125.鎧袖一触、柳に風
突如起きた事態に、一瞬、思考の空白が生じるエルミア。
おびただしい血と、突然現れた邪神の欠片。
だがしかし、軍に勤めた経験から、今が緊急事態だという事だけは反射的に理解した。
「隊長! シズ! 無事か!?」
「ゴホッ――! 無事、じゃ無い……」
グラッツからの呼び掛けを受け、手にした槍を杖代わりに、何とか立ち上がるハイネ。
だが軍服は鮮血で染まり、そのおびただしい出血量は、受けた傷が致命傷である事を雄弁すぎる程に物語っていた。
ハイネだけでなく、シズも同様だ。
首から肩に掛けて走った傷を片手で抑えながら立ち上がるが、足取りは覚束ない。
「シズ、一旦引け……もう一度呼ぶ……!」
その言葉で、ハイネが何をしたいかを理解したシズ。
手にしていた通信端末を一旦地面に置き、シズの身体が、粒子となって消えていき――ハイネの側で再び、姿を現した。
先程受けていた、致命傷の傷は何処にも無く、健常そのものだ。
「――隊長に代わって私が指示を出します! 目標、ミゲールの排除! グラッツ、前に出て! 他はグラッツの支援を!」
「了解!」
ハイネに肩を貸し、介抱しながら指示を飛ばすシズ。
その指示を受け、放たれた矢の如く飛び出す伝説の魔法戦隊達!
「エルミアさん、貴方はその子達を連れて逃げて下さい。出航位の時間は稼いでみせます」
シズから言葉と共に、通信機を手渡され、頷くエルミア。
するべき事、しなければならない事をしっかりと認識したエルミアの行動は早かった。
「分かった。だが、ハイネ殿は――」
「そう、長くは持ちません」
出血を抑えようとはしているが、ハイネが負った傷は圧迫程度で止まるような状態ではなかった。
外科的な処置が必須のレベルであり、このままでは死ぬのは時間の問題で、それをシズも理解していた。
「隊長の効果で呼ばれている以上、隊長が死んだら私達も同時に消えます。私は復帰出来ましたが、隊長だけはそれが出来ません。エルミアさん一人で、子供を守りながらあの男の相手をするのは不可能です。ですから、隊長が死ぬ前に、可能な限り逃げて下さい」
よりにもよって、一番の主戦力となるハイネがやられたのが致命的であった。
目の前のミゲールは、それを分かった上で、一番最初にハイネを狙ったのだろう。
「分かった。ユウ、リン、一緒に来るんだ。あの船で逃げるぞ」
自分達が何をすべきか、それを理解したエルミア。
この状況では、船を返すような相手も居ないだろう。
そして偵察という意味でも、これ以上無い程の成果は既に挙げている。
理想としては、火種も排除する事だろうが、不意打ちでこれだけやられてしまっては、それは難しいだろう。
ならば次策は、この生存者の確保。
ここに残して置けば、その末路は火を見るよりも明らかだ。
尚、皆で生きて帰るとか情報の確保という、通常であらば重要視すべき点は度外視である。
そもそも死んでも昴の側に戻るだけであり、戻った時に有益な情報を伝えれば良いだけなので、伝説の魔法戦隊一同がここで死兵となり、全滅したとしても何の問題も無い。
突如始まった戦闘に、怯え縮こまっていた二人が、エルミアの声で我に返り、船へ向けて駆け出した。
それにはミゲールも気付いており、僅かに意識をそちらに向けるが――
「ぶっとべええええぇぇぇ!!」
間近に迫った、グラッツの裂帛の怒声に気付き、視線をそちらに向けた。
戦槌のような鈍器を振り回すグラッツ、そしてそれを遠距離から支援するエリーゼとリリス。
前衛をグラッツが受け持ち、後方から対物ライフルのような物で狙撃を行うエリーゼと、苦無のような飛び道具を投擲し、中距離でヒットアンドアウェイを繰り返すリリス。
しかし、威力が足りていないのか、その攻撃は邪神の欠片を退けるには至らない。
「くっ……シズ、照準を任せた」
大量出血により、視力が失われたのだろう。
ハイネに代わり、手にした武器の照準を代行し、ハイネの身体を支えるシズ。
ハイネの武器が、槍から大砲へと変化する。
目標――邪神の欠片。
「「「「支援砲火!!!!」」」」
他の面々では威力が足りない、それを分かっているからこそ、ハイネが動いた。
他の隊員達からマナの支援を受け、ハイネの武器から膨大なマナが溢れ出す!
それを見て、嘲笑うミゲール。
失血が酷いせいか、生まれた小鹿の如く身体を振るわせているような様では、ロクな力も出せないだろう事は自明の理だからだ。
事実、瀕死状態のハイネでは、先程のような天地を揺るがす大火力を行使する事は出来ない。
何しろ、致命傷を受けた影響で、パワーの数値が大幅に下がっているからだ。
「ハッ、そんなボロボロな状態で――」
閃光。
その光は邪神の欠片を飲み込み、その姿を消し飛ばした。
世界の脅威が一体、超あっさり片付いた瞬間であった。
勝ち誇っていた表情のまま、顔が硬直するミゲール。
確かに、ハイネは瀕死の状態だ。
シズに介護されて、ようやく砲台としての役割を果たせているという体たらく。
そのパワーも、負傷によって大きく低下しており、今の状態ではエルミアより低いかもしれない。
だが、0ではない。
そんな大幅なパワーダウンを受けて尚、他の隊員達が有する共通効果、支援砲火の上昇量がぶっちぎりでおかしいのだ。
×2×2×2×2=という計算式は、ネズミすら竜に変える。
瀕死の淵で尚、ハイネは即死級火力を振り回す化け物であった。
伝説の魔法戦隊 ハイネ。
召喚に5マナを要するユニットであり、それは昴の最も愛用する、英雄女王 アルトリウスと同じ基準値のカード。
ファーストユニットとして呼べる限界点、デッキの中核であり、そのカードが前提としてデッキ内のカード全てが運用されるような、そんなカード。
そう容易く御せる程、易しい駒ではない。
倒さねばならない相手を、明確に理解したミゲール。
狙いの矛先を、完全にハイネへと変更した。
放置しておけばいずれは死ぬが、死ぬまでの間に一体どれだけ暴れるか分かったモノではない。
ハイネを狙う刃は、直前で阻まれる。
「隊長は殺らせません」
自らの武器――拳銃の先に短剣の刃が付いた、言うなれば拳銃剣とでも呼ぶべき代物を両手で振るうシズ。
ミゲールの刃を片手の拳銃剣で防ぎ、もう片方の銃口は、真っ直ぐミゲールの眉間へ。
反射的に引き金を絞るシズ。
鍔迫り合いの距離で放たれた銃弾が、狙いを外す訳が無かった。
銃弾が、空を切った。
先程まで至近距離に居た筈のミゲールが、何処にも見当たらない。
「――そもそもテメェ、さっきの傷をどうやって治した?」
その声は、背後から響いた。
それにシズが反応した時には、もう遅い。
隙を晒したその背後、ミゲールの刃は的確にシズの心臓を貫いていた。
生物である以上、心臓を貫かれて生きていられる訳が無い。
即死するシズ。
たかが一度殺した程度で、カード達が倒れる訳が無い。
即座復帰するシズ。
お返しとばかりに、ミゲールの背後から銃撃の豪雨を見舞うシズ。
だが――
「――攻撃が当たらない!?」
明らかに、かわせる訳が無いタイミングで放たれた銃弾、その悉くを回避してみせるミゲール。
超スピードの類で回避したというのならば、まだ分かる。
だが、横に避けたとか跳んだとか、そういう回避行動をミゲールが行ったのなら、それに気付けぬ程シズは愚かではない。
回避動作は、皆無。
だというのに、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのように、ミゲールはその場から消え失せる。
それはまるで――
「まさか、空間転移!?」
類似効果を知っている故に、シズはその答えに即座に辿り着いた。
そしてそれは……伝説の魔法戦隊にとって、突破が至難の存在であった。
「馬鹿な!? 今のは確実に殺った筈だろ!? まさかこいつ等――」
驚愕の余り、大声を張り上げるミゲール。
確かにミゲールの言う通り、シズは先程殺された。
だが、死なない。
ミゲールからすれば、殺したはずの人間が何度も蘇ってくるという訳の分からない状況だが、その中で読み取れた断片的な情報で、推測を重ねるミゲール。
「シズちゃん! グラッツさんが!?」
邪神の欠片を相手取り、足止めを受け持っていたグラッツが地に伏していた。
しかし、目立った外傷は見当たらない。
だが倒れている以上、何か異常な状況に置かれているのは間違いないだろう。
グラッツの姿が、消えた。
ハイネの側で、現れた。
「――くそっ! あの野郎、刃に毒を仕込んでやがったか! お前等! アレに掠るなよ!」
歯噛みしつつ、復帰したグラッツが皆に注意を呼び掛けた。
「毒も効かねえじゃねえか! 何なんだよこいつ等はよぉ!?」
悪態を吐くミゲールに向けて放たれた、大口径の狙撃ライフルの弾丸。
狙撃ライフルの持ち主、エリーゼのマナによって生成されたその弾丸は、通常の物質では有り得ぬ程の大破壊をもたらす代物。
「「「支援砲火!!!」」」
ミゲールに当たる直前、その破壊力が爆発的に引き上げられた!
伝説の魔法戦隊の部下達が有する共通効果、支援砲火は必ずしもハイネを対象にする必要は無い。
必要に応じて、部下達の打点を大幅に引き上げる事も可能。
この場合、攻撃しているエリーゼの効果を行使する事は出来ないが――それでも尚、火力は十分。
正体不明の敵がどれだけのパワーを有しているのかは知らないが、伝説の魔法戦隊のパワーは間違いなくそれを上回っているだろう。
例え相手のパワーが不明でも、それだけは断言出来る。
伝説の魔法戦隊が5体揃っている時、放てる攻撃の有しているパワーは規格外の一言なのだ。
例えリーダーが再起不能状態だろうと、他の4体だけでも即死火力を振り回す事が可能。
それに真正面から打ち勝てるような相手が、この世界にそうホイホイと存在していたら、間違いなくこの世界はとっくに滅びている。
「嘘……!? あれでかわされた!?」
だが今、目の前に居る敵は、パワーがいくつという数字で片が付く相手では無かった。
暖簾に腕押し、糠に釘。
攻撃が、一切届かない。
届く前に、何処かへと消えてしまう。
例え絶対的な破壊力を有していようとも、それが届かなければ何の意味も無い。
「ちょっと! こっちの攻撃当たる前に居なくなってるんだけど!?」
「……相性は最悪か……!」
シズ以外の隊員達も、分の悪さを感じつつあった。
だがそれでも戦う事を止める訳には行かないと、また一体、他の支援砲火による支援を受け、邪神の欠片を殴り倒しながらぼやくグラッツ。
ハイネがここに在る限り、邪神の欠片如き、何度でも打倒してみせるだろう。
そう、ハイネが健在な限り。
しかしそのハイネの命は、風前の灯火。
どういう仕組みかは不明だが、邪神の欠片を一体、また一体と倒しても、ミゲールがならば追加だとばかりに、邪神の欠片を増やしていく。
これでは、キリが無い。
例えどれだけ圧倒していようと、ハイネが致命傷を受けてしまった以上、長期戦になっては必ず敗れる。
だというのに、短期決着を付けようにも――ミゲールが、捉えられない。
最早、伝説の魔法戦隊の敗北は必定であった。




