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108.ケジメ・インシデント

※英雄女王 アルトリウスの第3効果テキストを少し修正しました

既に登場させたカードの効果はなるべく変えない方針なのだが……閃きに従う事にした

作中でこの効果はまだ一度も使用していないので影響は無いと思われます

 海から押し寄せる潮風を跳ね除け、そこだけ空間が捻じ曲がる程の強烈な殺気。

 今すぐにでも目の前の相手を絞め殺さんばかりの、殺意に満ちた双眸。

 それを止めようにも、あの二人を止められるような人物が、この世界に一体どれだけ居るのだろうか。

 いや、居るけどマナ数が足りないです。


「――良い機会だ。そろそろ調子付いてる泥棒猫に格の違いというのを教えてやらねばなるまい」

「アンタみたいな重たい女よりも、私の方が主人(マスター)としても扱い易くて重宝してるってだけよ」

「扱い易い間女である事を誇るとはな、誰にでも股を開く尻軽女としか思えんぞ?」


 互いに向き合いメンチを切る二人――アルトリウスとダンタリオン。

 身長的にはアルトリウス>ダンタリオンなので、アルトリウスが見下すような目付きで見下ろしていた。


「あれ程に慕われるのであらば、男冥利に尽きるのでは?」

「カード同士で内ゲバするのは程々にして欲しいけどなぁ」


 そんな二人から少し距離を置き、様子見する俺とインペリアルガード。

 カード達のバックストーリーや性格を知っているが故に、絶対するなとは言えない。

 水と油で相性最悪だったり、設定上敵同士というカードも沢山存在する。

 同じ世界観であらばどういう関係かというのは分かるが、アルトリウスとダンタリオンは同じカードゲームではあるが、世界観は別である。

 だから二人の相性というのは良く分からなかったが……現状を見ていると、最悪だったらしい。


「というか、何で急に争い始めたの?」

「今までは御主人様(マスター)のマナ数に余裕が無いからと、アルトリウスが我慢し続けていたようですが、とうとう我慢の限界に達したようです。これは、御主人様(マスター)の正妻という座を賭した戦い……正妻戦争ですね。事の発端は、御主人様(マスター)がアルトリウスを差し置いてダンタリオンを抱いた事が原因のようです。あの当時のアルトリウスは荒れに荒れて騒音でしかなかったので、私めも少し距離を置いていました」


 …………違うんだ、俺はそうしないとダンタリオンが消えてしまうと思ったんだ。

 それに、カード達の願いならば、叶えてやりたかったんだ。


()るのは良いけど、決着は何をもって決するの?」

「無論、お前を殺したらそれで終わりだ」

「成程、分かり易くて良いね。じゃあこの正妻気取りの女王様を返り討ちにしてあげますか」

『な、何でも良いですけど……こ、この船壊さないで、く、下さいね』


 メガフロートの各所に何時の間にか取り付けられていたスピーカーから、マティアスがアナウンスした。

 良く見たらカメラもあるし。

 セキュリティがガッツリ強化されて来てるな。


「では、審判は私めが。このコインが落ちたら、開始と致しましょう」


 何処からともなくコインを取り出すインペリアルガード。

 親指で弾く。

 澄んだ金属音が響き、即座に潮風に流されていく。

 コインは若干潮風で横に流されたものの、甲板へと落下し――それが、始まりの合図となった。


 

―――――――――――――――――――――――



 開戦の口火を切ったのは、アルトリウスであった。

 空間が、波紋を立てて揺らぐ。

 その空間から、一本の剣が生えた。

 剣の柄を掴み、まるで水面から引き抜くかのように抵抗なく、そしてその勢いのまま、ダンタリオンの首目掛け振り抜く!

 そのアルトリウスの一閃を、ダンタリオンは手にした本で易々と受け止めてみせた。

 防がれるのは端から承知とばかりに、膂力任せの強引な叩き付けで、ダンタリオンの身体諸共吹き飛ばした!

 それは斬るのではなく叩き付けであり、最早剣ではなく鈍器の類であった。


「――滅茶苦茶な使い方するわね」


 吹き飛ばされはしたものの、海面に叩き付けられる前に本を抱え込み、飛行を開始するダンタリオン。

 舌打ちするアルトリウス。


「一度でこのザマか。ロクに使えんなこの世界の剣は!」


 刃こぼれし、少し曲がってしまった剣をダンタリオン目掛け投擲するアルトリウス。

 その剣を僅かに頭を動かして回避するダンタリオン。

 再び空間が揺らぎ、そこから剣を取り出された。


「一体何本剣を持ってんのよ」

「さてな」


 とぼけるアルトリウス。

 何処からともなく剣を取り出すその力は、カードとして記載されたアルトリウスの持つ能力の一つが現実として現れたものなのだろう。

 だがしかし、いくら剣を虚空から取り出せた所で、空を飛び始めたダンタリオンに対し、アルトリウスには攻撃する手段が無い。

 それこそ先程のように、剣を投げ付けるしか。

 だが直後、アルトリウスは海面に飛び降り――その水面を勢い良く蹴り付ける!

 否、勢い良くなどという文面では済まされない。

 まるで流星が海に落下したかのような大飛沫!

 その衝撃によって生まれた波紋が、昴達が乗っている船体を僅かに揺らした。

 巨大な水柱を巻き起こしながら、アルトリウスは海面を蹴り付けて水上を走り、宙へ跳び上がり、上空のダンタリオンに肉薄する!

 常識外れの行動を目の当たりにし、流石にダンタリオンも目を丸くした。

 届かぬはずの空へ迫る白刃。

 咄嗟にダンタリオンがアルトリウスに向けて手を翳す。

 二人の間、空間が波打つかのように揺らぎ、届くはずだったアルトリウスの剣は虚空を裂いた。


「ッ――空飛べないんだから大人しく海に沈んでなさいよ!?」

「水面の一つや二つ、駆けてみせねば旦那様(マスター)に相応しくあるまい!」


 それ位走れて当然という、実に参考にならない意見を明言するアルトリウス。

 そんな事が出来る者が一体この世界にどれだけ居るのだろうか。

 地球ではそんな奴居ないと断言出来るのだが、この世界だと居そうな気がしなくもない。


「それより、急に焦り出したな。何時ものすっとぼけた顔はどうした?」


 アルトリウスの指摘を受け、表情のスイッチを切るダンタリオン。

 ダンタリオンの周囲に紫電の球体が一つ、二つ、三つ。

 その球体が雷の矢へと姿を変え、アルトリウスへ向け急襲!

 一つ一つが生体組織を焼き焦がして余りある程のエネルギーを有しており、直撃すれば絶命は必至。

 そんな雷撃をアルトリウスは――剣で受け止めた。

 本来、鉄で出来た剣で電気を受け止めるなど無謀、不可能。

 だが、そんな科学的な理屈など知らぬとばかりに。


魔鏡(まきょう)滅流剣(めつりゅうけん)!」


 雷撃を止め、剣にその全てが宿る。

 剣が振り抜かれ、放たれたのは雷撃の奔流!

 その一撃はダンタリオンへと真っ直ぐに伸び――ない。

 目と鼻の先にまで迫った雷は、ダンタリオンの眼前で不自然に斜め上に逸れ、雲を切り裂き虚空へと消えていった。

 良く見れば、ダンタリオンの周囲でアーク放電のような紫色の光が発生している。

 恐らくこれがバリアとなって、先程の一撃を防いだのだろう。


「……これで逸らせるなら、貴女のその技じゃ私に傷一つ付ける事は出来ないよ」

「自分の魔法の威力が大した事無いのを誇ってて悲しくならないのか?」

「は? これが全力だと思ってるの? 貴女を殺すのにこれ以上の火力が必要無いってだけよ。無駄に周囲に殺傷力を撒き散らすのは愚者の行いよ」


 そしてこれは、ダンタリオンが対アルトリウスとして考えた戦法でもある。

 アルトリウスの持つ、カウンターアタック能力。

 相手の威力を吸収・反射して攻撃へと転化する。

 だがその威力は、相手の攻撃を跳ね返すという特徴の都合、相手依存となるようだ。

 カードゲーム上のテキスト通りならば、本来アルトリウスの効果をダンタリオンは防げないはずなので、これはカードのルールではなく、この世界のルールという事なのだろう。

 ダンタリオンが全力で放った魔法攻撃を跳ね返されたら、流石にダンタリオンも絶命を避けられない。

 だから、必要最小限。

 英雄と言えど人は人、人を殺すのにミサイルは必要無い、銃弾一発あれば良い。

 アルトリウスを殺せるだけの火力しか使わない。

 そして、その火力であらば自分は防ぎ切れるという事が、先程攻撃を逸らせた事で証明出来た。

 アルトリウスの必殺技とも言える魔鏡(まきょう)滅流剣(めつりゅうけん)は、ダンタリオンに届かない。


 尚、無駄に周囲に殺傷力を撒き散らすのは愚者の行い……というダンタリオンの発言に対し、最終兵機神(リーサルマキナ)達は何も言わなかった。

 彼等は機械なので、感情も無いし人格も無いのだ。

 (マスター)の命ずるまま、無差別に死を振り撒くだけである。


 アルトリウスから距離を置き、細かく刻んだ小規模な雷撃をばら撒き続けるダンタリオン。

 その落雷を時に剣で打ち払い、時に海面を蹴って大きく距離を離し、防ぎ続けるアルトリウス。

 大振りでもしてくれればそれにカウンターを合わせ、一気に決め切る腹積もりだったアルトリウスからすれば、全く攻めて来る気が無いダンタリオンの行動には苛立ちが募る。


「随分と腰が引けてるじゃないか。もっと攻めて来なきゃこのまま一方的に終わるだけだぞ? 私にはお前の飛ばしているその雷撃を叩き返す力があるのを忘れてないか?」


 煽るアルトリウス。

 だがその言葉をまともに受け取らず、冷静に返す。 


「――ねえ、アルトリウス。貴女のその力、無限に使えるの?」


 アルトリウスには、いくつかの能力がある。

 自らが振るう剣を呼び出す、剣よ来たれ(コーリングアームズ)

 自らを狙う能力を相手へと叩き返す、魔鏡(まきょう)滅流剣(めつりゅうけん)

 敵の振り撒く攻撃を完全に防ぎ切る、英霊の領域(スピリットガーデン)

 これらに加え、アルトリウスが手にする剣の力も加えれば、その対応範囲は非常に広い。

 

 だが、しかし。

 万能、無敵、そんなカードは存在しない。

 昴の力によって肉体を得たカード達は、あくまでもカードに記された能力を持って実体化しているだけ。

 つまり、カード達が持つ強みはそのままだし、元々カード達が抱えていた欠点もまた、そのままなのだ。


 昴はこの世界で、既に何度もアルトリウスと共に戦って来た。

 一回、二回、そこまでは比較的気軽にアルトリウスの能力を発動していた。

 だがしかし、三回目、四回目になるとそれを急に渋るようになる。

 何故かと言えば――アルトリウスの効果は、デッキを大きく削る。

 デッキからカードをドロー出来なくなったプレイヤーは、敗北する。

 大部分のカードゲームに通ずる、敗北条件の一つだ。

 デッキ切れという敗北に大きく近付くという、相応のコストを支払っている為、デッキ切れが遠い序盤は気にしないが、中盤以降はそれを恐れて出し惜しみする――という訳だ。

 アルトリウスの効果は事実上、デッキ枚数という発動回数制限が存在している。

 そんな能力を、先程アルトリウスは使用していた。


 これは、昴の世界(ルール)での戦いではない。

 このエイルファートという世界(ルール)上での戦い。

 

 昴のデッキという、コストが存在していない。

 だが使えたという事は、アルトリウスは何らかのコストを支払ったのだろう。

 何をコストにしたのかまでは分からないが、カードの持つ特徴を忠実に再現して実体化している以上、コストも存在しているはずだ。

 昴の世界(ルール)でも、他のカードの力を借りなければ、アルトリウスの効果発動コストを何度も捻出するという事は不可能。

 なのに、アルトリウスが実体化して、単身で何度もその効果を使える?

 それはいくら何でも――


「有り得ない」


 ダンタリオンは、断言する。

 アルトリウスの力は、有限。

 しかも恐らく、何千何万という気が遠くなる数値の有限ではない。

 それではいくらなんでも、昴の世界(ルール)下における効果と掛け離れ過ぎている。


「推測だけど……多分、指折りで数えられる位しか使えないんじゃないかな?」


 そう判断し、ダンタリオンはアルトリウスから更に距離を取る。

 元々ダンタリオンは典型的な魔法使いタイプであり、遠距離から一方的に攻撃し続けるのが基本の戦闘スタイルだ。

 なので距離を取るのは当然の判断だが、通常よりも更に距離を確保する。

 対し、アルトリウスは特殊な能力こそ有しているものの、あくまでも基本の戦闘スタイルは剣士、前衛だ。

 魔鏡(まきょう)滅流剣(めつりゅうけん)という飛び道具を持ってはいるが、アレはカウンター技であり、こちらから振る事は出来ない。

 ダンタリオンがアルトリウスに対して仕掛けてくれなければ、発動は出来ない。


 なので、削り(・・)に来た。


 ダンタリオンの周囲に、無数の電撃球が現れる。

 そこからアルトリウス目掛け迸る、何百もの雷光。

 油断はしない。

 そして、一撃で仕留めようなんて考えも捨てた。

 手の届かない距離から、一方的に、チクチクと、削るように殺す。

 火力を分散し、一発ではなく低威力の代わりに速度重視の連射。

 これならば、例えアルトリウスのカウンターが飛んで来ても、一発が大した威力ではないので、仮に直撃したとしても即死する程の破壊力にはならないだろう。

 そして距離もある為、何なら見てから回避も間に合うかもしれない。


 魔鏡滅流剣(それ)が、怖い。

 だがそれは、数回しか使えない。

 ならば、使わせてしまえば良い。

 使われると少し痛いかもしれないが、死にはしない。

 使わないなら、アルトリウスが有する他の攻撃手段ではダンタリオンに一切届かない。

 肉体がある以上、何者であろうとも無限の体力を持っている訳ではない、アルトリウスだって疲弊する。

 疲弊すれば、この雷の嵐を捌き切れず、被弾し、徐々に徐々に追い詰められて行くだろう。


「一方的に嬲り殺してるみたいな光景になるから、主人(マスター)が見てる前でやりたい戦い方じゃないんだけどね。私だって、殺されたくは無いからね」


 やれやれとでも言いたげに首を横に振るダンタリオン。


 何百もの雷雨が迫り、それを残像になる程の早さで振るわれた剣で打ち払うアルトリウス。

 速度と手数を重視した分、一発辺りの威力は落ちており、能力を使用せずともアルトリウスは対応出来ている。

 だが、これではジリ貧必至。

 何処かで打開策を打たねば、ダンタリオンの目論見通り、遠距離から一方的に削り殺されて終わりである。


 故に、アルトリウスは打って出た。

 ダンタリオンは、このまま気長に長期戦で仕留めようとしている。

 だが、アルトリウスは最初からそんな事は考えていなかった。


 ダンタリオンが飛び去るよりも早く、一直線に、愚直に、猪武者の如く、ダンタリオンの首を落とすべく、海面を蹴りながら猛進する!


魔鏡(まきょう)滅流剣(めつりゅうけん)!」


 自らに迫る雷撃を剣で返し、ダンタリオンへと返送する!

 しかし、再びダンタリオンの目の前でその雷閃は逸れ、上空へと消えていく。

 防がれるのは当然。

 効かないのも承知。

 だからアルトリウスは、魔鏡滅流剣(それ)を足止めに使った。

 それで仕留められるとは思ってないし、それで仕留める気も無い。


 更に距離を詰める。

 再び魔鏡滅流剣(それ)が放たれる。

 防ぐダンタリオン、迫るアルトリウス。

 だが、ダンタリオンの読み通り。

 アルトリウスの持つ使用回数が尽きたのか、雷撃がアルトリウスの肩や腹部へと突き刺さる!

 鎧を貫通し、その下の柔肌を貫き、じわりと出血が始まる。

 だが、アルトリウスは止まらない。

 その眼光が物語るのは、ただ一言。


 ――お前を殺す。


 殺意だけに突き動かされた、殺人鬼、復讐鬼とでも言うべき淀んだ目が、ダンタリオンを捉える!

 手持ちの切り札を豪快に消費した甲斐有り、最早アルトリウスとダンタリオンの距離は目前に迫っている。

 アルトリウスの放った、胴から両断してやると放たれた横薙ぎがダンタリオンを捉え――


「叡智の奸計」


 その剣先が、揺らいだ。

 確かにダンタリオンを切り裂く筈だった一閃は、空間の歪みへと消えていった。


 攻撃無効の効果は、アルトリウスだけの専売特許ではない。

 ダンタリオンもまた、攻撃を防ぐ手立てを有しているのだ。

 それが、先程ダンタリオンが口にした魔法。


 ダンタリオンは、これに余り頼りたくはなかった。

 昴の目線で見るならば、ダンタリオンの防御効果は、アルトリウスと比較してとても軽い。

 それ所か、利にすら繋がる事も。

 だがしかし……この能力は、アルトリウスとは違い、失敗する可能性がある。

 アルトリウスの防御効果が回数制限付きならば、ダンタリオンの防御効果は、確率防御。

 これは、必ずしも防げる訳ではない、という事だ。

 接敵された時に、仕方なしにもたれかかる木陰というか、緊急避難先と言うべきか。

 だが、今重要なのはそこではない。

 重要なのは、その確率防御が"成功した"という事実。

 失敗していたら、既にダンタリオンの上半身と下半身は離れ離れになっていただろう。

 だがそうはなっておらず、それがイコールでダンタリオンの効果は成功したという事実を物語る。

 既に、アルトリウスは剣を振り抜いた後だ。

 剣の勢いを止め、手首を返し、再び振り抜く。

 アルトリウス程の者であらば、それこそ一秒も必要とせずにやってのけるだろう。

 だが対するダンタリオンとて、この世界の人々から見れば超越者の類の一人。

 その一秒にも満たない時間が、致命的な隙。

 再び返す手でダンタリオンを斬り裂く前に、ダンタリオンが仕留める方が早い。

 これだけ接敵されて、ダンタリオンが的を外す事など有り得ない。

 指先に灯った紫電の光が、アルトリウスへと向けられ――


 ――アルトリウスが、笑みを浮かべる。


 口元を開き、白く輝く歯が不気味に輝いた。

 否、これは笑みなのか?

 笑っているというには、口の開き方が――


「――ッッ!?」


 ダンタリオンが気付いた時には、もう遅かった。

 剣など投げ捨て、突っ込んで来た勢いを殺さず、そのまま身一つでダンタリオンに向けて体当たりをぶちかますアルトリウス!

 僅かに怯むダンタリオン。

 その間隙を逃さず、即座に――ダンタリオンの首元に喰らい付き、咬合力任せにその喉笛を食い千切る!



 余りにもあんまりな、剣士というか犬歯な決着であった。



―――――――――――――――――――――――



「……結局、どうなったんだ?」

「アルトリウスが勝利したようですね」

「何も見えなかったんだけど」

「見えなかったのは幸いだと思いますよ?」


 どうなったんだよ。

 何かめっちゃ水柱が立って雷の音がして気付いたら終わったとか言われたんだけど。


「OK、分かった。今回ばかりは私の負けだって認めるわ、このケダモノ」

「口が減らんな、また殺してやろうか?」

「御免被るわ。それと、一つ提案があるんだけど聞きなさい」

「その前に私の断りなく旦那様(マスター)に手を出した謝罪をする方が先じゃないか? 床に額擦り付けて詫びを入れろ、許す気は無いがな」

「謝罪する気は無いし、一度殺されたんだからこれでもうチャラよ。良いから私の提案をさっさと聞いて頭を縦に振れ、貴女にとっても悪い話じゃないんだから」


 お前の意見は知らん、とっとと私の要求を聞け。

 互いにそんな言葉のドッジボールを続けているアルトリウスとダンタリオン。


「そもそも、主人(マスター)は日本じゃ独身でしょう。貴女のモノでは無いじゃない」

旦那様(マスター)、私は貴方にとって何ですか?」

「アルトリウスは俺の嫁」

旦那様(マスター)は、私の旦那様(マスター)です」


 アルトリウスの問いに、条件反射で答える。

 完全にパブロフの犬状態である。

 全てのカードが大切だけど、その中でもアルトリウスは特別だ。

 その性能、そのイラスト、その構図、その美貌。

 全てがドストライク。

 俺にとって、これを超えるモノは存在しない。

 俺の回答を受け、アルトリウスが超絶ドヤ顔でダンタリオンに対し勝利宣言をする。


「私と旦那様(マスター)は相思相愛。これは最早、事実婚なのだ」

「まあ今はそこは置いておいて……これは私の提案にも繋がるんだけど、貴女は主人(マスター)との子供、沢山欲しいと思わない?」

「欲しいな、当然だ」


 何か即断してるぞ。

 というか、子供産めるのか?

 いや、産めてもおかしくないか。

 人の形をしているのだから、人と同じように繁殖能力があると考えた方が自然だ。


「でも、産める数には限りがある。主人(マスター)の年齢を考えれば、一体あとどれだけ子供を産むチャンスがあるか、それを計算した事、ある?」


 ……そういえば俺、30歳になったんだっけ。

 もうこの歳になると、誕生日だからって騒ぐような歳でもないし、淡々と終わっちまったな。

 30代という年齢は、まだ若さでゴリ押し出来る年齢でもあるが、段々無理が効かなくなって下り坂になっていく年齢でもある。

 そして男女問わず、徐々に生殖能力も衰えていく時期。

 カード達は何時までも若いままで居られるかもしれないが、俺はそうも行かないからな。

 男女のどちらかが高齢なだけで、妊娠確率は下がって行く。


 ……というか、何で俺と子作りする流れになってんだ?

 俺には子供を育てる力も養う力も無いから、作る気なんて無いぞ?


「母体がどれだけ健康で若くても、主人(マスター)の年齢が60、70にもなれば、もう新たに子供を設けるのは苦しい。タイムリミットは、良い所あと20年かそこらって考えるべきだよね?」

「それは……確かに、そうだな」

「私達は一度実体化を解除して再度実体化すれば、元通りになる。普通ならば不可能な、出産した即日に妊娠出来る状態になれる訳。だけどそれを駆使しても、妊娠期間は短縮出来ない。最速でも一年に一度が良い所だね。じゃあもう、貴女は20回しか出産出来ない。計算上そうなる事に、異論は無いよね?」


 ……何か、すげー滅茶苦茶な理論と計算が成されてる気がするぞ!?


「毎回毎回双子三つ子なんて奇跡は考えられないし、そもそもそれはレアケースだし、産める子供の人数も20人位がリミット。そんな人数で、満足出来るの?」

「ッ……!」


 驚愕の事実を目の当たりにしたとばかりに表情を歪め、絶句するアルトリウス。

 何で言葉に詰まってんだよ。

 え、何?

 自分の子供20人で満足出来ないの?

 何処の王侯貴族殿様大名だよ。


 女王だったわ。


「――だけど、私も数に含めればその数を倍に出来るよ? 主人(マスター)の血を引いてる、可愛い子供の数が、ね」


 悪魔のような笑みを浮かべながら、悪魔のような提案を提示するダンタリオン。

 俺の都合が一切考慮に含まれていない所は正に悪魔である。


「そもそも、主人(マスター)の世界にだって一夫多妻制の国は存在したじゃない。この船上に、法は無い。一夫一妻という日本での考えに縛られてる必要なんて無い、そうでしょう?」


 唸るアルトリウス。

 今、アルトリウスの脳内では天秤が揺れているのだろう。

 天秤に乗せているモノが俺には全く理解出来ないが。

 そんなアルトリウスに対し、ダンタリオンはスッと、譲歩案を提示してくる。


「――仕方ないから、"一番"は譲ってあげるよ。本当は貴女が出て来れない内に主人(マスター)を篭絡したかったんだけど、それが叶わなかった以上、私の負けだからね。一番は譲るから、代わりに"二番"を頂戴。そして、私と一緒に私と貴女だけで、主人(マスター)の愛を独占するの。私と貴女の座を脅かす奴を、協力して蹴落としましょう。悪い話じゃないでしょう?」

「だが……それは……」


 揺れているアルトリウスの耳元に顔を近付け、微笑を浮かべながらダンタリオンは囁く。


主人(マスター)は云わば、私達にとっての王でもある。王が妾を持つ事は不思議な事ではないでしょう? 貴女が嫌がっている理由は、ただの個人的な感情、それ以外に無い。つまり、貴女個人のわがままで主人(マスター)を縛っている、それは宜しくないんじゃない? だから、貴女個人の願いじゃなくて、私達の願いにしてしまいましょう」


 俺としては、わがままだろうがなるべくカード達の願いなら叶えてやりたいとは思ってる。

 まあ、限度はあるけどさ。


「一つ良いですか?」

「何?」


 これまでずっと二人の会話を聞いているだけで、無言だったインペリアルガードが口を開く。


「世界も法も違うのだから、一夫一妻という発想に縛られる必要は無い。その発想から行くと、二番目が居るなら別に三番目だって居ても良いという事になりませんか?」




 ――二人から、表情が抜け落ちる。

 そう、ストンっていう音が聞こえる程に分かり易く。

 二人の双眸がインペリアルガードへと向けられた。

 無言でアルトリウスが剣を抜き、ダンタリオンの側で電撃が爆ぜる音が鳴る。


「――側付きの分際で妙に旦那様(マスター)との距離が近いと思えば……従者に相応しくない欲望を隠し持っていたか、売女(バイタ)め」

「寄って来る羽虫は叩き潰す」

「失言だったようです、では御主人様(マスター)、しばし御暇を頂きます」


 インペリアルガードが即座に姿を消した。

 それを追うかのように、アルトリウスとダンタリオンも消えた。

 その直後、まるで避難場所を求めるかのようにリッピとエルミアが姿を現した。

 向こうはなんか、凄い事になってるらしい。




 ……さて。

 戻ってデッキでも作るか。

 ちょっとこの世界での戦いにおける課題点も見付かってるしな。

「スバル……なんか、向こうで戦争が起きてるんだが」

「ピ」

「さて、確か剣抜弩張(けんばつどちょう)宝札(ほうさつ)因果応宝(いんがおうほう)が――よしよしあるな、こいつ等は普段より使い道があると見るべきだな」(無視)


正妻戦争ひとまず終結。

自分の意見よりカード達の意見、昴は基本的にカード達にイエスマンのスタイル。

昴個人の意見は色々あるが、お前達がそれを望むなら、ハーレム万歳。

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― 新着の感想 ―
[一言] テーマごとに世界観が違うって思えばTCGってある意味無限に世界を作り続ける物なんでしょうなぁ……恐ろしいのう
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