126.我等は騎士
ハイネ達が時間を稼いでいる間に、救助した二人の子供、ユウとリンを連れ、先程乗って来た船に乗り込むエルミア。
「――これを、持っておけ」
船の始動準備をしながら、ユウに通信端末を手渡すエルミア。
先程、逃げる際にシズから受け取った物だ。
「これは、何ですか?」
「通信機器という物らしい。これがあれば、私達の仲間と通信出来る。通信さえ繋がれば、私達の仲間が君達を見付けてくれるはずだ」
――エルミアは元軍属であり、兵でもあった。
ミゲールとハイネ達の戦い、先程の戦況を見て、エルミアは既に覚悟を決めていた。
強い、という評価を通り越してインチキレベルの大火力を振り回す彼等は、力と力のぶつかり合いという土俵に立っている限り、必ず勝利すると断言出来る。
ハイネが無傷の状態であったならば、勝敗はともかく、足止め程度ならばいくらでも成し遂げられるだろうとエルミアは見ていた。
そう――無傷なら、だ。
不意打ちにより、中心となるハイネが致命傷を受けてしまった。
傷の具合からして、そう長くは持たない事を理解していた。
彼等が死兵となって時間を稼いでいる間に、生存者である二人を逃がす。
それが、今のエルミアに出来る事、しなければならない事。
簡素なエンジンが始動し、帆も風を受けて広がる。
船は徐々に速度を増し、陸地から離れていく。
「――君達が逃げ切るだけの時間は、私が稼ぐ」
そして、二人を船に残したまま、エルミアは船から飛び出した。
桟橋に着地し、その男……ミゲールを視界に捉えたエルミア。
「馬鹿が、逃がす訳ねえだろ」
「そうか……彼等は、敗れたのだな」
伝説の魔法戦隊が健在ならば、容易くミゲールや邪神の欠片を素通しになどしないだろう。
ミゲールがこの場に居るという事は、もう伝説の魔法戦隊はこの地に存在しない、という事の証明でもあった。
あの子供が、船を操縦出来るとは思えない。
そして操舵方法を知っているエルミアが船から離れてしまった以上、あの船は漂流確定である。
そうなる事を考慮して、エルミアはユウに通信機を持たせたのだ。
あれがあれば、電波を介して現在位置を特定出来る。
場所さえ分かれば、後で迎えに行く事も出来るからだ。
「目撃者は全員消すってのが、俺の行動方針なんでな」
「それは、あの子供達も、という事か?」
ミゲールがそれに答えを返す事は無かったが、その目は答えを雄弁に語っていた。
「ならば、退く訳にはいかないな」
手にした槍を構え、戦闘態勢を取るエルミア。
勝てるとは、思っていない。
戦えば遅かれ早かれ、必ず負けるだろう。
だがそれが分かっていて尚、エルミアは武器を取る。
例えその先にあるのが死だとしても、決して折れない。
「私は……否――我等は、騎士だからな」
国を、民を守る。
その兵としての在り方は、高潔な騎士そのもの。
例え生まれ、故郷、育ちが違えど。
命を賭し、二人の子供の為にその命を散らしたのであらば、エルミアにとって伝説の魔法戦隊は、騎士の鑑であった。
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敗れ去った伝説の魔法戦隊の代わりに、足止め、時間稼ぎに打って出たエルミア。
守りたいモノを守る為に、命を賭する。
その心の在り方は高潔なモノなのかもしれないが――思いに対し、力量が伴わない。
避けるのが精一杯で、攻撃など到底出来ない。
手にした槍を手足の如く使いこなし、時に相手からの攻撃を滑らせるようにして受け流し、時に手足では不可能な挙動で跳躍し、かわしていく。
だが受け流すだけでも、その受け流し切れない衝撃の勢いで大きく吹き飛ばされ、地面を転がる。
ましてや、多勢に無勢。
エルミアは一人だというのに、目の前に在るは、邪神の欠片――それが、三体。
たった一体現れただけで、国が揺らぎかねない程の損害をもたらす、生きる災厄とも呼べる化け物。
それが三体も、寄ってたかってエルミア一人に牙を剥いているというのに、驚異的な粘りを見せるエルミア。
今こうして、生き残っているだけで奇蹟と言えよう。
「正体がバレていない、存在しないって事が最も敵を生まないからなぁ。さっきの連中と同じように、消えてくれや。まさか、お前もあいつ等みてえに蘇るとか言わねえだろうなぁ?」
三体の邪神の欠片を従え、高みの見物を決め込むミゲール。
先程まで戦っていた伝説の魔法戦隊に対し、余りにもエルミアが非力だからだ。
エルミア自体は、さしたる脅威にはならない。
そうミゲールは見切っており、今浮かべている下卑た笑みは、その余裕の表れであった。
ミゲールが軽く、手を振るった。
先程までは勝手に暴れるだけだった邪神の欠片が、突如動きを変えた。
まるで三体が一つの生物になったかのような、統率された動作。
その急な変化に対応出来ず、邪神の欠片が付き出した片腕が、エルミアの横腹を掠めた。
僅かな接触であるにも関わらず、その衝撃はエルミアの臓腑を貫き、おびただしい流血と吐血をエルミアにもたらした。
一瞬、動きが鈍るエルミア。
そして、ギリギリ耐え続けていた状態で、この隙は致命的であった。
トカゲの形状をした邪神の欠片の口腔から、闇夜より深い色を湛えた、黒い光が迸った。
その閃光は狙い違わず、エルミアに向けて真っ直ぐに放たれた。
回避は、間に合わない。
防御は、出来る訳が無い。
これ以上、粘る事は不可能。
それを悟り――覚悟を決めた。
半身に構え、その閃光を、静かに見つめるエルミア。
小さく息を吐き、意識を、その瞬間に向け、極限まで研ぎ澄ましていく。
邪神の欠片に、幾度と無く煮え湯を飲まされた。
仲間を殺され、自国を荒らされ、果てに自分の命すら一度は奪われた。
民を守りたい、家族を守りたい。
その一念で、エルミアは槍を振るい続けた。
今までも、そして、カードとなった今も。
だが、例え英雄に準ずる程の腕前を有していようとも、エルミアはその一線を超えられなかった。
その越えられぬ一線とは――死線。
誰もが抱える、死という恐怖を前に、エルミアはどうしても足が竦んでしまっていた。
だが最早、防ぎ続ける事は不可能。
この事実が、追い詰められたエルミアに覚悟を決めさせた。
その一線を、超える。
誤れば死という恐怖を踏み越えて。
何も、不思議な事ではない。
エルミアは既に、世界の理から外れているのだ。
今居る場所は、昴の理。
一度死ぬのが、どうだと言うのだ。
昴が在り続ける限り、エルミアに本当の意味での死は訪れない。
ならば死の恐怖如き、彼女の足を止めるには至らない。
迫る黒い閃光に目掛け――槍を、突き出した。
だがそれは、突き出した勢いで相殺しようという、剛腕に訴えるモノではなく。
そっと、添えるような動き。
槍と黒い閃光が触れる、その瞬間――エルミアの槍が、エルミア諸共、その場を軸にして回転した。
真っ直ぐに進む筈の、黒い閃光――それが、不自然に歪んだ。
まるで、エルミアの槍に絡め捕られたかのように、その場で半円を描く。
避けられない、防げない。
ならば――受け流し、絡め取る。
相手の力を逆利用し、敵を討つ。
その発想を、エルミアは彼女――アルトリウスから得ていた。
殺意の閃光が、エルミアの居た場を軸にし、反転した。
その殺傷力は微塵も減衰せず、勢いそのまま――邪神の欠片を、貫いた。
蛮勇ではなく、自殺でもなく。
決意と研ぎ澄まされた感性によるその一歩が、エルミアに眠る力を呼び覚ました瞬間であった。
1:【速攻】【条件】1ターンに1度、黒文明のカード効果が発動した時【コスト】このユニットを疲弊させる
【効果】その効果を無効にし、破壊する
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油断してなかったと言えば、嘘になる。
だがそれでも、先程の連中と比べれば、明らかに格下の女だったはずだ。
もう奴等が居ない以上、出来る事は無い。
精々存分にいたぶってやろう、そう考えていたのに……これだ。
邪神の欠片が、また一体、倒された。
俺より遥かに弱いであろう、あんな女一人に。
「――お前は、ここで殺す!」
高みの見物は終わりだ。
あの女は、生かしておくと将来の脅威になる。
俺の"能力"で――
「――じゃあ、殺さなきゃいけない奴が増えたな」
不意に聞こえた、その声の方向へ視線を向ける。
そこに居た男は、ただ一言。
「――交戦」
そう、言った。




