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92.昴とカードのこれからと責任

 雨風を凌ぐ為には豪華すぎる屋敷が、無傷で残った。

 ずっとここに居る訳には行かないが、ここを出るまではこの屋敷を寝床にすれば良さそうだ。


 ――家主はもう、居ないからな。


 この屋敷を守っていた兵達の中で投降した者に関しては、何ともまあ都合の良い事に牢屋が地下に存在していたので、そこに一旦閉じ込めておく事にした。

 女性達が囚われていた牢屋は全部ジャンヌが破壊してしまったが、別に全ての牢屋が満席だった訳じゃないからな。

 ヘンリエッタという女性も含め、囚われていた女性達の怪我は治り、今すぐ彼女達が危険な状態になるという事態は避けられた。

 何か知らんけど、身体の欠損まで治ってしまったし。

 後はまぁ、故郷に送り届ければ、ガラハッドとジャンヌの願いは達成、という事になるんだろうな。


「それで、旦那様(マスター)が以前言っていた"考え"とは一体何なのですか?」

主人(マスター)が先程、何か考えがあるとは言っていたので、ジャンヌとガラハッドの行動は黙認しましたけど」


 何でかは分からんが、何故かダンタリオンと同時にアルトリウスが出現出来るようになっていた。

 その為今は、この二人が出現している状態となっている。

 他のカードでも試したが、やはりマナ数制限が7から8に増えているのは間違いない模様。

 邪神の欠片を倒していないのに何故増えたのかまでは、今考えても分からないし、それを考えるのは後々の後位で良い。

 危急が去ったのなら、次は今後の番だ。

 この屋敷に囚われていた女性の数は、ヘンリエッタ含め合計で15人。

 俺一人しか運ぶモノが無かった今までと違い、人数が増えた事で今までのように気軽に移動する事は不可能になった。

 現状、移動する時は彼女達も連れて同時に移動しなければならないだろう。

 それに、さあ助けたぞ、さあ故郷に連れて来たぞ、じゃあバイバイ。

 これをしてしまうと、ダンタリオンがガラハッドとジャンヌに言った通り、余りにも無責任だ。

 彼女達の今後を、どうにかして保証する必要がある。

 それは助けたガラハッドとジャンヌの責任であり、俺には関係無い話ではあるが。


 責任を取る場所を用意する責任、と言うべきか。

 それは、俺がやらねばならない事だ。


「今回で明確になったけど、何時までも流浪暮らしし続ける訳には行かないと思わないか?」


 俺達には辿り着く場所なんていらねぇ、ただ進み続けるだけで良いのは物語の中の人だけだ。

 安心して眠れる、寝床は必ず必要だ。

 それが無いと、野生動物以下の暮らしだ。


「だけどその前に――取り敢えず、彼女達を全裸のまま連れ歩く訳にも行かないだろ。服を用意しないと」


 衣食住足りて、だ。

 何時までも使う訳には行かないが、一時的な住ならばここにある。

 だが彼女達は、ボロ切れを着せられているならまだマシで、全裸のまま牢屋の鎖に繋がれていた者が多数だ。

 何にせよ、服が必要だ。


「んんんんんん私をお呼びですかぁ!? マイ店主(マスター)!! 服の事ならば私を置いて他に適任はンンン居ないィッッ!!」


 うわっ、うるさい。

 バエルかと思ったがそうじゃない。


 年季の入った外套を着込んだ、茶色い短髪の男性。

 背丈は俺と同じか少し低い位か。

 何よりも先に伝わって来るのは、圧が凄い。

 バエル以上に、うるさい。

 テンションが高過ぎて、ブエル以上に付いて行けない。


「ああ、うん。そうだよね、服に関してはジョン・レイニーが最強だろうね」


 ダンタリオンは耳を塞ぎ、半目でそう言ってのけた。


「ノンノンノン! ジョニーと呼びたまえ! 店主(マスター)もミーの事はジョニーと呼びたまえ! レエエエッッッツ! リピートアフタミー」

「ジョニー」

「イエエエエェェェェッス! 彼女達に立派な服を用意すれば良いのだろう!? ここは私に任せたまえマイ店主(マスター)!!」


 何処からともなく現れた、無数の裁縫道具。

 材料の布からミシンやハサミや針にメジャー。

 一瞬で女性達の胴や胸回りの測定を行い、正に神速とでも言うべき速度で、数多の服を縫い上げてしまった。

 あの、十秒も経ってないと思うんですけど。

 元々用意してた服とかじゃないよね?

 何でその速度で作れるの?

 しかも同じデザインじゃなくて全員違うし。


「着替えの服も六着ずつ用意した、これで週替わりのコーデも可能になったぞお嬢さん方!」


 うわっ、予備の着替えまで用意しやがったぞコイツ。

 誰がそこまでしろと言った。

 しかもこの着替えの服まで全部デザイン違うじゃねえか!

 何なんだコイツは!?


「なんかもう、すごいな、ジョニー」

「愛らしいレディの為ならば、この程度お安い御用さっ! 店主(マスター)!! 着飾った女性は、正に芸ッ術ッ! 生きる美と言っても過言ではぬううぅぅあいっ!! そんな美貌に花を添えられるのであらば、このジョニー、不肖ながらも持てる知識と力を存分に奮ってみせましょうぞおおぉおッッ!!」


 情熱が、凄い。

 凄い、うるさい。


 ……ん?

 ジョン・レイニーが戻って来たなら、サーチが効くぞ。


「――魔将統べし黄金の指輪、持ってこれるな」


 だったら、72魔将デッキ解禁じゃないか?

 キーカードの指輪、持ってこれるからな。

 バエルを筆頭とした、72魔将デッキ。

 これを運用するにあたり、絶対に必須となるのが魔将統べし黄金の指輪、というカードだ。

 これが初手で握れないと、手札事故になる。

 逆に用意出来たなら、ぶん回る。

 72魔将デッキというのは、この指輪の依存度が異常に高いデッキなのだ。

 だから当然、この魔将統べし黄金の指輪はフル投入、4積み必須であり、普通はそういう構築になっている。

 だが、エトランゼというカードゲームは、同名カードは4枚までしか入れられないという基本的なルールが存在している。

 どう足掻いても、5枚目は入れられない。

 そして、デッキ枚数は60枚。

 60分の4、その中から7枚ドローして、必ず手札に1枚以上来る確率はと聞かれると、そう高くない。

 だが引けなければ戦えない以上、意地でも初手に魔将統べし黄金の指輪を用意しなければならない。

 カード自体を増やせない以上、それを引っ張って来れるカード――即ち、サーチカードが必要なのだ。


 そして、このジョン・レイニーはそれが出来るカードなのだ。

 召喚コストも1である為、ファーストユニットとして出る事が可能。

 手札に来ても1マナで召喚可能なので、手札に来ても良い。

 まるで指輪サーチの為だけに生まれたかのようなカードだが、別にジョン・レイニーは特定のカテゴリに分類されているカードではない。

 なので72魔将の73体目みたいになっているのは、ただの偶然である。

 ジョン・レイニーを4枚積む事で、疑似的に指輪の枚数を倍に出来るのだ。

 60分の8、初手7枚。

 これならば、引ける確率は約6割以上。

 しかもこの指輪、分類されているカテゴリが多岐に渡る為、他にもサーチカードを使用出来る。

 それらも併用すれば、更に確率は跳ね上がる計算だ。


「その時は、頑張るよ主人(マスター)


 ダンタリオンは今までは単体運用してきたが。

 これからはキチンとしたカテゴリの枠組みで使う機会が来るかもしれないな。


「で、何か話が脱線しちゃったけど。これからどうするんですか?」


 女性達もジョン・レイニーが渡した服を着たようで、生まれたままの姿の状態からは解放された。

 彼女達も人心地、といった所か。


「彼女達を連れたまま、放浪暮らしは出来ない。だったら、住処が必要だろう?」

「ここを奪い取りますか?」

「いやまあ、そういう選択肢もあるけど、それは無しで」


 ナチュラルに略奪の提案をしてきたアルトリウスの意見を、一旦横に置く。


「カード達には、自由であって欲しい。だから、国からの束縛を受けて欲しく無いんだ。勿論、在りのままである事がそれに繋がるなら、それはそれで良いとは思うけどな」

「――成程。主人(マスター)は、このドリュアーヌス島をグランエクバークから切り取って、この孤島を足掛かりに国を興す気だったのですね」

「いや、違います。というか、国なんて作る気無いです」

「違うんですか?」


 過去の勇者達は、どうもそういう路線に進んでたみたいだが。

 俺は、国を興す気なんて無い。

 国なんて作ったら外交やら国の運営やら諸々で大変だろうし、俺にそんな知識なんて無いし。


 だが、それ以上に。

 国を作り、国で暮らす以上――それは、国民と言うんだ。

 異邦人(Etranger)では、無い。

 異邦人に、国なんて必要無い。


「だからな、絶対に国にならない、それでいて住める場所を用意すれば良い」

「……つまり、どういう事ですか?」

「凄く簡単に言ってしまえばな――船暮らしだ」


 国というのは、必ず領土を保有している。

 逆を返せば、領土を持っていない限り、それは国とは呼べない。

 船の上は、国にならないのだ。

 旗国主義という物があるが、あれは国に属した船舶が対象になるだけであり、どの国にも属さない船ならば、これも適用されないだろう。

 もし船のような人工物が領土として認められるとか言い始めたら、海上で馬鹿みたいに建国ラッシュが起きるぞ。


「あるって前提で考えてたんだけど、改めて聞きたいんだが。ダンタリオン、この世界にも、領海や公海の概念はあるんだろう?」

「はい。確かに有ります、主人(マスター)の居た地球とは、基準となる距離が違うみたいですけどね」


 領海と公海の概念は、この異世界でもあるとは思っていた。

 ダンタリオンに確認を取った所、やはりこの概念はこの異世界でも存在していたようだ。

 というかこれが無いと、海は全部俺の物だ! だから海で取れる魚を勝手に獲るな! という暴論に対する楔が無くなってしまうからな。

 陸地から何キロ、という数値こそ違うものの、この世界でもやはり領海、そして公海は存在しているようだ。


「だからさ。公海上でぷかぷか漂っている分には、国土が無いんだから国にならないし、国じゃないから他の国との付き合いとか考える必要は無いだろ?」


 どの国とも関わらず、国ですらない。

 法律すら、存在しない。

 それはつまり、法律や国に縛られる事が無く、その代わりに守られる事もない、無法地帯。

 地帯とは言うが、地面は無い訳ですが。

 無論、他国に攻め込まれた所で誰にも助けて貰えないが――そこは、カード達が何とかしてくれるだろう。

 相変わらずの他力本願ではあるが、それを何とかするのが、ジャンヌやガラハッドが果たすべき"責任"の部分だろうしな。

 国が保護してくれないから、自分達で身を守らねばならないが。

 こと戦闘能力に関してだけ言えば、カード達には絶対の信頼を置いて良いだろう。


「要約するとだな。俺はこれから当分、船暮らしをする。その船に、彼女達も乗せてしまおうって考えだ」


 普通であらば、無理な発想だ。

 船に積み込める飲料水や食料には限りがあるし、海上には嵐だって吹き荒れる。

 だがカードの力で、食事が出せる事は既に実証済みだ。

 船系のカードも、既に多数戻って来ているのを確認している。

 常時そのカードを召喚し続けたまま、ただ漂って居れば良い。

 そうしておいて、彼女達の心が落ち着いて、どうしたいのかを決めたならば。

 その踏み出したい道へ進む手伝いをしてやれば良いだろうさ。

 それが、責任を取るって事だろ。


「――成程」


 俺の考えを伝えた所、ダンタリオンとアルトリウスは納得してくれたようだ。


「ですが旦那様(マスター)。邪神の欠片とやらを探すという、エルミアとの約束はどうするのですか? 反故にしますか?」

「いやいや、そんな横紙破りする気無いから」


 それは、俺が果たすべき"責任"だ。

 邪神の欠片は倒す、それは変わらない。


「見付けたら、倒す。だけどさ、探すのは俺である必要が、無いんじゃないか?」


 そう、エルミアとの約束。

 だから邪神の欠片の討伐だけは、俺がせねばならない。

 だが、探すのは俺ではなく、カード達がしても良い、という点だ。

 前に聞いた時から、少しだけ、考えていた。



『"自由"だよ。つまり、相棒(マスター)の持つ"時間"が欲しい』



 ――以前、シャックスと話した事。

 カード達に、自由を。

 その自由時間とは別に、カード達に邪神の欠片捜索という名目で、自由に世界を歩かせてやれば良いのではないだろうか、と考えたのだ。

 俺が側に居ないから、好きに出現したり消えたりなんかは出来ないだろうが、代わりに守らなきゃいけないお荷物な俺という存在を無視して行動出来るという利点もある。


「だからこれからは、カード達には好きに何処かの国に行って、邪神の欠片が現れていないか、その情報を探って来て欲しいんだ。その俺のお願いを聞いて貰う代わりに、それを成している間は好きに過ごしていて良い」


 ――不法入国?

 見付からなければセーフだから。

 見付かったらアウトだけど。


「それが、旦那様(マスター)の考えという訳ですね」

「でも主人(マスター)。それを成す為の船を出しておく為だけに、主人(マスター)の貴重なマナを割いていたら、結局外で自由に行動出来る人員が居なくなってしまいますよ?」

「そうだな。だからさ、そこをお前達にお願いしようと思ってな」


 もの凄い極論を言ってしまえば、超時空戦艦 アサルトホライゾンを召喚してそれにずっと乗り込んでいれば、安全は確保されたと言って良いだろう。

 陸海空何処でも行動可能、単身大気圏離脱と突入可能、更には異次元跳躍すら可能とかいう、無茶苦茶な機体だ。

 海や空に縛られた、戦艦や戦闘機如きではこのアサルトホライゾンに手出し不可能と言って良い。

 だがそれでは、自由に動いて貰うカード達に割くマナが足りなくなる。

 だから、俺が乗る船は出来ればこの世界の物を使い、マナを使わないようにしたい。


「――俺と、そして今回助けた女性達が乗れる船を、カード達の力を結集して作って欲しい。そして、カード達が側に居なくても、ある程度俺の安全が確保されるような、そんな船、だ」


 このドリュアーヌス島にも、係留されている船はある。

 それを奪うという選択肢もあるが――あれで、嵐に耐えられるのだろうか?

 ずっと海上に居る以上、嵐に遭遇しないという事は不可能だ。

 嵐にも耐えられる、衣食住を完璧に確保出来るような、そんな船が必要だ。

 勿論、船である以上、嵐であっさり沈没するような作りにはなっていないのだろう。

 だが、嵐に遭えば船体にダメージ位は入るだろう。

 何度も何度も。

 それは蓄積され、確実に船を沈没に追い込むだろう。

 ちょっと港に寄らせて修理させてという訳には行かないだろうしな。

 何処の国とも付き合わないなら、何処の国の港にも寄港出来ない。

 それに船が大きくないと、乗っている女性達が息苦しく感じてしまうかもしれないし。

 俺は、狭い場所の方がかえって落ち着くけど、皆が皆そういう訳でもあるまい。


「そういう船を、私達の力で用意しろって事ですね」

「船に関しては私は門外漢だな、ダンタリオン、お前はどうだ?」

「魔法が関わるにしても、船でしょ? なら私よりもマーリンの方がまだ役に立つと思うよ」

「そうか……他の連中にも意見を聞くとしようか。お前達、そういう事だ。私は役に立つとは思えんから、旦那様(マスター)の側に居る事にする。船絡みで力になれそうな奴等は、意見をまとめてくれ」

「ねえ、しれっと主人(マスター)の側に居るって明言したよね。意見を纏める為にも向こうに居た方が良いと思うよ?」

旦那様(マスター)の側に妻である私が居るのは当然だろう。そもそも、お前こそ向こうで御意見番して来い」


 ダンタリオンとアルトリウスが、無言で睨み合う。

 アルトリウスが消えた。


「あっ、あっ、あの。ま、主任(マスター)。そ、その船とやらをつ、作るのに、い、いくつかし、調べたい事があるんですけど……」


 アルトリウスが消えた事で浮いたマナ分を使い、マティアスが現れる。

 何処までカード達の力をこの世界で使えるのか、何処までが許されるのか、駄目なのか。

 カード達が持っている道具なんかを、流用出来たりしないか?

 そういった諸々を、改めて調べてみたいという申し出であった。

 確かに、カード達が持ってる道具を残して、流用出来るのは大きいな。

 カードから手放されたモノがそのままこの世界に残る、という事は既に分かってるしな。

 あの時より遥かにカードが増えたし、残したままにしておけるモノも増えているかもしれないな。

 事実、さっきジョン・レイニーが作って渡してた女性用の服、アイツが消えてもそのまま残ってるし。

 ジョン・レイニーが作った服はずっと残る対象になるんですかそうですか。

 仮面立食会は無限食糧だし、ビリーは無限に銃を残していくし、何なんだこれ。 

 ……まあ、それで条件を満たせるような船が作れるのであらば、断る理由も無い。

 何時までこの静寂が続くかは分からないが、カード達がしたいという検証に、付き合う事にしよう。

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[一言] 100話おめでとうございます。 カードゲームはポケモンぐらいしか遊んだことがないですが楽しく読ませてもらっています。 これからも楽しみにしてます。
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