109.勝手に広がるお部屋(無許可)
グランエクバークとの衝突から、かれこれ一ヶ月が経とうとしていた。
女性達も今後の在り方に向き合い、答えを出す人も出て来ており、ここに定住したいという意見も出ているらしい。
それが望みなら、そうしよう。
また、マティアスもずっとこのメガフロートの改造を続けていたようで、俺が自室から出る度に内装が様変わりしていて、若干困惑している。
挙句、俺が部屋から出ている間にとうとう俺の部屋まで改造されてしまった。
「要望の通りにしてみましたけど、どうでしょうか? 僕としてはこの小さなスペースの割には高水準のセキュリティを詰め込めたからかなりの自信作で特に僕自ら組み上げてインストールしたこの電子パネルのセキュリティソフトの性能が――」
「生憎ハウスデザインはミーの得意ジャンルでは無いんですけどもねー! マティアスに任せてたらマイ店主のプライベートルームとは思えない程に無骨無機質直線直角なセンスの欠片も無いナンセンス極まりない部屋になってしまいますからねえぇぇ! モダンかつシックに! エレガントかつゴージャスに! それでいて機能的でファンタスティックなひと時を送れる空間で思わずオーディエンスもスタンディングオベーションんんんん!!!」
自分語りモードに入ったマティアスと常にハイテンションジョニーが現れた!
変態が編隊を組んで来たぞ!
というか、誰が俺の部屋をこんな風にしろと要望したんだ。
「――ま、これなら及第点だな」
「良いんじゃない?」
アルトリウスにダンタリオン、お前達か。
ちょっと広過ぎる気がするけど、何とか慣れていこうと思ってようやく馴染みつつあった俺の部屋が――豪邸になってしまった。
空調がフル稼働しており、常に過ごし易い温度が室内を満たす。
鏡みたいに磨き上げられた大理石の床。
そのまま上で寝られそうな程にフカフカな真紅の長毛カーペット。
俺が5人位横になれそうな長さの皮製ソファーに、クロスの敷かれたガラス製の巨大なテーブル、そしてソファーの側に置かれた冷蔵庫にワインセラー。
俺、ワインなんて飲まねぇぞ。
横一面には陽の光が燦々と降り注ぐガラス窓がびっしりと並び、その窓の向こうにはこれまた広過ぎるウッドデッキに……うわ、プールまである。
窓には遠隔操作出来るカーテンが取り付けてあり、マティアスが持っていた備え付けのリモコンを操作する事で、スルスルとカーテンが開閉するようだ。
反対側の壁面には洒落た間接照明なんかがあるし、一体何十人に食事を振舞う気だと言いたくなる規模のシステムキッチンにダイニング。
そのすぐ横にバーカウンターまであり、各種カクテルやワインを何時でも振舞えるようになっている。
だから俺、ワイン飲まないって。
更に襖で仕切られ、畳が敷き詰められた和室もあり、何か達筆な掛け軸と豪華な生け花が飾ってある。
奥には全面ガラス張りの檜風呂――これ外から丸見えじゃねえか! それに一体何十人同時に入る前提の設計なんだよこの広さ!
極め付けは風呂の横にある天蓋付きの巨大ベッドである。
ベッドの横には当然の如く冷蔵庫とワインセラーが備え付けられてある。
何だこのワインセラー推し。
俺の自室が、お値段10桁円クラスの大豪邸の風格になってしまった。
誰がここまでしろと言った。
「これならば旦那様の王としての威厳も保てるな。近隣諸国のお偉方に例え見られても、舐められたりはしないだろう」
「でもこれ、窓側から砲弾打ち込まれたりする可能性考えたら危険極まり無いでしょ?」
「確かに……」
「ふっふっふ、そう言うだろうと思いましたよ! こんな事もあろうかと! 僕オリジナルのエネルギーシールドによって防護されたこの部屋の耐久力は鉄筋コンクリート製の――」
水を得た魚みたいに勢い付き、解説を始めるマティアス。
恐らく俺が聞いても理解出来ないしする意味も無い内容なのだろう。
というか俺、これからここで寝泊まりすんのか。
日本のワンルーム暮らしの俺にとっては、世界が違いすぎるぞこれ。
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横から降り注ぐ日差しが、俺を眠りから呼び覚ます。
この天蓋付きベッド、見た目は豪華過ぎてちょっと引くが、めっちゃふかふかだった。
ふかふかと言えど、何処までも沈み込んでいく訳でも無く、俺という身体の線にフィットし、寝たのに疲労が溜まるなんて事は一切無い。
うん……確かにベッドとしては文句無しなんだろう。
このベッドだけで、俺が前に暮らしてたワンルームの部屋埋まる位の大きさあるけど。
「おはようございます、御主人様」
ベッドの横には、当然の如くインペリアルガードが待機していた。
俺、王様か何かですか?
隣に居るのは王様ですけど。
「本日は如何なさいますか?」
「取り敢えず、この状態だと動けないんだけど」
巨大過ぎるベッドは三人川の字なのにも関わらず、圧倒的余裕のスペースを誇る。
右腕にアルトリウス。
左腕にダンタリオン。
ガッチリホールドされており、起き上がる事すら出来ない。
そして両腕に感じる、押し付け誇示するかのような、柔らかくもしっとり滑らかな感触。
「成程、巨大なベッドを早速有効活用されたという訳ですね。昨晩もお盛んなようで何よりです」
盛んなのは俺じゃなくてこいつ等です。
起きる。
朝目覚めて、最初にするべき事は?
「――御主人様、食事の支度が出来ました」
「待て、その前にデッキ改造だ」
そう、閃いたデッキ改造案を纏める事だ。
ソファーに腰掛ける。
相変わらず豪邸の如き広さの部屋は落ち着かない。
だけど、このガラステーブルとソファーは結構良いな。
布が敷いてあるからカードの取り回しがし易いし、デカいからいくらでもカードを広げられる。
床に広げて床に腰降ろして作業するよりはソファーに座ってた方が姿勢の負担少ないだろうしな。
広くて落ち着かないけど、ここだけは気に入ったかもしれん。
今までの戦いを振り返ってみると、普段そこまで重視してなかった"劣勢返し"系カードの需要、結構あるんじゃないかと思ったのだ。
Etrangerというカードゲームは、初期手札7枚、ファーストユニット1枚から始まるのが基本である。
そしてそれは、相手も同じ――なのだが、同じではない。
そもそも、そこを間違えていたのだ。
相手は別に、カードゲームをやっている訳ではない。
最初からいきなり、大量の軍勢を用意して殴り掛かって来る事も有り得る訳だ。
その極論が、以前のグランエクバークの艦隊である。
あれも、もっと艦船の数が多かったら、そのまま圧殺されていた。
ちょっと、ああいうやり口に対策が必要だな。
劣勢返し系のカードは、発動コストも軽く、それでいて効果は強烈かつ豪快なモノが多い。
これだけ聞くと、それだけ強いなら何故使わないんだと言われるかもしれないが、当然ながら完璧なカードは存在しないのだから、これ等にも欠点がある。
劣勢である、というのが発動条件として設定されている為、平時だとそもそも発動する事すら出来ない、完全なお荷物状態になるのだ。
相手よりフィールドの枚数が少ない、手札が少ない、ライフが大きく削られている、盾が0枚。
そういった、明らかに不利な盤面にならない限り使えず、そうならない限りずっと手札で腐り続ける。
それが、劣勢返し系のカードだ。
こっちが押してるんだから、ダメ押しのカード来い!
そう念じている時に引く、劣勢逆転系カードの邪魔な事邪魔な事。
それを踏まえて、今までの戦いを振り返る。
劣勢になってる時は、大体数で押されてるパターンばかりだ。
強力無比な個に押されるという局面はほぼ無く、戦いは数だという事が良く分かる。
そして逆に、こっちが優勢の時はそのまま勢いでアッサリ勝ってしまっている。
それこそ手札を何枚も余らせた状態で、だ。
だったら、もっと積極的に返し札をデッキに投入して良いんじゃないかな? と考えたのだ。
こっちが追い込まれて劣勢になるなら、普通に輝いてくれる。
こっちが優勢で押している最中は邪魔になるが、今までの戦いで優勢だった時を思えば、そのまま腐っててもどうせ勝てる。
……やっぱり、剣抜弩張の宝札と因果応宝辺りだよなぁ。
ザ・無難な感じで面白みもへったくれも無いけど。
Etrangerで重要なのはな、結局の所手札とマナ数、つまりばら撒けるリソース数、弾数なんだよ。
それさえ大量にあれば、案外何とかなるもんさ。
「――御主人様」
んひぃ。
何か、左耳に生暖かくてぬるっとしたのが。
驚いて振り向くと、吐息が触れる程の至近距離に、インペリアルガードの顔があった。
えっ、何? 何?
もしかして、耳を舐めた……?
「御主人様、食事をして下さい」
「はい」
僅かに開いた瞼から覗く眼光が、「飯食わないならまたするぞ」と脅してくる。
別に、食べないとは言ってない。
その前にデッキ調整を済ませたかっただけなのだ。
叩かれるとかならまだしも、ああいうのは勘弁して欲しいので、大人しく朝食の卓に付くのであった。
Q.何で耳舐めたの?
A.御主人様は叩いた所でどうせ手を止めませんから。こういうのは耐性が無い所を責めるから効果があるのです。




