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#4.カード達の願いと欲

 カード達が持つ固有の空間と、何処までも続く黒一色の世界。

 闇の水面に漂う木の葉のような、カード達の世界――精神世界。

 この空間では、カード達は触れ合う事は出来ないが、互いに言葉を交わす事であらば可能だ。


「――やはり、私は反対だ」


 エルミアとリズリアを除く――元々昴と共に居たカード達が会したその場で、アルトリウスが口を開いた。


旦那様(マスター)にはこれ以上、この世界と関わらせない方が良い」


 それは前々から、アルトリウスの懸念事項であった。

 この世界は、命が軽過ぎる。

 カード本体が無事である限り、死が死にならないカード達自体は、それを何とも思わないだろう。

 ある意味ではこの世界よりも、命が軽いから。

 だが日本で暮らし、命の軽い世界と距離を置いていた昴にとって、この世界は負担に成り得る。

 それでも、昴の心が何の問題も無い、元気な状態であらば、ここまでアルトリウスが心配する事も無かっただろう。

 しかし今の昴の心は、傷付き疲弊し、心の(はり)が悲鳴を上げているような、ボロボロの状態だ。

 命が失われるという、強いストレスを受けるような環境では、今後どうなるか分かったモノではない。

 少なくとも、このような過酷な環境では、悪化はしても改善はしないだろう。


「邪神の欠片だか何だか知らないが、何故わざわざ旦那様(マスター)がそのような事を、身を危険に晒してまでせねばならないのだ」

「反故にするという事か?」

「そうは言わん。だが、旦那様(マスター)が最前線に出る必要は無いという事だ」


 リッピの問いに対し、自らの考えを提示するアルトリウス。


「そんな事は、旦那様(マスター)自らせずとも、私達の内の誰かがやれば良い。そうは思わないか?」

「私もそれには賛成。私達がしたくないって言っても、正義感の塊みたいな連中も結構いるし、やりたいならそいつ等がやれば良いじゃない」


 アルトリウスの提案に乗っかる形で、同意を示したのはダンタリオンであった。


「以前、実際に戦ってみた感じだと、主人(マスター)の助力が無くとも倒せそうな感じではあった。相手によっては私じゃ手間取りそうな事もあるけど、前とは状況が違うからね」


 昴の持つ、カードゲームのルールに巻き込む戦い方ではなく、単純に実体化したまま、この世界のルールに則って戦う方法。

 それでも、十分に邪神の欠片と戦う事は可能だと、以前の経験を元にダンタリオンは断言する。

 勿論、以前戦った邪神の欠片が弱かった、という事も考えられる。

 その場合、ダンタリオンでは勝ち目が無いのかもしれないが――


「私よりよっぽどえげつない面々がもう沢山戻って来てるじゃない。そいつ等の中から気が向いた奴がちょっと暴れるだけで、あの程度の連中なら尻尾巻いて逃げそうなものだけどね」


 フィルヘイムに居た時とは違う。

 今の昴は、実体化させられるカードの限界値、行動範囲共に拡大しており、昴の周囲を固めるカード達の層も厚くなっている。

 そして何より、カード達はその魂の宿ったカードさえ無事ならば、どれだけ肉体が粉微塵になろうとも、それは死という結末に至る事は無い。

 再び昴の側で復活すれば良いだけであり、普通は一つしか無いはずの命を何百回でも放り出せる状況なので、命を賭した戦いが苦にならない。

 だが、昴は違う。

 昴が死ねば、カード達はもう二度と実体化する事も出来ず、そして何より、昴はカード達とは違い、復活出来ない。

 死ねば、終わりだ。


オレが側に居ない間、盟約主(マスター)をどう守るかという問題はあるがな。確かに、我らが盟約主(マスター)はいわば国の長と同意義。国のトップを最前線に送り込むなど、控えめに言って馬鹿の所業だな」


 自らのカードイラストの背景に映り込んでいる、複雑な彫刻や金の装飾が成された随分と豪華な椅子に腰かけながら、バエルが続けた。

 ダンタリオンの言う、えげつない面々という中には、このバエルも入っている。

 周囲一帯を焼け野原にする戦闘能力、だがこれでも昴の持つカードの中ではまだ控えめなのだから恐ろしい。


「――ま、お前等がそうしたいってんならそうすれば良いんじゃねえか? 俺は好きにさせて貰うけどな。だが一つ言わせて貰うなら――」


 岩に腰掛け、暇そうに自らのリボルバーをクルクルとガンスピンさせながら、ビリーは呟いた。

 その場で立ち上がり、各々カード達が持つ自らの意見を提示する中、ビリーもまた、自らの意見を口にする。


「……そもそもお前等、マブダチ(マスター)があの時言ってた言葉忘れたのかよ?」



―――――――――――――――――――――――



「俺にはもう、Etranger(これ)しか無いんだっ……! 誰でも良い、何処でも良い! この俺に、エトランゼという戦場を与えてくれ――ッッ!!」



 それは、昴の魂の叫び。

 この異世界に転移する直前に発した、紛れの無い心情の吐露。



―――――――――――――――――――――――



マブダチ(マスター)はな、求めてるんだよ。戦場を。お前等が言うような、危険と波乱万丈が排除された、過保護で安全な鳥籠の中じゃ、絶対にそれは有り得ねぇ」

「前提が違う! 旦那様(マスター)が居た日本では、例え負けたとしても旦那様(マスター)の命になんら危険は無かった! だが今は、負ければ旦那様(マスター)は死ぬのだぞ!?」


 日本に居た頃のエトランゼというカードゲームは、間違っても命のやり取りがあるゲームではない。

 公式の大会であらば勝利する事で商品や賞金が出る事はあったが、負けたからといって死ぬなんて事は絶対に無い。

 だが、今は違う。

 カードをプレイした上での敗北とは、即ち昴の死を意味する。


「それを知ってて、主人(マスター)を危険に晒すとか、バエルの言ってる通り、馬鹿の所業よ」


 結託し、アルトリウスと共にビリーに噛み付くダンタリオン。

 噛み付くと言っても、触れ合えない状況なので比喩ではあるが。

 そんな二人に対し、特に気にする事も無く。


「――それでも良い、って事だろ。マブダチ(マスター)は、よ」


 大きく溜息を吐いた後、虚空へと視線を投げつつ、ビリーは呟いた。


「その果てで、テメェの命を失う事になろうが、構わない。それでも、止まるよりは進む事を選んでんだろ? マブダチ(マスター)が手を抜くようなら話は別だが、手抜きだけはしねえだろ? まあ、問題無いじゃねえか。要は、負けなけりゃ良いだけだ」


 ビリーは、そこだけは昴を信頼している。

 昴は、身内同士でわいわいカードで戦っている最中、相手が浪漫コンボを決めようとしている時でも、「トドメを刺せるのに刺さないのはそれはそれで失礼だから」と、容赦なくトドメを刺しに行くし、手を抜く事だけはしなかった。


 昴の手持ちカードは、未だ戻らぬモノも多い。

 だが、昴の知識が無くなった訳ではない。

 知識が無くなっていない以上、昴は手持ちのカード内という制限下ではあるが、その制限内で持てる知識全てを使ってデッキを作り、プレイするだろう。

 ビリーの言う通り、舐めプや手抜きだけは、昴はしない。


「なら俺はマブダチ(マスター)のお望み通り、戦場を与えてやろうじゃねえか。俺は、平穏とは無縁な性分だしな。お前等だってそうだろ?」

「ま、確かにな。略奪王なんて名前が付いてる俺に、安全とか平和なんざ絶対有り得ないからな」

「あっちが喧嘩売って来るなら、買うだけだ」


 ビリーが水を向けると、同じアウトロー気質であるシャックスや(ドラゴン)も賛同した。


「まあそもそも、安全安心平和に大人しくしてろとか言ってたら、盗みも殺しも出来ねぇからな」

「あと、女買ったりとかな」

「それな」

「「HAHAHAHAHA!!」」


 下卑た笑いを上げるビリーとシャックス。


「それはお前達の私欲だろう。そんな私欲に、旦那様(マスター)を巻き込むな!」

「そうよ!」

「ハッ! とんだブーメランだぜ! マブダチ(マスター)を安全な鳥籠に押し込めようとする、マブダチ(マスター)が望んでない事を強要する、それはお前等のエゴじゃねえってか!?」


 ビリーの指摘が的確だった為か、言葉に詰まるアルトリウスとダンタリオン。

 昴を危険に遭わせたくないというのもまた、二人の私欲だと言えばそれもそうなのだろう。


「そもそも、マブダチ(マスター)は一言でも言ったのかよ? もう戦いたくないとか、平和に暮らしたいとかよぉ。俺の記憶の限りじゃ、んな事一言も言って無かった気がするんだけどなぁ?」

「言ってねえな、俺もんな事は聞いてねえぞ」


 ビリーの言葉に同意する(ドラゴン)

 昴は面倒臭がりではあるが、争いを毛嫌いする平和主義者ではない。


「……御主人様(マスター)は、私達に私達らしくあれ、と言っていました。ですから、各々が抱いている欲を抑圧する事こそが、御主人様(マスター)が最も望まない事なのでしょう」

(マスター)も恐らく、我等全員が同じ意見で足並み揃えるなどとは考えていないんじゃないか?」


 善性の極致みたいなカードもいれば、欲望のまま殺しや盗みを繰り返すような輩も居る。

 そいつ等は決して、分かり合えないだろう。

 衝突する事もあるし、憎む事だってあるかもしれない。

 だが、それもまた良し。

 昴は、それを望んでいるのだと。

 それが、インペリアルガードやリッピの回答らしい。


(マスター)の言葉でも良く使われているではないか。『衝突する意見は(カード)で決めろ』と」

「力こそ正義、か。良いねぇ、シンプルで分かり易いじゃねえか!」

「……敵対意見は全て私が切り捨てれば良い訳か。全員が全員私に敵対意見を述べている訳ではあるまいし、それならば仕方ないか」


 自分は自分なりに、我を通す。

 それもまた、(マスター)が望んでいる事だという事で一通り話が纏まった後。


「――だから私も、お前に対する恨み忘れんからな……ッ!」

「えー、もう過ぎた事じゃない忘れてよ」


 留守の間に嘘を混ぜつつ巧妙に旦那()を誑かした泥棒猫(ダンタリオン)に対し、怨嗟を声を上げる(アルトリウス)であった。

閑話。

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