118.エアフロートボードと練習
「……何これ?」
「エアフロートボードです」
ある日、マティアスが謎の代物を持って現れた。
それは妙に大きくてメカメカしいスノーボードのような代物であった。
マティアスの身長を遥かに超えて、俺の身長よりもちょい大きい程度であり、サイズは多分2メートルかそこらだろうか?
「何かに使えるんじゃないかと思って作ってみました」
「これは何に使う物なんだ?」
「遊具です」
「遊具……」
「空を飛べる遊具です。これに乗って身体を傾けると、それに応じて進行方向を変えられます。加減速はこっちのレバーを操作する事で可能ですよ」
「これは俺でも乗れるのか?」
「バッテリーで動いているだけですから、操作方法さえ覚えれば誰でも乗れますよ」
「バッテリーって事は電力か?」
「そうです、アリステリウムバッテリーによる電力です」
「何バッテリー?」
「アリステリウムバッテリーです」
何か聞いた事無いバッテリー名出て来たな。
リチウムとかじゃないのか。
カードの世界の何か超科学的な奴だろうか?
「…………」
「…………」
「……あ、あの……か、帰ってい、良いですか……?」
あ、スイッチ切れた。
知識語りスイッチが切れてマティアスが引きこもってしまったので、折角作られた遊具なので試しに乗ってみる事にした。
空飛ぶ遊具とか地球じゃ乗った事も触った事も無いし。
大海原のど真ん中だと練習の場所としては流石に宜しくないとの事なので、少し場所を変える事にした。
カード達に任せるがまま、メガフロートを動かす事約2時間程。
どこもかしこも海ばかりの世界に、陸地が現れた。
砂と岩と、申し訳程度の植物が生えた、酔っ払いが震える手で書いた円のような地形。
「あ、これ知ってる。確かここ環礁って言う場所だろ?」
「そうです、環礁ですね。この辺りは海の深度も浅いですし、波も遠洋みたいに強烈じゃないですから、練習には打って付けだと思いますよ」
隣に居たダンタリオンが肯定する。
火山が噴火と崩落を繰り返し、残った残骸部分が陸地となり、崩落した部分に水が溜まる。
それによって出来るのが、この環礁という地形だ。
同様の地形形成としてはカルデラなんかが有名だが、環礁はそれが海で発生した奴だな。
サンゴによって発生するパターンもあるらしい。
「でもここって、何処かの国の領土じゃないのか?」
「確かここはマーリンレナードの国土だったはずです」
だよな。
グランエクバークの所有する船のレベル的に、この世界で未探索の陸地なんてある訳無いだろうし。
ここもやっぱり国の領土だったようだ。
「じゃあこれ思いっ切り領土侵犯不法侵入だな」
「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「悪い奴だ」
クイッと口角を吊り上げるダンタリオン。
まあ悪い奴とか言いつつも、ここで練習する気満々だが。
ダンタリオンからの補足によると、そもそもこの環礁、真水を確保する事が出来ないし、水深が浅い為、接岸しようと船が近付くと座礁してしまうし、座礁しないような小型船で近付こうとしようにも、他の陸地からの距離が遠いので、小型船でこの環礁まで渡れるような距離でも無い。
もしここに来ようとするのであらば、今回のように巨大船と小型船の組み合わせで来るという、かなり入念に準備を重ねた方法でなければ上陸は出来ない。
挙句駄目押しとばかりに、ちょっと強い嵐が来るとあっという間に陸地が波にのまれてしまう為、定住は不可能。
何処かへ避難しようにも、さっき述べた通り他の陸地が離れてるからすぐには逃げられないしな。
そういった理由があり、この島は領土としてはカウントされているが定住は不可能という事で、無人島となっているのだ。
日本で言う沖ノ鳥島とかそんな感じだろうか?
……いや、アレよりはまだこの島の方がマシか。
だが水を生成出来、最悪浮上も可能なこのメガフロートであらば、何の問題も無く接岸出来るし、その気になれば定住だって出来る。
しないけど。
「ここならば好きなだけ練習出来ますよ」
「……なら、練習してみるか」
危ない事になりそうなら、ダンタリオンが即座に拾い上げてくれるらしい。
まあ最初はそんなにスピード出さないから大丈夫だとは思うが。
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昴がエアフロートボードなる代物の練習中、特にカード達に用事は無い。
なので、この余暇を利用してエルミアが特訓を行うようだ。
昴の保有する、数多のカード達。
そのカード達が有する、規格外の実力を目の当たりにし、触発され、このままではいけないと、エルミアは普段から鍛錬を続けていた。
何しろ、カード達の存在する空間では、時間という概念が無いに等しい。
その気になれば、一人でいくらでも、疲れる事すら無く、鍛錬を重ね続ける事が可能だ。
元々エルミアは軍隊に属していた為、鍛錬を行う事自体は日課のような物であったので、それに苦痛を感じる事も無い。
だが、出来るのは自主的な鍛錬のみ。
カード達は、各々が保有するパーソナルスペースから出る事は出来ない。
会話は出来るので、問題点等を指摘する位は出来るが、組手のような、二人以上が必要な鍛錬の類は決して行う事が出来なかった。
そういう事が出来るのは、今のように実体化している時だけである。
「――貴女が御相手してくれるのですね」
「そうですね、アルトリウスさんは槍の扱いは特に得意でも不得意でも無いみたいですし。とは言っても、私も多少は……程度ですけどね。というか、アルトリウスさんは出て来れませんので……」
そんなエルミアの特訓相手は、ジャンヌであった。
自称嗜む程度、といった口振りではあるが、手にした槍の使い勝手を確かめる意味での取り回しから、既に隠し切れない実力がにじみ出ていた。
昴の現在マナ数は10。
昴に何か危険があっても即座に対応出来るよう、ダンタリオンが側に付きっ切りだ。
メガフロートの室内に引きこもって、何やら自らの制作欲を満たす代物を製造しているマティアス。
そして、エルミアが出て来る。
この状態で、3+2+1=6となっている。
もう、5マナのアルトリウスは出て来れないのだ。
出て来る為には誰か一人が引っ込まねばならない。
そして引っ込んで貰って出て来た結果、やる事がエルミアの特訓の付き合いである。
アルトリウスは昴の事に関してであらば我先にと積極的に動きもするが、それ以外に関してはさして興味を持たない。
なので、わざわざエルミアの特訓に付き合ったりしない。
気まぐれでする事が無いとは言えないが、気まぐれで付き合うという事は気まぐれで拒否する事もあるという事。
今日は、後者だったのだろう。
水面をゆるゆると、そして徐々に加速しながら飛行していく昴。
そしてその真横にピッタリと追従するダンタリオン。
そんな二人を横目に、エルミアとジャンヌが向き合い――その足元が爆ぜた。
胸を借りる側であるエルミアから、ジャンヌへと仕掛けていく。
エルミアの振り払いを、完全に見切ったとばかりに、たった半歩下がるだけで回避するジャンヌ。
そこから追撃として放たれた突きも、ジャンヌは僅かに頭部を動かして避ける。
エルミア側が一方的に攻撃を続けている、と言えば聞こえは良いが、実際は完全にジャンヌに見切られている、というのが実情だろう。
だがそれも、納得出来なくも無い。
カードに記載されたパワーというのが、筋力や魔力だけでなく、技量等も含めた実力だというのであらば、エルミアよりもジャンヌの方が圧倒的に格上なのだから。
水面に水柱が上がった。
打ち合いを止め、エルミアとジャンヌの視線がそちらへと向いた。
別に厳格な試合形式ではないので、些細な出来事でその手が止まる。
向けた視線の先で、昴が海に落下しており、ダンタリオンが手を引いて救助していた。
あんまり速度を出していないので、落下しても無事だったのだろう。
小さく息を吐いた後、視線をエルミアへと戻すジャンヌ。
「――そうですね……エルミアさんは、少し腰が引けてるように思えます」
先程の打ち合いで、エルミアに対しジャンヌが反撃しなかった理由は、反撃出来なかったというのもある。
膂力任せで強引に薙ぎ払うといった力技の選択肢を取って良いのであらば、ジャンヌがエルミアから一本や二本、取るのは容易い。
だがそれでは、ジャンヌの持つ圧倒的パワーをただエルミアに見せ付けるだけであり、エルミアの経験値にはならないだろう。
エルミアの訓練に付き合うのなら、エルミアの成長の糧になるような、経験値に成り得る行動をするべきである。
だからこそ、ジャンヌはエルミアの攻撃をギリギリで見切る行動を取り、カウンターを合わせようとしたのだが――エルミア側の隙が無く、反撃を打ち込む機会が無かった。
結果、一方的にエルミアだけが攻撃し続けているという構図になっていたのだ。
「防御や回避は、かなり出来ていると思いますよ? ただ、防御や回避に重点を置き過ぎて、攻撃面が疎かになっている、そんな風に見えましたね」
ジャンヌの指摘は、その現場を直接見てはいないものの、かなり正鵠を得ていた。
昴がこの世界に来て、初めてエルミアと出会った時、彼女は邪神の欠片相手に単身で戦っている最中であった。
その戦い自体は、昴が乱入して終わらせたという結末だったが、エルミアがたった一人で、邪神の欠片相手に粘り続けていたというのは事実である。
この世界において、自然災害と同格、またはそれ以上とすら見做される、邪神の欠片という脅威にたった一人で立ち向かい、善戦する。
そんな事を成し遂げられるのは、天賦の才や高い防御力、回避技術を有していなければ不可能。
エルミアは元々、防御や回避に関しては卓越した技術があったのだ。
「私達カードは、団長の命がある限り、何度でも復活出来ます。防御や回避が必要だと言われれば勿論そうですが、攻撃面を疎かにしては結局ジリ貧ですよ?」
死んだら、それで終わり。
だからこそ死なない為に、生き残る技術を優先的に習得して磨き上げる。
死ななければ、挽回のチャンスはあるからだ。
それは間違いでは無いし、命が一つしかないという、世界の常識の上では正解の判断であり、どちらかと言えば命を捨てて特攻するような判断の方が間違っている。
だがもう、エルミアはこの世界の常識の枠から外れてしまった。
やり直しがきかない命が、いくらでもやり直せる命になってしまった。
こうなってくると、防御偏重の判断が正しいかと言われれば否となってくる。
死んでもやり直しがきくとなれば、どれだけ効率的に相手にダメージを与えられるか、それを考えた結果が特攻だというのならば、それは有力な選択肢と成り得る。
どうせまた復活出来るのなら、防御軽視攻撃偏重という判断は間違いではない。
「それに加えて、これはただの練習じゃないですか。死んでも構わない気持ちで臨んでみてはどうですか?」
ニッコリと笑顔を浮かべるジャンヌ。
きっと、常人であらば美しい令嬢が微笑んでいるようにしか見えないのだろう。
だが、エルミアは昴のような武芸の素人ではない。
槍による修練を積んでいるからこそ、ジャンヌの宿した武人としての気迫を感じ取ってしまう。
ゆったりとしたリラックス状態のように見えて、その実何処にも隙が無い。
少しでもエルミアが攻めっ気を見せれば、即座に喉元なり胸元なり、急所に穂先が添えられるだろう。
エルミアは、痛感する。
――勝ち目が、無い。
一撃を当てられる未来が見えない。
エルミアの感じているその感覚こそが、即ちパワーの差……なのだが。
今までの昴の戦いと、カード達のパワーという数値を比較して振り返ってみると、少し不思議な事がある。
パワー1000と3000、そして3000と5000という数字。
どちらも数字として見れば、その差は2000である。
だが、パワー3000の者がパワー1000の者を2名引き連れたら、パワー5000の者と拮抗出来るかと言われたら否である。
通常、戦いは数こそが正義である。
物量の多い方が、大抵は勝利するのが歴史が証明している。
だから、この例に従えば勝つのはパワー3000と1000×2の方だ。
だが、昴に従うユニット達はそうはならない。
この状態で戦ったとしても、勝つのはパワー5000の者だ。
パワー1000と2000には、そこまで大きな差は無い。
精々、女子供と屈強な大人程度の差でしかない。
だがパワー2000と3000には、腕利きと英雄程度に差がある。
そして、パワー3000と4000の間から、何かがおかしくなってくる。
何が言いたいかと言えば、パワー5000は地形を更地に出来る。
パワー6000は、世界を滅ぼす事すら視野に見えて来る。
その差は、1000。
この差、女子供と大人の差程度の騒ぎではない。
昴の持つユニットに記載されたパワーという数値、パワーが1000上昇する度にその規模が天文学的に大きくなっている。
パワー3000のエルミアは、かつて邪神の欠片と単独である程度渡り合っていた。
この世界の基準で言えば、エルミアは既に人間の枠を少し踏み出しているレベルなのだ。
だがそんな彼女でも、ジャンヌには届かない。
何故なら彼女は、地形を焦土に変えたバエルと同格のパワーを有しているからだ。
昴の持つ、カードに記載されたパワーという数値。
たった1000の違いは、比較対象の数値が大きければ大きい程、狂ったようなパワーバランスになっているのかもしれない。
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エルミアがジャンヌにボコボコにされながら、防御や回避を重視した立ち回りという意識を改善しているのを横目に、淡々と無表情でエアフロートボードを乗り回す昴。
コツを掴んだのか、妙にすんなりと適応していた。
「良いな、これ」
自動車並みの速度を出しつつ、とうとう宙返りまでし始める昴。
無駄な魅せテクまで実行しだしている。
想像もしていなかった昴の意外な才能を目の当たりにし、お口あんぐりなダンタリオン。
「主人……何でこんなのを乗りこなせてるんですか……?」
「まあ、適応するのと感覚取り戻すのに手間取ったけど、元々スノボやってた経験あるし」
「主人がそんなのしてたなんて初耳なんですけど……!?」
「あれ? 知らなかったのか? そうか、カード達は俺の事何でも知ってるのかと思ってたけど、必ずしもそうではないんだな……」
海水が乾いた結果、頭に付いた塩を手でバサバサと払いながら、昴が続ける。
「俺の父親が雪国出身で、子供の頃にスキー場に何度か連れて行かれたからな。子供時代から全くやってなかったから、久し振り過ぎて感覚取り戻すのに時間掛かったけど、コレも要は重心と体幹だ。スノボとそこまで乗り回し方に差がある訳でも無いから、昔の慣れを取り戻せれば、まあこれ位はな」
カード達が知らない、元スノーボーダーという昴の意外な一面が発覚した一日であった。
カード達の持つパワーとは
1000上がる度に1飜上がる青天井麻雀のようなものである(ボソッ)




