105.祝福という名の呪い
第五章は短い話なのだが、#で片付けるには問題がある話多数みたいな構成になります。
ゲーム風に言うならば、サブイベな話です。
マティアスがありったけの鉄とカードから切り離したパーツを搔き集め、生み出されたメガフロート。
それは昴が暮らしていた地球にも存在する技術ではあるが、超技術の塊であるカード達の性能が搭載された為、その実態は通常のメガフロートとは似ても似つかない代物となっている。
昴の要望通り、自らが寝泊まりするのに困らず、嵐にも耐えられ、何処の国にも属さず、そして――女性達を含めたとしても、十分に暮らしていけるだけのスペースを有していた。
15人もの人数を抱えたままでもまとめて移動出来るようになり、これでようやく問題解決に向けて進めるようになったのだ。
「――あの、ジャンヌさん。私、ネーブル村に帰れるんですよね?」
「ああ、大丈夫だ。団長も戻りたいのであらば配慮すると言ってくれていたからな」
今、この場には囚われていたヘンリエッタ含む女性達に加え、ダンタリオン、ジャンヌ、インペリアルガードが居た。
ハッキリ言ってこれからする事を考えれば、ダンタリオンだけ居れば問題は無いのだが、ヘンリエッタと顔見知りという理由で、ジャンヌも同伴したいとの申し出があった。
安心させるという目的もあるのだろう。
ただ、あの屋敷で彼女達が使われていた理由を考えると、男が居ない方が良いだろうという事で、ジャンヌ同様にヘンリエッタと顔見知りであるガラハッドと、このメガフロートの主である昴は参加を辞退している。
方針自体はダンタリオンと昴で打ち合わせ済みなので、昴は後の事はダンタリオンに一任するらしい。
「……さて、待たせて悪かったわね。流石にこれだけの人数を移動させるとなると、どうしても足が必要になるからね。こうして足が完成したから、ようやく貴女達を故郷に送り届けられるようになったわ。今は領海を離れて公海を移動中よ」
ダンタリオンの言葉を聞いて、安堵と喜色を浮かべる女性達。
ヘンリエッタの時と同様の手段で彼女達が連行されたという仮定ならば、当然の反応だろう。
「貴女達がこの場に居る限り、もう二度と外敵からの脅威には晒させない、それは保証するわ。もう、貴女達は助かった。その点を踏まえて、今から現実的な話をしようと思うの」
故郷に帰りたいというならば、帰してあげよう。
それは、ジャンヌやガラハッドだけでなく、昴自身もそれでいいと考えている。
だが。
「――貴女達には、いくつかの選択肢を用意しています。今回ここに皆を集めたのは、今後どういう道を進むかを考え、選んで貰う為です」
故郷に送り届けて、それで文句無しのハッピーエンドだというならば、わざわざこうして集めて口上を垂れ流す必要も無い。
各々から故郷の場所を聞き出し、その場所に送り届けてそれで終わりだ。
だが現実問題、そうも行かない理由がある。
「まず最初に、これはメンタルケアの件ね。私は、他者の記憶を自由に操作する力を持っているの。記憶を作るも、消すも、自由自在。だから、貴女達が望むのであらば、あの屋敷で遭った出来事を綺麗さっぱり消し去る事も出来るよ」
――あの屋敷に囚われていた人々は、全員見目麗しい女性ばかりであった。
男は、一人も居ない。
そしてあの地下で見た光景も加味すれば、彼女達がどういう目的で連れて来られたかは自ずと理解出来てしまう。
それは、女性にとっては耐えがたい苦痛だっただろう。
忘れようにも、到底忘れられるモノではなく、女性達の心に深い傷跡を残す記憶となってしまっている。
だが、ダンタリオンの力であらば、そんな記憶を完全にまっさらにしてしまう事が出来る。
耐えがたい、辛い記憶なのであらば、忘れてしまった方が良い。
今後の人生を延々とその記憶によって苦しむ事になるのであらば、その方が余程良い。
「勿論、私の事を信用出来ないとか、その記憶を抱えて生きていくっていう選択肢も、否定する気は無いわ。あの屋敷での出来事を忘れるか、忘れないか。そこを貴女達に選んで貰うわ」
「……本当に、そんな事が可能なんですか……?」
ヘンリエッタが、そんな事が可能なのか? という疑問を宿した視線をジャンヌへ向ける。
そんな魔法があるなんて、ヘンリエッタは聞いた事が無かったからだ。
他の女性達も、同様であった。
そんな彼女達の疑問に、ジャンヌが答える。
「ああ、ダンタリオンならば出来るだろうな。この性悪女、魔法の腕だけは確かだからな」
「何? 喧嘩売ってんのジャンヌ?」
「事実を述べる事がそうなら、そうかもしれんな」
「やるってんなら相手になるよ?」
「お前の腕で私に勝てると思うのか? 団長の話では、パワーは私の方が圧倒的に勝っているのだぞ?」
「御二方、喧嘩はこの案件が終わってからにして下さい」
話を脱線させて私闘に走りそうになったダンタリオンとジャンヌを諫めるインペリアルガード。
そこまで本気でやり合う気も無かったので、ジャンヌを一睨みしてからダンタリオンは話を元に戻す。
「……それから、貴女達が故郷に帰るか、帰らないか。っていう選択肢ね。帰らないというのであらば、今後しばらくはここで過ごして貰う事になるね」
――この場に居ない昴の読みでは、恐らく帰らない、という選択肢を取る人が多少は出ると考えていた。
それはダンタリオンも同様であり、理想だけでなく現実を直視すれば、そういう選択も考える必要があると想定したからだ。
「貴女達がどういう経緯であそこに集められたかまでは、記憶を読んだ訳じゃないから知らないけど。本当に、空手でそのまま故郷に帰って、生活していけるの?」
昴は、ネーブル村の惨状を目の当たりにしている。
ヘンリエッタがどういう手段で連れ去られたかを、知っている。
で、あるならば。
似たような手口で他の女性達が連れて来られた、という可能性を考えない訳には行かない。
「取り敢えず、私が知っている限りだと。ヘンリエッタ、貴女がそのままネーブル村に戻っても、暮らしていくのは厳しいと思うよ。ジャンヌ、貴女だって本当はそう思ってるでしょう? あの状況を見て、帰ってヘンリエッタがそのままあそこで暮らしていけると思う?」
ジャンヌの本心としては、故郷に返してあげたいと思うし、彼女が望むなら、そうするだろう。
だが帰ってそこで暮らせるかと言われたら――
「……あの状況だと、帰っても厳しいかもしれないな」
ジャンヌからすれば口惜しいが、そう判断せざるを得ない。
ネーブル村は、賊によって焼かれ、大半の家屋が消失した。
男手を殺され、備蓄していた食糧だって燃えて無くなってしまった。
あれから、それなりに時間が経ってはいるので、今もそのままという事は無いだろう。
多少なりとも、復興は進んでいるはずだ。
だが。
「ヘンリエッタさんは、力仕事が出来るタイプではないだろう? あそこまで荒れた集落を復興するのであらば、必要なのは女子供ではなくて、男手だ」
切り拓き、再興する為に必要なのは、男手だ。
力の無い女子供は、その邪魔をするお荷物でしかない。
酷い表現だが、基本的に力があるのは男であり、こればっかりは覆せない現実である。
魔法でも使えるのであらばその限りではないが、ヘンリエッタは魔法が使える訳でもない。
となれば、ネーブル村に帰った所で、お荷物扱いになるのは容易に想像出来る。
そしてそれは、あのような小さな集落にとっては致命傷に成り得る。
「ヘンリエッタだけじゃないわ。他の人達も、そのまま故郷に戻って、本当に何の問題も無く、暮らしていける? そう断言出来るの?」
何時までも、遠く離れた彼女達をこっちが支援し続ける訳には行かない。
元に戻るというのであらば、自活して行かねばならない。
「断言出来るなら、今すぐにでも貴女達の望む場所に送り届けるわ。でも断言出来ない、無理だと思うなら、そう言って。別にそれは悪い事ではないし、戻っても暮らせないという人達の事も考えて、こうして暮らせる場所としての船も用意した訳だからね」
昴一人が暮らせるだけの船という意味ならば、ここまで大規模な代物を用意する意味は無い。
それでも用意した理由は、例え彼女達が戻る場所が無いと言ったとしても、受け入れられるだけのスペースを確保したかったからだ。
それにしても、このスペースは過剰だが……設計主であるマティアスの言う通り、冗長性を持たせてあるのだろう。
「それと、家族や知り合いと連絡取りたいっていうなら、手紙位なら届ける事も考えてるよ。貴女達本人を運ぶよりは余程簡単だからね」
女性達に、どよめきが起きる。
いきなり大量の選択肢が用意されたのだ。
急に決めろと言われても困るだろう。
尚、その手紙配達役は低コストという事もあり、リッピが抜擢された。
伝書鳩(猛禽類)である。
「答えは、今すぐでなくても良いよ。しばらくここでものんびりして、自分がどうしたいかを決めたら、ここに居る誰かに伝えてくれればそれで良いよ」
だがそれは、ダンタリオンも理解している。
だからこそ、猶予はふんだんに与えるつもりだ。
「まあ取り敢えず、そこの部屋にでも入って考えを纏めると良いよ」
「――皆様、一先ずはこちらの部屋へどうぞ。これだけの人数が居ると少々手狭ですが、皆様方が一旦腰を下ろせるよう、部屋を用意させて頂きました」
インペリアルガードの案内に従い、ヘンリエッタ達はマティアスが建造したその部屋に入った。
「――騙し討ちみたいなやり口だけど、こうした方が彼女達の為だからね」
ヘンリエッタ達が部屋に入ったのを確認したダンタリオンは、その部屋の外側から鍵を掛けた。
室内の処置が完了するまで、この扉が開かれる事は無い。
「やはり事前に説明した方が良かったのでは?」
「説明を聞いて、入りたくないって言われても結局無理矢理入れるんだから、説明するだけ無駄よ。感染症にでもなったら、主人にも感染するかもしれないんだから、必要な処置よ」
何やら不穏な会話をしているダンタリオンとインペリアルガードだが、これには理由がある。
――ここを、国にする気は無い。
子供の生まれない場所が栄える事は、決して無いからな。
それは、昴が発した言葉。
この場所を、国にする気は無い。
異邦人に、国は必要無い。
そして昴達も何時かは、この場所を離れる。
それが何時になるかまでは分からないが、昴はこの場所に骨を埋める気は一切無かった。
離れた後も、子孫代々ここで暮らす人々の面倒を見続ける事は出来ない。
それに、ここに居る人達は昴自身を含め、カード達に保護されている状態である。
自立していない者が親になっても、子供は不幸になるだけだ。
だから、昴は対策を講じた。
その対策が、この部屋である。
この室内で何をしているのかと言えば――完全殺戮細菌兵器-E.V.O.L.A.の変種を散布しているのだ。
E.V.O.L.A.は、他の細菌やウイルスの性質を書き換えてしまう力もある。
……というか、E.V.O.L.A.はミクロの世界において出来ない事なんて無いのではないかという、微生物界のチートオブチートだ。
細菌やウイルスと聞くと、あまり良いイメージが無いかもしれないが、細菌は人間に害を及ぼす物しか無いという訳ではない。
人間にとって益となる物もあり、良く聞く所では善玉菌なんかがそうだ。
大気中にバラ撒くのは論外だが、限定された空間で厳格に運用するのであらば、人々を殺傷する以外でもE.V.O.L.A.に使い道はあるのだ。
E.V.O.L.A.によって性質を書き換えられたこの世界の菌を培養し、この空間の空気中に散布。
これらの菌は人間の体内に潜り込み、悪玉菌や風邪の原因に成り得る細菌やウイルスの駆逐、果てにはがん細胞の抹殺までこなし、健康維持に貢献する。
このメガフロートには病院なんて無いので、この部屋は病院の一種とも言えるし、実際ヘンリエッタ達にもここは病気を事前に予防する為の施設だと説明する。
それは決して嘘ではないし、実際その通りだ。
だがここに、昴は祝福という名の呪いを仕込んだ。
E.V.O.L.A.によって改竄された良い事尽くめの菌だが……一つだけ、明確な悪影響を及ぼす効果を意図的に乗せてあった。
そしてこの効果は、男性に対しては一切効果を及ぼさない。
この悪影響があるのは、女性だけだ。
とはいえ、女性の命が脅かされるという訳では無い。
そもそもそんな事をしては、健康維持も何も無いからだ。
――この菌は、胎児に対してだけ致命的な猛毒となる。
それが、昴が意図的に仕込んだ呪い。
昴もそうだが、ここは何処にも行き場のない人達が仕方なしに根を下ろす場所。
ここでしか暮らせないのであらば、ここで生きていくのも良いだろう。
だがここを当てにして、あまつさえ家庭を築くなんて事は許さない。
家族を作りたいなら、国でやれ。
ここは、国じゃないのだから。
そして子供が生まれないのであらば、ここが国になる事は絶対に有り得ない。
故に、この呪いだ。
「望まない妊娠は、必ず女性を不幸にする。だったら、その原因を事前に排除するまで。そして産みたいというなら、他所の国に行けばいい。今ここに居る人達の保証はする、だけどその子孫まで保証する気は無い……私も、主人の意見には同意するけどね。ここに居る人達だけなら良いけど、彼女達の親族や友人まで面倒見てくれなんて押し掛けてきたら、そんなものは抱えきれないわ。何処かで線引きは必要だし、その線引きを事前に主人がやっておいてくれたってだけよ」
「……それもそうですね。御主人様に迷惑を掛けない為にも、私自身の為にも。私は、御主人様が決めた道に付き従うのみです」
この部屋から出た時、ヘンリエッタ達はとても健康になって出てくるだろう。
それ以上でも以下でも無いし、余計な事は知らなくて良い。
望まぬ妊娠をした、不幸な女性は居なかった。
そういう事である。
要は、絶対確実な健康の維持と引き換えに強制中絶。
このE.V.O.L.A.の変種は、赤ちゃんにハチミツみたいなタイプの毒なのだろう。
ここは国じゃないので、法律は無い。
昴の言葉が法律である。




