12.中央広場
聖騎士国 フィルヘイム、その首都であるキャメロットの中央広場。
開けた土地の中央には、一般的な家屋程度の大きさの祠があり、その中には一本の剣が祭られている。
岩の土台に突き刺さったその剣は、開けた祠であり、海に面した土地であるが故に、強い潮風に晒される。
そんな状況だというのに、その剣は一切錆びた様子が無く、見事な刃紋と輝きを周囲に振り撒いていた。
対する、剣の突き刺さっている岩の土台に関しては、潮風を受けて徐々に風化しており、かつて刻まれていたであろう装飾はボロボロと崩れ落ち、現状では材質が岩で出来ている、程度の感想しか出て来ない。
突き刺さった剣は装飾を含め、特に剣や美術に詳しくない者であっても、それが見事な業物であると納得させられる程の力強さを有している。
そんな剣が、特に窓も扉も無い、更に言うならば警備すら周囲に存在しない、開けた場所にポツンと存在している。
広場はこの首都に住む住民で賑わっており、近付こうと思えば誰でも近付けそうである。
こんな状況で、何故この剣が盗まれずにここに存在し続けられるのか。
それには理由があり、そのたった一つの理由が原因で、この剣は何十、何百年とこの場に存在し続けているのだ。
――この剣は、勇者や英雄にしか抜けない。
この世界に時折現れる、有り得ぬ程の力を有する、邪神の欠片を滅ぼす存在――勇者。
そして、勇者に匹敵する程の力を有する英雄と呼ばれる存在。
それ以外の者が、幾度と無くこの剣を抜こうと試みて来た。
かつてこの剣をこの地に遺した、過去の勇者から伝わる話によれば、この剣を抜けた者であらば、誰であろうとこの剣を持ち去って良いとの事。
腕力が自慢の、全身を筋肉の鎧で覆われた大男。
状況を的確に分析する、明晰な頭脳を持つ賢者。
その他大勢、ありとあらゆる手段でこの剣を抜こうと試みた。
しかし、誰もこの剣を抜けなかった。
まるでその場に釘で打ち付けられたかのように、ピッタリと固定されており、ビクともしない。
しかし、抜けた人物が居ない訳ではない。
そしてその剣を抜けたという人物、その全てがフィルヘイム王家の生まれなのだ。
勇者の血を継ぐ、フィルヘイム王家はそれ故に特別視され、民衆から支持されている。
そしてフィルヘイム王家も、過去の勇者の意見を尊重し。国宝とも呼べるこの剣を、大衆の手に届く位置に置き続けているのだ。
もしかしたら、この剣を抜ける新たな勇者が生まれるかもしれない。そんな期待も込めて。
この剣を抜くという行動が、やがて何年もの年月を経て。この国では式典と関連付けられ、フィルヘイムの国に広く伝わって行った。
式典の際には多くの人々がこの剣の元を訪れるが、結局、フィルヘイム王家の者以外に抜けた者は現れていない。
そんな経緯があるが故に、これ程に見事な剣だというのに、盗難にもあわず、何時までもこの場に存在し続けているのだ。
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その日、普段と比べて中央広場は多少ではあるが賑わっていた。
理由は、耳の早い情報通達の間にこんな噂が流れたからである。
この国に、新たな勇者が現れたらしい。
そんな噂を聞き、この都に住む人々の一部がこの広場へとやって来たのだ。
勇者といえば聖剣、聖剣といえば中央広場。
そんな連想をする程に、この国の人々にとって中央広場にある聖剣は馴染み深い物であった。
一部の人が聖剣の安置されている祠へと集まり、剣を引き抜けないかと試している姿が確認出来る。
無論、抜けはしない。そんな簡単に抜けるのであらば、過去の人々がとうに抜いているはずだ。
そんな事はここに集まった人達も分かっているのだろう。
抜けなくともガッカリした様子を見せる者は居らず、楽しそうに笑っている者が大半であった。
祭りの前準備に当てられたような、無邪気で温かい雰囲気。
「駄目だー! 抜けねー!」
「もしかして勇者様なら、抜いちゃうのかなー?」
「この国の王様達以外は抜けない剣なのに、抜けたら本物の勇者様だよな?」
聖剣の周りに群がった、十代にも満たない程度の年頃の男女が話している。
娯楽も少なく、この国の子供達の間で流行る事といえば、大抵は勇者ごっこである。
「抜けないねー。もうそろそろお昼ご飯の時間だし、お家に帰ろうか?」
「やだー! もっと遊ぶー!」
駄々をこねる子供をあやす母親。
何処にでもあるような、微笑ましい母子の会話。
「なー、そろそろ換われよー」
「ちょっと待って! 何か抜けそうな気が……」
「全然動いて無いじゃーん」
気のせいだから早く換われと、順番待ちをしている子供達が文句を言い出す。
「あとちょっと――」
剣を引っ張り上げるのと同時に、大地が揺れる。
それはかなり大きく、周囲の人々も倒れたりはしなかったものの、その揺れで戸惑いが生じる。
「何だ? 何が起きたの?」
直後、更に大きな振動。
共に響き渡る、この世の終わりかとも思われる程の轟音。
広場の地下から、それは現れた。
敷き詰められた石畳を易々と破り、轟音と共にそのどす黒い体躯を地上へと伸ばした。
不気味に脈動する全身。先端にはポッカリと穴が開いており、まるで口のように思える。
その口から不気味な、声らしき音が発せられ、その場に居る全ての、命ある者達に恐怖心を植え付ける。
太陽をその背に隠す程の長さと大きさ。
千人単位で人を収容出来るはずの中央広場の半分近くも占領する身体のデカさ。
しかもそれは身体の横幅だけであって、その長さは考慮していない。
その巨体を横たえれば、中央広場だけでなく市街地まで余裕で到達する程の全長。
そして――その口らしき穴から、闇が迸る。
日中の街中に、まるで真っ直ぐに定規で直線を書き記したかのような、黒い光とでも例えるべき光芒が伸びる。
その光は広場を横断し、街中を、そして街を突き抜け海まで走る。
直後、爆発。
光の横断したその軌跡が次々に爆ぜ、間欠泉の如く地面が炸裂、土砂と瓦礫が宙に巻き上げられる。
海面が弾け飛び、それにより発生した波が、近くの漁船を飲み込んで行く。
一度動き出せば、それだけで人々の営みが、命が。
容易く打ち砕かれ、飲み込まれて行く。
これが、この世界を蝕む、命ある者全てにとっての怨敵。
恐怖の象徴――邪神の欠片の姿が、そこにはあった。