119.死の根城
悪の組織的な何かアレ
ホコリ交じりのカビ臭い空気と、じっとりとした湿気の満ちた空間。
議事堂程度の広さを有した、ガランとした一室の中央に据えられた円卓。
ある程度間隔を開けて設置された椅子に、五人の男女が腰掛けていた。
「――素材は確かに受け取ったぞ。じゃがちと人数が少ないのぉ……上手く発芽する確率は低いんじゃから、母数を増やさねば手勢は増えんぞ? もっと気合入れて頑張らんかい"暗躍"よ」
老人のような口調だが、若い女性の声だ。
白衣を着たその女が、黒フードの男に視線を向けながらそう言い放つ。
「何で俺にだけ言うんだよ。それを言うなら"堕落"の奴にも言えよ!」
「アタシは"冒涜"の研究も手伝ってるからねぇ。アンタみたいに暇人じゃないのよぉ?」
黒フードの男が着ている物と同様のフードを肩から掛け、その下には夜会に着て行くような、煽情的な濃紺色のドレスに身を包んだ、スタイルの良い女性――"堕落"と呼ばれた人物が、黒フードからの言葉に反論した。
「文句があるってんなら、アンタが研究を手伝いなさいよぉ。あ、出来ないかぁ! アンタってそういう事はからっきしだからねぇ!」
ケタケタと嘲笑う"堕落"。
そんな彼女の態度が気に食わず、だが反論も出来ないのか、"暗躍"は小さく歯噛みした。
「新たな"適合者"が生まれてくれるか、もしくは――かつての"EF"を生み出す方法を再現出来れば良いのじゃがのぉ……一度生まれたのならば、方法はある筈だろうに……やはり、純粋な"魔王"の力があってこそ、という事なのじゃろうか……?」
「その"魔王"は最近全く見ていないが、一体何をしているんだ?」
「魔王様は今は休息中じゃよ。何処で何をして来たのか、なーんも言わんかったしのぉ」
白衣の女はそう呟くと、腰掛けた椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「仮に出来たとして、制御なんて出来るのぉ? 当時の"適合者"でも言う事聞かせられなかった暴れ馬って話じゃなあい?」
「……例え力があろうと、知能皆無の獣ばかり増えた所で、使い道は限られるがな」
既に席に付いていた、筋骨隆々、その表現がピッタリな黒衣の男が会話に加わる。
男の側には二本の刀剣があり、それらがすぐ手に届く位置の壁に立て掛けてあった。
「所で、"破滅"の奴はどうした? まだ来ていないようだが」
「あっちもあっちで好き勝手しておるよぉ。文句を言って来る訳でも無いんじゃし、ワシ等もワシ等で好きにさせて貰うだけじゃて。……ワシ等が文句を言った所で、あやつに勝てるとは思えんしのぉ」
「戦う前から諦めるとは、腰抜けめ」
黒衣の男はそう言うと、小さく鼻を鳴らした。
「――まあ、そんな事はどうでも良い。"暗躍"が出会ったという、新たな勇者とやらは一体どんな輩だ? 好い加減詳しい情報も出揃っただろう?」
「一応、足取りは分かったわねぇ。フィルヘイムからリレイベルへ移動してるのを"暗躍"が目撃してて、その後はあのグランエクバークでの騒ぎだよ。"暗躍"が見たっていう女の姿は確認出来てないけど、グランエクバークの軍勢相手にあれだけやり合えるような奴なんざ、勇者以外誰も居ないだろうねえ」
黒衣の男に対し、"堕落"が調査内容を述べ始める。
「グランエクバークの兵達によると、そいつの見た目は黒いとんがり帽子を被って、本を抱えた少女だったって話だけど」
「は? 誰だそいつは? 俺が見たのはそんな奴じゃ無かったし、少女って見た目じゃなかったぞ」
"堕落"が示した勇者の見た目に対し、異論を唱える"暗躍"。
何しろ"暗躍"が見た姿と全くの別人なのだから、文句も出るだろう。
「勇者の連れか何かじゃないのか?」
「連れって事は、勇者じゃなくてこの世界の連中という事か?」
「勇者に下駄を履かせて貰ったとしても、相手はあのグランエクバークの艦隊だぞ? 俺や魔王ならばともかく、そう易々と打ち破れる輩が野に居たとは思えんな」
「……大した自信じゃのう、"烙印"よ」
「事実だからな」
白衣の女からの言及に、自信満々に答える黒衣の男――"烙印"。
自分ならば、この世界最高峰の軍事力相手であろうと渡り合えると、信じて疑わない口調である。
「でも、なーんか変な証言も多いのよねぇ……巨大な機械兵器を見たとか、空飛ぶ浮島が現れたとか、幻覚でも見てたんじゃないかって思うわぁ」
「なんじゃいそれは? 集団幻覚か何かかえ?」
「……もしかしたら、そういう手合いの能力なのかもしれんな。今代の勇者とやらは」
「どういう事だ?」
「――過去に一人、そういうタイプの勇者が存在したという話だ。お前等とて耳にした事があるだろう?」
"烙印"には思い当たる節があるのか、自らの考察を述べる。
「自らの身を守る為の戦闘力、それを何かしらのルールに従って呼び出す能力。呼び出す代物は様々だが――そのバリエーションが、昔居た勇者よりも更に広いのかもしれんな。それこそ無機物に限らず、呼び出すモノが機械兵器だけに限らない――そう考えれば、不思議な事はあるまい」
「もしや――グランエクバークを打ち立てた、あの勇者かのぉ?」
「そうだ。確かカザマという名の勇者がこのタイプだったはずだ。今回現れた勇者も、それと同様って事なのだろう。戦闘モードに入ると条件を満たせば殺せるが、それ以外の手段では一切殺せなくなる、殺す側からすれば一番厄介なタイプだ」
ここで言及された勇者、それはかつてグランエクバークという国の礎となった男。
軍事行動を開始した途端、旗艦が落ちない限り死なない、特殊過ぎる死の条件が付加された勇者。
個の戦闘力としては、適当な傭兵一人にすら負けかねないという、歴代勇者の中で最下位という散々な状態だが、群の……というか軍の戦闘力としては、歴代勇者最強という見方もある。
「カザマって、あのグランエクバークの礎になった勇者だよね? 無敵艦隊を建立したっていうさぁ」
「戦場には出てくるが、自分は後ろに引き篭もってるタイプでもあるのぉ。今回の勇者もそのタイプだと言うのなら、本人の戦闘力は皆無かもしれんな?」
「指揮官系で、何か色々呼び出すタイプの勇者って訳だねぇ」
「本人が持つべき戦闘能力のリソースが全て周囲に注がれているって事か」
"烙印"の考察は、的を得ていた。
今回エイルファートへ現れた勇者――昴本人自体は、まるで戦闘能力を有していない。
そして昴の戦闘力とは、カード達が持つその力。
そのカードの力を呼び出す事で、仇成すモノに対抗する。
だが、勇者の持つ力は自由自在絶対無敵という訳ではなく、必ず何らかのルールに縛られている。
それは既に彼等の間で周知の事実であり、そのルールの間隙を突く事で、何人かの勇者の殺害には成功していた。
過去にこの世界を訪れたという、歴代の勇者という比較対象が居た事により、昴の持つ力やそのルールが、少しずつ解明されていく。
「大抵の場合は勇者本人を始末すればそれで終わりなんだが、それをするにあたって勇者がこちらに強いて来るルールとやらが分からねば、足元を掬われかねんな」
「本人がこういうルールで戦っているんじゃよー。って、ポロッと口を滑らせてくれれば楽なんじゃけどのぉ」
"冒涜"と呼ばれた白衣の女が、ある訳無いと分かっているからこそ、ケラケラと笑いながら冗談を述べた。
それは、ほぼ同時期であった。
昴本人が、自らの能力について周囲に、平然と、ポロッと所か全開で公表し始めるのは。
第五章、余談ではないが余談のような雑談回は今回で一旦終了
次からは第六章となる予定です
暑さが遠ざかったら頑張る




