107."完璧"な存在
エルミア回です。
メガフロートの甲板上、照り付ける陽光。
見渡す限りの大海原、この場に立っている者は、少女ただ一人。
半身に構え、手にした槍の穂先は正面へ。
吹き付ける潮風を真正面から叩き返すかのように槍が振るわれ、その勢いで生じた風圧が潮風を跳ね返す!
そこに見えない何かがあるかのように、横薙ぎに叩き付け、打ち下ろし、少女にしか見えていない攻撃を横跳びで回避!
栗色の髪が宙を舞い、大きく移動しながらも、琥珀色の瞳が仮想の敵から視線を切る事は決して無い。
更に飛び退くだけでなく、擦れ違いざまに膂力を乗せた高速の突きが、裂帛の怒声と共に放たれた!
舞踊の如き体裁き、実戦で磨き上げた動きは、少女の美貌も相俟って思わず見惚れる程だ。
「――まだまだ未熟、不完全だな」
そんな少女を影で見ていた、一人の女性。
闇夜を溶かしたかのような黒髪を持った、ゴシックドレス調の鎧甲冑姿――アルトリウスが、そこに居た。
「何処で何をしているかと思えば、人気の無い所で特訓か。特訓なら、向こうでも出来るだろう」
「向こうだと、身体を動かしている感じがしないからな。どれだけ動いても、一向に疲れもしないし」
アルトリウスの投げ掛けに、少女――エルミアが答えた。
向こうというのは、カード達が普段存在している精神世界の事だ。
あの空間では時間の流れが特殊で、その気になれば一秒の間に一年でも十年でも特訓し続ける事が出来る。
睡眠もせず、不眠不休で。
だがその疲れない、という部分がエルミアにとっては不満だったのだろう。
現実での戦いは、疲労との戦いだ。
疲労しない戦いなど、存在しない。
「……そういえば、貴女達が特訓をしている所は見た事が無いな」
「私達は、特訓などする必要が無いからな」
腕を組みながら、堂々と言ってのけるアルトリウス。
「私達は生まれた時からこの姿であり、決してここから老いる事は無い。更に言及すれば、私達は決して劣化しない、衰えないという事だ。私達は、"完璧"な存在なのだ」
己が行き付く場所、いわば"果て"に辿り着いた存在。
それが、昴の持つカード達であり、昴が望めば、彼等彼女等の持つ100%の力を振るう事が出来る。
そこに体調不良といった、常人であらば発生し得るコンディションを阻害する要因は一切存在しない。
「――羨ましいな。私は、そんな境地には到底辿り着けていないからな」
苦笑を浮かべるエルミア。
傲慢にも取れるアルトリウスの発言だが、それを否定する発言がエルミアには出来なかった。
エルミアはかつて、邪神の欠片と戦い、一度目は多くの仲間を喪った挙句、自身もあと一歩という所まで追い詰められた。
二度目は、昴の持つカードの力を借りる事で勝利する事が出来たものの、三度目は――この世界での生に幕を引く事になってしまった。
だがアルトリウスは、エルミアの死因となった邪神の欠片を、単騎で、鎧袖一触で仕留めた。
この時点で、アルトリウスとエルミアの間の実力差は歴然であり、格付けが済んでしまったのだ。
エルミアがアルトリウスに何を言おうとも、ただの負け犬の遠吠え同然である。
「そう、私達は"完璧"なのだ。パーフェクトな存在であり、衰えず――そして、ここから更に成長、飛躍する事も、決して無い」
「……?」
何やら妙な言い方に、首を傾げるエルミア。
「"完璧"とは逆に言えば、これ以上一切の成長を望めないという事でもある。そしてまた、旦那様もそれを望んでいる」
カード達は、完璧な存在だ。
カードに記された数値の通り、カード効果の通り、その力を振るう。
そして、書かれていない内容を勝手に実行する事も無い。
そんな事を勝手にされては、昴も困るだろう。
カード達が勝手に成長したり、衰えたりして、パワーが変わってしまったり、カード効果が勝手に増えたり減ったりしたら、カードゲーマーからすれば大迷惑も良い所だ。
それをカード達も理解しており、昴も無意識レベルでそれを当然だと思っている。
だからカード達は、カードに書かれた内容の通り。
それを超過する事も、未満になる事も、決して無い。
「お前は、不完全だ。未熟だし、完璧には程遠い。だがそれも言い方を変えれば、まだ成長の余地が残っているという事でもある」
「……もしかして、叱咤激励してくれているのか?」
「私は事実を言っているだけだ。そして実際に、その余地の胎動も見て取れるしな」
昴は以前、エルミアの持つ能力を確認している。
カードとなってしまった今は、その効果欄を実際に視認する事だって出来る。
だが、エルミアの効果欄には3つの効果が記載されており――しかし、その効果内容は伏せられたままだ。
効果を持たないユニットというのも存在するが、そういうユニットは初めから効果記載欄は空白である。
記載されている以上、エルミアには何らかのカード効果が存在しているはずなのだ。
だがそれは、まだ記載されていない、開花していない。
「お前のカードには、私達と違い、何故か効果が伏せられた欄が存在している。これは、お前が不完全であるが故に、発現していない力なのだろう」
「力、か……想像も付かないな。一体私に、何の力があると言うんだ……?」
自らの手のひらに視線を落とすエルミア。
アルトリウスがそうは言うものの、自分に力があると指摘された所で、エルミア自身には信じられなかった。
邪神の欠片と相対し、自らの非力を痛感した挙句、その後昴の所にやって来たのは、地形を変える程の大破壊をやってのける悪魔の王やら世界を滅ぼせる最強最悪のウイルスやらあらゆる攻撃をシャットアウトする古代の超兵器やら放射線振り撒く生物の敵な核兵器やら宇宙戦艦である。
こんなのと比較したら、自分の力が一体どうだと言うのだ。
「私には分からんな。私達は、生まれた時点でこの場所に立っていた。努力する事も無く、努力する意味も無く、才能だけでここに居る。お前とは生まれた経緯が違うし、だからこそ助言もしようが無い。未熟故にそうなっているのであらば、成長すればあるいは……かもしれんな」
「成長、か……」
「現状、私達は邪神の欠片を探す以外にこの世界でやる事が無い。どうせ誰かが邪神の欠片を探さねばならないのだ、ならこんな場所で引きこもって自主鍛錬なんぞせずに、お前の足で探して見付けて、何なら戦ってくれば良い。以前は、勝てなかったんだろう? もし勝てたのならば、それは成長しているという事になるじゃないか。それに――もうお前は、自分が死ぬという心配はしなくて良いからな」
エルミアの在り方は、昴という世界に取り込まれて変質してしまった。
殴られ切られれば痛いし、致命傷を負えば死んでしまう。
だが肉体が死したとしても、本質的な死にはならない。
今のエルミアにとって、自らの死は挽回の余地がある、取り返しの付く要素に成り果てたのだから。
「死んでも旦那様の手元に戻ってくるだけだ。そうなったら、見付けた場所を我々に伝えれば、それで終わりだ」
「それが許されるなら、私としてもそうしたいが……良いのか?」
「構わん。どうせお前は"2マナ"だからな」
口角を吊り上げるアルトリウス。
昴の現在マナ数は、10である。
2マナのエルミアが邪神の欠片探索で何処か遠くへ行っても、まだ8マナ分の余剰がある。
何なら更に追加で、カード達が探索に出ても良いだろう。
昴が現状の行動方針として掲げている、邪神の欠片捜索という案件はこれで満たされる。
発見されるまでは、昴がする事は本当に、本当に何も無い。
そう、何も無いのだ。
用事が無いなら、昴とアルトリウスの二人きりでイチャコラしてても全く問題無しなのだ。
なので、今のアルトリウスとしては昴が余剰マナを5残してくれれば、それでオッケーなのだ。
その5マナでアルトリウスだけが昴の側に立ち、他のお邪魔虫(主にダンタリオン)も居らず、二人きりの世界で甘々ラブラブしたいのだ。
エルミアが邪神の欠片捜索に行きたいというのであらば、アルトリウスとしては止める理由は無い。
なんなら、頼もしい助っ人だって付けちゃう。
「それでもまだ3マナ余ってるからな。何ならダンタリオンと一緒に行ってくると良い、認めたくないがあの女は魔法の腕は確かだからな」
「おいコラ何勝手な事抜かしてんのよ海に突き落とすよ?」
聞き捨てならないアルトリウスの発言を耳にし、その肩をガッシリホールドするダンタリオン。
そんな二人の小競り合いに巻き込まれた結果、エルミアは死にはしなかったものの、海に落下する羽目になったのであった。
○
く|)へ ↓エルミア
〉 ヾ○シ <うわあぁぁぁぁ!?
 ̄ ̄7 ヘ/
/ ノ
|
`/
|
|
/
取り敢えずここまで。
第五章はこんな感じで細かい話が続くので、章が出来たらではなくて一話が出来たら投下みたいなスタイルになります。




