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94.本音と建前

 グランエクバークは、科学によって発展した国家である。

 その技術力はこの国が保有する戦艦からも見て取れ、現代地球の先進国と比較してもなんら劣らない。

 それ程の技術水準を誇る国である為、ラジオやテレビ放送程度であらば、既に民衆レベルにまで浸透している。

 

「――この放送を見ているロンバルディア国民の諸君。私は、このグランエクバークを統べる偉大なる皇帝陛下の親族、第三皇子のアレハンドロ・グラン・エクバークだ!」


 アレハンドロは国営放送局に掛け合い、この演説が国内全てに流れるように指示を出した。

 今、この国に起きている窮状を知らしめる、という名目である。


「今、この国は未知の脅威に晒されている! 我が国の領土を、自らの版図に取り込もうとする卑劣な侵略者が今、ドリュアーヌス島を武力によって不当に占拠している!」


 この内容は事実であり、既にグランエクバークの軍人全てに周知されている。

 出立の直前にアレハンドロが情報統制を解除したので、一部の民衆にも話は伝わっているだろう。

 このタイミングならば、もう出し抜かれる恐れも無いというのが理由の一つとしてあるのかもしれない。


「挙句、その際に発生した戦闘に巻き込まれ、シャール家当主であるヴィンセント・シャール殿が死亡したとの報告が入っている。彼は、我が国における財政面を担う有能な文官であり、彼の喪失はこの国にとって大きな痛手だ。私もまた、彼の死に心を痛めている」


 沈痛な面持ちで、アレハンドロはヴィンセントの死を悼む。

 それは、アレハンドロにとって良くも悪くも本心であった。

 建前としては、この国の経済を支える柱としてヴィンセントは確かに有能だったのだ。

 そして本音としては、自らの権力を支える強力なパトロンが失われてしまった。

 嘘偽りのない言葉であるが故に、その口調にも強く感情が現れており、この弁に熱意と説得力を持たせていた。


「侵略されたドリュアーヌス島は、砂粒一つに至るまで、我が国の所有物であり、ひいては国民の所有物である。例えシャール家の物でなかったとしても、その土地は国民の誰かが住まい、温かな家庭を築くはずだった場所だ。国民の血が流れた挙句、その貴重な財産が侵略者によって奪われる。これは、断じてあってはならない事だ!」


 片手で机を強く叩くアレハンドロ。

 言葉だけでなく、動作によって自らの怒りを強く表現しているのだろう。


「私は今、この国を預かる貴族としての責務を果たすべく! 勇敢なる兵士諸君と共に、ドリュアーヌス島を奪還する為に進軍を開始している!」


 この言葉は本当である。

 アレハンドロは自らの手勢を率い、その旗艦に乗り込み、自ら最前線に向かっていた。

 替えの利かない人材が戦場に立つと言ったら、殴ってでも止めるべきであるが、アレハンドロは第三皇子であり、兵士や民衆程ではないが、替えの利く人材ではある。

 仮にこれでアレハンドロが戦死したとしても、まだ他に後継者は居るのだから。


「これは、侵略者から国土を守る為の防衛であり、我が国を支え続けてくれたヴィンセントと、亡くなられた兵達に捧げる弔い合戦だ!」


 国の重鎮でありながら戦場という危険な場所に向かう愚か者か、奥でふんぞり返って指示を出すのではなく、兵と共に肩を並べて戦う勇士か。

 その二つの評価を天秤に掛け、後者の方が都合が良いと判断したのだろう。

 確かに危険だが、グランエクバークという国は世界最大の軍事国家である。

 邪神の欠片を中心として幾度と無く戦場に身を投じ、常勝無敗、幾多の戦いに勝利して来た最強の国。

 此度の戦いも、また勝利して戻って来るだろう。

 アレハンドロはそう確信していた。


「今こそ私達は、武器を取り立ち上がらなければならない! 私達の権利を、先を生きる子供達の未来を守る為! 私達は修羅となりて、侵略者を討ち滅ぼす! 草の根掻き分け、容赦なく、鉄槌を下す! これは聖戦である! この戦いに勝利し、グランエクバークに再び平穏を取り戻す事を誓おう! このアレハンドロ・グラン・エクバークがこれだけは、命に代えても果たして見せる!」


 これには、アレハンドロの本心も含まれているのだろう。

 民の気持ちを汲み取り、力を持つ者としての責務を果たすべく動く。

 その在り方は、民にとって羨望の眼差しを向けるに足るだけのモノがあるのだろう。


 ならば何故、自分の息の掛かっている手勢だけで向かうのか。

 万全を期すならば、軍閥の垣根を超えて、他の部隊とも合同で動き、確実に敵を仕留められるようにするべきだ。

 敵の正体が不明な現状、勝てる確率は少しでも上げるようにするのは当然の考え。

 だが、それをしない。

 アレハンドロは、あくまでも自分の力だけで侵略者を撃退したという功績が欲しいのだ。

 それを他の後継者候補に横から掠め取られる事だけは、断じてあってはならない。


 本音と建前が複雑に絡み合ったアレハンドロの言葉は、大衆にとっては熱意に燃える憂国の士に見えるだろう。

 それもまた、アレハンドロの計算の内か。


「――兵達に告ぐ」


 民衆に向けての演説を終えた後、アレハンドロは実際に武器を取る、兵達に向けて言葉を述べる。


「祖国を守れ、とは言わない。君達の守りたいモノを守る為に、尽力せよ」


 それは、先の演説と比較して非常に短く、とてもシンプルなモノであった。

 その言葉を受け兵達は、ある者は雄叫びで、またある者は敬礼で答えるのであった。




「――良く口の回る皇子だね、私も人の事は言えないが」

「レイヴン少将、周りに聞こえますよ」

「聞こえやしないさ」


 操作パネルと液晶モニターの光が輝く船内。

 兵達の間で渦巻く熱狂の中、平時と変わらぬ態度でポツリと漏らすレイヴン。

 そんな上官の態度を、失礼にならない程度に諫めるテレジア。

 

「権力闘争に巻き込まれる私達の身にもなって欲しいね。その事実に気付いている人が、一体どれだけこの国に居るのやら」

「アレハンドロ皇子の言っている事は全て当然の正論では?」

「正論というのは実に厄介だ、何しろ難癖付けても非難されるのはこっちだからね。だって相手は、正論なんだから」


 座席に深く腰掛けつつ、テレジアから差し出された紅茶で口を濡らすレイヴン。


「言ってる事は実に正論なんだが、行動が適切とはとても言い難いね。ドリュアーヌス島に詰めていた兵力はアレハンドロ皇子も把握している筈だ。私ですら調べられたのだから、シャール家と蜜月の仲であるアレハンドロ皇子ならば猶更だ。それが全滅となれば、国家の一大事なのは間違いない。なら、私達だけでなく第一皇子達も含め、軍閥の垣根を超えて事態に当たるべきだろう」

「……これでも不足ですか?」

「数として見るならば、今回投入した編成は全滅したドリュアーヌス島に駐在していた戦力の、大体3倍程度だな。単純な人と人の戦いで言うならば、3倍も居れば十分なのだろうが……私個人の意見であらば、不安でしょうがないね」

「流石に杞憂だと思いますが」

「だと良いがね」


 心配し過ぎだと断じるテレジアに対し、言葉を濁すレイヴン。


「鬼が出るか蛇が出るか、という言葉があるが……今回ばかりは、鬼より厄介なモノが出てくるとしか思えんな」


 ドリュアーヌス島を襲撃したという人物に関して、未だ情報は無い。

 断片的な情報から敵の正体を探るのが限界であり、特定には至らない。

 だがレイヴンは勘ではあるが、ドリュアーヌス島を占拠した犯人の正体を推定していた。

 館内アナウンスのスイッチを入れ。


「――乗組員に告ぐ。これから我々は、我が国の領土を侵略した無法者を討ちに行く。例え敵が何者で、どのような事情を抱えていようとも、侵略者である事は変わりがない。普段の訓練通りに動き、兵士としての務めを全うせよ」


 そう、述べた。

 例えレイヴンの予想通りだったとしても、法を犯した罪人である事は決して変わらない。


「大方の予想は付くが……断定こそ出来ないが、出来ればこのまま、大人しく死んではくれないものかね」


 窓越しの海原に目を向けつつ、これから訪れるであろう危難を察し、小さく溜息を吐くレイヴンであった。



―――――――――――――――――――――――



 空母、戦艦、駆逐艦――大小合わせ数十もの大艦隊。

 アレハンドロ第三皇子の指揮の下、ドリュアーヌス島へ向け、晴天の大海原を行く。

 どう見ても嵐など起きようはずが無い――だというのに、ドリュアーヌス島に接近した途端、唐突に荒れ始める天気。

 雷雲が雷雨を呼び、吹き荒ぶ風はドリュアーヌス島へ近付けさせないという意思を持っているかのように、常に向かい風。

 自然現象では到底説明出来ない、作為を感じる天候変化。


「な、何だ!? 急に天気が変わったぞ!?」

「これは科学では説明が付かないな、どうやってるのかは知らんが、魔法の類なのだろう――さて、ここまでは事前の情報通りか」


 旗艦――原子力空母 ジルコニア。

 アレハンドロ第三皇子と、シャール家の子息であるオーベルハイム・シャールは、この空母に乗り込んでいた。

 激変した天候に浮足立つオーベルハイムとは対照的に、アレハンドロはドッシリと腰を据えたまま微動だにしない。

 どちらも戦地へ同行する二十代の若者という点は共通しているが、性格の違いを抜きにしても、落差が酷い。

 ぬくぬくとドラ息子をやっていた男と、権力争いで時に死線すらくぐった事もある男の違い――という事なのだろうか?


「こんな急激に天候を変える魔法なんて、見た事も聞いた事も無いぞ!? ほ、本当に大丈夫なんだろうなアレハンドロ皇子!?」

「ええ勿論です。私とオーベルハイム殿の力があれば、この世界に敵など存在しませんとも」


 荒れた天候の中、機関をフル稼働させてドリュアーヌス島へと接近する艦隊群。

 例え嵐だろうとも、過去の勇者が遺した、現代地球の最新鋭の戦艦となんら見劣りしない戦艦ならば、鈍足なれども進む事は可能。


「ヴィンセント殿の仇を討ち、勝利の凱旋と行きましょう。その暁には、私達は英雄です。次期頭首の座は確約されたも同然でしょう」


 オーベルハイムは、ハッキリ言ってこの場においては完全な役立たずである。

 それは浮足立った様子からも見て取れる。

 だというのにこの場に同行しているのは、自らの父を殺めた下手人をこの手で討つという、錦の御旗の役割が与えられているからだ。

 そして、自ら戦場に立ち、命を危険に晒してでも勇猛に戦ったという、箔付けである。

 この箔付けに関しては、アレハンドロとオーベルハイムの利害は完全に一致していた。

 第一皇子が留守の間に、国の一大事という事件に立ち向かい、それを颯爽と解決する。

 その事実が民衆の間に広まれば、アレハンドロとオーベルハイムの評価がうなぎ上りになるのは想像に容易い。

 亡きヴィンセントの跡をオーベルハイムが継ぎ、第一皇子を蹴落とし、アレハンドロが王座に収まる。

 そうなれば、このグランエクバークを統べるのはこの二人という事になる。

 そして世界最大の軍事国家の王になるという事は、それ即ち世界の王と同意義であろう。


「ドリュアーヌス島、射程圏内に入りました」

「よし、全艦攻撃開始。攻撃目標、ドリュアーヌス島! あの島を平らにしてやれ!」


 攻撃開始の宣言をするアレハンドロ。

 嵐の中では、戦闘機が飛ぶのは難しいかもしれない。

 だが、ミサイルであらば嵐程度は問題にならない。

 仮に嵐が原因で多少目標がズレるという事が発生したとしても、これから行う攻撃は、ドリュアーヌス島への絨毯爆撃だ。

 何処に敵が隠れているかは分からないが、隠れている場所はドリュアーヌス島である事は決まっている。

 ならば、島全てを爆撃してしまおうという魂胆だ。

 それでも嵐を維持し続けるならば、遠慮なく遠距離から、一方的に攻撃。

 爆撃がうっかり当たろうものならば、例え歴史に名を刻む英雄であろうとも、タダでは済まない。

 爆撃の嵐に耐え切れず、嵐を起こすのを止めるのであらば、その時は艦載機と共に一斉攻撃を仕掛ける。

 入念な計画が、アレハンドロの中にはあった。

 

 仇討と野心を燃やす、オーベルハイムとアレハンドロ。

 彼等の権力と財力をフルに活用し、他国と戦争になったとしても十分に勝負できる程の大艦隊を形成した。

 仮に世界に名を轟かせる英雄の誰かが下手人だったとしても、これだけの戦力であらば、無傷とは行かないまでも、圧勝出来る。


 それがもし、勇者であったとしても。


 アレハンドロはそう確信していた。

 そして、それは自惚れでは無く、れっきとした事実であった。

 世界最大の軍事国家、その最高権力者に近しい二人が招聘したとなれば、その軍事力は並みでは済まされない。



 だが、アレハンドロは気付いていなかった。

 これから自分達が立ち向かう相手は、英雄でも――勇者ですらない、という事を。

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