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9.図書館

 翌朝。

 エルミア姫に宛がわれた客室の扉を叩く音で目を覚ます。

 すぐに入って来ない辺り、返事を待っているのだろう。


「どうぞ」


 身体を起こし、入室しても構わない旨を伝える。

 扉が開き、見知った顔が現れる。


「失礼する。スバル殿、昨夜は良く眠れたか?」

「ええ、おかげ様で良く眠れました」


 王城にある客室だけあり、一市民にしか過ぎない俺が寝るには少々広過ぎて落ち着かない程だった。

 しかしながら、知らず知らずの内に疲労が溜まっていたのだろう。

 枕に頭を埋めると、すぐに意識を手放してしまった。


「それは良かった。私の準備は出来たから、スバル殿さえ良ければこれから図書館へ案内しようと思うのだが、構わないか?」

「ええ。それなら今からでもお願いします」


 昨日の歓迎会の最中、エルミア姫から礼をしたいので何でも言ってくれと言われ、お願いしたのが図書館への案内だ。

 当面の活動資金と言おうとも思ったが、金は使えば目減りする。

 それに、俺はこの世界を何も知らない。

 知識はどれだけあっても困らないし、知識はどれだけ使っても決して磨り減る事は無いのだから。

 先ずは情報だ。金よりも情報が最優先だと考え、エルミア姫に頼んだのだ。


 王城を出て、馬車で少し走った場所に、5階建ての飾りっ気の無い白い建物が現れる。

 窓の数は異常に少なく、外観だけなら図書館と言うより倉庫と言われた方が納得出来る。

 そこで馬車は止まり、エルミアに降りるよう指示された。

 ここがその図書館らしい。

 馬車を降りて、階段を数段上り、観音開きの玄関扉を勢い良くエルミア姫が開け放つ。

 中に入っていくエルミア姫に続いて行くと、室内は随分と薄暗かった。

 外から入る光から察するに、ここはどうやら小部屋になっているようだ。

 この部屋自体が図書館だとは思えない。多分、風除室的な場所なのだろう。


「確かこの辺りに――よし」


 エルミア姫が薄暗い室内の壁面で何か操作をすると、急に室内が明るくなった。

 しかし明るいと言っても、昼間のように明るいという訳ではない。

 明るさ自体は曇り空の下といった感じであった。

 恐らく、本を保護する為に意図的に光量を抑えているのだろう。紫外線は本を傷めるって聞いた事があるし。


「行こう。少し薄暗いが、本を保護する為らしいのでそこは勘弁して貰いたい」


 ああ、やはりそうなのか。

 エルミア姫の案内に従い、今居る小部屋の奥の扉を開け、中へと進んでいく。

 奥の部屋は、非常に開けていた。

 外から見た外観の大きさも納得の、自分が知るどんな図書館よりも大きな図書館。

 中央は吹き抜けになっており、その中央の上部には巨大なシャンデリアが吊り下げられていた。

 そこに灯る光が室内を満たすが、図書館が巨大過ぎるせいでその光だけではこの室内全てを照らすには至らなかった。

 光が届かない場所には等間隔で配置された補助照明で照らされており、このお陰で図書館の全容を見る事が出来た。

 シャンデリアの下にはいくつもの机と椅子が並べられており、ここで読み書きする事が出来そうだ。


「スバル殿は、何が知りたいのだ?」

「取り敢えず、この世界の地図や歴史なんかが知りたいのですが……エルミア姫はこの図書館の本全ての位置を把握してるのですか?」

「いや、流石にそれは……大まかなジャンルと位置位しか分からないな。だが、それ位なら私でも分かる。私にも分からなければ、司書にでも聞こうと思っていたのだがな」


 少し待っていてくれと言い残し、放たれた弓の如くエルミア姫が数十メートルは離れた本棚へと向かって走り出した。

 その後、両脇に数冊ずつの書籍や紙束を抱えて戻ってきた。


「一先ず、専門的な物ではなく一般的な物を持って来たのだが……これで良いか?」

「そうですね、ありがとうございます」


 ――表題が、日本語で書いてある。

 本を開くと、目次も、書き記された内容もやはり日本語だ。

 中世ファンタジー的な街並みなのに、本が全部日本語で書かれてる。

 誰かに通訳して貰ったりする必要が無く、全部自分で調べられるのは助かるのだが、流石に雰囲気台無しミスマッチである。

 夢にこんな所まで文句を付けるのは、重箱の隅を突くようなものなのかもしれないが、異世界の言語が日本語な訳が無いだろと思わずツッコミたくなった。

 そもそも自分の記憶に無い言語を夢に出せというのが無茶振りだろうし、仕方ない。

 ……そういえば、文字が読めないという可能性が完全に考慮の外だったな。

 読めない可能性が圧倒的に高いのにそこまで思考が及んでいなかった。

 文字を読み上げてくれる人を一緒に連れてきて欲しい、とか頼むべきだったか。何故か知らないが日本語で書いてあるお陰でその必要は無くなったが。

 結果オーライだったが、反省すべき点だろう。

 エルミア姫が持って来てくれた地図を広げる。


「フィルヘイムは……」

「この国ならここだな、ここがフィルヘイムだ」


 エルミア姫が指し示した位置を確認する。

 海岸線に位置した、一際大きな文字で記された地名。

 国土の名にもなっている、聖騎士国フィルヘイムがその場所にあった。

 この城下町を訪れる際に見た周囲の地形と地図の形は一致しているので、間違いないだろう。

 国家として世界に認められている土地は、大文字太文字で強調されているので、一先ずその地名をザックリと網羅する。

 グランエクバーク、リィンライズ、マーリンレナード、ナーリンクレイ、リレイベル……フィルヘイム同様に大文字で地図に記載されてるのはこの辺りか。

 この世界を支配しているのはこの六大国家とでも言うべき国々と考えられる。

 他に大文字は見当たらないので、地球とは違い小さな国家等は全てこの六大国家に併呑(へいどん)されてしまったのかもしれない。

 この国、フィルヘイムが存在しているのはこの星で最も大きい大陸であり、同じ大陸にリレイベルとリィンライズが共存している。

 海を隔てた対岸には二番目に大きな大陸とそこに存在するグランエクバークが確認出来る。

 陸続きとはいえリレイベルとリィンライズはかなりの距離が離れており、ナーリンクレイ、マーリンレナード、グランエクバークは海で隔てられている為に陸路では移動不可能だ。

 リレイベルとリィンライズの二国以外は全て海路でなければ移動出来ず、その二国も陸路ならば砂漠横断という辛い道則が要求される。

 そして地図を見た限り、地表部分の形は地球とは似ても似つかないが、何となく陸地と海の比率だけは地球と似ているように思えた。

 地球同様、水の星と言っても良いのかもしれない。


「後は、この国だけじゃなくて他の国も含めてざっくりとで良いので歴史とか気候や特産とかを知りたい所ですね」

「他の国に関しては伝聞でしかないが、この国の事であらばいくらでも語れるぞ!」


 折角エルミア姫が本を持って来てくれたのに、知りたい内容に関してエルミア姫が直々に語りだす。

 このフィルヘイムという国に限らず、この世界に存在している国家群は、過去に存在していた「勇者」という存在の遺産を元に建立されているという。

 勇者の力は圧倒的であり、この世界に現れた邪神の欠片という生きる災害を次々に消し去り、やがてこの世界から姿を消していったそうだ。

 しかし勇者がこの世界を去っても、勇者達が残した遺産はこの世界に残り続けており、この世界に現れ続けている邪神の欠片へと対抗する切り札として力を発揮しているとの事。

 勇者達がこの世界に現れた際、根ざした地に庇護を求めた民衆が集った結果、都市となり栄え、今に続いている。

 このフィルヘイムも例外ではなく、この国もかつて現れた勇者がこの地を切り開き、礎を築き上げ、勇者の遺品である数々の武器が国防の力として使われているそうだ。

 成る程、そういう経緯でこの六大都市が形成されたという訳か。


「勇者の遺した数ある武器の一つが、街中の広場に飾られているんだ。馬車で通ったから、もしかしたらスバル殿も見ているかもしれないな」


 あっただろうか?

 広場はチラリと見掛けた気がするが、そんな物があるかまでは気にしてなかったな。


「でも、そんな物を街中の、しかも広場なんて場所に置いてたら盗まれるんじゃないですか?」

「心配無用だ。その剣は岩に突き刺さっているんだが、何でもその剣は勇者の素質が無い者には、抜く事も傷付ける事も出来ないそうだ」


 生憎、私には抜けなかったがな。と付け加えるエルミア。

 岩に突き刺さった剣かぁ、まるで御伽噺の聖剣だな。


「スバル殿なら、もしかしたら抜けるかもしれないな」

「いえ、俺には抜けませんよそんなの」


 勇者じゃないし、非力だし。


 続けて、エルミア姫はこの世界におけるフィルヘイムの役割を語りだす。

 エルミア姫が住まうこのフィルヘイムという国は穀倉地帯であり、世界規模で見ても食料の半数近くを供給しているという農業大国だそうだ。

 魚介類の収穫高に関しては海洋国家であるマーリンレナードに大きく水をあけられているが、代わりに畑で収穫されるような食料に関してだけ言えば全世界の食料の7割近くを占めるとの事。

 自国だけでなく他国の食料をも担う大国であり、土地も広大であり、それ故に農民や畑に被害を及ぼす邪神の欠片は他国以上に深刻な問題だそうだ。

 世界の食料事情を支えるのがこの国の民草と、それを守る騎士団という軍であり、そこにエルミア姫も従事しているとの事。

 この国を邪神の欠片にいいようにされれば、世界中で飢饉が発生しかねない。

 つまりこの国を守るという事は、世界を守るのと同意義なのだと。

 エルミア姫は、すらすらと、目を輝かせながら語ってくれた。


「……この国が、好きなんですね」

「そうだな。私はこの国が、フィルヘイムという国が好きだ。この国の為ならば何でもしてやりたいし、国を脅かそうとするモノが現れれば、真っ先に戦地に向かう心積もりだ」


 眩しい位の笑顔で、それが当然だとばかりに言ってのけたエルミア姫。

 その笑顔は整った顔立ちと相まって、とても美しいと感じた。

 愛国心、というやつだろうか。

 そんなモノを持っていない俺には理解出来ない感情だったが。それでも、好きなモノに対し熱く語るその言動は、本当に綺麗で、少しだけ、心が揺れた気がした。


「フィルヘイムに関してはある程度分かりました。……陸続きのリレイベルと、一番近いグランエクバークはどんな国なんですか?」

「そうだな、グランエクバークは――――」



 ――穏やかで弛緩した空気に、亀裂が走る。


 轟く破壊音。切り付ける風。

 撒き散らされる本、砕けた本棚が木片として飛び込んでくる。

 思わず目を覆う。

 衝撃が収まり、目を覆っていた腕を下ろすと、そこには戦場かと見紛うような瓦礫の山が積みあがっていた。

 本を保護する為に薄暗く、外気を隔てていた外壁が崩れ去り、外の光が大量に室内に注ぎ込まれている。

 生臭い、そして獣臭さが鼻を突く。

 臭いの元を辿ると、陽光に照らされた獣の姿。

 それは犬や狼の姿を取っており、大きさもフェンリルと同じ位はありそうだ。

 自らの飢えを主張するかのように粘度の高い唾液を口元から垂らしながら、宙を泳いでいた視線が俺とエルミア姫の方へと向けられる。

 口角が僅かに吊りあがった、ように感じた。


「――こいつは!?」


 目を見開き、戦慄するエルミア姫。

 以前、エルミア姫が言っていた特徴と一致する体色。

 全身をまるで闇で塗り潰したかのような、不気味な黒一色。


 ――邪神の欠片。


 それは人々に、国に、仇成す世界の敵。

 先日、倒したはずの脅威が。

 再び俺の目の前に現れたのだ。



―――――――――――――――――――――――



 ――これじゃあ、調べ物所の騒ぎじゃないな。


 自らの心の内に、明確な戦闘意欲が湧くと同時にデッキケースから擦過(さっか)音が鳴る。

 デッキケースだが、ケースの形状のお陰で手に持たずとも何処かに括り付ける事が出来ると判明した。

 城で待たされている間、メイドさんから紐状の物を貰えないかと頼んだ所、革紐を貰えたのでそれで腕に括り付けておいた。

 これなら、腰よりも自然にデッキのカードを引き抜く事が出来る。


 ケースから飛び出した7枚のカードを引き抜き、確認する。

 相変わらず、ユニットが無い。酷い手札事故だ。

 前回と違い、今回はマリガン(引き直し)を試してみた。

 手にした7枚の手札を全てデッキに戻すと、擦過音の後に再び7枚の手札が飛び出す。

 やっぱりEtranger(エトランゼ)の基本ルール通り、最初のマリガンは可能なようだ。

 だがしかし、引き直した手札もまるで予定調和のようにユニット0という状態。

 以前に加えて、今回。マリガンを行ってもこの有様。

 デッキの内容を知る術は無いが、7×3で21枚、更に以前の戦いの際に通常ドローを含めてデッキのカードに触れているにも関わらず、引いたユニットが0。

 このデッキケースに入っているデッキは、明らかにユニット不足なのではないかと仮定を出すのには充分過ぎる枚数だ。

 それでも、最初のユニットを出すという行為には問題無い。

 初期手札を確定させた後、デッキの上からカードをめくっていき、一番最初に出た召喚コスト5以下のユニットを場に出す。

 これは条件を満たしたユニットがデッキにさえ居てくれれば、底まで掘り進めれば必ず到達するので場には絶対に現れてくれる。

 何らかの理由でこの行為を行わない事も出来るが、大抵のエトランゼプレイヤーはこの行為を行うのが基本である。


 再びケースからカードが飛び出す。

 これが最初の戦線を支えるユニットになる。

 今ならリッピかフェンリルだな、それ以外にユニットは居ないだろうし、居たなら今までのリッピの行動からして、既に俺の前に現れてるはずだ。

 呼んでもいないのに勝手に現れるし、勝手に消えてるし。

 ……フェンリルなら攻撃性能に期待出来るが、後々を考えるならリッピが出た方が助かるが――

 そんな事を考え、手札に目線を落としていた時であった。

 目の前に、ファーストユニットが現れた。


「――出れた」


 彼女はポツリとそう一言、述べた。 


 背丈と比べて大きめの、先が折れ曲がった黒いとんがり帽子。

 全身を包み込む黒いガウンに、そこからチラリと覗く紺色の上着と、青と黒のチェック柄があしらわれたミニスカート、そこからすらりと伸びた足には黒いニーソックスが穿かれており、僅かに垣間見える絶対領域が眩しい。

 手にした巨大な魔導書からは薄っすらとだが仄暗い光が放たれ、時折弾けるように現れる黒い粒子からは、余り健全な印象を抱かない。

 その見た目から魔女だという印象を抱くが、その想像通り、彼女は魔の法を操る使い手。

 毛先が軽く内側に跳ねた、セミロングの青い髪に、それと同じ色をした透き通るような瞳。

 眠たそうな印象を抱かせる半目が特徴的だが、これでもちゃんと起きているのである。

 セミロングの髪で普通ならば耳は隠れてしまうのだが、彼女は髪の合間から尖った耳が飛び出しており、彼女が人間ではなくエルフという種族であるという印象を強く抱かせる。

 事実、カードの種族設定もエルフであり、その一風変わった種族設定の彼女には何度もお世話になった。色んな意味で。


 リッピやフェンリルとは違う。

 多少構図や角度が違った所で、見間違う訳が無い。

 それ程長く、俺はこのカードを使い続けたのだから。


「書架の魔女 ダンタリオン……」

「こうして話すのは初めてだね、主人(マスター)


 無表情で分かり辛いが、ほんの少しだけその表情が和らいだような、気がする。

 そういえばカードイラストでも表情変えてるイラスト全然無かったな。

 やっぱり基本的に無表情なのか。


「色々話したい事はあるけど――アレ、片付けるんでしょ?」


 目の前に突如現れたダンタリオンに警戒心を抱き、様子を伺う黒い獣――邪神の欠片を指差し、ダンタリオンはまるで目障りな害虫を叩き潰す程度の気軽さで言ってのける。

 そうだな。何はともあれ――あんなのが居たんじゃ、落ち着いて話も出来ないからな。


 ――倒すぞ。

カードのヒロインその1登場

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