95.根こそぎ略奪
「――もっと鉄は無いんですか!?」
「後は鉄筋コンクリート製のこの館をバラす位ですね。ですが、それは最後にした方が良いと思いますが?」
「一応、ここで旦那様は生活してる訳だからな。仮にするにしても、それは最後にするべきだろう」
ドリュアーヌス島に留まってから、早二週間。
宇宙の技術者 マティアスを中心にしながら、カード達は目まぐるしく目の前を行き来していた。
俺が寝てる最中も動き続け、そして疲れても一度実体化を解除して再度実体化すれば精神面はともかく、肉体面は完全回復なので、嘘偽りなく一睡もせず働き続けている。
先日、急造した木造船ではあるが、その船を使って捕えていた捕虜を解放した。
捕虜達を解放した理由は、簡単だ。
鉄が、必要なのだ。
彼等を拘束するのに使っていた手錠や牢屋、あれは全部鉄だ。
あの鉄も全部使う。
そうなると縄位しか拘束する手段が無くなるが、拘束具が鉄じゃなくなると何かしらの方法で切って脱走されそうだ。
脱走される位なら、こっちから解放しようという訳だ。
そもそも、拘束し続ける理由もイマイチ無いからな。
適当な頃合いで解放するのは最初から決めてたし。
「どれだけここで鉄をガメておけるかが肝要ですからね! 質なんかどうでも良いからとにかく数! 重量です!」
マティアスは何やら地下に空間を作って、他のカード達がそこに素材をせこせこと運び込ませ、造船に勤しんでいるらしい。
以前破壊した戦車や船、果てには館の中にあったフォークやスプーンまで。
鉄なら何でもいいらしい、戦時中の日本か何かか?
何が出来るのか、何が出来ないのか。
それを調べる為に、カード達の要望に応じて色々な実験を行った。
その内の一つが、カードから切り離された物体の残る・残らない問題の再調査だ。
以前にも調べた事だが、今回はそれをより突き詰め、結果的にこうなんだからこうだろうという、あやふやな状態ではなく、完全な答えとして導き出した。
今までとは違い、今は機械という、ある意味では自由に分割出来るカードが戻って来た事で、この世界に残存する・しないの問題には一応の結論が出た。
3割だ。
3割がどうも、この世界における限界値らしい。
カードを構成する要素の3割までならば、切り離した状態で実体化を解除しても、そのまま残して置ける。
また、どうもこの世界の物質が混入した場合、切り離した3割分がリセットされる模様。
どういう事かと言うと、例えば最終兵機神 リアクター・ドラゴンを実体化させ、それを分解。
右足部分を残したまま実体化を解除すると、右足部分は残りっぱなしだ。
その後、再度実体化すれば元に戻るのは前からと変わらない。
再び同様の手順で最終兵機神を解体し、同一部分を残すと再び残る――訳では無いようだ。
これだと総合計量が3割を超えた判定になるようで、二度目に解体した部分は消えてしまう。
つまり、以前ビリーが何丁も空の拳銃を投げ捨てて地面に転がしていたが、アレは無限に増え続ける訳ではなく、限界があるようだ。
しかし、最終兵機神から切り離した部品を溶かし、この世界の金属と混ぜ合わせてインゴット化。
その後、再度実体化させて部品をバラすと――それは残る。
この世界の金属と混ざった時点で、カードから切り離された物ではなくこの世界の物になった判定、という事なのだろうか?
多分だが、俺がカードによって生成した食事を取って、その後食事を生み出していたカードの実体化を解除しても、食べた物が元に戻らないのと同じ理屈なのだろう。
消化吸収、完全に混ざってしまったモノは戻しようが無いという訳か。
その溶かして混ぜて残せる判定も、やはり3割の模様。
だが3割を超えると、切り離されていたモノでも実体化解除と共に失われてしまう。
以前、リッピの羽根やらダンタリオンの服やらビリーの銃やら、そのカードから離れた物がそのまま残り続けているのを何度も見たが、アレはそのカードを構成する要素の3割未満だから残り続けた、という訳だ。
そしてダンタリオンの本は残らなかったのは、アレがダンタリオンという要素を構成する比率で言えば3割より大きかったから、なのだろう。
この事実が判明した事で、マティアスが今作っている船とやらで出来る事がある程度定まったらしい。
3割までは、切り離して残しておける。
つまり、残りの7割はこの世界の素材を使って造船せねばならないが、逆に言えば3割は使って良いのだ。
開いた口が塞がらない程にぶっ飛んだ性能を有した、機械系カード達の部品を。
他のカードは一旦置いておいて、最初に思い浮かんだカードでも最終兵機神がある。
アレは設定上、全部が核動力を搭載している兵器だったはずだから、アレから動力部を取り出してしまえば、船に原子炉を積める。
原子炉で動いてる乗り物なんて、地球じゃ潜水艦とか空母位だぞ、船の動力としては反則も反則だろう。
それをどうやって船に組み込むんだっていう技術的な問題は、マティアスが全部解決してくれる。
名前の頭に宇宙の技術者と書いてあるのは、飾りではないのだ。
電子機器所か造船までやってしまうのは、天才ってレベルじゃないだろとは思うが。
「アサルトホライゾンからIEコアを切り離せたのはビックリしましたけど、エネルギー問題解決しても船の大きさはどうにもならないんですよ。主任の寝床がみすぼらしい小舟にならない為には、鉄がどれだけあっても足りませんからね!」
「何回も言われなくても分かってるわよ」
テンション上がり切ったままの状態で、マティアスがダンタリオンに捲し立てる。
言われるがままに機械系ユニットを召喚して、それをマティアスがバラして船へと変換していくが、それでも鉄が足りないらしい。
色々急造で危ないから造船所には入ったら駄目と言われているので、どんな船を作っているのかは知らないが、まあカード達が作った船ならばそう酷い事にはならないだろう。
俺なんぞよりよっぽど有能揃いなのだけは間違いないからな。
屋敷に根差して、ただただ日を明かす。
カード達から要望があれば、そのカードを召喚や発動して、それ以外は何もする事が無い。
囚われていた女性達に関しては、屋敷の中でなら好きにしてて良いが、特に理由が無いのであらば、取り敢えず俺と同じように屋敷に居て貰っている。
故郷に戻りたいというのは理由として十分なのだが、今すぐ何とか出来る問題ではない。
元の居場所に帰りたいというのであらばそれで構わないし、帰る為の準備はしているが、今すぐ片付く問題でもないので、今しばらく時間が欲しい。
そう伝えてあり、今の所は特に混乱は起きていない。
時間が経てば、彼女達の正常な思考も戻って来るだろうしな。
時々、尋常じゃない位島の周囲の天候が荒れる時があるのだが、どうやらダンタリオン、バエル、マーリン辺りが手を組んで天候を操作しているようだ。
何でそんな事をしてるのかと聞いたら、偵察の目から逃れる為らしい。
飛行機が接近不可能な程に天候を荒れさせて、穏便にお引き取り願っている、との事。
まあ、俺達がここを占拠している以上、通信途絶だろうからなあ。
その状態が長々と続けば、そりゃ様子見に偵察機も飛んで来て当然か。
そんな調子でお引き取り願い続けていたのだが、どうも何時までもそうも行かないようで。
「主人、少し良いですか?」
「どうしたダンタリオン?」
「敵です。今回ばかりは、今までのように追い返すのは無理です」
戦艦が何十隻も、このドリュアーヌス島を包囲する形で布陣を開始しているらしい。
その戦艦には、グランエクバークが誇る五大貴族――筆頭、エクバーク家の紋章。
まあそもそも、そんな紋章が無くともアレはグランエクバークの国軍だというのは一目瞭然だね、と、ダンタリオンは言っていた。
どうも国が直々に腰を上げて、いよいよ本格的に俺達の事を殺りに来たようだ。
俺も、船が完成するまでずっとこのままなぁなぁで済むと良いな、何て考えては居なかったしな。
こうなるのは時間の問題だった訳で、その時間とやらが遂にやって来たという訳だ。
年貢の納め時、って奴だな。
「追い返せない、逃げる準備も出来ていないとなれば、殲滅する他無いな。さあ盟約主、この我に命ずるが良い! 全ての敵を薙ぎ払えと!」
まあ、その時は戦うしかないなとは漠然と考えてた。
大義はあっちにあるし、俺達はどう足掻いても賊側だ。
こうなった以上、絶対にあっちは退かないだろうな。
「じゃ、行くか。デッキも沢山用意したしな」
「――ん?」
「えっ、私達じゃなくて主人が行くんですか?」
「うん」
折角デッキを何個も作れたのに、戦う機会を逃すのは惜しい。
「あの、主人がわざわざ前線に出る理由、無いと思うんですけど」
「デッキ使いたいからな。理由はそれじゃ駄目か? お前等が駄目って言うなら、諦めるけど」
「……いえ、主人がそうしたいと仰るなら、止める理由は無いです」
ダンタリオンとバエルが無言で顔を見合わせた後、ダンタリオンがそう言った。
「さて、ただどのデッキで行ったものか――」
使いたいデッキの候補は、複数ある。
どれもちゃんと考えて、今のカードプールでも動かせるようにした構築が出来ている……はずだ。
「えい」
なので、サイコロで決める事にした。
1~6で、どの目が出たかで使うデッキを決める。
「よし、じゃあこのデッキにしよう」
「え……? そんな決め方で良いんですか主人……?」
「大丈夫大丈夫」
微妙に不安そうな表情を浮かべるダンタリオン。
どのデッキを使おうが、負ける時は負けるんだ。
利点欠点がどんなデッキにもある以上、デッキ選択で悩む位ならば、運に委ねてしまおう。
負けたら死ぬ?
どのデッキで負けても、悔いなんて無いからな。
だったら、どのデッキでも同じだろう。
「バエル」
「ほう、そうか――遂に我の出番という事だな盟約主? さあ、この我に命ずるが良い! この世の全てを蹂――」
「この度は採用を見送る事となりました、72魔将達のご健闘をお祈り致します」
「何だそれは!?」
バエルの足元に居た猫が項垂れた。
採用候補には居たんだけどね。
72魔将デッキはまたの機会だな。




