113.メガフロート施設案内
「――貴女方にどういう事情があるにしろ、私達は選択肢を提示し、そして貴女達はここに残るという選択をした。ここに残る以上、何時までも扶養対象のままではいられない。それは、理解していますね?」
故郷と手紙でやり取りをし――リッピがとても頑張ってくれた結果――帰れる場所がある者、帰りたい者はここから去るという選択肢を選んだ。
そして、今ここに残った者達は――帰れない、帰らないという選択肢を選んだ者達。
理由はどうであれ、ここで暮らしていくと決めた人々。
「これから貴女達には、このメガフロートの中で働いて貰います。タダ飯喰らいが許されないのは、何時如何なる時代世界でも共通ですからね」
残った者達の前で、インペリアルガードが宣言する。
ここで暮らすと決めたのなら、生きていく為に働かなくてはならない。
昴とカード達は、永久にここに居続ける訳ではない。
何時かは去り、そして去った後も、彼女達はここで生きていかねばならないのだから。
もう充分、彼女達に時間を与えた。
これからは、自分で立って歩く必要がある。
「働くって、掃除とかですか……?」
具体的に何をするのかが分からない為、当たり障りのない回答を述べるヘンリエッタ。
彼女もまた、ここに残るという結論を出した一人であった。
ネーブル村に戻った所で、村の復興という面で自分に出来る事は無いし、村の荷物になるという事は理解している。
なので、心配している村の皆に自分の安否と今後を伝える手紙をしたため、リッピに運んで貰った後、ここに残る結論を出した。
彼女は元々ガラハッドやジャンヌと交流もあり、他の人達と違って見知った顔がここに居る事もあり、この結論を出すのは比較的早かった部類である。
そしてヘンリエッタを含め、ここに残るという回答を出した人達は、合計で9人居た。
「そうですね、掃除も必要です。ですが、床はほぼしなくて構わないそうです。理由は――丁度来ましたね」
ここに残った人達に仕事を与える役目を担ったインペリアルガードが、等速直線運動で廊下を進む物体を指し示した。
少し小さめな白いドラム缶、としか言いようが無い、飾りっ気皆無の機械。
小さな稼働音を響かせながら、プログラムに定められたルートを真っ直ぐに進んでいた。
「――あれが稼働しているので、定期的に床は掃除されています。窓も同様なので、窓ガラスの拭き掃除も不要です」
このメガフロートでは、徘徊式掃除ロボットが常に複数台稼働し続けている。
要は、ル○バである。
合計数十キロもの面積を誇る巨大建造物が相手では、掃除をしただけで彼女達の活動時間が終わってしまうので、こうした自動化は必須だ。
「このメガフロートでは日常的な業務の大半は自動化されていますが、それでも人の手が必要な場所は存在します。その足りない穴を埋めるのが仕事、そう考えて頂いて結構です」
しかしそれでも、機械では対処が出来ない場所というのはあるものだ。
そういう隙間を埋めるのが、今後彼女等に与えられる仕事という事になる。
仕事は与えるが、誰にどんな仕事を与えるか、というのは全く決まってない。
それに、彼女達はこのメガフロート内の施設を詳しくは理解していないのだ。
その説明も兼ねて、各フロアを移動していく。
「――最上階の5層は航空機離着陸用の滑走路となっているので、そこの説明は省きます」
船舶でいう甲板となる、一番上の場所はただの開けた空間でしかない為、説明するような物は何もない。
インペリアルガードと、ヘンリエッタ達は貨物用エレベーターを利用して4層へと移動する。
普通のエレベーターも存在しているのだが、今回は10人もの大所帯で移動する為、こちらを利用している。
「4層は操舵室と多目的ホールという名の空室ですね」
バッサリと切り捨てるインペリアルガード。
要は現状、4層は操舵室しか無い状態である。
空室部分は利用する目的も目処も立っていない為、特に言う事は無い。
なので、一番重要な場所である操舵室へと移動する。
部屋に入ると、何やら色々複雑そうな電子機器が並んでおり――
「特に何かせずとも、AIが自動で判断して航行してくれますし、移動先を口頭で述べるだけで移動ルート等を自動で判断して進んでくれますので、操作らしい操作は不要だそうです」
それらを全く触る必要が無いと結論付けるインペリアルガード。
こんな巨大な建造物が、人の手で操作せずとも勝手に動いてくれるというのは信じがたいが、この船を建造したのはカード達の世界でも指折りの技術者マティアスであり、ベースとなったのはアサルトホライゾンである。
その位はやってのけるだろうなと、昴はもうリアクションを諦めたが、ヘンリエッタ達はそうも行かなかったようだ。
「――3層はそこまで説明する必要は無いと思いますが、一応。ここは客室と生活に必要な部類の施設が集まっているフロアです」
個室、食堂、浴場、トイレ、炊事場。
日々の生活を過ごす為に必要とされる場所がこの3層に集められている。
昴が普段暮らしている場所もここである。
今まで彼女達が日々を過ごしていた場所もここであり、今まで散々利用しておいて、今更説明されるような所は特に無い。
とはいえ、ホテル並みの客室数が確保されているというのに、その客室で生活しているのは現状彼女達だけ。
たったの9人なので、ほぼほぼ空き室というこれまた4層のようにスッカスカの状態である。
しかしそれでも、現状一番人が多く集まっており、また日々を過ごす場所である以上、掃除を始めとして人の手が必要となる事が多くなる場所なのは間違いない。
「人が生活している以上、ここが一番汚れる場所なので、機械の手が及ばない場所の掃除をする人員は必ず必要です」
インペリアルガードの言葉に、異論を述べる者は居ない。
至極当然の事であり、誰かがここの掃除を担当せねばならないだろう。
「それから2層ですが、ここでは農作物の栽培や家畜の育成が出来る農場となっております」
「農場……?」
困惑の色が浮かんだ声が上がる。
こんな海上に、農場。
凄く場違い感がある。
「今は、御主人様の御力によって食事が提供されている状態ですが、何時までもこのままという訳には行きません。いずれはここで取れた作物を用いて自活して行かねばなりません。それを考えれば、農作物を栽培する空間は必須です」
「でも、農作物を育てるとなると結構水とか必要ですよね? 私達が飲む水も必要だし、生活用水だって……そんなに大量の水を、こんな海のど真ん中で用意出来るんですか?」
この辺りは、切実な問題だ。
海水というのは、そのままでは水分として利用出来ない。
飲めば体内から塩分を取り除くのに余計に水を消費して乾くだけ、畑に撒けば塩害不可避。
この大海原でまともに利用出来る水とすれば雨位だが、その雨だって何時降るかは分からない。
そして普段から風呂や水洗トイレなんかで豪快に水を使っており、こういった疑問が浮上するのは当然だ。
「出来てます」
そして、そんな悩みをインペリアルガードはあっさり潰した。
出来ますではなく、出来てます、と。
「IEコアを利用した方式と、海水から水を生成する方式の二つを用意してあるとの事です。事実上、水は無尽蔵にあると考えて貰って構いません。その辺りは、既に対策済みです」
こんな海の上で、水が使い放題。
そもそも、このメガフロートが島を発ってから既に数か月単位で月日が経過している。
何らかの方法で水を供給する手段が無ければ、とっくに水は枯渇していて当然。
考えてみれば、今更過ぎる疑問だったのだ。
「ですので、ここで農作物の育成を貴女達にはして貰います。水やりや日照量の調整はここのパネルで操作出来るので、日照りや渇水等で農作物が駄目になる心配は皆無です」
2層丸々、全てが農産畜産フロア。
これまた自動化効率化がある程度成されているが、ここを切り盛りするにはやはり数人掛かりで当たらねばならないだろう。
「そして最後の1層ですが、ここは倉庫とメガフロートを稼働させるのに必要な動力部となっています。倉庫と動力部はエリア分けされているので、動力部に関しては立ち入る必要性もありません。なので、用事があるのは基本的に倉庫だけですね」
これだけ巨大な建造物を動かす為の動力部が集中しているフロアなので、大部分はヘンリエッタ達にとって関係無いスペースである。
というか、開いてたスペースを無駄にするのも勿体ないので取り敢えず倉庫にしておきました、的なサムシングを感じる。
だがその倉庫も、温度湿度を自由に調整出来、余ったスペースとはいえ平然と数百メートル単位の大きさがあるので、物をしまうのには困らないだろう。
急ごしらえでガワだけ整えて発進した弊害で、中身は色々がらんどう状態である。
「こうして改めて説明した上で思うのは、やはり3層と2層で動く働き手が必要だという事ですね。特に自活するという意味では、2層に着手する人手は多めにした方が良いですね。何か、やりたい仕事に希望はありますか?」
何処かで働く必要はあるが、何処で働くかは各々の自由意思に任せる。
インペリアルガードはヘンリエッタ達の勤務場所の希望を聞き取り、それぞれ仕事を割り振っていく。
自立へ向けて、少しずつ彼女達は歩みを進めていく。




