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133.在りし日の欠片~破

「もう駄目だ……っ! 誰か……この流れを変えてくれ……っ!」


 昴は、天へと向けて願った、祈った。

 この世に神は居ないのか、どうしてこのような不運が自分を襲うのかと。

 そろそろ物理的に血を吐きそうな大ダメージを受けている昴は、己が運命を呪いたい気持ちを必死に抑えていた。


 尚、それを招いたのは不運というか、どちらかと言えば引き際を見誤ったのと意地という救いようが無い昴の自業自得である。

 そんな昴に対し、呆れたような乾いた笑いを投げ掛ける二名。


「ウルスドラグーン7枚引いて、フレイナ0はある意味すげーよ兄貴……何だその意味不明な引き。しかもウルスドラグーン1枚はシークレット仕様じゃねえか……偏り過ぎだろ」


 ――昴を兄と呼ぶのは、昴の弟である春樹であった。

 そんな昴を、呆れ4分の3、尊敬4分の1で流し見ている。


「7箱買って4分の1の確率を7回連続で引いてるのに、2分の1の確率を7回連続で外すんだ……」

「ある意味、すげーよな」

「凄いよね」


 昴を他所に、春樹と共に感想を述べ合う女性。

 今年の春から正式に春樹と交際を始めたその女性は、聖子という人物である。

 ネット上で同じ趣味を通じて、春樹が知り合った人であり、どうやら馬が合ったようで、春樹と一緒に良くカードショップに現れるようになったのだ。


 今日は、新パックの発売日。

 なので昴、春樹、聖子の三人で来た訳だが――


 今、目の前で地獄が広がっていた。


「も、もう1箱……ッ!」

「やめろ馬鹿兄貴!! そのボックス1箱1万近くすんだぞ!? それ以上はマジで死ぬぞ!?」


 レッツゴー万札8枚目をやろうとした昴に対し、流石に見ていられず、ドクターストップを掛ける春樹!

 下手すれば一月の生活費分にはなりそうな金額を投じており、いくらなんでもやり過ぎである。


「うるせえええええ!! 俺は! 新イラストのフレイナを引くんだ!! せめて1枚位引きたい!! この際シクじゃなくても良いから!!」

「シングルじゃ駄目なんですか?」

「2枚目以降はそれで揃えよう、でも1枚目だけは絶対にパックでお出迎えするの! ぷんぷん!」


 至極真っ当な聖子の提案を、意地と壊れ始めた口調で回答する昴。

 ぷんぷんとか言い出したので「うわっ……」って表情を浮かべる聖子。


「はい、買ってきたよ」

「ありがとー」


 昴と聖子のやり取りを他所に、淡々と予約商品を受け取って来た春樹。

 折角なので、昴爆死会場の横で開封を始め――



「あ、フレイナ出た」


 聖子の報告に身悶えし。


「ほらほらー、フレイナのシークレット仕様でたぞ兄貴ー」


 春樹の報告でトドメを刺される昴であった。




「――あー、フレイナの5枚目出たわ。これは流石に要らんから、今出たこれを兄貴に交換してやるよ。だからそれで納得しとけ、9箱目は止めろ」


 何とか散財を阻止するべく、交換による入手を提案する春樹。

 エトランゼのルール上、デッキに入れられる同名カードは4枚まで。

 つまり、春樹が今引き当てた5枚目は、どう足掻いてもデッキには入れられない、だから交換に出そうという事だ。

 勿論、2つ目のデッキを作る等になれば、5枚目以降にも出番があるかもしれないが……春樹は、このフレイナというカードに対してそこまで需要も思い入れも無いようだ。


 尚、9箱目と言っている通り、既に昴の万札8枚目は飛翔済みである。

 交換を持ちかけている時点で分かる通り、当然昴は引けなかった模様。


「そもそも8万あったら今回の新カード全部ショップで4枚ずつコンプ出来たよね? 自力で引くのにこだわるの意味無くない?」

「ぐっ、だけど……」


 聖子のド正論に全く反論出来ず、ただ唸るしかない昴。


 結局、昴は既に流した(出血)の量に耐えられず、弟の提案を呑んだ。

 捻くれたカードゲーマーの意地が折れた瞬間であった。

 パック開封というのは、意地や矜持があればお目当てを引けるモノではないのだ。

 引けない時は引けないのだから、諦めも肝心である。

 運なので。


「フレイナだー……! アルトリウスの墓地肥やしと相性良いから、1枚は欲しかったんだよなぁ……」


 早速弟から入手したフレイナを運用すべく、デッキへと投入する昴。

 そのまま流れで、弟や聖子とゲームに興じるのであった。



―――――――――――――――――――――――



 ――これは、近くて遠い、過去の情景。

 昴とカード達が見ていた、かつての輝き。




 月も星も無い夜空を溶かしたような空間。

 何処までも広がり、それでいて互いに不干渉。

 それが、カード達が在る精神世界。


「――何か、対策を立てねば。このままでは、革命闘士(マスター)にあるのは緩慢な死だぞ?」


 炎と瓦礫、鉄と血と硝煙の支配する自らの空間の中、憤怒の化身 ラースが憂う。


「あー……私達七罪(セブンスシンズ)は、友達(マスター)の感情あってこそだからねー……」


 そんなラースに続くは、ひたすら眠そうにしながら地に横たわる怠惰の偶蹄(ぐうてい) アケディアであった。

 態度と同様、その声色も非常に眠そうである。


「私以外に戻ってきたのは、"怠惰"だけ。私が戻ってきた状況は例外として、もう革命闘士(マスター)には、気力が残っていないのではないか?」


 昴にとって虎の尾、逆鱗に等しき刺激によって、強引にラースは昴の下に舞い戻った。

 心が疲弊している者に対し、その神経を逆撫でするような真似で。

 余りにも危うい経緯である為、もう二度とこんな手は使えないし、カード達が意地でもさせないだろう。


「戻って来たなら、状況は改善しているのでは?」

「数か月にも渡って様子を伺い続けて、戻ってきたのが"怠惰"だけというのは、つまりそういう事だろう?」


 インペリアルガードからの疑問に、ラースは具体的に答える。


「――傲慢の猛禽 スペルビア、強欲の化身 グリード、嫉妬の大海竜 レヴィアタン、情欲の化身 アスモデウス、暴食の粘菌 グラットン、誰も戻らん。あの時以降、怒りの感情も全く感じん」


 七罪(セブンスシンズ)のカテゴリに在りながら、未だ戻らぬ自らの同胞の名を上げるラース。

 七罪(セブンスシンズ)のモデルは、宗教の中で語られる思想の一種……七つの大罪。

 人の心から生まれた彼等彼女等は、当然由来も人の心――昴の感情から生まれるモノだ。

 その由来故か、七罪(セブンスシンズ)は昴の感情に強くリンクしている。

 昴の感情によって生まれ、昴の感情を察し、昴の感情によって力を発揮する。

 強い感情無くして、七罪(セブンスシンズ)在らず。


「驕りもしない、物欲も無い、妬みもせず、食欲も性欲も、何も無い。あるのは怠惰――つまり、無気力感だけだ」

旦那様(マスター)は私が求めれば答えてくれているぞ?」

「――その答えは、お前が一番良く知っているのではないか?」


 愛を求めれば、昴は答えてくれる。

 だがしかし、昴を間近で見ているアルトリウスが、それに気付いていない訳が無かった。

 薄々感じつつも、そんな筈は無いと、否定したかった事実。

 アルトリウスに、ラースは一切の容赦なく、現実を突き付ける。


「それは、革命闘士(マスター)の訴えなのか? お前自身の欲でしかないと気付いていない程、愚かな訳ではあるまい」


 言ってしまえば――義務感。

 求めたのではなく、求められたから。

 それは、昴の欲ではなく、アルトリウスの欲でしかなかった。


革命闘士(マスター)は、私達の頼みであらば、何でもしようとするだろう。"しなければならない"と考えているようだからな」


 そうしたい、のではなく。

 そうしなければならない。

 昴の考えよりも、カード達が優先。

 カード達がカード達である為に、行動する。

 行動、しなければならないという、昴の思考。


 それは最早、思想ではなく――呪縛の類であった。


「無気力に支配された者を、義務感だけで無理矢理動かし続ければ――その先には破滅しか無いぞ」




 ――今の昴には、それ(・・)が無い。



 それは、個に進化を齎す赤き光。

 それは、栄光の時を再び蘇らせる。

 それは、己に眠る才能を目覚めさせる。

 それは、事象を歪め、可能性と未来を抉じ開ける。



 その"進化の力"は、未だ見付からない。

 光は未だ、行方知れず――


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