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112."怠惰"降臨

「あー……甘い物が飲みたい……糖分が欲しい……」


 カードゲームに限らず、ゲームというのは頭を使う。

 酷使すれば疲労もするしエネルギーも必要だ。

 さっきからずっとデッキ構築とデッキ試運転を続けた脳は、糖分を欲している。


「オレンジジュースで構いませんか?」

「ありがとう、助かる」

「どうぞ」

「えっ、もう用意してあるの?」


 良く冷えた、橙色で満ちたグラスを手渡してくるインペリアルガード。

 どっから出してきた。

 でもまあ、気にする必要も無いか。

 口に流し込むと爽やかなオレンジの酸味が広がり、その中に混じった甘味が脳によって消費されたエネルギーを補ってくれる。

 脳に糖分が染み渡るが、それでも疲労感は拭えない。

 大きな欠伸を一つした後、そのまま疲労感に身を任せて頭を休めるべく、そのままソファーの上で横になるのであった。




「――お目覚めですか、旦那様(マスター)


 目を覚ますと、すぐ側にはアルトリウスの姿があった。

 何時もの鎧姿ではない、ワンピースドレスに身を包んだ、イラスト違いの方の出で立ち。

 ほんのり頬を朱に染め、柔らかな笑みを浮かべたアルトリウスが、黒い双眸で俺を見詰めていた。

 身体を起こして外を見ると、既に空には星空が広がっていた。

 仮眠のつもりが、本格的な睡眠になってしまったようだ。


「何か、めっちゃ寝てたな」

「ええ、キッカリ半日程寝てましたよ。余程お疲れだったのでしょう」


 手の甲に、温もりを感じた。

 目線を向ければ、アルトリウスの手が添えられていた。

 そっと優しく、労わり愛でるようなタッチで――


「――これだけしっかり寝た後なら、気力も十分ですよね?」


 手がガッシリ握り締められた。

 アルトリウスの顔を見る。

 そこには、蛇が居た。

 そのままギリギリと締め付け、捕らえた獲物をゆっくり飲み込むかのような――


「ご飯食べて良い?」


 食事に逃げる。


「なら精力が付く物を用意しますね」


 しかし回り込まれた。

 瞬時に現れたダンタリオンの有難い心遣いにより、今晩の夜食内容が決定したようだ。

 逃げられない。

 逃がさない。

 前門の虎、後門の狼。

 蛇に睨まれた蛙。

 言うまでもなく、俺が蛙である。

 ゲロゲーロ。

 蛙って可愛いよな。

 ニホンアマガエルみたいなちっちゃい奴とか特に。


 淡々と食事を済ませ、ベッドへと連行される。

 最早当然の権利の如く、肌着だけの姿で両隣に陣取るアルトリウスとダンタリオン。

 両手に花、しっとりとして柔らかく、手に張り付いてくるような弾力の肌の感触が、両手両腕から伝わってくる。


「……なんつーか、爛れた生活送ってるよな、俺」


 慕っている情の種類は、カード達によって異なりはするが、大なり小なりカード達が俺を慕ってくれているというのは、良く分かる。

 特にアルトリウスとダンタリオンは、愛情を隠しもせずだだ洩れ状態で引っ付いてくる。

 思い返してみると、この二人が俺の側に居ないタイミングが無い気がする。

 

 メガフロートを建造した後、沖に出てからは毎日がずっと食うデッキ構築寝るデッキ試運転身体動かすの繰り返しである。

 一日経つ毎にメガフロート内に新たな設備や部屋が出来てるから、それを見物する目的で散歩をしているので、運動不足にはなっていない。

 ……それに、まあ、今もこれから運動(・・)する訳なんだが。

 連日連夜求められる。

 これだけの美女に慕われるのであらば、男冥利に尽きるという物なのだろう。

 でも、まあ、何にせよ、言い訳しようが無い位に乱れた生活だよなこれ。

 堕落極まってる。


「良いじゃないですか、爛れてたって」


 一度俺に頬擦りをした後、耳元で囁くアルトリウス。

 その言葉は、苦言でも戒めるものでもなく、肯定であった。


「それが人道に反していない、法を犯していないのなら、楽しんでこその人生じゃないですか」


 食っちゃ寝状態の今の生活が法を犯しているのかと言われれば、間違いなく否だ。

 これを咎めるような法は無いし、そもそもこんな公海の上で、どの国にも属していない時点で、法律も何も無いしな。

 人道云々に関しては……人によるんだろう。

 そして人によって意見が変わるという時点で、絶対的な線引きが無いという事でもあり、論じた所で水掛け論になるのがオチだ。


 ここに至るまでにやってきた事に関しては、普通にアウトだけど。


「もっと沢山、嬉しい事も楽しい事も気持ち良い事もしましょうよ」


 アルトリウスの言に、ダンタリオンが便乗してくる。

 それは、甘言。

 温かく溶けてしまいそうな微睡の沼へと引き摺り込む、悪魔の囁き。


「私がしたいし、して欲しいんです。それじゃあ駄目ですか?」

「駄目な訳無いだろ」


 ましてやそれが、これ程の美女であらば。

 否、そうでなかったとしても。

 カード達が望む事であらば、可能な限り答えてやりたい。

 そうであらねばならない。

 俺にはもう、それしか残っていないのだから。




 カード達は慌ただしく動き回っているが、俺の方はここ数日の海原の如く穏やかそのものだ。

 特に問題も起こらない、ただただカードと戯れる日々。

 グランエクバークに行った時を境に、急激に組めるデッキの種類が増えたが、現状組めるデッキに関しては、あらかた組み終わってしまった。

 何か微妙に抜けてる所をどう代用するかどう誤魔化すかで手間取ったが、手間取ったといってもこれだけ時間があれば、終わるものは終わる。


(カード)が言うのもなんですが、こう毎日続けていては飽きませんか?」


 俺のデッキ調整をずっと横に立って眺めていたインペリアルガードが、些末な疑問を投げ掛ける。

 立ってないで座ればどうだと聞くのは、もうやめた。

 何度聞いても「これが私の在り方」と言われたらもうどうしようもない。


「別に起きてから寝るまでずっと続けてる訳じゃないしな」


 寝食入浴といった最中は流石にカード触れないし。

 それにこの環境だと運動不足になるのは自覚してるから、一応散歩位はしてるぞ。

 散歩中はカードの事考えてるけど。


「しいて言うなら対戦相手が欲しいけどな」


 初手のバランス調整や不要カードの抜粋位は俺一人でも出来るが。

 実践でどうなるかは対戦を通じてでなければ分からない。

 一応想像で回してはみているが、所詮は想像だ。

 ザ・机上の空論。

 たられば最強なんて腐る程見て来た。


「……お前等が対戦相手になってくれれば良いんだけどなぁ」

「なれれば良かったのですが、御主人様(マスター)の御相手をするのは不可能ですね。そこに関しては既にダンタリオンが結論を出しておりますので」

「ん? 結論って何?」


 インペリアルガードから話を聞く。

 カード達の魂、いわば本体はカード自体に宿っており、実体化によって出現する肉体自体はただの入れ物、殻でしかない。

 どれだけ入れ物が壊れても中身が壊れる訳ではないので、例え肉体が滅んだとしても、ノーリスクで復活出来る。

 記憶も保持出来るので、実体化してる最中に見た情報等を忘れる訳でもない。


 ――だが、その記憶に関してなのだが、本当に些事ではあるが、カード達に制約と言うべきかデメリットと言うべきか、不利益な事がある。

 それが、カード達はEtranger(カード)の知識を蓄えられない、という物……らしい。

 何でそんな事になっているのか理由は不明だが、そもそもカード達がカードの知識を蓄えられずとも、自分自身の事に関して何も分からない訳でも無いし、そもそもカードを実際に取り回す役目の俺が、カードに関して何か忘れるとか覚えられないとかそういう訳ではないので、カード達からすれば確かに些事だ。

 ゲームルールを覚えようにも、覚えた端から忘れていく、らしい。

 なので、カード達は対戦相手にはならないという訳である。

 残念。




「お疲れのようですね、宜しければマッサージでも致しましょうか?」


 一通り作業を終えて、大きく伸びをしていると、身体が凝り固まっているのを察したインペリアルガードが提案してきた。


「あー、ならお願いしようかな」

「かしこまりました」


 カードゲームというか、ボードゲーム全般が身体動かすような代物じゃないしな。

 同じ姿勢が続くし、それが長時間続けば凝りもする。

 折角の厚意なのだから、有難く受け止めよう。


「では上着を脱いで頂けますか?」

「えっ?」


 何で?

 もしかしてマッサージとはそっちの――


「アロマオイルを入手しましたので、折角ですからアロママッサージでもしようかと思いまして」


 違った。

 そういうマッサージか。

 確かにそれは服の上からじゃ出来ないわ、それなら脱ぐか。

 横になれとの事なので、ベッドに移動する。


 何処から取り出してきたのか、インペリアルガードがタオルを手にする。

 風呂よりかは気持ち熱めかなという温度で蒸されたタオルが、俺の肩を温めて血流を促す。

 タオルの上から軽く擦るような手付きで首筋、肩へと血を押し流していく。

 指圧、按摩が目的なのだろうが、それと同時に皮脂なんかも拭き取っているのかもしれない。

 そして途中でタオルを一度変えて芯まで温めた後、いよいよ本格的なアロママッサージへと移っていく。

 一度手に取り、掌で温められたアロマオイルが首から肩へ塗布される。

 その後、首筋を両手の指で摘まみ上げるように指圧。

 

「――御主人様(マスター)

「んー?」

「これからは、定期的にしますね。こんな凝りを抱えていたら生活に支障が出ます」


 声色が妙に真面目だ。

 かなり凝り固まっているらしい。

 俺の健康に影響があるから、ここは妥協する気が無いらしい。



 うとうと。

 首から肩、更には腰まで揉みほぐされて血行が良くなった事もあり、だんだん眠くなってきた。 

 アロマの香りに混じって微妙に漂う、獣臭。

 ぼんやりと目を開けると――目の前に、ヤギが居た。

 曲線を描いた角、重力に引かれて倒れた耳、視野の広い両目は眠いのか閉ざされている。

 白く綺麗な体毛はとても長く、足元の蹄まで覆い隠す程に伸び切っている。

 そんな体毛を持っているのに、足を折り畳んで地面に身体を横たえているので、その体毛が床を覆い隠すように広がっていた。

 あれだけ毛が長いと歩く度に毛を踏ん付けそうだが……歩く気が無いのだろう。

 うん、どう見てもヤギだ。

 豪邸かと言いたくなる有様になってしまった、俺の部屋の天井にまで頭が届きそうなデカさを除けば、ヤギとしか言いようが無い。

 ……ヤギ?

 一体何処からヤギが来たんだ?

 このメガフロート建造時にそんなものは乗せてないぞ?

 そもそもあの島にヤギなんていなかったし、更に言うならこんなにデカいヤギなんかいねえよ。

 重ねて言うなら島から出立以降、陸上に寄ってないから、陸生のヤギは海上に居るメガフロートに近付ける訳が無い。

 何か……あったっけ……?

 考えるのが、面倒臭い……眠いせいか思考が纏まらない……


「あー……怠惰の偶蹄(ぐうてい) アケディアじゃないか……」


 辛うじて残っていた思考力で、辿り着いた結論。

 七罪(セブンスシンズ)の一角を担う、"怠惰"のユニット。

 あのクソヤギ、戻って来てたのか……まぁ良いや……面倒臭い……

 何かが倒れた音がしたので、その方向に首を曲げると、インペリアルガードが地面に突っ伏していた。

 まるで糸が切れたマリオネットの如く、力無く地面に這い蹲っていたが、少しして実体化を諦めたかのように姿を消した。


 ああ、何だかやる気が出ない。

 ぼんやりうとうと、かんがえるのがめんどうくさい。

 もうこのままねむってしまおう、ぐう。

七罪(セブンスシンズ)のやべー奴その1、クソヤギ見参!


クソヤギとか述べていたが、実際カードゲーマーのかなりの数が嫌うタイプの効果の持ち主である。

具体的に言うと、ロック・コントロール・パーミッションの権化。

敵味方問わず、殴り合い(ビートダウン)を真正面から全否定するタイプのカード。


控えめに言って、クソじゃな!!!

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