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103.鞭と飴

 ――私は、あの戦いを生き延びた。

 いや、見逃して貰った、と言うべきなのだろう。

 もし相手がその気だったならば、今頃は私も第三皇子達と同じ末路になっていたのは想像に容易い。

 だが何故、あれ程の戦力を抱えておきながら、最初は一方的になっていたのかは、全くもっての謎だ。

 なんにせよこうして生きて、再び地に足を付ける事が出来た。

 乗組員は生きて家族と再会する事が出来、これに関しては特に言う事は無い。

 戦いで亡くなった者達の遺族の心境を思えば、心痛むが、今はそこを気にしている場合ではない。

 私の戦いは、まだ終わってはいないからだ。


 戦った相手の正体は、帽子の少女は言葉を濁していたが、十中八九、新たな勇者で間違いないだろう。

 他国で確認されている既存の戦力、そのどれとも違う。

 そして保有する戦力は、私達を除いて第三皇子の手勢を全滅に追い込む程。


「――レイヴン・マックハイヤー少将。此度、呼ばれた理由は言われずとも分かるな?」


 本国に帰還後、通された会議室にはダグラス・ハイネスベルグ元帥を筆頭とする、そうそうたる顔触れが並んだ。

 私の生家であるマックハイヤー家は、五大貴族に数えられるハイネスベルグ家の分家である為、ある意味では本家からの呼び出し、とも言えるのだろう。

 こうなる事は想像出来たが、回避する事は不可能。

 観念し、絞首台にも等しいその場に立つ。


「何故、私の許可無く軍を動かした?」

「栄えあるアレハンドロ・グラン・エクバーク第三皇子からの勅命でしたので、断る権限が私にはありませんでした」

「それは私に話を通さない理由にはならんな。挙句、第三皇子とシャール家の子息まで戦死するという結果だ。(そし)りは免れんぞ」

「第三皇子から、口止めされておりまして――」


 一応、私はハイネスベルグ家の分家だ。

 だから、私の失態はある意味ではハイネスベルグ家の失態とも言える。

 身内の恥は、出来れば内々に処理したいというのが心情なのだろうが、今回はそうも行かないだろう。

 第三皇子が公共放送に乗せて、大々的にアピールしてしまった挙句、戦死して帰って来た訳だ。

 こんなもの、内々で処理出来る地点を遥か彼方に置き去りにしてしまっている。

 誰が戦犯なのか、それを大衆に明らかにし、その戦犯を処罰せねば、面目が立たない。

 では、敗戦の一番の原因は誰か?


 私、という事になる。


 私からすれば、政治利用出来ると踏んで首を突っ込み、戦を敢行し、前線に出て来た第三皇子こそが一番の戦犯なのだが。

 それを言った所で、聞き入れる訳が無い。

 死人に口なしとばかりに罪をなすり付けているようにしか見えないし、そもそも第一に、それが本当だったとしても、この国のトップであるエクバーク家に連なる血筋が戦犯だと追及出来る訳が無い。

 必然、その責任は私に圧し掛かる。

 体のいいスケープゴートに選ばれた訳だ、私は。

 契機、紛れ、外圧、そういった何らかの要素でも無い限り、死は免れない。


「――なんにせよ、貴君は軍法会議に掛けられる。それまでは――」

「……一つだけ、お願いがあります。これを聞いて頂きたい」


 今の私に縋れる蜘蛛の糸があるとすれば、最早これだけだ。

 ドリュアーヌス島から帰還する直前、帽子の少女から一つの機械を手渡された。

 それは通信機械であり、今回の騒動のそもそもの張本人と直接連絡が出来る物だ。

 通信機のスイッチを押すと、通話の呼び出し音が鳴り出し……


『――随分待たせてくれたね。今が話せるタイミング、って訳ね』


 帽子の少女の声が、室内に響いた。


「……レイヴン少将、これは何だね?」

「ドリュアーヌス島を襲撃し、シャール家の当主と子息、そして第三皇子を殺害した下手人から手渡された通信機です。そしてこの少女が、犯行グループの一人であると確認しております」


 嘘偽りの無い真実を伝えた所、蜂の巣を突いたかのような騒ぎが起きる。


「レイヴン! 貴様! 国賊に与していたのか!?」

「貴族の身でありながら、愛国心は何処へ行った!」

「この売国奴めが! 極刑だ! 裁判などせず今すぐにでも銃殺刑に――」

『貴方達、多分外野だよね? 少し黙っててくれる?』


 酷く冷たい少女の声。

 機械越しであるにも関わらず、その声色に気圧され、押し黙る一同。


『私達が、ドリュアーヌス島を襲撃した犯人グループ、その一人って事になるね。単刀直入に要件だけ伝えるけど、ここに居るレイヴンって奴は、お咎め無しで放免って事にして欲しいの』

「――意図が読めんな。君達が本当にその犯行グループだとして、いわば君達は我が国に敵対した、テロリストだ。テロリストの言い分には聞く耳を持たないのが社会常識だ、が……テロリストにしては、要求が意味不明だな。何故この男の助命を願う? 君達を襲撃した憎き軍人は、そのまま放っておけば死刑になってくれるのだぞ?」

『だからこそよ。私達としては、そこの男が死のうがどうなろうが、知った事ではないわ。だけど、そこの男が今の地位に座っていてくれた方が、主人(マスター)の面倒事が少なくて済みそうだからね。それが、助命の理由よ』


 この機械をわざわざ持たせ、使うタイミングを指定してきた。

 恐らく私の肩を持ってくれるのだろうと予想したが……どうやら、本当にそうだったようだ。

 少なくとも、掴んだ糸が何処にも繋がっていなかったという事態は避けられた。

 後は、この糸が途中で切れない事を祈るばかりだ。


「成程、理由は分かった。だが先程言った通り、テロリストの言い分には聞く耳を持たないのが社会常識だ。君達の言い分を呑む事は出来んな」

『でしょうね。この言い分を呑めば、調子付いて要求が更にエスカレートし、模倣犯も現れて社会秩序が完全に崩落するのが目に見えてるからね。人なんてのは、そんなものよ』


 ダグラス元帥の言う通りだ。

 テロリストの要求は呑まない、これは常識だ。

 そして通信機越しの少女も、それを理解した上で続ける。


『百害あって一利なし。それがテロリストの要求を呑まない最大の理由。だから、少なからずだけど貴方達に"利"を用意してあげたよ』

「テロリストが提供する利、か。どれ、少し話してみろ。聞くだけなら聞いてやろう」

『このグランエクバークの東に、湿地帯が存在しているのは知ってるよね?』

「ああ、あの呪われた土地か。それがどうした?」

『そこの呪いとやらは、主人(マスター)が潰しておいたから、これからは遠慮なくあの土地を使えるようになってるよ』


 数秒の空白の後、室内にどよめきが起こる。

 私達にとって、あの土地は不可侵というのが常識であり、資源の眠っている未開の地だというのは分かってはいるが、手が出せない状況であった。

 生きて戻って来れない、呪いの地。

 その呪いを――解いた?


『私達がその気なら、あの土地を足掛かりにして、この世界に国を打ち立てる事だって出来た。でも、私達の主人(マスター)はそれを望んでない。だから、問題が既に解決されたあの領土を、貴方達にプレゼントしてあげるわ』

「……呪いが解消されたという証拠は?」

『踏み入ったならば生きて戻って来れない呪われた土地なんでしょ? なら、踏み入って生きて戻って来れたなら、それが証拠になるじゃない。何なら、死んでも構わない死刑囚にでも踏み込ませれば? そこに、丁度良いのが居るでしょう?』


 …………私の事を言っているのか!?

 冗談は止せ!

 庇ってくれる訳ではないのか!?


「……それが事実だとして、だ。君達がドリュアーヌス島を不法占拠しているという事実は変わらないな」

『それに関しては――マティアス、後どの位で行ける? 近々とかじゃなくて明確な日時出して。……後、三日でこの島を出ていくわ』

「それを信じろと?」

『信じる根拠は提示可能よ。さっき言った通り、私達はグランエクバークの東湿地帯の呪いを解いた。そこに居を構えようと思えば出来たのに、それをしなかった。何故なら、主人(マスター)は土地を欲してなんかいないから。そして同様に、このドリュアーヌス島も主人(マスター)は必要としていない。だから、用事が済んだら出ていくって言ってるの』

「……一つ、聞いても良いかね?」

『何?』

「先程から君が呼称している、マスターというのは、一体誰の事だね?」

主人(マスター)はそう呼ばれるのを拒否してるみたいだけど、この世界の人達に分かり易く言うならば――"勇者"よ』


 ――やはり、か。

 そうであるならば、降って湧いたかのように現れた事も、あの馬鹿げた戦闘能力も、全て合点が行く。

 ほぼ確信に近い予想が、確定事項に変わった。


『詳細は伏せるけど、あのヴィンセントって男は、主人(マスター)という龍の逆鱗に触れたのよ。だから始末したし、今回の戦いだって、別に皇子様が乗ってるって知ってたから殺した訳じゃなくて、単純にまだ島でしなきゃいけない用事が済まない内に襲撃されたから、仕方なしに追い払ったってだけの事だからね。私達の主人(マスター)に、侵略思想は無いよ』

「ちなみに、伏せている詳細については話してくれんのかね?」

『ここで話しても良いの? 貴方達にとっては国の恥部を晒すような事なんだけど。シャール家で行われていた所業、全部知ってるからね?』

「――所業というのが何の事かは知らないが、そういう事ならば配慮に感謝、とでも言うべきかな?」


 ……所業? 一体何の事だ?


『それと、ただ東湿地帯の問題解決だけじゃ、国の重鎮を複数喪った事と比べたら余りにも旨味が少ないからね。もうちょっとだけ、こっちも譲歩してあげる。"勇者様"に言伝を届ける権利、欲しくない? 私達、最初はフィルヘイムに居てそこのお姫様にお世話して貰ってたんだけど、お姫様が死んでその辺りが有耶無耶(うやむや)になっちゃったからね。俗っぽい言い方だと、フィルヘイムは勇者様に唾付けるのに失敗したって事。ちゃんとした形で何処かの国と繋がるのは、これが初って事になるね』

「……成程、確かにそれは魅力的だな」


 ――このグランエクバークは、過去に現れた勇者の力、その恩恵を受ける事によって建立し、栄えて来た。

 今現存している国の中で、勇者の恩恵を受けていない国は存在しないと言える。

 唯一、マーリンレナードだけは一度も勇者が根差していないが、それ以外の国は、勇者が本拠とした場所がそっくりそのまま首都になる程の影響力だ。

 この世界にとって勇者とは生きる軍事力であり、資源であり、財産なのだ。

 勇者の力を得た者が、国が、世界を制する。

 そう言っても過言では無い程に、勇者という存在は絶大で、圧倒的な力を誇る。

 手中に収められる可能性があるならば、誰もが躍起になって勇者を追うだろう。


「だが、我が国は王位継承権を持つ者に加えて財界の柱であるヴィンセントを失っているのだ。その程度ではまだ釣り合っているとは言えないのではないかな?」

『――勘違いしないでよね。私達は、公平な取引なんかする気は無いのよ。面倒事が嫌いな主人(マスター)に降り掛かる火の粉を事前に排除する為に、少しだけ旨味と譲歩を提示してるだけ。呑む呑まないはそっちの自由だけど、呑んだ方が利点が多いと思うのよね』

「利が多い? 少ないの間違いだろう?」

『いいえ。今まで提示した条件が霞む位に、とても大きな利がもうひとつあるよ。――私達を、敵に回さないで済む。っていう利点がね』


 ――この場に、あの少女は居ない。

 だというのに、剣呑な空気が室内を支配する。


主人(マスター)は、財を欲しない。主人(マスター)は、国を欲しない。だけどその気になれば、主人(マスター)は何時でも世界を獲れるだけの力があるし、この星丸ごと滅ぼせるだけの力を持っている。だけど、それは使わない。何故なら、主人(マスター)まだ(・・)貴方達に興味を持ってないからね』

「――それは、実に恐ろしい事だな」

主人(マスター)興味(・・)を持たれないように、心掛ける事をお薦めするよ。先日見せた、私達の力。アレが全力だなんて思わない事ね』


 口調こそ平坦だが、だからこそ恐ろしい。

 その平坦な口調で、淡々と恫喝してくる。

 私達は軍人で、暴力を生業とする者だ。

 私とて修羅場をくぐっていない訳ではない。

 そんな私達が、揃いも揃って気圧される。

 緊張で、唇が渇く。

 何かヘマをすれば、本当に今すぐにでも、頭上から破滅が降り注ぐのではないかという緊張感。


 これは本当に、あの時目の前に居た少女と同一人物なのか?

 今までは、少女の皮を被っていただけだというのか?


「……分かった。納得し難いが、どうやら呑むしか無いようだな」

『話が通じて良かったわ。それから、私達はそこにいるレイヴンって男としか話す気は無いから、その辺りを考慮して采配を振るって頂きたいわね』


 利と脅しを織り交ぜたそのやり口はまるで――悪魔か何かのようだ。


『じゃ、お話はここまでね。それからこの通信機は、5秒後に爆破するから。じゃあね』

『実はこういうの、一度で良いからやってみたかったんですよねぇ!』


 ――は?

 爆破する?

 何だそれは! 聞いて無いぞ!?


 爆破という単語を聞いた途端、周囲に居た者達が一斉に動き出す!

 5秒では、部屋から出る事も出来ない。

 各々、慌てた様子で机の下に身を隠す!


 唯一、出入り口の側に腰掛けていた私だけが、外に出る事が出来た。

 直後、背後から感じる熱気と風圧。

 その爆風に圧されたかのように、私は廊下に身を転がすのであった。

レイヴン・マックハイヤー


E:ダンタリオンの首輪 ←New!

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