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13.騎士の誓い

 スバル殿が見慣れぬ女性と共に、空へ飛び立ち。

 私は一人、破壊された図書館に取り残された。

 危難は、まだ去っていない。


「さっきの奴。邪神の欠片とか言ってたアレ、もう一体この街に居る」


 スバル殿の知人らしき側に居た人物は、そう言っていた。

 その口調も表情も、明確にそれを認識して言っているようにしか見えなかった。

 魔導書を所持し、それを利用し空を飛んで行ったので、恐らく魔法使いだというのは間違い無いだろう。

 という事は、何らかの探知魔法の類を修めている人物なのかもしれない。

 引き絞られた弓を放つが如く、私は図書館から飛び出した。  


 今、私は空手だ。

 当然だ、図書館へ案内するのに武器なんて必要無いと城へ置いてきてしまっているのだから。

 幸い、図書館と城は然程距離は離れていない。整備された道を駆け抜け、王城の私室へと向かう。

 壁面に立て掛けられていた、自らが愛用している槍を手に取る。


 ――直後、城が揺れる。


 不覚を取り、よろめき片膝を付く。

 振動と轟音のした方向を見れば、まるで空に向けて伸ばされた腕のような、天を犯さんとのた打ち回る、黒い巨躯。

 本能が叫ぶ。そして、それがよりにもよってこの国の首都に現れたという事実に、血を流さんばかりに歯を食いしばる。


「姉者!」


 飛び込んだ声と足音に気付き、視線を扉へと移す。

 ドレスのように締め付けたりはしていないゆったりとした衣服だが、今この時は非常に邪魔そうにしながら、栗色の髪を振り乱し私の部屋に飛び込むように駆け込んだエルフィリア。

 琥珀色の瞳には、僅かだが動揺や怯えの色が見え隠れしている。


「姉者! 何なのじゃアレは!?」

「……アレが、邪神の欠片だ」


 隠す事に意味は無く、明確に今、目の前に存在する脅威に対し包み隠さず説明する。


「エルフィリアは、皆と一緒に避難してるんだ」


 しゃがみ込み、軽く妹を抱き締める。

 心配無い、大丈夫だと諭す為に。

 しかし、エルフィリアの瞳から不安は消えない。


「姉者はどうするのじゃ……?」

「私は、騎士だ。この国の人々を守る盾なのだ。それに、戦う力がある者が逃げてたら、守れるモノも守れないからな」



 我等は騎士。この身は敵を討つ剣、この命は民を守る護国の盾なり。

 力無き者の為、その魂を捧げよ。



 それは、騎士として歩む事を決めた時。

 その時の上官から叩き込まれた、聖騎士国に仕える騎士としての心構え、誓いの言葉。

 その言葉は今でも私の心に強く刻まれ、進むべき道の指針となってくれている。 


「姉者……」

「それに、勇者様も邪神の欠片を倒しに向かっている所だ。心配はいらないよ」

「勇者が戦ってくれるなら、姉者が行く必要なんて無いのじゃ」

「そうも行かない。まだ街には、沢山の人々が居る。逃げ遅れた彼等の避難を指示するのも、騎士の仕事だからな」


 姫であるより、騎士である事を選んだ。

 守られるより、守る事を選んだ。

 何もかも背負わざるを得ないの兄を、少しでも助けたいから。

 戦う力の無い妹を、この手で守りたいから。

 それが、私――エルミア・フォン・フィルヘイムという在り方。


「大丈夫だ、ちゃんと戻ってくる。だから、エルフィリアは良い子で待ってるんだぞ」


 柔らかい笑顔を浮かべ、妹をあやすように頭を撫でる。

 あのスバル殿の力ならば、きっと今回の邪神の欠片も何とかしてくれるはずだ。

 だから、スバル殿の手を煩わせないよう。避難誘導位はしなければならない。


「姫様!」


 エルフィリアを探していたのだろう。

 若い騎士の一人が、既に開いていた扉の向こうから顔を覗かせた。

 この緊急時でも立ち入らないのは、一応ここが王族である私の私室であるからだろう。


「――エルフィリアを頼む」


 私は騎士に妹を託す。

 短く敬礼で意を示し、若い騎士はエルフィリアの小さな手を引き、避難所へと向かう。


 こうしている間にも、私の国の、大切な人々が傷付き、その命を落としているかもしれない。

 戦う為の武器を手に取り、私は城の廊下を勢い良く駆け出した。



―――――――――――――――――――――――



 大きく一つ、咳き込む。

 揺れる意識が鮮明になっていき、背中から痛みが走る。

 気付くと、建物を背にもたれ掛かる状態で両手両足を放り出し、地面へと座り込んでいた。

 左足に瓦礫が圧し掛かっており、両腕で押し退ける。

 多少重量はあったが、動かすのが不可能という程では無いようだ。

 瓦礫を避け、自分の身体の調子を確かめる。

 痛む所はあるが、動かない所は無い。どうやら、骨も折れてはいないようだ。

 その場から起き上がり、周囲を確認し――絶句する。

 街中に、そこだけ抉り取ったかのような地形が出来上がっていた。


 ――さっきの、黒い閃光。


 アレが、俺の所属していた隊を飲み込んだ。

 血気盛んで酒癖が少し悪いのがたまに傷な、屈強な隊長がいの一番にあの化け物に対して突っ込んでいった。

 だけど、一番最初に突っ込んだせいで……あの光に、飲まれた。


 一番後ろに居たお陰で、助かったのか……?

 アレが何だったのかは分からない。理解出来ない。

 だけど、あれこそが邪神の欠片の攻撃だったのだろう。


 俺より前に居た連中が、どうなったのか分からない。

 だけど、もし無事だったなら俺の近くに居るはず。

 なのに、何処にも見当たらない。

 畜生……! 聞いてないぞ、こんなの……!


 瓦礫の山と化した、かつての街並みの中。

 瓦礫の下から、まるで光を求めるかのように手を伸ばす何者かの手が生えていた。

 人が居る……!

 急いで駆け寄り、瓦礫に埋まっていたその腕を手に取る。

 もしかしたら、まだ息があるかもしれない。

 俺なら引き抜けるかもしれないと、その腕に力を込め、体重を後ろに倒し――瓦礫から転げ落ちる。

 先程強打した背中に再び衝撃が走り、息が詰まった。

 何とか呼吸を取り戻し、左手を見る。


 ――肩口から切断された、誰かの腕を握っていた。


「あ――かあっ……!?」


 意味の無い悲鳴が口を突き、無意識にその腕を放り投げる。

 人ではない、死体だった。

 更にその周囲を見れば、頭蓋骨に瓦礫が直撃し、灰色の脳を露出させ、眼孔から土色に汚れ潰れた眼球が飛び出し、最早人の形を成していない――


「ふっ、ぐうっ……!」


 胃の内容物が逆流しそうな所を、ギリギリで堪える。

 光が、あの光が何もかも壊し、何もかも……殺していった。

 あんなモノに立ち向かうなんてのが、そもそもの間違いだったんだ!

 あの山かと見紛う程の巨体に加えて、あんな大砲みたいな、いやそれより酷い攻撃手段まで持っている。

 人間なんかが勝てる相手じゃないんだ!


 今は、何処にもさっきの奴が見当たらない。

 山かと見紛う程の巨体だ、居たら絶対に気付く。

 つまり、今だけはこの辺りに居ないという事だ。


 逃げなきゃ……!


 今、逃げなければ。あの地面を転がる頭骨のようになるのは――俺だ。

 全身を走る危険信号に突き動かされ、放たれた矢のようにその場から走り去る!

 打撲跡が痛む。だけど、足は止めない。

 嫌だ、嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!!


 瓦礫に足を取られ、人気が失せた街道に顔面から滑り込む!

 鼻を打ったせいか、鼻から血が流れ出す。

 手を地面に突き、そこから離れるべく再び起き上がろうとする。


「――け……て……」


 周囲に人が居らず。

 最大の首都の一つである街とは思えぬ程に静まり返った街中。

 そんな状況でなければ、聞こえなかったかもしれない、か細い声。

 声のした方向を見る。

 頭部からおびただしい血を流し、綺麗な長い金髪が血で汚れ。

 肩から下を完全に瓦礫に押し潰された、妙齢の女性。

 家屋の倒壊に巻き込まれたのだろう。


「たす……け……」


 目は虚ろで、視線はこちらを向いているが、俺の事を見ているようには思えない。

 意識が朦朧としているのだろう。

 彼女を押し潰している瓦礫は大きく、とても女子供では押し退けられるとは思えない。

 もっと人手があるのならばともかく、たった一人では絶対に動かせないと断言できる。


 だから、その場を後にしようとする。

 違う、見捨てるんじゃない。

 一人じゃ動かせないんだ。助けたくても、助けられないんだ。

 魔法でも使える奴ならもしかしたら違うのかもしれないけど、俺には魔法の才能は無い。

 そう、そうだ。助けを呼んでくるんだ。

 一人じゃ無理でも、他に手伝ってくれる人がいるなら。

 そう自分に言い聞かせ、その場から走り出し――足が、止まる。

 足を止めたのは、一つの言葉。



 我等は騎士! この身は敵を討つ剣、この命は民を守る護国の盾なり!

 力無き者の為、その魂を捧げよ!



 それは、この国の騎士として剣を取る者が一様に教わる騎士としての在り方。

 理由は何であれ、過酷な修練と共に心身共に刻み込む、この国の騎士の心意気。

 幾度と無く復唱を要求され、反射的に言葉に従う程に心身へ刷り込まれた行動指針。

 最早条件反射に成る程に要求され続けたその言葉は、これ程の異常事態でも反射的に身体を動かしてしまう。


「大丈夫、ですか……? 今、助けますから――!」


 瓦礫に手を伸ばし、力を込める。

 手に付けた手甲が無ければ腕が切り裂かれてしまうような鋭利な瓦礫の断片に、力を込める。

 こんな事してる場合じゃないだろと、内なる臆病な自分が叫んでいる。

 これ程の巨大な瓦礫が、たった一人の力で動かせるとは思えない。

 だけど、この人をここで見捨てる事だけはしたくない、出来なかった。

 それでは一体、何の為に騎士になったのか、分からなくなってしまうから。



 俺は元々、辺境も辺境。吹けば飛ぶような国の端っこ、そんな寒村で生まれ育った。

 まだ俺が子供だったある時、魔物が村を襲い、自警団だけではどうにもならず、村人の多くが殺されていった。

 俺もあんな風に、生きたまま腸を食われて死ぬのかと考え。目を瞑った時――その人は現れた。

 くたびれてくすんだ鉄の鎧と、対照的な良く磨かれた銀の光を湛えた剣。

 その剣が閃くと、俺の目の前まで迫っていた魔物が一刀で切り捨てられ、絶命した。

 別にあの人は、世間で名が知れた豪傑でもなく。勇者とか英雄と呼ばれるような偉人でもない。


 だけど。あの時、駆け付けてくれたあの人は。間違いなく俺にとっての英雄(ヒーロー)だった。


 あの時助けてくれた、騎士の背中の姿に俺は憧れた。

 あの人が今はどうなったのかは、分からない。

 俺が学校を卒業して騎士として配属になった時には、もうその人は騎士団には居なかった。

 だけど、俺はあの背中を追い掛けて。今も尚、そこを目指して、この騎士という職を全うしている。


 今、俺に向けて手を伸ばしたこの人は。あの時の俺なんだ。

 あの背中を見て、憧れた俺が。この手を振り払っては駄目なんだ!


 瓦礫は重い。

 どれだけ力を込めても、俺だけの膂力では到底除ける事は出来そうに無い。

 だけど、僅かばかりだが動く気配はある。

 せめて、誰かもう一人――


 そう考えた時だった。

 地面に走る嫌な振動。頭上から降り注いだ影。


 頭をもたげると――そこには、死の権化。

 先程、何もかもを奪っていった……邪神の欠片の姿。

 その不気味な程の闇を湛えた、ポッカリと開いた口から黒い光が迸る。

 それが先程、自分達の隊を壊滅させたモノである事は即座に理解した。理解してしまった。

 目など見当たらないが、もしそれがあったのならばその眼光は間違いなくこちらを捉えていただろう。

 あの攻撃がもたらした被害の大きさを考えれば、今から逃げても何の意味も無い。


 あ――母ちゃん、父ちゃん。

 俺、ここで死ぬ――


 諦観に満ちた、肺から漏れる空気の音が嫌に耳に響いた。

 千切れた腕や、脳髄を撒き散らした頭骨、近い自分の未来となるその姿を幻視し――



 何かが、横を擦り抜けていった。

 風、ではない。

 それは、何かの人影。

 何かに腰掛けた状態で、人気の消え失せた道を、猛スピードで飛行していく。

 その人影は真っ直ぐに邪神の欠片へと向けて飛んで行く。


 ――青い稲妻が、空を切る。

 

 それは邪神の欠片へと真っ直ぐに突き刺さり、あれだけの巨体を持つ邪神の欠片がくぐもった悲鳴らしい声を上げた。

 唖然とした表情のまま空へ視線を向けていると、急に両腕に圧し掛かっていた重圧が軽くなる。

 ハッとして意識を戻すと、その隣には俺同様に騎士の鎧を着込んだ、女性の姿。


「私が反対を持つ、一気に行くぞ!」

「ひ、姫様!?」


 それは、エルミア・フォン・フィルヘイム――この国の第一王女殿下の姿。


「何をしている! 人命救助中に余計な事を考えるな!」


 鋭い眼差しで叱責され、我に返り瓦礫へと力を込める。

 後一押しの力が添えられた事で、瓦礫は反対側へと倒れ、女性は瓦礫の束縛から解放された。

 咳き込む女性に寄り添う。

 どうやら擦り傷切り傷等で負傷しており、足が骨折しているようだが、命自体には別状は無さそうだ。

 良かった……死んで無い。


「その女性の搬送は任せる」

「ハッ!」


 エルミア姫の命を受け、反射的に敬礼を取る。


「……あっちか」


 女性を背負い、この場から避難するべく立ち上がる。

 その横には、小さく呟いた後、よりにもよって邪神の欠片の居る方向へ向けて駆け出すエルミア姫の姿。

 明確な死がある、死地へと向かう姫様の背を、俺は何も出来ずに見送る事しか出来なかった。


 俺は、凡人だ。

 騎士団に入り、本当に強いという人物を沢山見てきて、それを痛感した。

 俺は英雄なんかじゃない。だから俺一人で何百何千という人を救う事は出来ない。

 だけど、凡人にも出来る事はある。

 今、こうして一人の命を背中に背負っている。

 子供の頃に見た、あの人のように。

 一人の命を救えれば、それで良いんだ。

 そう自分に言い聞かせ、背中に伝わる命の重みを感じながら、この場を離れていく。


 アレは、俺にはどうしようもない。

 この場に勇者が、英雄が、現れる事を祈るしか無かった。

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