102.首輪
「何故だ」
仮説がどんどん崩れ、どうしてそうなるのかが分からなくなってきた。
先程まで繰り広げていた戦争を終えた所――マナ数が、増えていたのだ。
それも、2つ。
マナ数が10と、とうとう2桁に突入。
いや、マナ数上限が増えるのはカード達が自由に動ける範囲が広がるので、有難い事ではあるのだが。
邪神の欠片を倒す事によって増えるモノだったのでは無いのか? これは。
いくら何でも今回ばかりは、邪神の欠片は完全に無関係だろ。
この場に居たのは、人間だけのはずだ。
人を殺害しても、増えるのか?
いやでも、そうだとしたらじゃあ今まで人を殺してないのに増えてたのは何なんだ、って話になる。
訳が分からない事になってきたので、成り行き任せにしよう。
唯一、対象に選択出来ない面倒な耐性を持っていた相手から、降伏したいとの提案があったので、俺は受け入れる事にした。
何がなんでも倒さなければいけない理由も無いし、悪人だという訳でも無いし。
いやまあ、悪人だったら殺すのかと言われたらそういう訳でも無いのだが。
降伏というか、そのまま帰ってくれっていうのが俺としての意見だったのだが、「あの船使って良いですか!?」ってマティアスが言い始めたので。
ああ、まあ、うん……何か造船に使うからって鉄を大量に集めてたからなぁ。
この戦いで、俺としては全くそんな意図も無いし意識もしてなかったのだが、無傷で大量の船を奪えそうな機会が訪れたので、奪って素材にしてしまおうという話になったのだ。
……奪った船、そのまま使うじゃ駄目なのかと聞いた所、「あんな化石みたいな遺物で構造バレバレな船をそのまま使うとかセキュリティ面で問題アリアリですよ!」とかマティアスに突っ込まれたので、そういうものなのかと納得した、が……化石? あんな馬鹿でかい空母が、化石……?
そして、船を奪うにあたって船内に転がっているであろう死体は邪魔になるだけなので、折角だから生き残った方々に持ち帰って貰おう、という事だ。
殺しておいてその死体を持って帰れとか、外道の極みだな、とか考えたが。
俺達は、国を相手に殺し合いをしたのだ。
殺そうとしたのだ、殺されても仕方ない。
そして今回は、たまたま殺されるのが相手だったというだけだ。
その切っ掛けを作ったのは俺達だと言われたら、否定出来ないけどな。
……そういえば、リアクター・ドラゴンって即死級の放射線を照射する攻撃方法だったよな。
そんな事をした船内に足を踏み入れたら、残留してる放射線で入った人即死するんじゃないか?
この質問に対してはカード達も思う所があったようで、マティアスが自前のガイガーカウンターで放射線の測定をしに空母へと向かった。
何でそんな物まで持ってるんだと聞いたら、マティアスが所持している携帯端末にはありとあらゆる便利な機械が小型化して搭載してあるらしい。
超技術の塊だな、それ。
でも、七つの世界を統べる竜やら歴史改竄能力やらが存在する世界観で、そんな細かい所にツッコミ入れるのは余りにも野暮というものだ。
神様だっているんだから、カードの世界は何でもありなんだろう。
地球の既存技術程度で慌ててたら付いて行けない。
マティアスが測定した結果、どうも放射線の類は原子力空母から発せられる自前の物以外には反応なしの結果だったようだ。
カードでの戦いが終わった時点で、一緒にその影響も消えたという事なんだろう。
そのまま、マティアスが船を沖から島に運転する。
というより、マティアスが船に何か小細工をし、遠隔操作出来るようにして島から操縦しているようだ。
あんな巨大戦艦をそんな簡単に操縦出来るのか? そもそもそんな早さで改造出来るのか?
……操縦はともかく、改造は出来るんだろうなぁ……マティアスが持ってるのはそういう効果だしな。
機械を弄らせたら、右に出る者はいない、天才的技術者だからな。
船を次々に接岸させ、中の死体を運び出すようにダンタリオンが指示を飛ばす。
それを遠巻きに眺める。
後は、空になった船を材料にしてしまえば終わり、らしい。
いや、俺は「船作って」とだけカード達にお願いしてそれ以降完全ノータッチ所かノールックだから、何処まで進んでるとかどんな状態とか全く分からんけど。
ずっと屋敷の中でデッキ組んで、たまに散歩してそれで終わりの生活だったからな。
「――主人、ちょっと良い?」
「どうした、ダンタリオン」
「ちょっと利用出来そうな奴が居たから、首輪付けて飼って良い?」
顔見せて早々何か凄い事言い始めたぞこの子。
「え? まあ、したいならすれば良いんじゃないか?」
「御主人様の不利益になる危険性は無いのですね?」
「そうなるようだったら即絞め殺すから大丈夫」
真顔で悪魔みたいな事言い始めたぞこの子。
悪魔だったわ。
「それで、話した感じだと飼うにあたって"手土産"が必要だと思ったんだけど、もうリンブルハイムの事は話しても良いよね?」
空母に居た最高責任者は既に死亡、なので今現在、残存兵力を纏める責任者はレイヴンという男になっているらしい。
そしてこの人物が、先程降伏を提案してきた者だ。
部下の命を守る為に、命令違反を承知で降伏宣言を出したらしい。
上司の鑑だな、軍人としては失格なのかもしれないけど。
そしてこのまま帰ったならば、レイヴンは敗軍の将として責任を取らされる。
その責任とは――良くて軍法会議による事実上の死刑、もしくは本当の意味での死刑、らしい。
「――別にそうなっても、私達に何か損害が出る訳じゃないからどうでも良いんだけどね」
「酷いなお前」
悪魔だぞこの女。
悪魔だったわ。
「ただ、"歯止め"が無いとこの先が面倒な事になりそうだからね」
――ここで、彼等を殲滅するにしろ、生かして帰すにしろ、短期的に見れば差は無い。
もう船の大部分は完成しているようで、次の襲撃が来る前に船を発進させ、とんずらこけるだろう。
だが、どうも先の戦いで空母にはグランエクバークの第三皇子とシャール家の子息が乗っていたらしい。
そんなお偉いさんが乗ってるなんて知らなかったし、知ってても行動は変えなかったが、いくらなんでもグランエクバークの重鎮を殺し過ぎている。
これで報復が来ない方がおかしい。
最悪、宣戦布告からの全面戦争だ。
「――そうなっても、主人なら勝てるとは思うけど」
「なんでさ」
そんな「勝って当然」みたいな事言わないでよ。
世界大会優勝者とかそういうんじゃないんだぞ俺。
というか、さっきの戦いだってマジで首の皮一枚だったからな?
防御札足りて無かったら死んでたからな俺。
お前等俺の事過信し過ぎなんじゃないか?
「主人に余計な"面倒事"が降り掛からないように、防波堤が必要だと思ったの」
――グランエクバークという国に、影響力を残す為の足掛かりが必要。
だが、その取っ掛かりになりそうな男は、このまま帰ったら処刑必至。
だから、殺されないように手土産が必要だとの事。
「でもそれとリンブルハイムの事が何か関係あるのか?」
「あの一帯、まだ呪われてると思われてるみたい。呪いの張本人がもういないってのがバレてないみたいだから、あの土地の問題解決を"勇者様"がやっておいたって事にしておこうと思ってね。恩の一つ位は売っておかないと交渉も何も無いからね」
あの土地は、グランエクバークの根付いている大陸と同じ土地だ。
そして当然、領土として保有しているのはグランエクバークという事になる。
だが、領土として持っているのに、活用する事が出来ない。
何故ならば呪い――レイウッドによる実効支配――によって、近付く者が皆殺され続けていたからだ。
一体何百年それが続いたのかは知らないが、それだけ長い時間その状態が続いたから、誰も近付こうとしなくなったのだろう。
それこそ、調査や偵察すら諦める程に。
だから、支配していた主が居なくなった事にも、まだ誰も気付けていない。
「手が出せなかった土地が、本当の意味で自分達の物になる。長い目で見れば、国にとってこれは大きな財産になる。先住民ももう、あそこには居ないから誰も文句言わないからね」
先住民――リンブルハイムという国に住んでいた人達は、もう居ない。
そもそも滅んでから一体何百年経っているという話だ。
生存者が仮に居たとしても、とっくに寿命で墓の中だ、文句を言える人など存命している訳が無い。
「そういう訳だから。事後承諾だし文句も言わせないけど、構わないよね? 元お姫様?」
――ただ一人を除いて。
「……別に、承諾なんて必要無い。もう、私の国は無いんだ。後はこの世界の人々に委ねるだけだ」
リズリア・リンブルハイム、元王女殿下。
本来であらば存在しない筈の彼女は、どういう運命の巡り合わせか、こうして意思を残したまま存命している。
そんな彼女の回答は、割とあっさりとしたものであった。
「そう、なら遠慮無く。それから主人、マティアスからの報告だけど、鉄問題が解決したから家の鉄筋を回収するとかセコい事しないでも、割とすぐに船が完成するそうですよ」
そうか、それは朗報だ。
この不法滞在状態もそろそろ解消されるらしい。
まあ何にせよ、俺に出来る事はほぼ無いから、ただ待つだけだ。
小悪魔系女子ダンタリオン。




