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135.弛緩した時間

 湿った空気、陽は既に夕日が水平線の向こうへと沈み、残光が僅かに空を赤く照らすのみ。

 そろそろ一雨来そうな曇天の下、少し荒れだした海原を進む巨体。

 昴達が暮らすメガフロートは、荒れた天候を回避する事だけを主目的に、何処へ向かうでもなく、大海原を漂い続けている。

 今も衛星と情報をやり取りし、天候の荒れていない、もしくは少しでも落ち着いた場所を探し、そこへ向けて移動を続けていた。


「――あー、潮風で髪がゴワゴワになっちゃうよ……」

「カトリーナちゃん、漁の担当だったもんねー。髪が長いと大変だよねー」


 このメガフロートは、カード達のぶっとんだ技術と素材が存分に注ぎ込まれた結果、無補給無修理で延々と航海し続ける事が可能となっている、オーバーテクノロジーの塊である。

 だが、船はそうでも乗っている人達はそうは行かない。

 昴がその気になれば、食糧も無尽蔵に生み出せるのだが、昴は最終的に、ここから居なくなる事を考えて行動している。

 その為、食糧は自給自足出来るよう、室内栽培と並行し、引き上げ網による漁を行っているのだ。

 最近は室内栽培で採れた野菜や果物、漁で採れた魚介類へと少しずつ食事を変更して行っている所である。

 カトリーナと呼ばれた長い黒髪の女性は、その漁を行っていたのだろう。

 潮風で傷んだ髪をシャンプーとリンスで丁寧に手入れしていた。


 メガフロート内に設置された、公衆浴場。

 事実上無限のエネルギーによって、常に湯で満たされており、メガフロート内で暮らす人は何時でも好きなだけ入浴出来る。

 女湯と男湯で分かれているのだが――普段、女湯しか使われていない。

 男湯に入る必要があるのが昴しか居らず、昴の部屋には風呂がある。

 なので男湯は現状、完全な死に施設となっている。


「潮風気にしなくて良いから、農作業の方をずっとしてたいなぁ」

「ローテーションでやって行くって話ですから、こればっかりはどうしようも無いですね」


 洗い終わった髪を纏め、湯船に身体を沈めつつ、一息吐くカトリーナ。

 女湯に入っているのは三人であり、カトリーナ以外にはヘンリエッタとサンドラが居た。


「……そういえば、カトリーナさんって何処の出身なんですか?」

「私? リレイベルのサトミハラって所だよ」

「あら、同じ国の人だったんですね。サトミハラって確か、温泉で有名な場所でしたよね?」

「そうそう、私の家族も温泉宿やってるんだ。ヘンリエッタさんもリレイベルの出なんだね」


 同国出身である事が分かり、少し打ち解けるヘンリエッタとカトリーナ。

 そして、打ち解けたという意味ではもう一人。


「すみません、お待たせしましたカトリーナさん」


 普段は後ろで括っている髪は解かれ、鎧の下に隠れていた女性らしい丸みを帯びた肢体が、同性だけの浴場という事もあり、隠す素振りも無く露になっている。

 一歩進む度に髪と共に揺れる、女性の象徴。

 誰であろう、昴の持つカード達の一人、ジャンヌである。

 元々ヘンリエッタとは打ち解けており、カード達の中でも友好的な性格をしているので、そのままの流れでここに居る女性達全員と仲良くなるまでは案外早かった。


 先日起きたミゲールとの戦い以降、昴の持つマナ上限が大幅に引き上げられた。

 これにより昴のマナ数上限という、カードを縛る枷が大分緩くなり、有事の際でも昴が安全を確保出来るライン以上のマナ数に達したようなので、ある程度まではカード達のわがままが通り易くなった。

 前々から時々ではあるが、ヘンリエッタ達の様子を見に顔を出していたジャンヌだが、ここ数日はしょっちゅう顔を出している。

 今の昴のマナ数であらば、昴を独占したい勢であるアルトリウスやダンタリオンが出たままでも、かなり余裕がある。

 それに、ジャンヌはメガフロート内を移動しているだけであり、別に昴から大きく離れている訳でも無いので、万が一という事態でも特に問題は無いのだ。


「今日も手伝って貰っちゃって、本当有難うございます」

「いえいえ、好きでやってる事なんで。あ、でも当てにしちゃうのは駄目ですけどね」


 身体を流した後、同じ湯船に合流するジャンヌ。

 尚、ジャンヌだけでなく、ガラハッドを始めとして他のカード達もちょくちょくヘンリエッタ達と絡むようになった。

 今まではカード達全員(一部除き)が昴第一であり、二番目以降にやりたい事があったとしても、昴の方が大事なのでそちらを優先していた。

 しかしマナ数に余裕が出来た事で、他のカード達に昴の守りを任せて置けるようになった為、外の世界を見てみたい、興味があるカード達が交代で出て来るようになった。

 但し、ヘンリエッタ達に粉を掛けようとする男のカード達はジャンヌが追い返している模様。



 ――彼女達にちょっかい掛けるのも、お前達の自由だし、それを阻止しようとするのも、お前達の自由だからな。



 と、昴が言った為である。

 昴は積極的にここで暮らす人達に関わろうとはしないが、カード達が積極的に関わるのは止めない、という方針の模様。

 それを聞いた後、特にビリーやシャックス辺りが気付けばナンパを始めている為、彼等を追い払う為にジャンヌは日夜奮闘している。

 どうせ実体化を解除すれば元通りになるカード達である為、その追い払い方も中々強烈である。

 的確に急所を撃ち抜く銃弾を全部剣で叩き落し、そのまま突っ込んで行って片腕を切り落としてやったりする等、はたから見たらただの殺し合いにしか見えない程に熾烈極まりない。

 実際殺し合いな訳だが、どうせ本当の意味では死なないというのがカード達の共通認識なので、少しやり過ぎな喧嘩、といった具合に収まっている。


「――貴女達だけの力で、生きていけるようにっていうのが、団長(マスター)からの指示ですからね」

「そういえば、前々から気になってたんですけど。"マスター"って言うのは誰なんですか?」

「それに関しては、秘密という事で」


 自らの唇に人差し指を添えるジャンヌ。


団長(マスター)は積極的に存在を主張する気は無いみたいですからね。バレたらバレたでそれでも良いみたいですけど、なら私達も可能な限り、隠させて頂きます」

「あー、気にはなるけど言及しない方が良い感じ?」

「その方が良いですね」


 のんびりと一日の疲れを風呂で流しつつ、雑談に耽る四人。

 とは言っても、ここは変わり映えの無い、大海原の上。

 そんな世界での話題は基本的に対人関係なんかの話であり、このメガフロート内という限られた空間で行われる人間関係となると、かなり限定的である。


「――そういえば、店長さんって笑ってる所一度も見た事無いんだけど」

「結構不愛想だよねー。丁寧な口調だから失礼って訳じゃないんだけど……何か、微妙に壁を感じる気がする」


 そんな狭い人間関係で話題を取り上げ続ければ、昴に関して話題が持ち上がるのは必定であった。

 カードショップという、彼女達からすれば未知の概念と共に突然現れた、このメガフロートで唯一の――ではないが、男の人物。

 これは完全に偶然なのだが、ヘンリエッタとも面識のあるガラハッドや、ビリーにシャックス、他にも男のカード達がちょくちょく姿を見せている為、結果的に昴という存在の印象が多少、薄くなっていた。


「私達も酷い目に遭ってたみたいだし、あの店長さんも何かあったのかもね」


 ――ドリュアーヌス島に囚われ、身も心も壊されていた女性達。

 身体はブエルが完璧に治療し、そして心や記憶は、ダンタリオンがある程度操作した。

 囚われ、酷い目には遭っていたのは確かだが、具体的に何をされたのか、という部分の記憶をダンタリオンは消し去った。

 本当に辛かった部分、フラッシュバックし兼ねない痛みの記憶部分を消した事で、ここに居る女性達は皆、囚われる前の生来の性格へと戻っていた。

 だが、消すか消さないかという選択肢は与えられていた。

 彼女達は消すという選択を取っていたが、店長(スバル)は消さなかったのだと――そう、彼女達は考えていた。


「そういえば、あの店長さんがジャンヌさんと話してる時は私達とちょっと雰囲気が違いますけど、前々から知り合いとかそういう感じなんですか?」

「えっ? まあそうですね、知り合いと言えば知り合いですね」


 昴は、カード達とそれ以外の人達で若干態度が違う。

 違うと言っても、別に無礼になるとかそういう訳ではない。

 寧ろ、ヘンリエッタ達に対しては丁寧な態度と言えよう。

 だが、ジャンヌ達――カード達に対しては、若干だが、砕けた口調になる。

 ヘンリエッタ達に対してだけは丁寧な口調であり、そして数か月も一緒に生活していれば、気付くのも不思議では無い。

 だから、知人なのだろうとあたりを付けたのだ。


「どう例えるのが正解なのか、良く分からないから何とも言えないですけどね」

「お、結構複雑な間柄ですか?」

「もしかして元カレとか?」

「元カ……!?」


 浴室と脱衣所を隔てる扉が勢い良く開け放たれる!

 その音にビックリしながらも、視線を向ける一同!

 そこに居たのは。


「ラブ臭を感じたぞ。そこの所、どうなんだ?」

「ちゃんと、明言して?」


 アルトリウスとダンタリオンであった。

 わざとらしい笑顔を浮かべながら、何故か剣と本を構えて臨戦態勢である。


「……いえ、そんなのでは無いですよ」

「「なら良し」」


 ジャンヌが否定の意を示すと、静かに扉を閉め、姿を消すアルトリウスとダンタリオン。

 もし、ここで元カレですとか言ったら一体どうなっていたのだろうか。

 冗談でもそれを言う勇気は、ジャンヌには無かった。

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