97.苦境
――海上に浮かんでる船の数に対し、ユニットの数が少ない。
恐らく、何隻かまとめて一つのユニットとして計算されているのだろう。
だが、いや、それでも。
この性能で数の暴力、何の準備も出来ていない1ターン目から相手しなければいけないのは――辛い所の騒ぎじゃない。
あの戦艦集団、一つがマナコスト5のユニット限界ギリギリみたいな性能してんぞ。
そんなのが群れで来て、こっちはツアーガイド一人だけかよ。
いや、ツアーガイドが弱い訳じゃない。
こんなもん、大抵のデッキはキツいだろ。
何より厄介なのは、数とパワーだ。
数だけ多いなら何とかなる、パワーが高いだけでも、やっぱり何とかなる。
数だけ押しは高打点のユニットを立てれば突破出来ずに止まるし、パワーが高いユニットがポツンと立ってるだけなら、それを全力で除去すればそれで終わらせられる。
だけど数居るのにパワーまで高いのは、滅茶苦茶しんどい。
おまけにあの破壊耐性だ、全体破壊をぶちかましてもそれ一回じゃ耐えられない。
仮に盾の天罰の火発動に成功したとしても、破壊耐性が邪魔して、それだけじゃ倒せない。
そもそも、その破壊効果すら通らない訳だが。
これを相手に死なずに生き残れってのは、骨だぞ。
もしここで不運が最大限に仕事でもしようものなら――マジで負けるぞ。
……そう言えば、この世界の人達でも邪神の欠片を倒せない訳ではないって、エルミアが言ってたな。
成程、あの性能を見ればそれも頷ける。
今まで出遭った邪神の欠片とやらも、今目の前に居る脅威と対峙したとしたら、1ターンで葬られる。
こんな戦力が自国を守っているのであらば、グランエクバークの人々は枕を高くして眠れるだろうな。
これからそんな戦力を相手にして、全滅させろとは言わずとも、撃退せねばならない訳なんだが。
このデッキ、この手札でか。
確か、グランエクバークの戦艦やら何やらはこの世界に居たっていう過去の勇者様の置き土産とか何とか言ってたか?
それがあるからこそ、勇者が居なくなった状態でも、この世界の人々は邪神の欠片とも戦う事が出来ている。
つまり、今目の前に居るのは――邪神の欠片すら葬り去れる、強大な軍事力という事。
そんな事を、排出されたカードをドローしながら考える。
ドロー出来たって事は、俺が先攻か。
このデッキ、先攻いらないんだけどなぁ。
「マナゾーンにカードをセット、疲弊させて黒マナ1を得て――マナの代わりに手札を2枚捨てる事で、手札から永続呪文、戦力の逐次投入を発動」
相手の盤面は、強い。
だがこちらの手札は、先程のマリガンの甲斐もあり、かなり強力な手札になっている。
特に、初手で戦力の逐次投入を引き込めたのがデカい。
コレを引かないとこのデッキは何も出来ないからな。
それ以外の手札も、優秀な防御札ばかりだ。
そう、優秀な防御札ばかりなのだ。
カードゲームにおいて、良い手札というのは原則大歓迎だろう。
だがこのデッキにおいて、初手全てが優秀なカードというのは、少し宜しくない。
その手札を、2枚捨てなければならない。
捨てなければ良いとは言うが、このデッキは戦力の逐次投入をどれだけ早く発動するかが勝負の鍵なのだ。
初手で握ったのであらば、使わないという選択肢は無い。
だから捨てて発動、それは確定事項だ。
だが捨てた事により、デッキ内に存在する優秀な防御札が2枚削れる事になってしまった。
デッキ内の有能防御カードの濃度が下がるのは頂けない。
一番理想なのは、戦力の逐次投入のコストとして手札のサーチカード、事故札、もしくは2枚目の戦力の逐次投入を捨てて発動という流れ。
これならば、デッキ内の防御札比率が高いままだからな。
だがこの辺りにグチグチ言っても仕方ないだろう。
初手としては80点以上の手札なのだ、これでやるしかない。
「そして戦力の逐次投入を疲弊させ、効果発動」
名称:戦力の逐次投入
分類:永続呪文
プレイコスト:黒赤
文明:赤
マナシンボル:○
カテゴリ:戦術
このカードをプレイする場合、マナコストの代わりに手札を2枚捨ててもよい。
1:【起動】【コスト】このカードを疲弊させる
【効果】自分のデッキからユニット1体を選択して召喚する。この効果で召喚されたユニットのパワーは1000となり、効果は無効となり、疲弊状態で召喚される。
2:【強制】【条件】このカードがフィールドを離れた時
【効果】このカードの効果で召喚されたユニットを全て破壊する
「デッキからユニットを1体召喚する」
空が、歪む。
朧な巨影。
空に浮かぶ岩塊のような姿が、さざ波のように揺らいだ。
デッキから呼び寄せたるは――このデッキの最終防衛ラインにして、最大の防壁。
だがその姿は、余りにも儚く、一息で吹き消されてしまいそうな程に、脆い。
そう、これこそが戦力の逐次投入を使う最大の利点。
ユニットを1体、デッキから召喚する。
どんなユニットであろうと、召喚出来る。
それこそプレイコストが10だろうが20だろうが100だろうが、マナコストをガン無視して、デッキからいきなり召喚可能。
これだけ聞くと、ぶっ壊れカードのようにも思えるが、そうではない。
「但しこの効果で召喚したユニットのパワーは1000となり、効果は無効、疲弊状態となる」
代償として、そのユニットは弱小ユニットと化す。
パワー1000は1マナで呼び出したユニットに容易く狩られる数値であり、戦闘に用いる事は不可能。
効果が無効にされるので、強力な効果を利用するという活用法も不可能。
挙句疲弊状態になるので、壁にすらならないという、三重苦を背負う。
呼び出すユニットは、決まっている。
戦力の逐次投入の効果で、デッキからユニットを召喚する。
この時、デッキを触るから、その内容を即座に確認。
確認すべき点はただ一つ、この状況でも生き残れる手段の検索。
確認し――大きく息を吐く。
良かった。
首の皮一枚だが……絶対守護障壁が、一枚欠けてる。
デッキにも手札にも無い、つまりエトランゼにおける最上級レベルの延命カウンター呪文が盾に埋没してるって事だ。
アレが割られたなら、1ターンの安全はほぼ保障済み。
理想は、2枚以上盾に埋没してる事だったのだが。
それならば、生存確定なのだが――1枚、か。
しょうがない、やるしかないんだ。
「そして呼び出したユニットに対し、異次元ツアーガイドの効果発動。2ターン目のリカバリーステップまで追放する」
「はいはーい、異世界へご案内でーす!」
空に浮かぶ巨影が、吹き消したかのように姿を眩ませた。
ツアーガイドの効果で、異世界――追放ゾーンへと移動させられたのだ。
このデッキにおける理想的な動きだ。
2ターン後、生きてたらまた会おう。
アレを全部相手にして、計2ターン生き残る。
それが必要ならば、成すだけだ。
「俺はこれで、ターンエンド」
ターンエンドを宣言する。
再び、時が動き出す。
刺すような敵意を感じる。
そしてそれは気のせいではないのだろう。
自国の重鎮を殺されて、黙っている訳が無い。
挙句自国の領土を不法占拠してるのだから、報復は当然だ。
彼等に恨みは無いし、悪いのはこちらだというのは分かってるけど。
それが必要だから、降り掛かる火の粉は振り払う。
立ち昇る白煙。
遠目だから俺の目では見えないが、恐らくミサイルが発射されたのだろう。
それを証明するかのように、その白煙の軌跡は弧を描きつつ、こちらに向けて勢いを増していく。
爆炎と白熱が周囲一帯を薙ぎ払うように飲み込んでいく。
生身の人間がこんなモノに晒されたら、あっという間に炭になって終わりだろう。
だが今は、目を焼く程の眩しさがあるだけで、そうはなっていない。
盾がある限り、プレイヤーに直接ダメージは入らない。
効果ダメージや直接攻撃能力持ちという例外はあるが、そんな能力は相手には備わっていない。
俺に対する攻撃なのかと思ったが、盾が割れていない。
ツアーガイドが狙われている訳でもない。
では一体何が狙われているのかと思えば――戦力の逐次投入が破壊されていた。
さっきの爆撃は、呪文カードを割る効果の方という事か。
この永続呪文こそが、このデッキにおけるキーカードの一枚。
これがあるか無いかが、勝敗を決する分岐点になる程。
だから見逃してくれないかな、とか考えたのだが……相手も馬鹿ではないから、案の定破壊されてしまった。
だが一枚目が割られるのは想定の内。
"先鋒"は既に送ったぞ。
攻撃の勢いが、更に増す。
空母に積載されていた艦載機が、こちらに向けて飛来した。
途切れぬ白炎。
飽和攻撃で何もかも押し潰す気なのだろう。
そして、ツアーガイドにその殺傷力が向けられた。
それは御勘弁を。
「ツアーガイドの効果発動。自分のユニット1体を選択し、2ターン後に追放する。この効果で、ツアーガイド自身を追放する」
異次元ツアーガイドを狙われているので、自身の効果でツアーガイドを退避させる。
「えっ? 良いんですか? 遠慮なく尻尾巻いて逃げますよ?」
「良いぞ、今はお前が攻撃に晒されるべき局面じゃない」
勝手に逃げられたら困るが、俺が逃げろと言って逃げる分には一向に構わない。
ツアーガイドのすぐ側の空間が裂け、その亀裂の中にツアーガイドが飛び込むと、即座にその亀裂が元に戻り、姿を眩ませた。
「その攻撃は、盾で受ける」
まあ、これが最善手だろう。
ツアーガイドが今破壊されるのは不味いからな。
だったら俺自身が矢面に立つだけだ。
1枚、破壊された。
ここには居ない。
2枚目、これも違う。
盾が、紙くずの如く破られていく。
だがこれ位は仕方ない。
俺はここで、5分の4の確率を乗り越えねばならない。
この盾に埋没しているカウンター呪文、絶対守護障壁。
さっき逐次投入でデッキに触れた時、1枚無かったから、ここにあるのは知ってんだよ。
3枚目――これも、駄目か。
4枚目までに、絶対守護障壁が眠っている盾が割れればセーフ。
だが――最後の1枚のパターンだけは、駄目だ。
そのパターンは、アウト。
俺はこのターン、盾を1枚残した状態で終えなければならない。
そうでなければ、残りの手札では生き残れない――!
来い、4枚目――
「……カウンター呪文、絶対守護障壁発動」
80%の確率を、乗り越えた。
ユニットは戦闘で破壊されず、自分が受ける全てのダメージは0、このターン限りの絶対的な防御カード。
首の皮一枚、だが。
これで、1ターン生存確定。
だがここからは、相手の出方と残りの手札次第――!
デッキから、カードが排出される。
再び訪れる、俺の時間。
「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、ツアーガイドの効果発動。追放されているこのカードを自分フィールドに戻す。その後、メインステップ」
ツアーガイドが再び、空間の裂け目から身を投じ、この世界に戻って来た。
異次元ツアーガイドの効果で追放したユニットは、2ターン後に帰還する。
だが、まだ2ターンは経っていない。
なので、その効果ではない方で戻って来たのだ。
3:【速攻】【条件】自分のリカバリーステップ時、このユニットが追放されている
【効果】このユニットを自分フィールドに戻す
ツアーガイドの第3効果は、どういう経緯での追放であれ、リカバリーステップに戻って来れる。
それは勿論、自身の持つ第1効果による追放でもだ。
これを利用し、2ターン先を待たずにフィールドに呼び戻した。
「こ、こんなの――私、死んじゃうじゃないですか!?」
地面に残った爆撃痕を目の当たりにし、青褪めるツアーガイド。
いやー、土砂以外見事なまでに何もねえな。
地面以外は全部燃えたか吹き飛んでしまった。
こんなもん、直撃してたら即死だろ。
「マナゾーンにカードをセット、疲弊させ黒マナ1青マナ1を得る」
とはいえ、今の俺に出来る事はこれ以外何もない。
「ターン、エンドだ」
残り手札、7枚。
残りの盾は、1枚のみ。
もう、絶対守護障壁には頼れない。
死線を越えて、尚も苦境は続く。




