116.将、再び~その1
ポ○モンの世界で新陳代謝してきたので実質初投稿です
昇降用区画と誘導灯の僅かなスペースを除き、ただただ平面のみが広がる広大な空間。
アスファルト舗装された長い直線を、潮風切りながら駆ける、一つの機影。
鋭く洗練されたビジュアルに、各種火器を備えた、このエイルファートにおいて唯一、空を駆ける事が可能な機械――戦闘機。
横付けされた自走式タラップに手を掛け、滑走路へと降り立つ二人の男女。
「――これだけ滑走距離があれば、カタパルトもワイヤーも必要無いだろうな」
「これが自力で航行しているというのが末恐ろしいですね……ただ、攻撃用の装備が見当たらないので、これ自体はただの浮島ですね、海生の魔物から襲撃受けたりしないのでしょうか?」
昴達が暮らす、巨大海上建造物――メガフロート。
そこに初めて、部外者となる者が訪れた。
「そんな装備を取り付けずとも、あらゆる外敵を排除してみせる、という事なのだろうな」
このメガフロートの戦闘能力を淡々と分析する男女。
レイヴン・マックハイヤー、テレジア・バルヒェット。
以前、グランエクバークと衝突した際、ダンタリオンが目を付けて"確保"した人物である。
普段の白い軍服ではなく、紺色のフライトスーツに身を包んだ二人の前に、礼儀正しく頭を下げる、メイド服の女性。
「遠路遥々ようこそ。私はインペリアルガードと申します、以後お見知り置きを……と、言いたいのですが。私個人としてはどうでも良いです」
一応礼儀正しいポーズを取りはしたが、即座に砕けた口調になるインペリアルガード。
「呼び付けておいていきなりその対応か」
「来る来ないの選択肢は委ねた筈ですが」
この二人が来た理由は、単純に呼ばれたからである。
グランエクバークへと帰国したレイヴンは、詰問を受けた後、東部の湿地帯調査の任を与えられた。
任務とは言うが、行かねば処罰されるという状況下で出されたこの命令、他に選択肢が残されてはいなかった。
行けば二度と帰って来れないとされる、死地の湿地。
そこへ向かえという命令は、事実上の死刑であった。
"勇者"が残した僅かな希望の糸に縋り、そこへと向かった所――そこにあったのは、拍子抜けする程の静寂であった。
戦闘が無かった訳ではない。
そもそも何百年単位で放置され続けた未開の土地、野生動物や魔物との戦闘がありはしたものの、それは普通に想定の範囲内でしかない。
調査に向かえという命令ではあるが、何も裸で放り出された訳ではないのだから、魔物が出る位は当然想定済みであり、携行火器の類は所持している。
グランエクバークが誇るその武器兵器を用いれば、並みの魔物程度は容易に退けられる。
更に付け加えれば、レイヴン程の地位の者であらば、ちょっとした軍勢のような代物すら用意出来るだろう。
流石に呪いの地と呼ばれる場所に付いて行く人を何人も集めるのは無理があるが、ヘリの一機や二機程度ならば容易に調達可能。
それらを用いて調査に乗り出し――発見したのが、謎のクレーターであった。
まるでそこに隕石でも落ちたかのような、巨大な陥没。
その地面にはまるで植物が生えておらず、そのクレーターが形成されたのはごく最近である事が伺える。
調査を終え、無事に帰還し報告を纏めて提出した直後、レイヴンはお払い箱となった。
降格処分があった訳ではないが、今までの任から全て外され、いわゆる窓際族のような扱いにされたのだ。
以前の出来事もあり、レイヴンは既に勇者の息が掛かった人物と見做されたのが最大の原因である。
安易に処分すれば勇者の不興を買うかもしれない、だが今までのように将校という機密情報にも触れるような重要な位置にはもう置いておけない。
レイヴンを通じて、自国の機密事項が筒抜けになってはジョークにもならないからだ。
対勇者用の新設部署へと移動させられ、勇者の御機嫌取り、あわよくば利用出来ないかと尽力する。
それが今のレイヴンに与えられた、最大の任務となっていた。
だから、勇者からの呼び出しにレイヴンは拒否が出来ない。
例えそれが、死地の調査から戻って来た直後だとしても。
だというのに開幕早々にこんな対応をされたら、言い返したくもなるだろう。
「では御二方には、こちらをお渡しします。腕にでも巻いておいて下さい」
「これは?」
「このメガフロート内で用いる、電子キーです。これをかざす事で、入室が許可されている区画には自由に出入り出来ます」
ヘンリエッタ達にも渡した、電子端末が搭載されたリストバンドをレイヴンとテレジアに手渡す。
その後、二人を連れてインペリアルガードは室内を案内する。
最上層とは打って変わり、何処かの巨大複合商店街のような様相の室内を徒歩で移動していく。
「着きました。どうぞ中へ」
インペリアルガードに通され、小さな会議室のような場所へと足を踏み入れるレイヴンとテレジア。
室内には折り畳み式のテーブルとパイプ椅子が置いてあり、既に中には一人の女性が着席していた。
「よく来たね。そこに座って良いよ」
その一人は、レイヴンとテレジアも良く知る者。
そう、あの時艦内に踏み込んで来た帽子の少女――ダンタリオンであった。
ダンタリオンの席の横には何故かスピーカーが置いてある。
着席して構わないとの事なので、二人はパイプ椅子に腰掛け、テーブル越しに向かい合う。
「商談という話だったが、具体的な内容は聞いてないのだが」
「電話だと長話になるし、こっちが出向く訳にも行かないからね。足労願ったのはそういう理由よ」
昴達はグランエクバークから見れば、国家の重鎮を複数殺めた大罪人であり、普通であらば極刑に処されて当然だ。
普通ではない武力を有している事と、事故のような形の邂逅、公の視点では実行犯が不明瞭な事、手土産と脅しを織り交ぜた結果、ギリギリ黙認、のような状態になっているのが現状である。
そんな奴がのうのうと商談だからとグランエクバークの国土を踏む訳にも行かないだろう。
向こうから来て貰うのは必須である。
「今すぐ早急に、という訳では無いんだけど。ある程度まとまった金が欲しいのよ」
ダンタリオンが本題を切り出す。
ドリュアーヌス島にあった財貨は、特に手を付けずに残してきた。
奪って行くのも一つの選択肢だったが、その時昴は特にそうしたいと思っていなかった。
自力で金を捻出できるならそうするし、更に言うならば昴自身は何も金を必要としていない。
それなのに金を必要とする理由は単純に、このメガフロートで生活している女性達の為だ。
彼女達がここから立ち去りたいとなった時に、先立つ物が無くては脱出しようが無い。
その為の金である。
それに、そもそも昴は積極的に盗みを働くような性格をしていないし、取り敢えず何かに使えるかも、程度の曖昧な理由で略奪はしない。
奴隷制度が合法なこの世界で、奴隷契約書を奪う行為は完全に略奪行為なのだが、アレに関してはカード達のお願いという明確な理由があった為しただけである。
彼女達に後ろめたい金を渡して、国にそれ略奪された物だから没収、とか言われても困る。
金を渡すのであらば、綺麗な金である必要があるだろう。
そこで、ダンタリオンが目を付けたこの男である。
金の出処がグランエクバークの貴族様であり、彼が正規の取引の結果であると証言すれば、それ以上の根拠は無い。
真っ当クリーンなお金である。
「それは、援助が必要という意味か?」
「いいえ。対等な商取引よ」
援助を受ける気は皆無だし、本末転倒だ。
それをしては、相手に借りが出来てしまう。
そうなれば借りがあるんだから分かるだろ? と、あれこれ注文を付けられるのは明白だ。
だから、援助という選択肢は有り得ない。
『あの、そろそろ良いですか?』
ダンタリオンの横に置いてある、スピーカーから声が発せられた。
その声の正体は、マティアスである。
何でわざわざスピーカー越しに話しているのかと言えば、スイッチが入っている時か、誰かと面と向かわなければマティアスの挙動不審吃音が発動しない為だ。
『商取引の材料として、こちらは金属を提供しようと考えています』
部屋の扉が開き、その音に気付いた室内の全員が扉へと視線を向けた。
ガラガラと音を立てる台車。
台車には巨大な金属塊が乗せられていた。
押しているのはガラハッドであり、その台車を部屋へと入れた後は早々に立ち去った。
「……あれは、アルミニウムか?」
『ええそうです、アルミニウムです。まあそれ以外にお望みの金属があれば提供出来ますけど』
その金属光沢を見て、一目で看破したレイヴンと、その言葉を肯定するマティアス。
商材として金属を選択した理由は、マティアスが提示出来る物とグランエクバークという国の需要が合致した為である。
グランエクバークは軍事大国であり、そして世界一の金属消費国でもある。
戦車、戦艦、戦闘機に銃器。
何処まで行っても必要な素材は鉄鉄鉄、金属ばかりだ。
あればあっただけ湯水の如く使うグランエクバークからすれば、それが金属であらば何でもウェルカムである。
そして、マティアスが生み出したこのメガフロートの性能。
アサルトホライゾンのIEコアを用いて作られたこのメガフロートは、アサルトホライゾンの持っている特色が強く表れていた。
それは、24時間毎に"巻き戻る"性質。
例え何処かが故障しようが、破損しようが、24時間が経過すれば綺麗サッパリ元通りになる。
それは当然ながら、故意の破損でも有効である。
沈没しない程度に、中枢部を避けてわざと船体を破壊し、破損部品として出て来た金属を回収。
そして元通りになれば、結果として瓦礫の分だけ金属が増えている。
言ってしまえば、このメガフロートはいくらでも金属を生み出す事が出来る、無限の鉱脈と化しているのだ。
マティアスの言う通り、アルミニウムに限らず、この船体を構成している金属であらば、何でも捻出可能。
「私、金属の事は専門外だからマティアスに全部丸投げしてるけど、『これってどの位の金銭に変換出来るの』?」
「アルミですと、今ならキロ単位銀貨2から3枚程度ではないでしょうか?」
「ならそれで」
テレジアが提言した言葉に即座に乗っかるダンタリオン。
その言葉に嘘があるかどうかを確認した上で、即決した。
テレジアの言葉に嘘はあった。
だがそれをダンタリオンは知った上で、首を縦に振った。
少し位は相手が美味しい思いをしなければ、商取引として成立しない。
そもそもこちらは元手0で金を得ようとしているのだから、これ位は許容範囲内という事だろう。
『それで得た外貨を使って、少々欲しい物があります』
「……一応、聞いても良いか?」
『紙とインクが欲しいんですよ』
「……食糧ではないのか? 特に野菜類は必要だと思うのだが? とはいえ、我が国相手に野菜の類を要求されても困るのだが」
「三角貿易をする都合、輸送費がかさんでその分割高になりますからね」
マティアスから飛び出した、不思議な注文に首を傾げるレイヴンと、補足するテレジア。
グランエクバークという国は、根差した勇者の影響もあり、徹頭徹尾、軍備と工業に特化した国である。
鉄の加工や工作物などはお手の物なのだが、反面寒い地域という事もあり、農業方面は壊滅状態。
以前、昴の手によって解放されたリンブルハイム国跡地のある地域を、グランエクバークがようやく自国の土地として利用出来る事になった為、農業方面もこれからは成長の余地がある。
だが、あの一帯は湿地帯であり、レンコンのような湿地で育てる作物ならともかく、それ以外の作物を育てたいのであらば、土壌改善から取り組まねばならない為、グランエクバークで農作物をまともに育てられるようになるには、少なくとも10年単位で先を見なければならないだろう。
『食糧事情は今の所切迫していないので。それに、漁も出来ますからね。それと別に、大規模な取引しなきゃいけないような大所帯でも無いので、現状食糧は二の次三の次程度の優先度ですねぇ』
カード達は、ここで暮らしている所帯の中には含まれていない。
何故なら彼等彼女等は、食べずとも死ぬ事は無い。
腹が減ったのならば一度実体化を解除し、再度出現する事で空腹前の状態に戻れるからだ。
食べる事は出来るが、食わずとも生きていられる以上、カード達にとって食事とは趣味の一種にしかならない。
更に付け加えるならば、そもそも昴がこの地に居る限り、カードによって食糧に限らずどんな代物でも生み出せる為、このお偉方と取引するという行為自体が必要無い。
であるにも関わらず、こうして取引を持ち掛けているのは、昴が居なくなった後の事も見越してだ。
昴は、何時までもここに居る気は無い。
今はまだ無理だが、元の世界に戻れるようになったならば、昴は元の地球、日本へと戻るだろう。
そうなった後も、このメガフロートに居る女性達が自活出来るように、筋道を立てる必要がある。
これは、その一環という事だ。
外貨の獲得手段、得た外貨の消費ルート、輸出入の道筋。
その為の足掛かりとして、ダンタリオンはレイヴンに着目したのであった。
「そうだな……詳しくは国に帰って話してみないと分からないが、確かに金属は我が国にとって欲しい物ではある。だが、そこにある程度では到底足りない。もっと纏まった重量が欲しい所だな」
『そこに関しては心配不要ですね。そこにあるのはごくごく一部ですので』
「そうか。なら、その言葉を信用して国と相談してみる事にしよう。話はこれで終わりか?」
「そうですね。マティアスは何か無い?」
真っ当な手段での外貨獲得ルート、その算段が付いた所で、ダンタリオンがスピーカー越しのマティアスへと水を向けた。
『もし可能なら、一日程度滞在してくれれば助かりますね』
「何で?」
『まあ、色々とありますので』
ダンタリオンが理由を問うが、濁すマティアス。
「滞在、か。私達は食糧を持参してはいないのだが」
『そこは、主任に掛け合って食事を用意して貰います』
「主人に迷惑掛ける必要があるならやめてくれない?」
『主任の利にも繋がりますし、主任ならYesと答えてくれますよきっと。――許可が出ましたよ』
若干の間を置いて、マティアスが断言した。
許可が出たと明言した所を見ると、マティアスが居る場所に昴も居て、この会話を聞いているのだと予想される。
『待っている間は、入る際にお渡しした、リストバンドで解錠出来る範囲でここを自由に見物していて良いですし、まだ少ないですけど施設も利用して構いません。食事も用意しますし、狭いですが個室も用意しましょう。どうでしょうか?』
「ほう……それは有難い。そういう事なら、一日程度なら待っても問題無い、テレジア大尉もそれで構わないな?」
「特に異論はありません」
ただ一日ここに滞在するだけなのに、妙に気前の良い提案をするマティアス。
そして何で一日滞在せねばならないのかという点が若干引っ掛かるものの、それが自分達にとってマイナスになるような事も無いだろうと判断するレイヴン。
実際、マティアスのこの提案は普通に裏のある提案である。
だがその裏は、常識に縛られているレイヴンからは決して読み取れない内容であった。
そしてレイヴンの自分達にとってマイナスにはならない、という読みも間違っていない。
何故ならこれは、昴達にとって一方的にプラスに働くだけの提案だったからだ。
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青空を走り、水平線の向こう側へと消えていく機影。
一日という時間はあっという間に過ぎ去り、レイヴンとテレジアは自らの住まう地へと帰っていった。
「……で? 何で一日待たせる必要があったんだ?」
「ほ、ほら。あ、あの人達が乗って来たのって、む、無機物じゃないですか」
昴の質問に対し、面と向かっているせいで吃音を発症しつつも説明するマティアス。
「つ、つまり……こ、こういう事、です」
マティアスの案内で訪れたのは、メガフロート第1層。
一部倉庫となっている区画もあるが、このメガフロートにおける心臓部が詰まったこの箇所に立ち入れるのは、昴とカード達だけである。
そんな場所に――戦闘機が存在していた。
「――あの戦闘機って、無機物なんですよ。そもそも飛行機という機械なんだから無機物で当然なんですけどね」
その飛行機は言うまでもなく、先程レイヴン達が搭乗して飛び去った飛行機と全く同じ物である。
二人が帰った後なのに、何故かそれがそこに在る。
「IEコアの時間逆行作用に巻き込む事が出来れば、無機物であらばほぼ全てを増殖する事が可能なんですよ。人間が食べる物は有機物ですから生憎増やす事は出来ませんけど、こういう機械は増やせるんですよねぇ! これでまた美味しい貴重な金属が手に入りましたよォ! さてこれで今度は何を作りましょうかねぇ!」
マッドスイッチがオンになるマティアス。
あの一日待機の提案は完全に私欲を満たす為の物であり、結果マティアスはグランエクバークの保有する戦闘機の1機を"増殖"する事に成功した。
本物はそのまま相手に返したので、レイヴン達は自分達の乗って来た戦闘機が増やされているという事実には決して気付けないだろう。
何だか楽しそうなマティアスをその場に放置し、自室へと帰っていく昴であった。




