠片も無い」
「まーまーそう言わずに……」
「そんな事より、往来で立ち止まっていると要らぬトラブルに巻き込まれるぞ?」
ナンパ集団が、誰かとぶつかった。
「ぐおっ! っつー……! あばら骨が折れた!」
「オドレ何処に目ェ付けてボサッと突っ立っとんじゃ! ツレが怪我したじゃろがい!!」
あ、寄って来たトラブルが更なるトラブルに潰された。
いちゃもん付けてきたのはシャックスと龍であった。
傍から見てても分かる位、スーッと顔から血の気が引いて行くナンパ集団。
明らかに関わっちゃいけないような見た目してるしなこいつ等。
トラブルがアジア不良連合に連行されていく。
……シャックスってアジアで良いんだよな?
でも確かアジアってエジプトの辺りまで含まれてるとか何とか何処かで見た気がする。
うろ覚えだから違うかもしれないけど、その辺りまで範囲に含まれてるなら、中東風のビジュアルなシャックスもアジアで良いんだろう、うん。
あんまやり過ぎるなよ、女性をナンパしただけで再起不能とかやり過ぎってレベルじゃないからな。
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カード達は、全てのカード達と意思疎通を図る事が出来る。
カード達の存在する精神世界では、言葉を発する必要も無く、種という垣根も超えて、距離も時間も関係無く会話する事が出来るのだ。
……が、それはあくまでも精神世界だけでの話。
姿を出現させている最中は、カード達も世界のルールに則って行動しなければならない。
言葉を発さねば思いは伝わらないし、犬や猫が人間の言葉を話す事は無い以上、人間の範疇とそれ以外では意思疎通が出来ない。
それが出来ているカードも存在するが、それらは何らかの魔法的能力によって意思疎通を可能にしているだけであり、比較的人間なカードにはそういった事は出来ないのだ。
そして、実体化している最中はカード同士の会話も当然ながら時間と距離に縛られる。
なので、情報交換を円滑に行う為、昴は通信機を持ち歩いていた。
マティアスが作った代物であり、通信距離を劣化させずに、発熱や重量を極限まで削ぎ落とした、昴からすれば超技術の塊である。
2リットルのペットボトルを持ち歩くより軽いらしく、然程屈強でもない、というより貧弱な部類の昴であっても持ち歩きに苦労しない重量となっている。
これがターミナルとなり、ここを中継する事で子機と子機の通話を可能としている。
『定時連絡の時間だ。それとシャックスと龍、あれは良いフォローだったぞ』
『喜んで貰えたようで何より、ってか?』
『ただ旦那様がやり過ぎて無いか心配していたぞ』
『心配しなくたって流石に加減してるって、血が流れるような事はしてねえよ。ちょっと"仲良く"して"お小遣い"貰っただけだって』
『そうか。他には特に問題は無いか?』
『問題無ぇ、折角だしもう少しブラついてからダチ公ん所に戻るわァ』
親機が昴の所持している通信機である以上、子機からの通話を一身に受けるのは当然昴――ではなく、昴のすぐ側に居るアルトリウスである。
ただの連絡に昴の手を煩わせる必要も無いという事だろう。
『こちら、ハイネ。このベルクライムにもギルドというのが存在するみたいだ。公的な身分証明があった方が動き易いのと、情報収集も兼ねてギルドに入ってみようと思うのだがどうだろうか?』
『……まあ、問題は無いか。好きにして構わんが、好きにやるなら旦那様との関係を疑われないようにしろ』
『重々理解しているよ、こちらからは以上だ』
カード達はここに遊びに来てる訳ではないので、昴に足労願った分、存分にこの場所の探索に専念する。
5マナで実質5体分の働きが出来、戦闘力も十分確保出来ており、そして人間であるというのは人里において大きなアドバンテージである。
展開に少し時間を要するが、戦闘時では無いのならこれは全くデメリットになっていない。
問題児が居る訳でも無い為、情報収集役として伝説の魔法戦隊が立候補した事に、昴もカード達も特に反論は無かった。
似たような事はバエルも出来るが、7マナで追加出来るユニットが1体だけであり、全員が人間の姿をしている訳でも無いというのは大きな差であった。
ただ、基本的に伝説の魔法戦隊は殴る事しか考えていない連中である為、搦め手が必要となればバエル等に軍配が上がる為、要は適材適所である。
『私と旦那様はこれから喫茶店に入る、つまらん連絡を寄越してくるなら容赦無く斬るぞ』
切るというのが通信を切る、という意味では無い事を察する面々。
邪魔をすると尾を引きそうなので、触らぬ神に祟りなし、の精神を発揮していくカード達であった。
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橋から少し離れた、観光地特有の喧騒からやや外れた小道。
そこにある何だかお洒落な雰囲気の喫茶店へと足を踏み入れた。
俺一人ならば足を運ぶような事は無い場所だが、アルトリウスに任せて席に着く。
案内されたのは木陰にあるテラス席で、先程まで歩いていた潮風交じりのやや暑い外と違い、ひんやりとしている。
運ばれて来たのは……これは、パフェかな?
グラスの中でベリー系とシリアルが積み重なって層になっており、上からチョコレートソースがふんだんに掛けられている。
それこそ生クリームも入ってそうな雰囲気だが、白色成分が無い。
多分、保管に難があるとかそういう感じかな? 冷蔵庫とか無いだろうし。
サクサクと掻き混ぜて、口へ運ぶ。
最初に来たのは冷たさだった。
冷蔵庫は無いけど、冷やす何らかの手段はあるって事か? 魔法は有る訳だし。
ベリーの酸味と甘味、そしてチョコレートソースの強い甘味とほのかな苦みが混ざり合う。
果物の果汁を吸ったシリアルは口の中でスッと溶けていく。
素直に、美味い。
日本で食べるパフェと何ら遜色が無い位に。
「美味しいですね」
「そうだな」
他愛も無い会話。
それも簡潔で、オチもロクに無い。
一旦、スプーンを運ぶ手を休めて視線を動かす。
長い黒髪を後ろで括って纏めた、シニヨンというヘアースタイル。
それ自体はアルトリウスの衣装違いで見ているのだが、服装は違った。
脚線美が浮かび上がるスキニージーンズに黒革のブーツ。
上は清涼感を感じさせる白のブラウスで、ボタンは全ては止めずに少し胸元を開けていた。
恐らくジョン・レイニー辺りに仕立てさせたのだろう。
日本に居ても、服装自体は浮かない現代的なビジュアルである。
ただ、その美貌だけは例外だが。
口元に僅かに塗った朱色以外は、化粧っ気ゼロでありながら、銀幕のスターが如きオーラを放つ。
白い素肌に、整った目鼻立ち。
美人系でありながらも何処か愛らしさを残しており、先程絡んで来たナンパ男も見る目はあったのだろう。
「どうしました?」
視線に気付いたアルトリウスが、微笑を浮かべつつ、真っ直ぐにこちらを見詰める。
「いや、綺麗だなって思って」
「ありがとうございます、気合入れた甲斐も有りますね」
「何か、デートみたいな感じだな」
「少なくとも私はそのつもりですよ?」
そうだったのか。
薄々そんな雰囲気を感じてはいたが、一応名目は邪神の欠片捜索だったからな。
「――宿に泊まって、観光地を巡って、甘味に舌鼓を打って。旦那様と一緒に巡れて、私はとても楽しいですよ」
「そうか、お前が楽しんでくれてるなら何よりだ」
「旦那様はどうですか? 楽しんでますか?」
「ああ、楽しいよ」
そう、楽しくない訳が無い。
アルトリウスだけじゃない、多種多様、様々な見た目と感性を持つカード達が、こうして俺の目の前で形を成し、生を謳歌する。
それはとても眩しい輝きであり、エトランゼを愛したカードゲーマーならば、夢のような光景だ。
「――旦那様は……本当に、今を楽しめているのですか?」
グラスの中を、カラリとスプーンが躍る。
乾いた無機質な音が、静かな空間で妙に響いた。
「どういう事だ?」
アルトリウスの意図が読み取れず、様子を伺う。
先程浮かべていた笑みは消え、俺から少し視線を外し、曇った表情を浮かべる。
真っ直ぐに俺を見て来る、普段のアルトリウスとは違う反応。
次に何を言うべきか、迷っているような感じだ。
重たい沈黙。
沈黙を嫌って何か話題を切り替えようとも思ったが……アルトリウスの言った言葉の意図が理解出来ていない以上、アルトリウスからの答えを待った方が良いだろう。
言い辛い事なら、口に出す決心が付くまで待ったって良い。
時間なら、いくらでもあるのだから。
「私には……旦那様が今を――」




