127."暗躍"のミゲール-1-
「……どうしたの主人?」
ベッドから起き上がり、着替えを始めた俺を不思議そうな顔で見詰めるダンタリオン。
「一応、準備しとこうと思ってな」
……何か、嫌な予感がするからな。
通信が切れる直前に見えた光景的に、厄介な事が起きそうだと見た。
別に、杞憂だったらそれはそれで良いんだ。
良かった良かった、はい終わり、だ。
「伝説の魔法戦隊が同行したんですから、大丈夫ですよ。それより――もう一回、シませんか?」
ベッドから抜け出し、俺の腕に絡み付くダンタリオン。
蠱惑的な微笑を浮かべ、一糸まとわぬ姿のまま、少女にしては良く育った双房をぐいぐいと押し付けて来る。
何も着てないせいで、その生々しい柔らかさがダイレクトアタックしてくる。
「……昨日は、凄く激しかった」
「お前がな」
取り敢えず頬を染めたダンタリオンにツッコミを入れておいた。
俺がやったみたいに言うな。
やってきたのはお前だろ。
「でも私的には、もっと主人から求めて来て欲しいっていうか、頭ぽんぽんしながらキラッ☆って感じで微笑んでくれたりしませんか?」
「お前は俺に何を求めてるんだ」
俺、そんなキャラじゃねえよ。
着替えを済ませ、メガフロートの進路をベイシェントへと変更する。
窓際で軽く軽食を取っているタイミングで――ハイネが、帰還した。
「――団長!」
「了解、行くぞ」
ハイネの鬼気迫る表情と言葉で、予感は現実になったと確信したので、ベランダの窓を開けた。
既にそこには、エアフロートボードが置いてある。
マティアスは何か、これを遊具とか言ってたが。
地球の価値観で染まってる俺からすれば、コイツはとんでもねえ移動手段に成り得る。
平然と車やバイク並みの速度を出せるこの遊具とやらは、下手な乗り物よりも速度を出せる。
デカいせいで鈍重な、このメガフロートよりも圧倒的に、だ。
エアフロートボードで、ダンタリオンと共に空を並走しながら、聞きたい事を尋ねる。
「――ハイネ達に聞きたいんだが。お前等、惜しくも敗れたのか? それとも手も足も出なかったのか? どっちだ?」
「……どうも、不意打ちで致命傷を受けはしたものの、邪神の欠片相手には、一方的に優位を取れていたようです。ですが、その側にいたミゲールという男相手に、有効打を与えられなかったようです」
伝説の魔法戦隊の言葉を代弁するダンタリオン。
絶対に、避けようが無いタイミングで仕掛けたというのに、攻撃を避けられた。
突然背後に現れ、不意だとかそういうレベルではない、意味不明な挙動で倒された――
「空間移動系の能力なのではないか、と見ているそうです」
「……んー、成程。情報助かる」
火力だけは、絶対的な信頼を置ける伝説の魔法戦隊が敗れた。
じゃあ、火力だけじゃどうしようもない事態になったって事だな。
それが分かってるのといないのとでは、大きな違いだ。
なら、今回使うデッキは……
先刻、見送った筈の帆船が視界に入る。
それを瞬き一つの間に過ぎ去った後――
その男を、捉えた。
―――――――――――――――――――――――
「――交戦」
デッキをシャッフル、初手を確認。
……うーん、まあ、今回はこれで良いか。
微妙な感じだけど、マリガンしたらこれより良くなるかと言われると、確率的に怪しいし。
これより悪くなったら、ちょっと困る。
その後、ファーストユニットが出るまでデッキトップをめくる。
円卓の聖騎士 ガラハッド!
お前……お前かぁ……
いや、良い。
後はドローで何とかするわ。
盾を5枚セット――大丈夫か、コレ。
最悪では無いけど、何か微妙だぞおい。
デッキからカードが、出ない。
成程、つまり今回はこっちが後攻か。
最初に攻撃出来るけど……じゃあガラハッドじゃない方が良いじゃんかー!
「何だ? お前は」
「通りすがりのカードゲーマーです」
……いや、通りすがりではないか。
ここが目的地だし。
一瞬の間の後――三体の邪神の欠片が襲い掛かる!
ガラハッドと俺に向け、その牙が、その爪が、襲い来るが――
「先攻は攻撃出来ないので、それは無効だな」
その全てが、弾かれる。
こちらのターンが来るまでのその間、邪神の欠片の能力を確認する。
名称:邪神の欠片(1)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:5000
1:【起動】【条件】1ターンに1度
【効果】このユニットのパワー以下のフィールドのユニット1体を選択し、破壊する。
2:【永続】【効果】このユニットは1ターンに1度だけ破壊されない。
名称:邪神の欠片(2)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:6000
1:【起動】【条件】1ターンに1度
【効果】相手フィールド上のユニット1体を選択する、そのユニットのパワーは2000ダウンする。
2:【永続】攻撃回数+1
名称:邪神の欠片(3)
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
種族:獣/悪魔
性別:不明
パワー:2000
1:【永続】このユニットは破壊されない。
2:【速攻】【条件】1ターンに1度、相手ユニットがこのユニット以外を攻撃した時
【効果】その攻撃対象をこのユニットに変更する。
その全てに目を通す。
……うん、全体的に打点が高い。
ガラハッドじゃ、誰にも勝てないわ。
邪神の欠片(3)だけは唯一、ガラハッドのパワーと同じなのだが……破壊されない、という効果が厄介過ぎる。
戦闘だろうが、カード効果だろうが、破壊出来ない。
パワーが同じならば本来、相討ちになるはずなのだが、この効果の影響で例えバトルした所で、破壊されるのはこちらだけ。
なので実質、ガラハッドは誰にも勝てていない。
そして――もう一人。
名称:"暗躍"のミゲール
分類:ユニット
プレイコスト:???
文明:黒
性別:男
種族:人/悪魔
カテゴリ:邪神の欠片
マナシンボル:?
パワー:4000
1:?????
2:?????
3:?????
三体の邪神の欠片の影に隠れるよう、後衛に存在する一体。
先刻、伝説の魔法戦隊を屠り、そしてエルミアに牙を剥いた、ミゲールと自称していた男だ。
その効果が――見えない。
以前戦ったレイウッドの時のように、効果欄がクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
パワーが分かっているのだけは幸いだが、同時にガラハッドでは勝てないという事も分かってしまった。
そして……種族の部分に記載された、人ならざるモノだという事実。
「"暗躍"のミゲール……ん?」
――カテゴリ、邪神の欠片だと……?
コイツ、邪神の欠片なのか?
今までの異形ばかりの連中と比べ、どう見ても……人間じゃないか。
話が通じそうにない獣同然だった今までの連中と比べても、目の前の相手は明らかに知性があるように見える。
そして、知性を持って――こちらに敵意を向けてくる。
俺がポツリと零した言葉を聞いて、ミゲールの表情が歪んだ。
「チッ! "鑑定"系能力持ちか!」
「なんだそれ」
何だよ鑑定能力って。
あったら良いな、そんな能力。
お前の効果が分からないんですけど。
デッキから、カードが排出される。
「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、メインステップ。カードをマナゾーンにセット、疲弊させ白マナ1を得る」
……はい。
「ターンエンドだ」
出来る事がなーんにも無い。
あっちは最初から大型ユニット構えてるってのに、こっちは弱小ユニットであるガラハッドのみ。
「…………テメェ、一体、今、何をした?」
「ターンエンドしました。そちらのターンです」
……多分、ミゲールが聞きたい事はそういう事じゃないと思うが。
もしこの能力に関して説明を求めているなら、そんなモノは俺にも分からないから、説明しようが無いし。
しばしの静寂。
こちらの様子を無言で伺うミゲール。
そして、一番パワーが低い邪神の欠片(3)をこちらに向けて再度差し向ける。
今はもうターン経過してるから、攻撃は可能になってるんだよなぁ。
だが、邪神の欠片が狙ったのは、俺。
そしてその攻撃は、盾によって阻まれる。
「その邪神の欠片って奴は、直接攻撃能力を持ってない。俺の前衛ユニットを無視して、俺を直接攻撃する事は出来ないぞ」
「…………なら、テメェだ」
じっくりと、様子を伺うような挙動で、狙いを俺からガラハッドへと変える。
自前の剣で応戦を試みるガラハッドだが、パワーは互角なので、ルール上相討ちだ。
だが、あの邪神の欠片は破壊されない為、結果だけ見ればガラハッドが一方的に負けた形となる。
粒子となって消えていくガラハッド。
うーん、参ったな。
どうせ負けるなら、パワーが高い方に攻撃して欲しかったが。
「――さっきの奴等と、同じだな。死体が残らねえ、普通の人間の死に方じゃねえ」
まあ、カード達は付喪神って概念らしいから、普通の人間では無いよなあ。
「そもそも、さっきの奴は何処から出てきた? テメェは――誰だ?」
「カードゲーマーです」
……何か、微妙にミゲールがイラついてるように見える。
沸点低いぞ、カルシウム取れ、煮干しかじっとけ。
残りの邪神の欠片が、こちらに向けて詰め掛けて来る。
ガラハッドが倒れた今、俺を守るユニットは居ない。
「その攻撃は、盾で受ける」
相手ユニットの打点が高過ぎる。
アレをライフで受けるのはいくらなんでも無しだ。
邪神の欠片(2)は、攻撃回数+1という効果を持っており、そのせいで一度のバトルで2回攻撃が可能となっている。
俺を攻撃したユニットは2体だが、おかげで砕かれた俺の盾は3枚だ。
……カウンター呪文無しかよ!
1枚位発動してくれても良いんじゃないですか!?
これ、ミゲールの効果が連続攻撃系だったら、下手したらこのまま終わるぞ?
そう考えたが――ミゲールは、攻撃して来ない。
今攻撃されたら、普通に盾を使うか、ライフで受けるかの択なんだが。
何か、攻撃出来ないデメリットでもあるのか?
それとも、ただ慎重なだけか?
まあ、カウンター呪文発動すれば盤面を一気に引っ繰り返せる場合もあるから、攻撃しない事も状況次第では十分有り得るが。
結局、ミゲールは俺を攻撃して来なかった。
防ぐ手段無かったから、俺視点では突っ込んで来られたら困るんだが、攻撃されないのは助かった。
「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、メインステップ。カードをマナゾーンにセット、疲弊させ白マナ1を得る」
ふー、良し良し。
予定通りガラハッドが墓地へ行ってくれた。
これで、ガラハッドの本体とも言える効果が適用出来る。
「白マナ2を使用し、聖騎士 ジャンヌを召喚」
そしてこれで、カード発動条件もクリアだ。
パワー5000の2マナデメリットアタッカー。
だが、今は盤面に赤文明のカードは無い。
デメリットを気にする必要も無い。
半身で剣を構え、邪神の欠片とミゲールに相対するジャンヌ。
ジャンヌの力量を感じ取ったのか、邪神の欠片が僅かに退いた。
「俺は手札から呪文カード、天啓の聖杯を発動」
この呪文のプレイコストは、2である。
だから本来、全てのマナを使い切った今は発動出来ない。
それでも適用出来た理由は、墓地に存在するガラハッドの第三効果。
3:【永続】【条件】このカードが墓地に存在する時
【効果】自分が手札からカテゴリ:聖杯のカードをプレイする時、そのプレイコストを0にしてプレイしても良い
ガラハッドが墓地に存在する限り、永続的に適用され続けるプレイコスト踏み倒し効果。
この効果がある限り、俺が使う聖杯系カードで支払うマナは、全て0になる。
ガラハッドの効果の本体と言える代物で、ぶっちゃけ1と2の効果はオマケ、カードのシミと言い切って良いレベルだ。
「デッキから1枚ドローし、その後、このカードをマナゾーンに疲弊状態で置く」
このターンすぐには使えないとはいえ、1枚ドローの効果もあり、実質手札消費0でマナ加速を可能にする、優秀なカード。
「そして、もう1枚。天啓の聖杯を発動」
これで、マナゾーンが4枚。
素晴らしい加速だが、現状のマナ数は0だ。
ユニットはさっき召喚したジャンヌが居るが、パワーが邪神の欠片に負けてるんだよなあ。
このままじゃ普通に負けるので――何かまともなの引かせてくれ。
「手札から呪文カード、繁栄の聖杯を発動。デッキから3枚ドローする」
あっ、つおい。
手札が一気に化けた。
「再び手札から呪文カード、繁栄の聖杯を発動。デッキから3枚ドロー」
んひいいいい。
しゅごいのおおおお。
最初の微妙な手札は一体何だったんだ。
何か急に負ける気がしなくなったわ。
「手札から呪文カード、豊穣の聖杯を発動。俺は虹マナ3を得る――そして、2枚目発動。更に、3枚目だ」
2ターン目で虹マナ9!
うひひ。
ぐへへ。
「虹マナ5を支払い――英雄女王 アルトリウスを召喚」
黒く艶やかな長髪が、宙に舞ってはらりと靡く。
その背中が、実に頼もしい。
「アルトリウスの効果発動。俺はデッキから装備呪文、退魔の剣を選択し、アルトリウスに装備する」
普段なら選択しないカードだが、これを選択した理由はコレにある。
「虹マナ1を使い、手札から永続呪文、朽ち果ての惨歌を発動」
……さて。
この無差別除去、相手に通るかな?




